(嫌だ……何、これ……)
 夜叉王丸の舌が自分の胸の先を転がす度に、背中を甘い痺れが走り腰に溜まっていく。
「う……う……」
 溢れる唾液で口に詰められた絹が重くなる。息苦しさと、生まれて初めて知る名前の付けられない感触に、朱雀の身体が小刻みに震える。
(助けて…っ)
 今まで一度も口にした事の無い言葉を、朱雀は心の内で叫んだ。それほど、自分の身に起きた変化が恐ろしかった。夜叉王丸の唇は容赦なく、白い肌を吸いあげて紅く染めていく。脇腹を強く吸われたときは、朱雀は身体を痙攣させて爪先をきゅっと丸めた。
「かわいい応え(いらえ)をするな」
 夜叉王丸は、含み笑いで朱雀の下穿きに手をかけた。わざわざ豪華な稚児衣装に着替えさせたのも自分の楽しみのためなら、白絹の下着をはかせたのも自分の趣味だ。やんわりと掴んで押し揉むと、朱雀の目に羞恥と怯えの色が同時に浮かんだ。朱雀の反応が見たくて、夜叉王丸は朱雀の少年らしいモノを口に含むことにした。本当はそこまでするつもりも、必要も、無かった。もともと男のものを咥えるのは趣味ではない。奉仕されることはあっても、自ら相手の快感のために奉仕するなどもってのほか。けれども今日は、この清童の垣間見せる淫奔の欠片をもう少し集めてみたいと思ったのだ。
「んんんっ……っ」
 案の定、夜叉王丸の口腔に含まれて、朱雀は激しく身をよじった。丸めた爪先が敷物の毛皮を掻き、溢れた唾液が絹の端から鎖骨へ滴る。
「ん……うぐっ」
 たまらず自分の肩口に埋めかけた顔を、前髪を掴まれ荒々しく上向けられて朱雀は喉の奥で悲鳴をあげた。
「顔をよく見せろ」
 まだ子供らしさを半分残した先端を舌の先でくすぐりながら、夜叉王丸は上目遣いに朱雀を見上げた。朱雀の目元に嫌悪だけではない色を見て、素直な身体に喉が鳴った。再び奥まで飲み込んでやると、美童は苦しそうに眉根を寄せて、言葉にならない喘ぎを漏らす。
(これは、いかぬ)
 ゾクゾクと甘美な疼きが身の内から湧き起こるのを感じて、夜叉王丸は苦笑した。この少年は、自分が思っていた以上に危険かもしれない。 危険だと知って近づくのは愚か者だ。けれども、危険だからと避けるのは、凡人のやること。伊賀の夜叉王丸はそのどちらでもなければ、珍しい玩具を前した子供のように胸を躍らせた。



(あ…あ…っ)
 ふさがれた喉の奥で、朱雀は何度も息を呑んだ。夜叉王丸の口腔に弄られている自分のモノが、ドクドクと波打つのがわかる。自分ですら用を足すときくらいにしか触らないそこを、他人の口が含んでいるという事実も信じられないが、またそれが恐ろしいほどの快感だと知らされて頭の中が真っ白になる。閉じた瞼の裏に何度も火花が散る。竿を下から上にザラリと舐め上げられると、背中から耳の後ろまで痺れがきた。皮を剥かれた先の割れ目を、舌先で広げられると、排尿感を覚えて内腿が痙攣した。
(あ、ダメっ)
 声にはならない叫びを上げて、朱雀は自身を放った。
 朱雀は自分がみっともなく漏らしてしまったのかと思ったが、夜叉王丸が口で受け止めたものはそれではなかった。朱雀は大きく胸を喘がせて、夜叉王丸が手のひらに吐き出したものを呆然と見つめる。夜叉王丸は、そんな朱雀を見て紅い唇の端を歪めた。
「お前のものだ。初めてか?」
 指を近づけられて、朱雀は顔を背けた。独特の匂いがした気がしたが、それが何だか考えようとは思わない。
 夜叉王丸は喉の奥で笑って、いつの間にか剥き出しになっていた朱雀の両足をまとめて片手で掴んだ。
「うっ」
 足を高く持ち上げられて朱雀は焦ったが、その後の夜叉王丸の行動には、もっと激しくうろたえた。さっき口から吐いたものを、朱雀の尻の穴に塗りつけている。
「んんんっ」
 暴れても足首を固く縛められていて、わずかに腰を動かすのがやっと。それすら、おかしそうに目を細める夜叉王丸を喜ばしているだけだと気付いて、朱雀は奥歯をかみ締めた。
(う、あ……)
 夜叉王丸の指が後ろの穴を犯す。ぬるりとした液を絡めてはいても、異物感に内臓が抵抗するのがわかる。脂汗を浮かべて、朱雀は夜叉王丸を睨んだ。
 夜叉王丸はその朱雀の目を見つめたままゆっくりと指を動かしていたが、突然引き抜くと、朱雀の片足は掴んだままもう片方を自分の肩にかけて押さえつけ、片手だけで器用に袴の紐を解いた。
(な、何?)
 瞬間、本能的に怯える朱雀の目の前で、夜叉王丸は既に大きく勃ちあがったものを取り出すと、ためらいなく後ろにあてがった。
「あ、あああっ」
 搾り上げた朱雀の悲鳴が、湿った絹を通して暗い蔵の中に響いた。
 夜叉王丸の男根に身体を引き裂かれ、朱雀は気が狂ったように、唯一自由に動かせる首を左右に振った。夜叉王丸は、朱雀の両足を掴んで胸につくほどに折り曲げている。高く持ち上げられた尻に、夜叉王丸のものが深々と突き刺さっているのを見て、朱雀は心の内で何度も悲鳴を上げた。
「さすがにキツイ」
 ふっと笑って夜叉王丸は、ゆっくりと身体を動かした。
(あうっ)
 動きは次第に激しくなり、ガクガクと揺すられて、朱雀は痛みと恥辱に涙を流す。
(あ……あ……)
 気の遠くなる痛みの中、朱雀は兄の声を聞いた気がした。
(兄者……)
 明乃の庄での修行の日々に、どんな辛苦も経験したつもりだった。どんな痛みでも本気で耐えられないものは無いと思っていた。けれども、この痛みには――身体だけでなく心まで引き裂かれるようなこの痛みには――耐え切れず、朱雀は子供のように泣きじゃくった。

(兄者……シロ……新三郎様……)
 際限のない拷問のような苦痛の中、新三郎の名を呼んだとき、ほんのわずかに痛みが引いた気がした。

 新三郎様――
 
『薪を割っているのか? 上手いものだな』
『どうして? かわいい名前ではないか』
『京土産を買ってやろう―― ほら、よく似合う』
『お前が死ぬのは許さない』
 
 新三郎様――

『言っただろう、お前が死ぬのは許さない』
『お前は私を守ってくれるのだろう?』

 はい、新三郎様――


 空ろに見開かれていた目に、ほんのわずかに光が戻った。
(死ぬものか……こんなことで……負けるものか……)
 








 新三郎様――
 朱雀に呼ばれた気がして、新三郎は目を覚ました。けれどもやはり、部屋のなかにその姿はあるはずなく、
「また、夢……か」
 新三郎は、呟いて寝返りをうった。朱雀の夢を見るのは、これが初めてではない。むしろ最近では見ない夜のほうが少ない。
(朱雀……)
 今ごろどうしているだろう。
 すぐに戻ると言って出て来て、もう一月以上になる。さぞや心配しているだろう、手紙の一つも出せず。
「心配無用」と一言だけでも伝えたいのだが、今のこの身の上ではどうにもならない。
 新三郎は、溜息をついて起き上がった。
 灯りの一つもない部屋の中は真っ暗だが、この闇には慣れた。朝になれば、天井に近い窓から日は差し込み、夕方までは書も読める。決まった時間に食事もでれば、毎日湯も着替えも与えられ、押し込められているにしては十分すぎる待遇だ。それと言うのも淀殿の取り計らいだ。大野治長の反対を押し切って城内に新三郎を留めているのは、むしろ新三郎の身を案じて匿ってくれているもの。
 その淀殿は、今までに三度この部屋にやって来たが、ここ十日間は何の連絡も無い。秀頼公の目を気にしてのことだから、仕方が無いとは言えるが――
(しかし、私はそんなことを望んでいるのではない……)
 秀頼公は、淀殿と同じく、命をかけて仕えるべき御方だ。その秀頼公の誤解も解かずにこんなところに隠れているなど、新三郎には耐え難かった。けれども、その耐え難い思いをしてまでも動けずにいるのは、やはり淀殿のため。
『秀俊殿、頼りにしていますよ……』
 白い面に笑みを浮かべて甘えるように囁く美しい人のために、新三郎が命を捨てる覚悟をしたのは三年前の十五の歳。その日、新三郎の人生は一変した。      
 淀殿のために武士としての生涯をかける。その為には、心を残すものなど作ってはならないと自分をいましめて来たれども――
「朱雀」
 どうしてだろう。あのやんちゃで、無鉄砲で、一途な少年のことが、頭から離れない。こうして会えずにいると、余計に想いが募る。
 登城の前の夜、月明かりの屋敷の庭で胸に抱いた華奢な身体を思い出すと、身体の芯が熱くなる。
『夜叉王丸に……口も吸われた』
 あの時、碧子が呼びに来なければ、朱雀に口づけていただろう。
 誘うように開いた薄桃色の唇が、月を映した黒い瞳が、頭から離れない。
「朱雀……」
 再び名前を呼んだとき、
「新三郎様」
 今度こそ新三郎は、朱雀の声を聞いた。







 永遠に続くと思われた行為は、夜叉王丸が気を放って唐突に終わりを告げた。後ろから夜叉王丸のものがズルリと引き抜かれる感触に、朱雀は大きく息をついた。ドロリと流れ出るものが気持ち悪いが、それ以上に、終わったことにホッとしていた。
「さすがに初めてでは、後ろだけで感じるのは無理だったか」
 夜叉王丸は萎えたままの朱雀の股間を見て言うと、落ちていた着物を拾って乱暴に掛けた。
「見張りは眠らせているが、明け方には別のヤツが来る。あの男のところに行くなら今のうちだぞ」
 自分はさっさと身支度を整えて、
「場所も教えておいてやろう。秀俊がいるのは北の丸の石見曲輪だ」
 親切ごかしに言って、ニヤリと笑った。
「その色っぽい顔で迎えに行ってやるのだな」
「くっ」
 朱雀が気力を振り絞ってようやく半身を起こすと、夜叉王丸はさも今気がついたという顔で、
「ああ、腕がそれでは何もできぬな」
 懐から『くない』を取り出して、朱雀のそばに放り投げた。
「そなたのだ。返しておこう」
 言い捨てて、さっと姿をくらました。
 朱雀はその消えた闇をしばらく睨みつけていたが、気を取り直すと、縛られた手でくないを拾い、あっという間に縄を切った。口の中に詰められていた物を吐き出し、汚れていない布で身体をぬぐう。暗闇にも不自由しない目が、自分の肌に散る紅い痕をいちいち見つけて、悔しさに唇を噛む。
『所有の印を付けておこうと思って、な』
「ふざけるな……」
 何を付けられようと、自分は夜叉王丸のものにはならない。
 絶対に、ならない――。

 着物を着ようとして、夜叉王丸に剥ぎ取られた稚児衣装に袖を通すのが憚られた。長持の中をかき回すと、反物でない仕立て済みの着物が出て来た。女物だが朱雀には別段苦にならない。軋む身体に鞭打って、慣れた所作で手早く着付け、一目見てわからぬ程度にその場を片付けると、北の丸を目指して朱雀も闇に消えた。







「新三郎様」
「朱雀……」
 新三郎は、我が目を疑った。愛しい気持ちが見せる幻ではないのか。
 しかし幻でない証拠に、新三郎の腕にすがり付いてきた朱雀は、はっきりとした重みを与える。
「よかった……ご無事で」
「朱雀、どうしてここに……」
「お城に閉じ込められているのだと思い、心配で……助けに参りました」
 女装のためか、朱雀の言葉づかいは鈴女のときのようにやわらかく女らしい。
(いや?)
 それだけではない。
 新三郎は、朱雀がいつもと違うことに気がついた。けれども、その意味がわかるはずも無く、
「新三郎様、お逃がしいたします。早くここから出ましょう」
 言われて、新三郎は首を振った。
「それはできない」
「何故?」
 朱雀は目を見開く。
 新三郎は黙ったまま答えない。朱雀は唇を震わせた。
「淀殿のため……?」
 夜叉王丸に言われたことを思い出した。
「……そうだ」
 観念したように頷いた新三郎の胸を、朱雀は強く叩いた。
「どうしてっ」
 自分がこんな思いまでして助けに来たというのに、愛しい男は女のためにここに残るという。
「朱雀」
 新三郎は、朱雀の手首に赤紫に変色した縄の痕を見つけて慌てた。
「これは、どうしたのだ」
「そんなの、どうでもいい」
「どうでも……など、よくは無いだろう」
 新三郎は、朱雀の手首を掴んで引き寄せる。
「こんな傷、大したことじゃない。こんなの……こんなの……」
「朱雀、どうしたのだ」
 悔しそうに唇をかんで肩を震わせる朱雀の身体を、新三郎は突き動かされるように抱きしめた。
「何があった?」
 問いかけに、朱雀は首を振る。
「新三郎様が、ここに残るというから……」
 自分よりも淀殿がいいのだと、朱雀は悲しくて、悔しくて、涙をこぼした。
「朱雀」
 朱雀の涙に、新三郎の胸は押しつぶされたように痛んだ。
「泣くな」
 親指でそっと拭うと、朱雀はいっそう泣いた。口には出せない色々な思いが溢れ出しているのだ。
「泣くな。そんな風に泣かれると、どうしていいか分からなくなる」
「だ、って……」
 朱雀は、涙でぐちゃぐちゃになった顔を隠すように俯いて
「新三郎様は……俺なんかより……淀殿を……」
 しゃくりあげて、子供の駄々のように言う。
「誰のことも、好きにならない……て……言ったのに」
「朱雀」
 新三郎は、我慢できずに朱雀の頭を引き寄せて、涙で濡れたこめかみに唇を落とした。
「朱雀、朱雀……」
 会えない間に募っていた想いとともに、新三郎は言わないと決めていた言葉を吐き出した。
「誰のことも好きにならないと言ったのは嘘だ」
 しゃくりあげた朱雀の肩が大きく震えた。ゆっくりと顔を上げ、涙に濡れた瞳が新三郎を見つめる。
「好きにならないつもりだった。なってはならないと……」
 朱雀の顔が悲しげに歪む。次に続く言葉は、聞きたくなかった。
 けれども新三郎の言葉は、思いがけず、朱雀の胸を射た。
「朱雀、私はお前が好きだ」







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