「今日はどうするの?」 試験期間中、会わなかったから、二週間ぶりのデートだ。 何して遊ぼう。 「ああ、それなんだけど、うちに来ないか」 「陸さんち?」 思わず聞き返した。だって、陸さんの家って今まで一度も行ったことない。三ヶ月も付き合っててどうして、って思うかもしれないけれど、お互い家にはいつも母親がいるから、会うときはいつも外だった。 「実は今日、うちの親、町内カラオケ大会とかいうの行っててさ。夜も外で食べてくるからって、俺の晩メシ、カレー作ってんだ」 「カレー」 オウム返しの声がつい大きくなるのは、カレーが僕の一番といっていいくらい好きな食べ物だから。専門店の本格的な味からキャンプの水っぽいカレーまで、カレーパンでもカレーうどんでも、カレーと名のつくものは全部好き。戦隊ものなら喜んでイエローの役をやるよっていうくらい。 思わずのどをゴクッと鳴らしてしまったら、陸さんが笑った。 「こずえ、カレー好きだもんな」 「うん」 デートでおごってもらうときも、何度もカレー屋さんに入ったから、陸さんも知ってるんだ。 「うちの親の作るやつ、結構、うまいよ」 「食べたい。食べたい」 陸さんの周りを、ピョンピョン跳ねる。 「って言うと思ったんだ」 陸さんの家は、西高校からは、バスと歩きで三十分。ひよちゃんの家とも微妙に方向が違うんだけど、 「うちから相川んちだったら、自転車なら十五分かからないと思うぞ」 「そうなの?」 意外に近かった。 「歩くとちょっとあるけどな。でも、歩けなくない。俺、歩いて行ったし」 「うん」 僕は、西高に受かったらひよちゃんの家に下宿させてもらうことなっている。「西高を受験したい」って言ったとき、「家から通えないから」って反対されたんだけど、ひよちゃんと多津子おばさんがうちの両親を説得してくれたんだ。もともとうちの親はどっちもお気楽人間だから「多津子おばさんがそう言ってくれるなら」って、すぐに許可が下りた。 じゃあ、僕がひよちゃんちに住むことになったら、陸さんの家にもとっても近くなるってことなんだ。 「えへへ」 「何だよ」 「何か、不思議。一緒に帰ったりできるのかな」 「だな」 陸さんの顔も、ちょっと照れてる。 うーっ、幸せ。とか言ってるから、ひよちゃんに「バカップル」って言われるんだろうな。 「ここ」 「おっきい」 門に屋根がついてる家って、珍しいよね。 「んなこと、ねえよ」 でも、僕の家はマンションだし、ひよちゃんの家は一戸建てだけど、割と最近建てたツーバイフォーだから、こんなに大きくない。 「ひょっとして、名のあるお屋敷の」 「違うって」 陸さんは、屋根のある門じゃなくて、その横にある小さい扉を開けた。 「めんどくせえから、こっから出入りしてんの」 大きな身体を屈めて入っていく。 「ほら、来いよ」 「お邪魔します」 僕も別にぶつかる心配はないのについ身体を曲げて、その扉から入って、玄関まで続く玉砂利に足を取られた。 「わ」 「ああ、歩きづらいからこっち歩け」 正門からは、ちゃんとした石の道が続いている。 「何で、せっかくの門を使わないの?」 「車は裏から出るから。人ひとり通るのに、あの門、開けたり閉めたりって大変なんだよ」 「ふうん」 そう言われたら、そうかも。 「だから、もう十年くらい開けてないな」 「うそっ」 「もう開かないかもな。俺の友達もみんな勝手にあの小さい方から入ってくるし。あ、だから勝手口っていうのか? 違うか? 勝手口って台所の裏にあるやつか」 「ううん……」 僕もわからないよ。 そして、僕たちはその台所に立っている。 「ああ〜っ、カレーの匂いだぁ」 僕は大きく深呼吸。 「まだ早いけど、すぐ食う?」 「食べたい」 「よし、じゃあ温めよう」 台所のレンジの上には大きなお鍋が乗っていて、そのフタの周りにカレーの黄色いのがついているのが、グッとくる。涎、たれそう。 「ほら、上着はその椅子に掛けとけ」 「うん」 「あと、これ」 手渡されたエプロンに、 「え? カレー、もう出来てるんでしょ?」 まだ何か料理しないといけないのかなと、首をひねったら、 「たのむ。これ着けて、鍋、オタマでかき混ぜてみて」 両手を合わされた。 「なんだ、そりゃ」 「見てみたいんだよ」 「もう」 と言いながら、いそいそとエプロン着ける僕。 はい、バカップルです。知ってます。 「うわ、おいしそう」 フタを取ってお鍋を覗き込むと、 「こずえも、おいしそう」 陸さんが後ろから僕の背中を抱きしめた。あごが僕の肩に乗ってる。 「何、言ってんの」 ポカと空いている手で頭を叩いたら、肩の上でカクカクってあごを動かされた。 「あ、キク」 肩こりのツボに。 「いい〜、もっとして」 「変な声だすな、ばか」 「先に変なことしてるの、そっちだもん」 とかなんとかふざけながら、僕たちは少し、ううん、かなり早いけど、晩ご飯のしたくをした。 「おなかいっぱーい」 結局、僕は二杯、陸さんは三杯おかわりした。 カレーをよそったのは僕だけど、それだけで陸さんがすごく嬉しそうなのが、僕も嬉しかった。 食べ終わって、 「こずえ、お茶飲みたい。いれて」 こんな甘えた台詞も、くすぐったくて嬉しいんだよね。変かな。 「うん」 僕が立ち上がって流しに向かったとき、 「ああ、いい匂いだ」 突然、台所に誰かきた。 「ひゃっ」 やかんを持ったまま振り返ると、スーツ姿の男の人が立っている。 (だ、誰?) 驚いて見つめていると、 「兄貴、何で帰ってきてんだよ」 陸さんが言った。 「出先から直帰できたんだよ。今日はカレーだって聞いてたから、ソッコー真っ直ぐ帰ってきた」 ニッコリ笑うこの人は、それじゃあ、陸さんのお兄さん。 陸さんと似てなくもない。身長は陸さんの方がずっと高いけど、キリッとした眉毛とか男らしい口許とかは、よく似ている。でも、陸さんの何倍も人当たりよさそう。 「しかし、カレー目当てで帰って、もっといいもの拝めたな。広海が彼女連れて来てたなんて」 お兄さんの言葉に、 「違う」 陸さんは、言った。 「彼女じゃねえよ。よく見ろ」 眉間にしわを寄せて、目の縁を赤くしている。あれは、動揺している顔。 「コイツは、後輩の…こ…あ…」 ちょっと口ごもって 「あ、相川…勝利」 「勝利くん?」 お兄さんは目を瞠って、 「ああ、男の子なんだ」 僕をマジマジと見た。 「は…はい」 「なんだ。あんまりかわいいから、てっきり彼女だと思ったよ」 ゴメンゴメンとお兄さんは、僕に謝って 「部活の後輩?」 陸さんを振り返った。 「ん、ああ、まあ」 陸さんの返事がハッキリしなくて、僕の方も落ち着かない。 モジモジと立っていたら、 「かわいそうに。最近の部活は、練習終わってからもこんな風に先輩の世話を焼かないといけないんだ」 お兄さんはそう言いながらスーツの上着を脱ぐと、僕からやかんを取り上げて、さっさとお茶の仕度をはじめてしまった。 「違います」 「え、なにが?」 お兄さんが僕を見る。 「あ、いいえ」 何が違うんだ。 思わず口に出たのは、僕がこうしてるのが、部活の後輩としているわけじゃないって、主張したかったんだけど、でも、ね。 (恋人です。なんて言えるわけ無い……) 男同士で付き合っているなんて、やっぱり内緒。僕だって、お母さんに陸さんのこと、女の人だって言ってるもん。あ、もちろん、名前しか言ってないからね。会わせてしまったら、陸さん、女に見えるわけ無いし。でも、そう考えると僕たちって、本当に秘密の関係なんだなあ。ひよちゃんたちとかにオープンにしていたから、あんまり気にしてなかったけど。 ついグルグル考えていたら、お兄さんは、陸さんに良く似た笑顔で、 「勝利くん、目が大きいね。リスみたいだ」 突然言った。 「こずえちゃんってのは、あだ名なの?」 「いっ」 |
HOME |
小説TOP |
NEXT |