ここからが 「続あたっくNO.1〜男の子だもん」 前回読んでいない人はこちらから
「ええっ?! ひよちゃん、あのジュンと付き合ってるのっ」 僕はあまりの衝撃に、飲みかけの紅茶を思わずこぼしそうになった。 「付き合ってないよ」 ひよちゃんは、おおきな湯呑に入った昆布茶をずずっとすすった。 十七歳の女子高校生が喫茶店で昆布茶を頼むと言うのは渋すぎると言ったら、ひよちゃんは「セットで付いてくるミニ羊かんが美味いのだ」と言った。その羊かんを剥きながら、 「一緒に映画見に行ったくらいで、付き合ってるとか言わないでしょ、フツー」 隣の席のみどりを睨む。 「だってジュンちゃんの方は、その気だもん。自分から言いふらしてるよ」 みどりは大きな目をくるっと回して言った。 「それだけじゃないんだよ、こずえ」 ケーキセットのチェリーを突き刺したフォークを僕に向けて振る。 「あの文化祭じゃあね、男子部の高島君と一緒に、あの格好でデートしてたんだよ」 「あれは、私がワンピ貸したからたこ焼きと焼きソバおごってもらってただけじゃん」 「高島さんって、あの?」 先日の西高の文化祭。男女逆転喫茶で、ひよちゃんのピンクハウス風ワンピースを着た高島さんの姿を思い浮かべる。 (あんまり並んで歩きたいとは思えない……) 僕の考えを読み取ったらしく、みどりは 「悪球打ちのイワキみたいなオンナだよ、ひよ子」 そう言って、ひよちゃんに、ど突かれた。 「あたた……。知ってる? こずえ、ドカベン」 頭をさすってみどりが僕に聞く。 「ううん」 「貸してあげるよ、面白いよぉ。全部読むのに半年かかるけど」 「ヤメテよ。ショーリは、受験生なんだから」 こずえと呼ばれ、ショーリと呼ばれている、僕の本当の名前は相川勝利(あいかわかつとし)。ショーリっていうあだ名はそのまんまだとして、何故、こずえかと言うと、話せば長いことながら、この夏、僕は従姉のひよちゃんの命令で、女装して都立西高の女子バレーボール部に入部したんだ。その時の偽名がこずえ。みどりはチームメイトで仲良くしてたから、僕が男だってばれた後も「こずえ」って呼んで、まるで女の友だち同士のような付き合いをしてくれている。そして、それは今の僕には、ちょっとだけ心強かったりする。 だって、僕は、そのバレー部で陸さんと運命の出会いなんかしちゃって、今じゃ恋人同士。みどりはひよちゃんよりもずっと恋愛経験豊富らしくって(って前に言ったら、ひよちゃんに怒られたけどね)いろいろ相談に乗ってくれるんだ。もちろん、ひよちゃんも相変わらず面倒見が良い。僕が女の子の格好するときは、嬉しそうに手伝ってくれる。自分が背が高くて男らしいから、僕みたいなのに色々おしゃれさせるのが楽しいらしい。ひよちゃんもキリリとした美人さんだと思うんだけど、自分のことはかまわないんだよね。 あ、言い忘れたけれど、陸さんって言うのは女子部の人じゃなくって、男子部のキャプテン。だから、僕は陸さんとデートのときは、たまに女の子の格好するんだよ。うん。男同士だけど、ラブラブなんだ。 「ショーリ、何、にやけてるのよ」 「えっ? んんっ、何でもないよ」 「陸くんのこととか考えてるんでしょ、この、こずえのエッチ」 「そ、そんなこと、な、何、そのエッチって」 僕が焦ると、みどりは大きな目をかまぼこ型にして言った。 「この仲で、ばっくれないでよ。付き合って三ヶ月っていったら、ねえ」 「ねえって、私にふらないでよ」 ひよちゃんは、再び、昆布茶をすすった。 「ねえ、ねえ、どこまで行ったのよ」 みどりの問いに、 「ど、動物園」 答えたら 「ベタなとぼけかたしないの、カマトト」 頭を叩かれた。 「だ、だって……」 陸さんとは、まだ、キスしかしていない。僕が高校生になるまでは、キス以上のことはしないって、陸さんが言ったんだ。僕が顔を熱くして口ごもっていたら、ひよちゃんが助け舟を出してくれた。 「ショーリはまだ中学生なんだから」 そうそう。そうなんだよ。僕はぶんぶんうなずいた。けれどもみどりはケロッと言った。 「こずえは中学生かもしれないけど、陸くんは高校二年の男子だよ。やりたいさかりじゃない」 「あんた、声でかい」 「いくらなんでも、そんなに長い間、我慢できないんじゃないの」 声をひそめても、言ってる内容は過激。 「愛があれば、大丈夫よ。ね、ショーリ」 「う、うん……」 「でも、陸くん、硬派だけど彼女はずっといたじゃない。そういう人が、我慢できるかなあ」 「みどり、あんた、しつこい」 「私は、こずえのこと心配してるんだもん」 「え?」 僕は、みどりの顔を見た。 みどりは、結構、真剣な表情で 「この前、ある子に相談されたんだけどさあ。その子、今の彼と付き合ってから一度もエッチさせなかったんだって。そしたらその彼が、元カノと身体だけヨリを戻したって」 「身体だけよりを戻すって何よ」 「だから、本命がさせてくれないから、セフレってこと」 「何それ、サイテー」 「でもさ、その彼も、一番好きなのはその子で、元カノは身体だけだから許してくれって言ってるのよぉ」 「信じらんない」 「でもさぁ、男の子には切実なんじゃないの」 「知らないわよ、何なのよ、ソイツ」 なんだかおばさん口調になってしまっているみどりとひよちゃんの会話が続く中、僕は口をはさむことも出来ず、ただただ冷めかけた紅茶をすすって、のどの渇きを潤した。 (元カノ……) 陸さんと付き合い始めたばっかりのとき、陸さんは僕のことを「今まで付き合ったオンナと違う」って言った。それは即ち、陸さんには今まで付き合ったオンナがいるってことで、別れた今でも『元カノ』は存在するってことだ。 (考えたことなかった……) 陸さんくらいカッコよかったら、付き合った人の一人や二人、いないはずないんだから、今さら妬いてもしょうがないんだけど。でも、僕にとって陸さんは初めての恋人なのに、陸さんにとってはそうじゃないんだって考えると、ちょっとだけ胸がチクンとする。 「ねえ、こずえ」 いきなり呼びかけられて、びっくりした。 「な、何?」 「だから、もしも陸くんに積極的に迫られたら、思い切ってやっちゃいなさいよ」 「何言ってんのよ、みどり」 「いいじゃない、妊娠する心配ないんだし」 「だめよ。ショーリ、男同士だってやりすぎたら妊娠するのよ」 「ふ、二人とも、静かにして」 喫茶店中の耳が僕たちの会話に集中している気がする。 * * * 喫茶店をそそくさと出て、僕は待ち合わせの公園に行った。 今日は陸さんとのデートの日で、それでひよちゃんの家に寄ったんだけど、ちょうどひよちゃんとみどりが会うことになっていて、それでデートの前にお茶に誘われたわけ。まさか、あんな話題になるとは思わなかった。 「よう」 待ち合わせの場所には、陸さんの方が先についていた。 「ゴメンね」 「いや、待ってないよ」 笑う顔が爽やかだ。うーん。さっきのみどりの会話は絶対聞かせられない。 「何?」 陸さんが、首をかしげた。 「ううん、何でもない」 僕は陸さんの腕にぎゅっとしがみついた。背が高い陸さんにぶら下がるみたいに身体を寄せたら、 「こら、ふざけるな」 頭をぐしゃぐしゃにかきまわされた。. 「あっ」 せっかくひよちゃんにブローしてもらったのに。そう言ったら、 「そんなことしなくても、どんな頭でもかわいいよ」 あっさり言われて、顔がかあっと熱くなる。 もう、どうしてそんなごく普通の顔して、そんな恥ずかしいことが言えるんだよ。 「こずえ、顔真っ赤」 「誰のせいだよ」 「俺?」 「そうっ」 照れ隠しに思いっきり口を尖らせてぶうたれてやったら、いきなりヘッドロックされた。 「あた」 身長差二十五センチのおかげで僕の頭はラグビーボールのようにきれいに陸さんの小脇に納まる。ジタバタすると 「こずえ、チョーかわいい。マジかわいい。メチャかわいい」 変な呪文みたいに、陸さんが言う。 「なんで、こんなかわいいんだよ。こずえ『かわいい村』の住民だな」 そのギャグ、クロマティ高校のパクリ? (面白くないよ……恥ずかしいだけ……) 陸さんって、初めはこんな風じゃなかった。一見怖いくらいだったのに。 でも、付き合っているうちに、最近じゃ、二人きりの時はこんな恥ずかしいこと言っちゃうんだよ。 と、言いつつ僕もほっぺたユルユルに緩んでる。 「あ、頭、はずして」 「あ、ゴメン」 陸さんは、手を離すと、僕の散々乱された髪の毛を指ですいてくれた。 「四月まであと五ヶ月ちかくあるのか。長いな」 溜め息をつく。 「早くこずえ、中学卒業しろよ」 ドキンと心臓が鳴る。 陸さんは、僕が中学生の間は「手を出さない」って言ったんだ。だから、この言葉の意味は…… 「そしたら、バレー部入って、一緒に試合出られるな」 あ、そっちでしたか。 「うーん、でも……」 「何だよ」 「ひよちゃんにも誘われてるんだ。女子部」 勿体つけて言ってみる。もちろん、冗談。 「アホ」 「だって」 「今は女子のユニフォーム着ても違和感無いけどな。あと一、二年もしたら、いくらお前でもすね毛の一つも生えてきて、女子部になんかいられるか」 「ぶーっ」 他愛無い会話。 そう、気にするようなことじゃなかった。このときは。 でも、数日後に、僕はこの陸さんの台詞をかみ締めることになったんだ。 |
HOME |
小説TOP |
NEXT |