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「風招丸を浅田の屋敷にお返しして来い」 玄武に言われて白虎は目を丸くした。 「秀俊殿のことを知ったのか、夜な夜な啼いてうるさくてかなわぬ」 「そんな」 白虎が明乃の庄に戻って、朱雀と新三郎が死んだと伝えたのは、三日前のこと。明乃庄では、だれもがそれを聞いて悲しんだ。しかし、風招丸がいくら賢いとは言え馬の身でそれを知るだろうか。 「もともと我ら忍びに馬は要らぬ。風招丸ほどの馬、使ってもらえるところにいくのが良かろう」 玄武はそう言って、 「別に浅田様の所で無くてもよいが」 と、ボソッと付け加えた。 白虎の頬にさっと血が上る。 「わかりました。私がお返ししてまいります」 忍びの足に馬は必要ないが、新三郎にはあった方がいいだろう。しかもとてもかわいがっていた馬だ。届けてやればどんなに喜ぶか。 白虎は、もう二度と会わない覚悟で分かれてきた朱雀にまた会いに行く理由も見つけて、舞い上がった。 「ついでに……」 身の回りの物や薬、朱雀が読むわけはないと思ったが新三郎のために書物など、屋敷の中からかき集めて荷造りしていると、 「白虎」 青龍が革の袋を投げてよこした。 「駄賃だ。京見物でもゆっくりしてこい」 袋の中には駄賃というには多すぎる金が詰まっていた。 白虎はこれもすぐに理解した。山奥での生活とはいえ金は無いより有るほうがいい。白虎は自由になる金は持っていなかったから、これは青龍の気づかいだ。 二人の兄は、朱雀と新三郎のことをわかった上で、 (知らぬ顔をしてくれている……) 白虎は、小さな手に革袋を握り締めて、頭を下げた。 「ありがとうございます」 近江から甲斐まで、風招丸は飛ぶように疾走(はし)った。夜はぐっすり休んで、まだ日の昇らぬうちから白虎を起こして急かす。主人のもとに向かっていることを知っているようだ。 白虎は、甲斐の国に入ってからは土地の者に身をやつした。風招丸は、馬体を泥や藁で汚されて、少し嫌そうな顔をした。 「がまんしてください。もうすぐ大好きな秀俊様に会えるんだから」 そして、自分も大好きな朱雀と会える。 再会に胸をときめかせて鹿音谷に向かったのであるが――― 「…………」 惟之助の小屋で見てしまった情景は、あまりに衝撃的だった。 その後、白虎は自分がどうやって山を降りたか、憶えていない。 もう少しで里にぬけるというところで、土中から顔を出していた木の根っこにつまずいてポテンと転んだ。忍びとしてはありえぬ姿だが、白虎はそのまま道に倒れて、真っ赤に火照っている頬をひんやりとした土で冷やした。 しばらくそうしていたが、 「これ」 その倒れた白虎の後頭部を、つんつんと突付く者がある。 「いつまでもこんな所に倒れていると、さらわれるぞ」 白虎が横目で見上げると、予想した男の顔があった。 「何で、あなたがここにいるんです」 倒れたまま訊ねると、夜叉王丸は白虎の横にしゃがんで、顔を覗き込み笑って言った。 「たまに、あの二人の様子を見に来ているのだ」 がばっと、白虎は跳ね起きた。 「見に?」 見てしまった朱雀と新三郎のあられもない姿が浮かんで、白虎は真っ赤になって叫んだ。 「見に来ているって、あれをっ」 「いや、いつもアレというわけでもないが、そうだな、私が来たときの三度にニ度はアレかな」いや、四度に三度か。まあいずれにしろ朱雀の新妻ぶりは見ていて飽きないのだ。と、夜叉王丸はうそぶいた。 「な、なんで」 白虎はブルブル震える。 「なんで、そんな……」 仮にも伊賀にその男ありと名高い夜叉王丸だ。敵ながらあっぱれと甲賀忍びの間でも一目置かれた天下の夜叉王丸が―― 「のぞきの真似なんか」 「真似ではなくて、のぞきだが」 「開き直るんですかっ」 しゃあしゃあと言う夜叉王丸に、白虎はこぶしを振り上げる。夜叉王丸は、楽しそうにその両手を捕らえた。 「お前のせいで、私はあの二人を殺したことになっているのだ」 「え?」 白虎は、自分の吐いた嘘を思い出した。朱雀も新三郎も伊賀の夜叉王丸の手にかかって死んだと。 「これであの二人が生きていると知れたら、私がし損じたことになる。違うか?」 白虎は、目の前のきれいな顔が急に妖しい気を帯びたように感じて、身を竦ませた。 「あの二人が生きていることは誰にも知らせぬ。そして、あの二人を殺すのは、私でないといけないのだ。わかるか」 夜叉王丸の笑みが深くなる。白虎は、薄い背中をゾクリと震わせた。 「ふふ……怯えた顔も可愛いな、白ウサギ」 「なっ」 慌てて握られた両手を振りほどこうとしたが、夜叉王丸の力は強く、びくともしなかった。 「暴れるな」 夜叉王丸の赤い唇が白虎のそれを掠めた。 「っ…」 白虎が咄嗟に目を瞑った隙に、夜叉王丸の姿は完全に消えていた。 「や、しゃ……」 唇を拭うと、血が付いた。噛み切られたのだ。 (痛い) 切れた下唇を舌で押さえると、ズキッと疼く痛みとともに、妙な気持ちがわいてきた。まだ幼い白虎には、その気持ちが何なのかは、わからない。 「てゆうか、お前、あんな子どもにまで手を出すのか」 来るなと念押しをされた小太郎は、言いつけどおりおとなしく陰にひそんでいたが、一部始終は見ていたらしい。 「のぞいていたのか」いやらしい男だ、と冷たく言われ、 「お前にだけは、言われたくない」 小太郎は顔を引きつらせた。 「あんな子ども、抱いたら壊れるぞ」 やきもち半分でぶつぶつ言ってやれば、夜叉王丸は切れ長の瞳を細めた。 「うむ、それもよい」 うっとりと何ごとか考えている美丈夫を、小太郎は胡乱げな目で見つめた。 |
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