ICHIKA






 小さい頃、私は二葉が大嫌いだった。
 二葉――私の双子の弟。


「一華ちゃんは、本当におりこうさんなのね」
「こんなに小さいのに、しっかりしていて」
「そうなのよ。手がかからなくて、助かってるの」
 母親の友人達が、口々に私のことを誉めそやすのを、子供心に複雑な気持ちで聞いていた。
 何故なら、彼女達の「しっかりしている」という言葉の裏に「可愛げがない」という気持ちまで感じられたから。そう、私はほんの小さなころから、そういう感情にやたら敏感な子供だったのだ。
 男女の双子が珍しいのか、可愛い可愛いと騒いだ母親の友人達は、最後にはみな二葉の方をより可愛がった。
 二葉は、そんなこと気がつかなかったようだけれど。
 確かに二葉は、子供らしく、無邪気に愛らしい少年だった。


 小学校に入ると、勉強も運動も良く出来た私は、そのことで男の子からいじめられた。
 今でこそ、男の子が好きな女の子をいじめる心理もわかるけれど、七歳やそこらでは、大人の顔色を窺うことは出来ても恋愛心理まではわからなかった。
 だから、男の子の言葉を、そのまま受け止めた。

「女のくせに生意気」

 女だから、勉強が出来ちゃいけない?
 女だから、男の子より足が速くちゃいけない?
 好きで女に生まれたわけじゃない。
 そう、私は男の子に生まれたかった。
 二葉のような。

 二葉は、そんな私の気持ちなど、全く気がつかない。
「いいなあ、一華ちゃんは、百点とれて」
「いいなあ、一華ちゃんは、足が速くて」
 無邪気に言うこの双子の弟に、ときたま、無性に腹が立った。
 自分なんて、生まれつき男じゃないか。
 二葉だって、努力すれば勉強だって運動だって、そこそこ出来るようになる。
 でも、私はどうしたって男にはなれないんだから。
 そう思うと悔しくてたまらなくなって、私はことさら勉強も運動もがんばった。
 屈託の無い双子の弟のコンプレックスを刺激してやるために、陰で散々努力して、さも何でもない風にして、能力の違いを見せつけた。
「すごいね、一華ちゃんは」
 それでも二葉は、笑って言った。
 そんな時、私は、例えテストで二葉よりずっといい成績をとっても、理由の無い敗北感に押しつぶされそうになった。


 中学に入ると、私たちは別々の部屋をもらえた。
 その頃には、二葉も私に「すごいね」を言わなくなってきていた。ちゃん付けだったのも、呼び捨てになり、一緒に行動することは、ほとんど無くなっていた。
 二葉には二葉の友人ができ、たまに学校でふざけて遊んでいる様子を見かけると、胸の奥がザワザワした。
 私と同じ顔の男の子が友だちとじゃれ合っている。
 殴り合いのような乱暴なスキンシップ。制服は汚れてきたないのに、何故か眩しく見えた。
 二葉の周りには、いつも誰かしら仲のいい子がいた。
 私には、友達と呼べる人はいなかった。
 勉強も運動もよくできるしっかり者の委員長というレッテルは、同級生との間にもある種の壁を作るらしい。部活では、それがもっとはっきりしていた。
 私と話す相手は、敬語になる。それが嫌で、私はわざとぶっきらぼうな男の子っぽい喋り方をするようになったけれど、それは、一部の女の子を喜ばせただけだった。

 ラブレターもどきはくれても、私の本当の友達になりたい子なんていない。
 そんな、遠くから見てきゃあきゃあ言われるだけの関係なんか、望んでない。
 あの子達は勝手に、私を理想の王子様に仕立てていればいい。


 中学最後の年には、ある意味私は達観して「春野一華」というキャラクターを確立させていた。



「いらないよ、別に」
「だって、二葉、もう少し成績あげないと、一華と同じ高校入れないわよ」
「別に同じじゃなくていいよ」
「ダメよ、同じじゃないと、入学式とかどうするのよ。お母さん、かけもちで回るなんてしないわよ」
 中学三年生。高校受験の進路を決める頃になって、母親がいきなり二葉に家庭教師をつけると言い出した。
 確かに、二葉の成績は中学に入って芳しくなくなった。
 私のせいだというのも、知っていたけれど。
 中学になって部屋が分かれてから、私は、勉強していないふりをするのに部屋でガンガン音楽をかけた。私は、多少うるさくても勉強することが出来る。歌詞の意味のわからない古い洋楽なんかは、鳥の声も一緒だ。
でも二葉は違う。
 試験前に
「うるさくて勉強できないよ。一華、ヘッドフォンして聴けよ」
 言ってきたことがあったけれど、
「別に、中間なんて特別な勉強することないよ。ヘッドフォンだと耳元でがなられてるみたいで、ウザイんだ」
 一蹴すると、二葉は、
「ま、そうだよな。うん、いいや、実は俺も嫌いじゃなんだ、それ」
 ツェッペリンのCDジャケットを指差して笑った。それから、私は、Rツェッペリンをよく聴くようになった。

「お母さん、私が二葉に教えるよ」
 二葉に家庭教師。なんとなく、嫌だった。
「えっ、いいよ」
 二葉が慌てて言う。
「だって、家庭教師なんて、高いんでしょ? 勿体ないよ」
「そうねえ、一華が教えてくれるっていうなら」
「だったら、家庭教師でいいよ」
「あら」
「一華だって、自分の勉強あるだろ。俺なんかに構ってないで、東大目指せよ」
「別に、二葉に教えながらでも勉強はできるよ。むしろ、人に教えるほうが勉強になるし」
 私は重ねて言ったけれど、
「カテキョがいい。お母様、お願いします」
 二葉はそう叫んで、出て行った。


 初めて家庭教師が家に来るという日。
「一華もご挨拶しておく?」
 母親に訊ねられて、私は首を振った。
「別に、私のセンセイじゃないし」
 興味の無いふりで部屋に入った。
 そのくせ窓から、玄関に入ってくる姿をこっそり盗み見たりして。
 派遣されてきた若い大学生は、変にルックスが良かったことも災いしたのか、教師という感じではなかった。いかにもアルバイトといった風情で、母親も最初はガッカリしていたようだ。けれども、二葉がみるみる成績を上げていったので、母親は大喜びし、私も彼に対する見方を変えた。

 雪村先生――
「いまどきの、ただの遊んでる大学生、って訳でもないんだ……」
 母親に言って代わりにお茶を出したのも、近くで会ってみたかったから。
 雪村先生は、ひどく驚いていた。
 私は、二葉が双子の姉の存在を一言も言ってなかったというのが、密かにショックだった。
 二葉は私と雪村先生を近づけないようにしている――そんな気がした。

 そう思うと、二葉から、雪村先生を取り上げたくなった。
 なんだろう、この気持ちは。
 子供が、他人のおもちゃを欲しがるようなものだろうか。
 それだけじゃない。
 家教の日には、朝からどこか浮かれているような、そんな二葉に胸がざわつく。

(嫉妬?)

 私は、嫉妬しているんだろうか?
 私は、雪村先生のことをいつのまにか好きになっていたんだろうか?

 そして、私は、それを確かめたいと思った。


「先生」
 応接室に入ると、雪村先生が振り返りながら嬉しそうに言った。
「お母さんから聞いたよ、期末のテストよかったんだって?」
 そして私の顔を見て、
「あれ?」
 不思議そうな顔をして、それから視線を落としていった。
「一華です」
 クスッと笑うと、先生も笑った。
「本当だ。スカートはいてる」
 私は普段あまりスカートをはかない。
 背が高いから、パンツの方が似合うのだ。
 けれども、この日はわざわざスカートをはいた。
 先生を誘惑するために――思えば、幼稚で、姑息なこと。


 二葉が帰ってくるまで、時間が無い。一番、衝撃的で単刀直入な言葉を使った。
「先生、私、先生とキスしたい」
「えっ?」
 案の定、先生は驚いて固まってしまった。
「いいでしょう?」
 一歩前に出ると、先生は、後ろに下がりこそしなかったけれど、ひどく狼狽して身構えた。
 私は、むきになって近づいた。
「キス、したいんです……」
 自分の顔がそれなりに綺麗だということも知っている私は、拒否されることなど考えもせず先生に迫った。
 その時の私は、先生に他に彼女がいるかもしれないとか、そんなこと全く考えなかった。
 そして、抱きつくように唇を重ねたら、先生もそれに応えてくれた。
 背中に腕が回って、そっと抱きしめられたのだ。

 生まれて初めてのキス。

 まさか、自分からこんな風に強請ることになるなんて。
 でも、別に乙女チックな夢を持っていたわけではない私は、唇と唇のぶつかる感触を冷静に受け止めていた。
(違う……)
 私は理解した。そのときになって、ようやくわかった。
 私は、雪村先生とキスしたいわけではなかった。
(私は――)
 唇を離して、私は静かに言った。
「ありがとう」
 雪村先生の唇が、何か言いたげに開いたけれど、私は、踵を返して二階に上がった。



「二葉、帰ってたの?」
 いないと思って開けた二葉の部屋。
 ベッドにうつぶせている二葉を見つけて驚いた。
「勝手に、開けるなよ」
「何言ってんの? 先生、下で待ってるよ」
「…………」
「どうしたの? どっか具合悪いの?」
 二葉は、動かない。
「二葉」
 いきなり布団をかぶってもぐり込んだ。
「具合悪い」
「どこ?」
「色々」
「色々って、二葉」
「とにかく、今日は勉強できる状態じゃないから、先生には、帰ってもらってくれよ」
 布団の中から、くぐもった声。
「う…ん…」
「なんだったら、一華、見てもらえよ、勉強」
「え? 私はいいよ」
「……だったら、帰ってもらって」
「わかったよ」


(見られた――)

 二葉は、素直だ。他の人はともかく私にはわかる。二葉が何を考えているか。
 ショックだろうね。
 驚いただろうね。
 大好きな先生をとられて、私のこと恨んでるかもしれないね。
 そして、私は、二葉をこんな風に傷つけてしまったという事実に、自分でも驚くくらい、胸が痛んだのだ。

(バカなこと、した――)


 用件だけ伝えて、先生を帰した翌日。
 学校の帰りに先生が私を待ちぶせしていた。そんなに待たせてはいないだろう。
 部活はとっくに引退しているし、期末試験も終わった三年生の帰りは早いのだ。
「やあ」
「ストーカーですか」
「ひどいな」
 雪村先生は、笑って
「これから、時間ある? あ、勿論、そんなに遅くならないうちに帰すよ」
 デートを匂わせた。
「先生、何か、誤解なさってませんか?」
「えっ?」
 昨日、二葉を傷つけた、そのことでの八つ当たり。
 悪いのは、自分なのに――
「私、別に、先生とお付き合いしたいなんて思ってません」
 二葉と私、二人して胸を痛めた腹いせを、この幸せそうに笑う男にもぶつけたいと思ってしまった。
「言ったでしょう。キスしてみたかっただけだって」
 瞬間、雪村先生の顔が歪んで、私はまた自己嫌悪に陥った。

 二葉なら、こんな風に他人を傷つけたりはしない。

「それって、どういう……」
「言葉のまんまです」
 私は、目を伏せ、先生の顔を見ないようにした。口の中が苦くなった。
 そのままじっと黙っていると、雪村先生は、ふうっとため息を吐いた。
「僕は、不合格だった、ってことだな」
 顔を上げると、さっきの傷ついたような表情はどこにも無い、いつもの整った笑顔があった。
「マセた女子中学生の誘いに乗るなんて、俺も、修行が足りないな」
 僕が、俺に変わって、先生はコキコキと肩を鳴らすようにした。
 わざとらしい仕草だったけれど、私に気を遣っているのがわかった。
「あっ」
 そのまま立ち去りそうな先生を、思わず呼び止めた。
「ん?」
「あの、だからって、二葉の家庭教師、辞めたりしないで下さい」
 私が言うと、先生は、初めて不機嫌そうに眉を寄せた。
「当たり前だろう。二葉くんを清稜に受からせるのが、俺の仕事だ」
(あ……)
 思わずうつむいて口許に手をやった。
 また、馬鹿なことを言った。すごく失礼なこと。
 私とのことくらいで仕事を放棄するような人じゃない―――。
 下を向いたままの私の肩に、そっと手が乗せられた。
 励ますように、ポンポンと二回叩く。

「一華ちゃんは、もう少し、肩の力抜いてもいいかもね。まだ、中学生なんだし。無理して大人になること無いよ」

「……」
 ムリスルコトナイ――――
 このとき初めて私は、先生のことを好きになるかもしれないと思った。







 でも、それっきりだった。
 だって、今さら言えない。やっぱり、先生のこと好きみたい――なんて。
 あの日、先生とキスした日、私は知ったのだ。
 嫉妬していたのは二葉にではなく『先生に』だということ。
 二葉の気持ちを惹きつけている先生に。

 私は、あれだけ嫌いだと思っていた二葉が、本当は好きでたまらなかったのだ。
 いつまでも、
「すごいね、一華ちゃん」
 と、言ってほしかったのだ。

(ブラコン――)

 ブラコンのせいで、ものすごくいい男、ゲットしそこなっちゃったよ。

 でも、いいか。
 だって、先生の言うとおり、まだ私、子供なんだし。
 あの日の先生の言葉で、私は、ほんの少し変われた。
 そして、二葉への気持ちがはっきりしたことで、もっと変われた。

 高校に入って、友達もできてきた。
「一華ちゃん、高校入って、感じ変わったね」
 クラスメイトの友子が言う。中学からの同級生。
「そう? 大人になったからかな」
「うーん、そうかもね」
「ウソだよ」
 私は、まだ子供だ。
 でも、いつか大人になったとき、もう一度雪村先生に会いたい。

 子供だった私の、ファーストキスの相手に、
「こんなに、いい女になりました」
 って、報告したい。

 かなうかどうかは、わからない夢だけど――――。








完 2003.7.25


  



いかがでしたでしょうか?

『FUTABA』の感想メールで、初めて『ご感想くださった方にSSお届け』というのをやったのですが、
そのおかげ(だと思うのですが)で、普段の何倍もの感想メールをいただけました。
送ってくださった皆様、本当にありがとうございました。 そして、予想はしていたのですが(笑)

「一華自身は、二葉のことどう思っているの?」
「カテキョと一華のキスはどうして?」
「二人は、キスまでしながら、どうして付き合わなかったの?」

などなど、そりゃあたくさんの質問をいただきました。

そうだよねえ。わからないよねえ。

一人称で書くというのは、私のような初心者にはとっても楽なのですが、最大のネックに
「その語り手の知らないことは語れない」というのがあります。
だから、伝聞形式にしたり、謎解きの手紙があったり、意外な告白があったりと一人称小説では
色々工夫を求められるのですけれど、今回の一華の思いは、二葉に知らされることは一生無いものなので、
SSという形で、一華視点でお届けしました。

質問の中には、
「雪村先生は、実は、二葉のことが好きだったのでは?」
というご意見も、たくさんありました(笑)
とっても、腐女子的なその意見!実は私もチラリと考えました。でも、二葉じゃありませんが
『身近にドーセーアイシャがそんなにいるなんて』
ということで、その案、却下となりました。

だから、ごめんね…今回のSS…全然、BLじゃなくて!

宜しかったら、ご感想お寄せくださいませ。







HOME

小説TOP

お礼SS