ご感想をいただいた方へのお礼SSでした。

 くつくつと音を立てて煮える鍋の中を覗き込み、朱雀は首をひねった。
(なんか違う……)
 ためしに一口飲んでみて、
「うえっ」
 思わず声が出た。焦げ臭くて生臭い。
「おっかしいなあ、惟之助さんが作ってたのとおんなじはずなんだけど」
 湯を沸かして山鳥と野菜を入れただけ。それだけなのに何を間違ったのか、
「匂いが良くない」
 朱雀はしばらく考えて、良い香りのする薬草や香木を鍋の中に入れてみた。
「…………」
 心なしか、鍋の中が黒ずんできたように見える。
 ひとさじすくって、
「おえええ」
 今度は口から吐き出した。
「シロの作った薬湯みたいな味がする……」
 シロこと白虎が聞いたなら「昼餉と薬を一緒にしないでください」と目を三角にするところだが、その弟はひと月ほど前に甲賀の里に帰っている。
「ちぇ、こんなことなら普通に焼けばよかった」
 朱雀は鍋の中の物を名残惜しそうにかき混ぜて、結局、裏の大木の根元に捨てに出た。煮崩れてドロドロになった野菜を汁ごとこぼして、山鳥の肉だけは笊にとる。肉を捨てないのは、以前、新三郎に言われたからだ。食べずに捨てるのは殺生、と。


 まだ朱雀が焼き物も不得意だったとき、鴨の肉を真っ黒に焦がしてしまった。捨てようとすると、新三郎がその手を止めた。
「中は食べられるだろう」
「いいよ。こんな鴨くらい、俺、またすぐ獲ってくるから、何羽でも」
 焦がしたことが恥ずかしくてそう言うと、
「いや、食べてやらねば、この鳥は無駄に死んだことになる」
 新三郎は、静かに首を振った。
「この鳥は、我らのため、我らが生きるために、自分の生を与えてくれたのだ」
 朱雀は意味がわからず、不思議そうな顔をした。
「我らが鳥や魚を食らうのは、生きるためだ。悪いことではない。鳥も生きるために魚を食らい、その魚は生きるために虫を食らう。そういうものなのだ」
 けれども食べずに捨ててしまっては、無益な殺生をしたことなる――新三郎の言葉に、朱雀はコクンとうなずいた。
 新三郎は、鴨の黒くなった表面を小刀で削いだ。果たして、中までは炭になっていない。よく焼けた赤い肉をつまんで、
「ほら、食べてみよ」
 新三郎は、朱雀の口に押し込んだ。
「う?」
 意外にも、
「おいしい」
 朱雀は目を丸くし、新三郎も笑ってそれを口にした。
 それ以来、朱雀は二人が食べる以上に獲物をとる事はせず、また、多少調理の段階で失敗をしても無駄に捨てることはしなくなった。まあ、調理と言うのもおこがましい、切って、洗って、焼く程度だが。


「焼くのは上手くなったんだけどなあ」 
 今日は朝から新三郎が山に行っているから、たまには小屋の掃除もして、昼餉の準備もしてやろうと朱雀は張り切った。張り切りついでに、一昨日獲ってきた山鳥を惟之助が作っていたような鍋にしようと思い立ち、記憶を頼りに作ってみたらこの有様だ。油の抜けきった山鳥を、ちょっとかじって、鼻の頭にしわを寄せる。
「うまくはないけど、食べられなくもない」
 その時、表に人の気配がした。新三郎が帰ってきたのだ。
「お帰りなさい」
 朱雀は飛び跳ねて迎えに出る。
「ただいま」
 新三郎は、土間に籠を下ろしながら振り返った。籠には見たことのない野菜が入っている。
「それ、どうしたの?」
「ああ、里の人がくれたのだ」
 新三郎の言う里というのは、麓の村落のこと。
「山に行ったんじゃなかったのか? 罠を見て来るって言ったじゃないか」
「もちろん、それも行って来た。ついでに里にも寄ったのだ」
「言ってくれれば、俺が行ったのに」
 里までは朱雀の足ならすぐだ。馬を持たない新三郎には遠かっただろう。
「いったい何しに?」
「いや」
 一瞬、新三郎が照れたように笑った。
 朱雀はピンと来た。
「治平爺さんの家に行ったな」
 治平と言うのは、惟之助が「くれぐれも……」宜しくと、二人を頼んでいった村の長老である。山小屋暮らしの惟之助が日用品に不自由しなかったのは、治平が山の獲物や畑の収穫物を銭に替えてくれたからだ。ここを発つ前に惟之助は、二人を連れて挨拶に行った。その時、治平の孫娘おそねが新三郎に見惚れていたのを朱雀は忘れておらず、悋気に白い頬をふくらました。
「おそねに会ったんだな」
「どうしてそれを?」
 さすが忍びの者は千里眼――と、のんきなことを思いかけた新三郎だったが、顔に血を上らせてポカスカと胸を叩いてくる朱雀に、やきもちを焼かれているのだと気がついた。
「いや、違う、違うぞ」
 慌てて否定して、
「おそねには会ったが、これを受け取っただけだ」
 風呂敷包みを前に出す。
「何、それ?」
 朱雀がきょとんと見ると、新三郎は包みを開いて、中から一枚の着物を取り出した。
「これを仕立ててくれるよう、頼んでおいたのだ」
 朱雀の手に渡す。薄く綿が入っていて暖かそうな冬物だ。
「近ごろは朝晩冷えるから、その着物では寒いだろう」
「俺に?」
「そうだ」
「……新三郎様のは?」
「私は、いらぬ」
 爽やかな笑顔に、朱雀の胸がキュンと締め付けられる。
「でも、あの……そしたら、俺……」
 朱雀はもぞもぞと腰を動かし、
「そしたら、俺が、新三郎様を暖かくしてあげるね」
 うつむきながら、新三郎ににじり寄った。
「暖かく?」
 そんなことができるのか、さすが忍びの者は――と、再びのんきなことを思いかけた新三郎だったが、顔を上げた朱雀の潤んだ瞳に言葉の意味を理解した。
「あ、いや」
 まだ昼だ。
「ま、待て、朱雀」
「何で?」
「まだ明るい」
 いくら日が短くなったとはいえ、日没まではまだずい分ある。武家育ちというだけでなく、生来、生真面目な新三郎にとって、伽は夜伽というだけあって夜のものと決まっている。――けれども、
「誰も見てないよ」
 上目遣いに微笑んで、小首をかしげる朱雀の誘惑。新三郎の理性がグラリと揺れた。
「新三郎様……」
 朱雀の甘い吐息が唇にかかる。据え膳食わぬは男の恥、という言葉はこの時代にはなかったが、
「朱雀」
 新三郎は、朱雀の身体を抱いて唇を重ねた。



「んっ、はぁ…」
 息苦しいほどの口づけに喘ぎながら唇を離し、朱雀は新三郎の着物を脱がす。新三郎も朱雀の着物を、最近では慣れてしまった手つきでするりと剥いだ。
 野山を駆け回って育ったはずなのに、朱雀の肌は白く滑らかだ。新三郎は、その練絹のような感触を存分に楽しんだ。
「あ…ん」
 新三郎の、このごろ少し骨太になってきた長い指が胸をすべると、朱雀は愛らしく鳴いて背中を仰け反らした。淡い色の柔らかな尖りが、触れると凝って赤く色づいていく。
「や、あ…ぁ」
 朱雀の細い指が新三郎の髪をまさぐる。吸って欲しいのだ。唇で尖りを挟み舌の先で愛撫すると、朱雀は細い悲鳴をあげた。新三郎の頭をきつく抱いていやいやと身をよじる。空いている手でもう片方の尖りを摘まむと、朱雀は再び激しく鳴いた。
 朱雀は房事の際、声をこらえるということをしない。こらえるものだと知らないからだ。天衣無縫な性格がそのまま閨にも表れている。一方新三郎の方は、普段の磊落な人柄とはうって変わって、意外なほどに細やかで濃密な指づかい。そっと触れられた所からぐずぐずに溶けていきそうな感覚に、朱雀はあられもなく泣き叫ぶ。
「あ…っ、熱…い。んっ、あ、いいっ……ああっ」
 両足を新三郎の腰に巻付け、既に立ち上がっている雄を引き締まった腹に擦りつけると、先からは雫が零れて、くちゅくちゅと淫猥な音を立てた。
「いいっ、気持ちいい、新三郎様ぁ」
 好きとうわ言のように繰り返しながら、腰を擦り付け、朱雀は一気に高まっていく。
「あ…ん…出るッ」
 朱雀は、新三郎の肩に爪を立てた。
「い、いく……あっ、新三郎様っ、あっ、どう……」
 せわしなく息をつぎながら「どうしよう」と愛らしく首を振る。
 新三郎は、目を細め
「ゆけ」
 耳元で小さく囁いた。
「…っんん」
 我慢できずに朱雀が先にいくのもいつものこと。朱雀は、爪先を丸め、新三郎のたくましい肩に指を食い込ませて精を放った。

 新三郎は、自分の腹を汚したものをすくい取り、まだ腰に絡み付いたままの朱雀の窄まりに指を這わせた。
「あっ」
 ひだに触れると、朱雀はピクリと震え、涙に濡れた目で恥ずかしそうに新三郎を見上げる。
「良いか?」
 新三郎が、優しく訊ねる。
「んっ」
 朱雀は頬を染めてうなずいて、新三郎の首に腕を回した。
 良いに決まっているのに、毎回聞いてくれる優しさがくすぐったい。 指を入れられて、朱雀は新三郎の肩口に額を押し付けた。
「熱いな」
 新三郎がフッと笑う。朱雀は、むずがる子どものように首を振る。自分の汚いところに新三郎の指が入っていると思うとたまらなく恥ずかしい。と同時に、例えようの無い快感も生まれる。二本三本と増えた指が、朱雀の良いところを何度もくすぐる。
「ああ、も、っ」
 指だけの愛撫に焦れて腰を揺らすと、新三郎もそろそろ限界だったのか、指は引き抜かれ代わりに何倍も嵩のある熱いものが押し当てられた。
「新三郎様っ」
 みしみしと身を裂くように入ってくる。その瞬間、閉じた朱雀の瞼の裏は真っ赤に染まって、息もできない。
「…っ」
「大丈夫か、朱雀」
 親指の腹で頬を撫でられて、朱雀はゆっくり目を開く。愛しい新三郎が、汗ばんだ額に男らしい眉を寄せ、心配そうに覗き込んでいる。朱雀は、新三郎のこの顔がたまらなく好きだった。
「新三郎様……」
「苦しくないか」
「はい」
 朱雀は、絡めた足で新三郎の腰を引き寄せる。
「うっ」
 きゅっと引き締まり、新三郎は思わずうめいた。
「こやつ……」
 新三郎は笑って、朱雀を抱え起こす。
「あぅ」
 胡座をかいた新三郎の上に向き合って座る形になり、より深く貫かれて朱雀は喉を反らせた。その白い喉に新三郎が、むしゃぶりつくように口づける。指は再び、朱雀の胸の突起を弄る。
「あん、もうっ」
 朱雀は鼻声で甘えて、新三郎の顔を両手で挟むと、ねだるように唇を寄せた。






 ゴクリと小太郎が何度目かの唾を飲み込んだとき、夜叉王丸はこの男を連れてきてしまったことを後悔した。もちろん、初めから連れてきたくて来たわけじゃない。勝手に付いてきたものだ。
「お、お前、こんな……他人の見て、楽しいか」
 喉を鳴らしたことを取り繕うように言う風魔の小太郎。その股間がさっきからずっと漲っているのを夜叉王丸は知っている。
「お前は楽しんでいないのか」
「俺は、見るより、やるほうがいい」
 まるで「お願いします」といわんばかりに自分をジッと見る小太郎に、夜叉王丸は露骨に顔を背けた。
「私は美しいものが好きなのだ」
「だから?」
「あれは見ていて美しい」
 赤い唇の両端を引き上げる。視線の先では、朱雀が新三郎の腰にまたがり、かたい腹に手をついて自ら腰を揺らしている。短く切りそろえた黒髪が華奢な肩先でサラサラと揺れ、白い背中の小さな肩甲骨の上を玉の汗が滑り落ちる。


「まさか、これを見たくて殺さなかったのか?」
 かつて自分も首を狙った男を、夜叉王丸がわざわざ助けたことがどうにも腑に落ちなかった小太郎だが、ここに来てなんとなくわかった気がした。
「ふっ」
 夜叉王丸は鼻で笑った。
 その時、
「む?」
「なんだ?」
 世に優れた二人の忍びは、遠くからこちらに向かってくる何者かの気配を感じた。
 夜叉王丸がさっと動いたのを、小太郎が慌てて追う。
「ほほう」
「なんだ、村の子どもか?」
 木の上から見れば、それは小さな子どもだった。いや、小さな子どものふりをした白虎。質素な丈の短い着物にひざ小僧を晒して、頭から汚れた手拭いを被っている。白虎は一頭の馬を引いていた。これも藁と土でわざと汚しているけれど、堂々とした馬体は名馬風招丸。
「これは」
 夜叉王丸は、面白そうに笑った。
「白ウサギがあの場を見てなんと思うか」






 小屋の前に置いていかれた風招丸の啼き声に朱雀と新三郎が気づくのは、その後ずい分経ってのことで、朱雀はただただ驚いていたが、新三郎はひどく落ち込んだのだった。








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