書いた人 カザン
「マネージャー……?伊織君の?」 拓海はその織田某の顔を見ながら、不信感をあらわにして呟いた。 「そう!桂木伊織」 織田は嬉しそうに頷きながら、ニカッと微笑んだ。 拓海は校門から少し離れたところに、織田が乗っていたと思しきワゴン車を見付けた。確かに伊織の事務所のものだ。 「君、拓海君でしょ?」 いきなり名前を当てられ、拓海は当惑しながらも頷いた。 「あの……どうして、名前……」 「んん?あ、名前ね〜。さて、どうしてでしょう〜」 何がそんなに面白いのか、織田は一人でクスクスと笑っている。 「菊原さんはどうしたんですか?」 伊織のマネージャーといえば、子役時代からずっと付いていた菊原和彦しかいない。菊原の名は、ちょっと熱心な伊織ファンなら誰でも知っている。 「菊原さん?ああ、前任の」 「前任?」 「うん、いきなり辞めちゃったんだよねー。実家の家業を継ぐとかで」 織田は、作り物のような真っ白な歯をキラリと光らせながら笑った。 「ああ、そうなんですかぁ」 菊原は、伊織をここまで育て上げた育ての親だ。その敏腕マネージャーを絵に描いたような菊原の後釜が、ホスト崩れのようなこんな男とは……。 どうせなら、カリスママネージャーとしてちょっとした有名人だった菊原に会いたかったと、拓海は思わずがっかりした声を出した。 「あれれ?どうしちゃったのかな?」 織田はそんな拓海を見て、ニタリと笑った。 この織田という男、どこか信用できない。見かけは何も考えていないような感じだが、その実、腹の内は見せないタイプのように思えた。そうでなければ、芸能人のマネージャーなどできないだろうが。 「いえ、別に何でもありません」 拓海は慌てて首を振り、無理矢理笑顔をつくった。 こんなヤツでも伊織のマネージャーなのだから、愛想良くしておいて損はないだろう。 「で、伊織君のマネージャーさんが、僕にいったいどういったご用ですか?」 拓海は、ニコニコしつつも抜け目なく目を光らせながら尋ねた。 「んー、君、なかなかいい根性してそうだね」 織田は面白そうにそんな拓海を見下ろし、その頬を撫でた。 「うわっ!お肌もツルツル〜〜」 拓海はぎょっとしながらも、「やだなぁ、もう」などと言いながら、なんとか笑顔で織田のお触り攻撃を切り抜けた。と、その時……。 「織田さん、何してるの?」 この声は―――! 「伊織君!?」 電光石火の素早さで振り向くと、そこには確かに伊織が立っていた。ここ一ヶ月で、また背が伸びたかもしれない。すんなりと伸びた脚を制服のズボンにくるみ、腕を組んでジッとこちらを見つめている。 しかしながらその顔付きは、お世辞にも機嫌が良さそうとは言えなかった。いつもなら大勢いるお取り巻きもいない。 「何だ、君か」 伊織は面白く無さそうに低く呟くと、拓海の横をすり抜けて、さっさとワゴンに乗り込んだ。いつも優しくて大人しい伊織にしては、ずいぶんとあからさまに嫌そうな態度だった。 そこで拓海は、自分が伊織に何をしてしまったかを思い出した。……それがきっかけで噂が噂を呼び、恐れ多くも自分が、伊織に対抗心を燃やしていることになっている、なんてことも……。 「織田さん、早く」 伊織が窓を開け、急かすように織田を見つめた。拓海の方は見もしない。 「へいへい」 織田はひょいと首を竦め、ワゴンに向かって歩き出した。 そして思い出したように振り返ると、拓海に向かってこう言ったのだ。 「これから雑誌のグラビア撮影なんだけど、よかったら君も見学に来る?」 「え?」 「織田さん!」 鋭い声にワゴンの方を見ると、伊織が燃えるような眼差しを織田の方に向けていた。そんな感情をあらわにした伊織の顔は、もちろん初めて見る。 「あの……僕……」 「どう?キョーミあるでしょ?」 「は…あ……」 拓海としては、もちろん俄然キョーミありまくりなのだが、いかんせん肝心の伊織があんな様子では、頷けるわけがなかった。 「いいよ。来たいって言うんならどうぞ」 伊織はそう言って、どこか挑戦的な笑みを見せた。 「え……」 伊織がいいと言うんなら、もちろん行きたい。行きたいに決まっている!! 仕事をしている伊織を間近で見るなんていうビッグチャンス、もう二度とないかもしれないのだ。 「じゃ、じゃあ行こっかなぁ……」 拓海が気のない振りをしながらそう言うと、伊織はちょっと驚いたように目を見開いた。それはそうかもしれない。伊織は、拓海は自分のことが嫌いだと誤解しているのだから。 拓海は、これは誤解を解くいい機会だと自分に言い聞かせた。素直で優しい伊織なら、ちゃんと話せばわかってくれるに違いない。 「ささ、どうぞ」 織田が、満面の笑みでワゴンのドアを開けた。 「へいっ!」 威勢よく返事をした拓海に、伊織が小さく笑う。 拓海は、車が動き出しても、しばらくは地蔵のように固まっていた。 「あの……伊織君……」 拓海はおかしな言葉遣いにならないよう、注意深く言葉を選びながら話し掛けた。 「何?」 窓の外の風景を眺めていた伊織は、仕方無さそうに拓海に向き直る。 「あ、あの、この前は、コーヒーこぼしちまって、ゴメリンコ」 ……ちょっと語尾がおかしかったような気もするが、取り合えず謝ることはできた。 拓海は額に浮き出た汗を拭い、ほーっと長い息を付いた。 運転席で聞き耳をたてていたらしい織田が、拓海の言葉に「ブブーッ」と吹き出した。 「まあ……いいよ。気にしてない」 ここで怒るのも大人気ないと思ったのか、伊織は頬を引きつらせながらも頷いた。 (よかった……。許してもらえた) 拓海もつられて笑顔になる。 「僕てっきり綾木君には嫌われてるとばかり思ってたけど、違うよね?」 「何言ってやがんだてめえ〜!んなわけねえってよぅ!」 興奮のあまり、いきなり馴れ馴れしくなってしまう拓海だった。 「違うってさ。よかったな、伊織」 運転席の織田が、からかい半分で伊織に声をかける。 「うん、まあね」 その言葉に、伊織はクスリと笑った。しかし、伊織と仲良くなれたと思い込んで浮かれている拓海は、その笑みの奥に隠された意味に気付くことはなかった……。 スタジオで撮影をしている間、拓海は隅の方で織田と並んで見学していた。 カメラを持っているより、二本差しの侍の格好でもさせた方が似合いそうな、ヒゲを生やした渋い中年カメラマンの指示に従い、伊織がポーズを決める。 「織田さん、この子は?おたくの新人?」 乙女のように胸の前に手を当て、撮影の様子を食い入るように凝視している拓海を見て、スタイリストの女性が尋ねた。 「いや、伊織のクラスメイト」 織田は腕を組んだまま、ひょいと首を竦めて笑った。 「なかなかいい線いってるっしょ?」 「うん、可愛いわぁ。さすが現役高校生」 「伊織が、クラスに面白れぇヤツがいるって言うもんだからさ、どんなヤツかと思ったらこのツラだろ?見学を餌に連れて来ちまったってわけ」 「織田さん……。まさかと思うけど、こんな子供に手は出さないわよね?」 「んー、どうかな……」 織田はにやりと笑って、傍らの乙女ポーズのまま微動だにしない拓海を見下ろした。 拓海は、撮影を見るのに夢中で、そばで交わされた二人の会話はまったく耳に入っていなかった。 (伊織君……) 目の前で、床の上に座り込んだ伊織が、撮影用に連れてこられたテディベアカットのトイプードルを抱き上げて微笑んでいる。 (ああ、あの毛むくじゃらの犬になりたい……) 拓海は、邪気満載で笑う織田や、その他大勢の存在を完璧に忘れ、ただ一心に伊織を見つめていた。 それがどんなに危険なことかも知らずに…………。 |
キーワード 「二本差し」でした。 次回は 「新撰組」
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