「イタ、タタ……」
「大丈夫?」
 妖しげな金色のシーツに横たわる陸さんの顎に、僕はバスルームで濡らしてきたタオルを当てた。
 初めて入ったラブホテルは、保健室がわり。

「コンビニで氷買ってこようか」
 あたりをキョロキョロ興味深げに見渡しながらみどりが言う。
 秀志さんは
「冷やしすぎもよくないんじゃない。水でも十分冷たいし。それより歯は大丈夫だった?」
 言いながら、ダブルベッドの端にバフッと腰を下ろした。
「う……」
 振動で陸さんの身体がゆれた。


 そう、今僕たちは、なんと四人でラブホテルの一室に入っている。


 僕に殴られて倒れた陸さんの介抱と、他人に聞かれず邪魔されずコトの顛末を説明するためといって、秀志さんがお金を出した。
 その秀志さんから聞いたことには、陸さん、男の人とセックスしたことないから秀志さんに HOW TO を教わるところだったとか。それを聞いて僕はまたまたものすごく怒った。だってそうだよ。そんなこと他人に習ってどうするんだよ。
 でも、秀志さんの言うことを聞くうちに、だんだんと怒りが薄らいでいった。

「だからね、初めてやるときはやり方知らないと勝利君がケガするんだよ」
「ケガ?」
「うん」
「どうして?」
「どうしてって、勝利君、男同士のセックス、どうやってするか知ってる?」
「……なんとなく」
「何となくねえ」
 クスクスと秀志さんは笑った。
「こんなデカイ男のアレが、自然に簡単に、勝利君の小さい穴に入っていくと思う?」
 言われて僕は真っ赤になる。壁に貼られた巨大鏡におなじみのトマト顔が映っている。ついでに映っていたみどりを見ると、好奇心丸出しで瞳をキラキラきらめかせている。
「十分準備してやらないと、あそこ、血だらけになるよ」
「うそっ」
 なんだかズキンと痛みが走ってお尻をモゾモゾ動かした。
「お初の勝利君に辛い思いをさせたくないなら、一回練習しておけって、僕が無理やり誘ったの」
 ちょうど今日休みだったからねと、全く悪気なさげの秀志さん。
「で、でも…そんなの、練習するようなことじゃないもん」
 僕がモゴモゴ反論すると、みどりが口をはさんだ。
「ああ、でも、わかる。男女でも初めて同士って悲惨だって聞くもの。初体験はやっぱり、経験ある人との方がいいよ」
「みどりは関係ないだろ」
「あら、ここまで付き合ってやった私にあんまりじゃない」
「それは、そうだけど……」
「まあまあ、だからね、今日陸君がここに来たのは、愛する勝利君のためだったってことで、許してあげてよ」
 秀志さんが言ったら、
「違う」
 寝そべったままの陸さんが、濡れタオルの下からくぐもった声を出した。


「しゃべれるの?」
 尋ねると、
「なんとか……」
 苦しそうな声。
「さすが、キャプテン陸。本当なら、うちのスーパーエースこずえの拳をまともに受けたんだから、真っ白に燃え尽きているはずなのよ」
「みどり、うるさい」
 僕は、ベッドサイドに膝をついて陸さんに顔を寄せた。
「痛い? ゴメンね」
 謝ったら、陸さんは眉間にしわを寄せ、
「こずえは悪くない。悪いのは」
「やっぱり、僕だね」
 秀志さんがすかさず受けて言ったけど、
「俺だ……ごめんな」 
 ボソリと言って、僕を見た。
「俺が、バカだったんだよ。カッコつけたかったんだ」
「陸さん……」
「お前の前で……みっともないところ見せたくなくって、それで……」
 濡れタオルで顎を押さえながら話すのが痛々しい。
「でも、俺、こずえの気持ち、考えてなかった。……俺がバカだった」
 僕をじっと見つめて、くしゃっと顔を歪めた。
「お前が俺以外の男と練習するとか考えたら、俺だって死ぬほど嫌だ」
「陸さん」
 僕は胸にグッときて、思わず陸さんに抱きついた。
「イダ、ダダダ」
 僕の後頭部がちょうど顎に当ったらしい。
「あ、ゴメン、痛かった?」
 慌てる僕の背中から、
「あ、突然思い出した。もう十年も前の話なんだけど」
 秀志さんがいきなり笑い混じりに話し始めた。
「初めて免許取ったとき、新車買ってもらって嬉しくてね。知り合いのディーラーが家まで乗ってきて納車してくれるって言ったんだけど、どうしても自分より先に他人がそれ走らせるってのが我慢できなくて、横浜まで取りにいったんだよ。もう、坂道じゃエンストするし、後ろからあおられて路肩乗り上げそうになるし、間違ってイッツー入るし、家に帰り着いたときには汗びっしょりだったんだけど……とにかくあの時は、たとえ事故っても自分で運転したかったんだよねえ」
「いやだ。何を言い出すかと思ったら」
 笑うみどりの腕につかまって
「まあ、そういう初体験もありってことでサ」
 秀志さんは立ち上がった。
「じゃあ、あとは二人でごゆっくり。延長分くらいは自分で払えよコーコーセー」
 みどりを促して、部屋を出て行こうとしたところで、
「あ、忘れるところだった」
 ポケットから紙袋を出して、僕に放り投げてよこした。
「じゃ」
 パチッと器用に片目をつむる。
(こ、これって……)
 二人がドアの向こうに消えたのを見て、紙袋をあけたら、コンドームの箱となんだかあやしげなチューブが入っていた。



「こずえ……」
「陸さん……」
「やる?」
 う。ダイレクトな誘い。嬉しいけど、
「…………」
 正直、さっきの秀志さんの言葉にビビってる。
 僕が黙っていたら、陸さんは真剣だった目をふっと和らげて、
「ま、いいか、それより」
 よいしょ、と身体を起こす。
「あ、大丈夫?」
 助けようと手を伸ばしたら、そのままグッと抱き寄せられて、陸さんの胸の中にすっぽりと抱え込まれた。
「あ…」
 心臓がトクントクンと鳴り始める。
 陸さんは、僕の頭にケガしてない側の頬をすり寄せて、ゆっくりと言った。
「こずえとちゃんと話したい。……俺、お前が何か変だったの、気がついてたのに……そのまんまにしてたから」
「陸さん」


 僕は、今までクヨクヨ悩んでいたこと、全部話した。
 声変わりが始まったこと。そのうち男っぽくなったら、陸さんに嫌われてしまうと思ったこと。元カノのやっちゃんが女の子らしくて可愛いくってヤキモチ妬いたことも、全部。
 陸さんは、黙って聞いていてくれて、最後に一言
「バカだな」
 優しく言った。
「確かに最初は女だと思ってこずえのこと好きになったけど、男だってわかっても俺の気持ちは変わらない。っていうか、むしろ最初よりもずっと好きだ」
 僕を抱く腕に力がこもる。
「お前にヒゲが生えても、すね毛が生えても、ずっと好きだ」
「そんなこと……何でわかるの」
 僕は陸さんの胸の中でふわふわとした気持ちになって、それでも、照れ隠しに唇を尖らせた。甘えてるんだ。
「わかるさ」
 陸さんが僕の髪に口づけた。そして、
「お前だって俺がおっさんになって、ハゲて、腹が出て、足が臭くなっても、好きでいてくれるよな」
「えっ」
(それは……)
「ちょっと自信ない」
 正直に言ったら
「ガクッ」
 陸さんは、僕を胸に抱いたままゴロンとベッドに倒れた。
「あのなあ、そしたらお互い様じゃん」
「だって」
 僕は起き上がって、陸さんの顔を覗き込む。
「陸さんは、そんなおっさんにはならないよ。きっととってもカッコいいおじさんになるよ」そう言ったら、
「そうしたら、お前はいつまでもむちゃくちゃ可愛いままのおじさんになるよ。俺が保証してやる」
 陸さんは笑った。



 笑って、キスして、いっぱい話した。ひとがいないからエッチな話もたくさんできた。陸さんが僕を「抱けない」って言ったのは照れ隠しで、本当は僕のペッタンコの胸でも「むしゃぶりつきたい」って言ってくれた。

 そう言われたとき背中がゾクッて震えて、そうしたら陸さんも気がついて、僕の顔を覗き込んで困ったような顔をした。
「うぅ…」
 変なうめき声を出したから、
「痛いの?」
 顎のことを思い出して、心配した。そうしたら陸さんは
「他んとこがね」って言った。


 僕の身体をぎゅうって抱きしめて、耳元で囁く。
「やっぱ、やってもいい?」
「えっ?」
「挿れない。挿れないから……」
(い、いれないって……)
「……ど、どうやって?」
 訊ねる声が、かすれてしまった。
「……さわらせて……」
 陸さんの声もかすれてる。




 結局、触られるだけじゃなくって、ビックリするようなこと色々されたんだけど、陸さんは僕に痛いことはしなかった。僕は気持ちよくって頭が変になりそうだったけど、陸さんは、どうなのかな。
「僕ばっかり、ごめんね」
 謝ったら、
「ばあか、俺もサイコ―気持ちいいぜ」
 嬉しそうなんで、ちょっと安心した。

 でも、本当のはもう少し先。
 それは僕が高校に入ってからって、陸さんが言った。

「それまでに、俺も勉強しとくから」
 陸さんがかなり真面目な顔で言う。
「うん、僕も」
 うなずいたら、
「お前は、本当の勉強しろ、受験だろ」
 ポカリと頭を叩かれた。

「西高、受かれよ」
「うん」
 頭をさすって返事する。確かにここのところサボりすぎだったから、そろそろ真剣にやらなくちゃ。
「陸さんもそっちの勉強がんばっておいてね。でも、一人でね」
 秀志さんとのこと、ちょっと嫌味っぽく釘を刺したら、
「まっ、たまには、一緒に勉強すっか」
 僕の髪をくしゃっと撫ぜて、最高にカッコいい笑顔を見せてくれた。







「ショーリ、いるのっ?!」
 僕と陸さんがコソコソとホテルを出ようとしたとき、ものすごいタイミングで、ひよちゃんの怒鳴り声がした。
 僕と陸さんは、驚いて顔を見合わせた。
「陸っ!」
 声とともに、白石さんを引きずるようにつれてきたひよちゃんが、僕らの前をふさいだ。二人とも、部活を抜けてきたらしいバレー部のユニフォーム姿。いや、白石さんは抜けさせられたと言うか――。
「す、すまん、広海」
 両手を合わせる白石さん。
「あんたたち〜っ、みどりまで私を裏切って、何やってんのよっ」
「ひ、ひよちゃん……」 
「ショーリ、あんた、まさか、このケダモノに食われちゃったの」
「や、やめてぇ」
 ラブホテルの前での大騒ぎ。夕方になって人通りも増えてきた裏道で、僕たちはむちゃくちゃ目立ってる。
「陸っ、この外道」
 ひよちゃんの一喝に、陸さんは黙って僕の腕をつかむと、
「逃げろ」
一目散に駆け出した。

「こらっ、逃げるな」
 激怒のひよちゃん。つかまったら色々聞かれちゃう。
「逃げ切れ」
 陸さんが叫ぶ。
「西高男子バレー部に入りたかったら、アレ振り切れよ」
「うんっ」

 陸さんと並んで全速力で走りながら、何だか今までの悩みが全部バカバカしくなって、笑いがこみ上げてきた。
「こら、笑うと遅くなるぞ」
「ゴメン、陸さん」
 でも止まらない。
「大好き、陸さん」
 大きな声で言ったら、陸さんも笑った。
 


 結局、笑った分、足は遅くなって、ひよちゃんにはつかまっちゃった。
 陸さん、ものすごく怒られてたけど、
「責任はとる」
 って言ってくれた時は、男らしくて、ときめいちゃったよ。






END



どうも〜vv
今回から日刊じゃなくチビチビ更新していました「続 あたっくNO.1」
最後までお付き合いいただいてありがとうございます。

こずえことショーリは、うちのサイトでは珍しい乙女受けちゃんです。
でも、乙女でも身体は男。声変わりもすればヒゲもはえるだろうってことで生まれた続編でした。
ちょっとでも楽しんでいただければ幸いです。
  

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