ご感想をいただいた方へのお礼SSでした。 

一華編。


「二葉」
受話器を差し出すと、二葉はビデオのリモコンを持ったまま振り返って、だれ?と目で訊ねた。

私が知らん顔して受話器を電話帳の上に載せてソファに戻ると、その相手に気がついたらしくて、慌てて飛んでいった。
「あ、光樹?ううん、ヒマヒマ」
何が、ヒマだ。
私と一緒に、ビデオ観ていたくせに。
もっとも、この映画、二葉は以前に一度観ている。電話の相手竹本光樹と一緒に。
試写会の話を聞いたとき、私は、どっちにもチケットを譲ってくれとお願いしたのだけれど、ダメだった。
プラチナチケットだっだからしょうがないって思っていたけれど、最近になって、実はあの二人にとっては、あれがハリウッドの超大作でも東○マンガ祭りでも一緒だったんじゃないかって気がしている。

勿体ない。

一時停止していた画面を戻して、映画に集中しようとしたら、二葉が大きな声を出した。
「今からぁ?…一華も?」
何だろうと振り返ると、二葉と目が合った。
どうにも複雑そうな顔で私を見る。
私は立ち上がって、受話器を奪った。
『だから、とりあえず女の子ならだれでもいいって』
竹本君の声。
「だれでもいい、って何よ?失敬な」
『げっ!』
「一華、よこせよ」
再び、二葉が受話器を持つ。
「うん、うん、わかった。うん…一応、聞いてみるよ」
受話器を置いた二葉は、腕組して立つ私に言った。
「今日、光樹のアニキの大学、学祭なんだって」
「ああ、そう」
十一月第一週の土曜日、三連休の初日。そういうお日柄だろう。私が頷くと、
「一華、一緒に行く?」
二葉が、渋々というように誘った。
普段なら断るところだ。大会明けで、珍しく部活が休みの土曜日。このまま家でゆっくりしたい。
でも、二葉の渋々そうなのが、気に触って、私は大きく頷いた。
「うん、行く」
案の定、二葉はガッカリした顔をした。

勘違いしないで欲しい。私は、この双子の弟のことが好きなのだ。好きなあまり、いじめてしまう。いや、ちがう。好きだから、私を除け者にして竹本君と出かけようとしているのがちょっぴり気に入らなくて、おジャマ虫をかって出た。
そして、二人きりの方がいいと思っていたのは、二葉だけじゃなかったようで、待ち合わせ場所で私の顔を見つけて、竹本君は、意外そうに眉を寄せた。

自分から誘っといて、何よ。


「うちのアニキが、どうしても現役女子高校生を連れてこいって言ってさ…できるだけ、その、かわいい子がいいって…」
取って付けたように言う竹本君に、私は
「竹本君にとって、一番かわいいのは、このテの顔だもんねえ」
ふふふ…と笑って見せた。
二葉の顔が赤くなる。
全く、私の弟のくせして、どうしてこんなに素直なんだろう。
この二人が男同士のくせしてアヤシイなんて、私にはすぐわかった。


一学期の終わり、二葉の様子がおかしかった。暗く沈んだ顔をして、私ともあまり口をきこうとしなかった。みるみる痩せていく様子に、内心かなり心配した。
竹本君が関係しているのは明らかだった。
二葉が朝帰りした日、二葉に会うために家に来た竹本君の切羽詰った表情。竹本君の名前を出すたびの、二葉の過剰な反応。
この二人、どうなっちゃうんだろうって思っていたら、夏休みになって状況が一変していた。

夏休みの間、まるで遠距離恋愛中のラブラブカップルのように、毎日電話しあってるんだから。それも、昼間会ってるのによ。
痩せてげっそりしていた二葉は、今度はみるみる元に戻って、よく笑うようになった。
それだけじゃない。
たまに恋煩いの乙女のようにボケッとしたり、何か思い出したように口許緩めたりするし、気持ち悪いったら。
初めの頃なんか、カマかけて竹本君の名前を出しただけで耳たぶ真っ赤にしていたもんね。
お父さんお母さんにはとてもいえる話じゃないけど――でも、私は、反対しない。
だって、二葉は前よりも、ずっと幸せそうだもん。
痩せていく二葉を見るより、ずっとマシ。

二葉のことが好きだから、二葉が良いなら、それでいい。
昔、あんなに、嫌いだと思っていたのにね。
嫌い嫌いも、好きのうち―――意味が違うか。





大学のクラブハウスを使っての模擬店が並ぶ中、竹本君がパンフレットと地図を見比べながら私たちを連れて行ったのは、季節外れもいいところの…
「お化け屋敷?」
だった。

「おっ、来たな!わが舎弟よ」
屯っている学生の中から竹本君に声をかけたのは、長い髪を一つにまとめた、わりと綺麗な顔だちの男の人だった。
「シャテイって何だよ」
竹本君が憮然とした声を出す。
「きゃわゆいオトウトくんって意味さ」
違うだろ?と突っ込んでみたけれど、それではこの人が噂のカグヤ兄さんか。
ひどい吝嗇だって聞いていたけれど、そんな感じはあまりしない。
じっと見ていたら、目が合った。
「おっ!現役女子高校生!!」
(…セクハラ)
「うわっ、同じ顔がもう一つ!」
二葉を見て仰け反っている。竹本君が呆れる。
「二葉だよ。一回、うちで、すれ違ってるだろ?」
「えっ?ああ、そうか、よく見れば。ってことは、二葉君は双子で、こっちは妹さん?」
「姉です」
私は、自分から挨拶した。
「春野一華です。はじめまして」

うわあっと周りから拍手が沸いてびっくりした。
何よ?!
なんで挨拶しただけで、そんなに喜ばれないといけないの?

「よかったな、カグヤ、これなら客も集まるよ」
「せめて、資材分だけでも回収しないと」
「あのまんまじゃ、大赤字だった」
「やっぱり、金のことはカグヤに任せるにかぎるな」
何の話?わからない。
勘働きは良いはずの私が、話についていけなかった。

そして、話を聞いた後も、私はついていけなかった。

季節外れのお化け屋敷を企画したカグヤさんのサークルは、一回、5百円で入場者を募ったけれど、全然客が入らなかったそうだ。
わかるけど。
それで、カップルで入ってもらって、女の子にキャアキャア言ってもらおうとしたけれど…
「うちの大学の女って、キャアキャア言うタマじゃなかったんだよね」
カグヤさんは、ヘラリと笑った。
「それに、うちの大学男の方が圧倒的に多くて、しかもむさいのばっかだから、カップル自体少ないの」
「数少ない本当のカップルは、今ごろ、模擬喫茶であったかいココアでも飲んでるし」
そりゃそうでしょうよ。
なにも、十一月に、お化け屋敷に入らなくても。
「でね、作戦を変えたの。ヒマな野郎どもをターゲットにして、題して『現役女子高校生とお化け屋敷でドッキン!』」

ドッキン?なにそれ。
現役女子高校生??私が何するって???

私の眉間におもむろにしわが寄ったのを、竹本君と二葉は怯えたような顔で見た。
「でね、一華ちゃん。ここに入るの一人付き合ってくれたら五百円、どう?」
「えっ、カグヤ、それじゃあ、儲け無いじゃん」
「ばあか、ジョシコーコーセーだぞ。現役だぞ。入場料は千円に値上げだ。決まってるだろ」
「あ、そっか」

なんなの…こいつら…。

「…失礼します」
私は、くるりと踵を返した。
「えっ?」
「あぁっ!」
「ちょっと待って!」
待・た・な・い。
ふざけないで。
誰が、そんなセクハラ企画に乗ると思う。
連れてきた竹本君にも腹が立ってきて、ちょっと意地悪な気持ちで振り向いて言った。
「そうだ。うちの弟、女装させたら可愛いですよ」
「えええっ!!」
「ばっ、何言うんだ、一華っ!」
二葉と竹本君が、同時に叫ぶ。
「なるほど…」
わらわらと大学生の集団が二人を取り囲んでいる。

ザマアミロ。
私は、笑って駆け出した。

ドン

クラブハウスを抜けたところで、正面から来た人とぶつかった。
「おっと」
「あ、すみません」
見上げて、そのまま固まってしまった。
「一華ちゃん?」
「雪村先生…」
約一年ぶりの、私のファーストキスの相手。
「どうしたの?こんなところで」
「せ、先生こそ…」
「俺は、だって、ここ、俺の大学」
そう。
実は来る途中でも、チラッとそう思った。
でも、こんな広いキャンパスでまさか会うなんて思わなかった。

「友人のサークルが、物好きにもこの季節にお化け屋敷とかやっててさ。あんまり人がこないんで、客連れてきてくれって言われたんだよ」
ギクッ
「でも、わざわざ金払ってまで子供だましのお化け見たいなんてヤツいなくてね。当たり前だけど」
雪村先生は、磊落に笑った。まるで、一年前のことなど無かったように。
「しかたないから一人で行くところだったんだけど、一華ちゃん、よかったら付き合ってくれない?」

どうしよう。

またあそこに戻るのか。
それはいいんだけど、私の夢は、もっと大人になってから先生と再会することだった。

「一華ちゃん?」
先生は首をかしげて、思い当たったように言った。
「ああ、ごめん、こんなところ、一人で来てるはずないよね」
「いいえっ」
何故か、即答。
「えっ?」
「あ、もちろん、一人で来たわけじゃないですけど…」
先生は、ちょっと眉をよせて笑った。
私は、何だか甘ずっぱい気持ちになった。
「行きます、そこ。お友達の、お化け屋敷」
「えっ?」
「すっごく面白いものが見られますよ、きっと」
「そう?」
そんなに期待しない方がいいと思うけどな、と、先生は頭を掻いた。
私は、笑った。
先生の瞳が優しく細められた。
「よく考えたら、ひさしぶりだね」
「はい、先生」
「もう、先生じゃないよ」
「そうですね、雪村先生」
わざと言ったら、先生は、肩をすくめた。
「二葉君、元気?」
「ふふふふ…」

竹本君に、どう言って雪村先生を紹介しようか。
双子の共通の初恋の人だといったら、さぞ驚くだろう。
でも、その言葉に一番驚くのは、この人だ。
(どうしようかな)
ハンサムな横顔を眺めて、私は、ひとり小さく笑った。









HOME

小説TOP