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「タチ、ネコ、好きなほうやらせてやるよ。どっちがいい?」 そう訊ねたら、陸は 「猫?」 男らしい顔を不思議そうにゆがめた。 「知らないの?」 「猫を? なんの猫だ」 くっきりした眉の間にしわが刻まれる。僕は何だか嬉しくなった。このデカイ図体の男前が、ソーユーコトは知らないお子様だということに。 「突っ込むほうがタチ、突っ込まれるほうがネコってんだよ」 「あ、ああ、そうなのか――って、何で俺がお前に突っ込まれなくちゃなんねんだよっ」 ようやく期待したリアクションがきた。 「まあ、何ごとも経験だから、どれくらいの衝撃か知っといてもいいかと思ってね」 用意していた答えを言うと 「そんなに痛いのか」 神妙な顔になる。 「うん、僕なんか初めてのとき、失神したね」 思えば僕の初体験の相手はひどい奴だった。 「布団が真っ赤になっちゃってさ。そのあと一日起き上がれなくて、三日、ウンコできなかった」 「マジかよ」 ふふ、ビビってる、ビビってる。そうだろう、そうだろう。 どう見てもこの青少年は、あのかわいい勝利君にベタボレ。誰だって惚れた相手を半殺しの目には合わせたくないだろう。って、じゃあ俺のアイツはなんだったんだ。思い出すとむかつくから、やめとこう。 勝利君が勘違いして泣いていたのもかわいそうだし、この道二十年のこの僕が道標となってあげましょうね。 「善は急げって言うから、あさってとかどう?」 「いきなりか」 「今週は金曜が休みなんだよね。で、うちは同居人がいるから、どっかのラブホで、できれば昼間」 「昼……」 「ああ、陸君は学校があるんだよね。ゴメンゴメン、僕が夜都合悪いから昼間にしようと思ったんだけど、じゃあ夕方に」 「いや、昼でいい。昼がいい」 「へ?」 「学校の終わった時間だと、誰に見られるかわからない」 「学校、サボるの?」 「……ああ」 大ジョッキを固く握り締めて、うなずく。なんだか、悲壮な感じが漂っている。 「うん、じゃあ、昼にしよう。その方が、ホテルもサービスタイムで安そうだし。あ、どこか、知ってる? いいとこ」 「……調べておく」 「ヨロシク」 僕の知ってるホテルもいくつかあるし、こんな男前とやれるんならシティホテルとってもいいんだけれど、なるべく等身大にしてやらないと練習にならないからね。 「機嫌よさそうだな」 「まあね」 「新しい男でもできたか」 「まあ、そんなとこ」 「ちっ」 舌打ちして缶ビールを空けるのは、僕の同居人のアツシ。僕より二つ年下のなかなかいい男だ。恋人になってもう十年。いろんな危機を乗り越えて……っていうほどドラマチックじゃないけれど、くっついたり離れたりを繰り返しの腐れ縁。今じゃ、お互いのつまみ食いをはばかることなく言える仲。 「変な病気はもらってくんなよ」 「大丈夫、初モノだから。男は」 「マジかよ、どこで見つけたんだ」 「見つけたというか、飛び込んできたというか……」 「若いのか」 「コーコーセー♪」 自慢げに言ったら、 「なにっ」 アツシは、ビールの缶をグシャッと握りつぶして、 「そりゃ犯罪じゃねえか」 僕の顔を下から睨んだ。 「お前が、挿れるの?」 「ううん。突っ込まれるの。筆おろし、ふっふっふ」 「高校生だと……」 「男前なんだよ。背なんか百九十あるんじゃないかな。ワイルド系のハンサムでね」 「そりゃ、よかったな」 アツシは、ひしゃげた缶を投げ捨てると僕の腕をつかんで引きずり倒した。 「今日は、俺がタチやるからな」 「どうぞ」 「この淫乱野郎」 「おたがいさま」 アツシのビール臭い息が乱暴に絡んでくる。自分だってちょくちょく浮気をするくせに、逆になると嫉妬深くてねちっこい。それが嬉しくてわざと浮気をほのめかしたり、実際どうでもいいのと寝てみたりするんだけどね。しかし、今度のはどうでもいいってのとは違うんだな。 (実のところ、かなり楽しみだったりして…) 勝利君にちょっかい出したとき、上から圧し掛かるように睨み付けられて、実はゾクッときたんだよね。若狼のように雄の匂いをプンプンさせた高校生。ひとまわり以上も下の子に抱かれるってのは、どんな感じだろう。 「てめえ、俺に抱かれながら他の男のこと考えてんじゃねえよ」 アツシが睨んでいる。 あ、バレてる? さすが。 そうしてウキウキ迎えた金曜日だったけれど、人生それほど甘くはなかった。やはり悪いことは神様が許してくださらない。僕のもくろみは、雄狼のかわいい恋人が乱入してきて、崩れ去った。 「相手が男なんて、反則だよっ」 (うわっ) 平手やカバンで張り倒される男は見たが、グーで殴り倒されるのを見たのは初めてだ。 意外に男らしい勝利君に、感動した。 拳をプルプル震わせて僕を睨む小さな顔を見て、 (悪いことしちゃったね) 素直に反省した。 若い恋人同士に仲直りの場所を提供しようと、無理やりホテルの部屋を取った。言い訳もさせてもらって、適当なところで邪魔者は退出。 「ねえ、秀志さん、本当にエッチの仕方、教えてあげるだけだった?」 ひよ子ちゃんと同じバレー部だというおしゃまなみどりちゃんは、なかなか鋭いところを突いてきた。 「本当は、陸くんとエッチしたかったとか」 「そうだねえ、授業料くらいもらっても」 「ダメですからね、こずえ泣かすようなことしたら」 「そういえば、そのこずえって何?」 「聞いてないんですか?」 そして、僕は、あの勝利君が女装して女子バレー部に入っていた話を聞いて、息をするのも苦しいほど笑ってしまった。勝利君のことを女の子だと思って好きになったって話は聞いていたけれど、それは彼が女顔で可愛いから陸が勝手に誤解したんだと思っていたけれど、まさか女装でバレーボール!! 「だから、こずえは私たちの大切なチームメイトなんですよ」 「それで色々おせっかいやいてるわけだ」 「ぶーっ、おせっかいってヒドイ。私としては、かなり真面目に応援してるんですよ」 「今ごろ上手くいってるといいね」 同じくおせっかいな僕。 「そうですね、うふふふふ……」 そしてその週末。予感はしていたけれど、 「こんにちは、秀志さん。ゴシメイするね」 勝利君の保護者がやってきた。何か言いたそうだけれど、とりあえず鏡の前に。 「どうする? またいつもの? たまには変えればいいのに、ベリーショートとか」 「いつもどおりで」 「スーパーモデルみたいになれるのに」 「そんなの結構、それより秀志さん、私に言うことあるでしょ」 「ええ? ああ〜」 「あの二人と、それからみどりに聞きました」 ひよ子ちゃんは鏡越しに僕を睨んだ。 「もう、秀志さんが陸に連絡取りたいっていったときから嫌な予感していたのよ。でもまさか本当に電話したなんて」 「あれ? ひよこちゃんが電話するように言ってくれたんじゃなかったの」 「メールは見せたけど。電話はしないと思ってたの、番号控えなかったしね。まさか暗記してたとは」 鏡の中のひよ子ちゃんは悔しそうだ。 「あれから、二人は?」 「仲良くしてますよ、誰かさんのおかげかどうかはわかりませんけど」 ヤキモチ妬いているような顔に、 「ひよ子ちゃん、ひょっとしてあの二人のうちのどっちか好きなの?」 そう言ったら、 「は?」 突然キッと睨み上げられた。 「わっ、急に頭動かさない」 ハサミを取り落としそうになった。 「何、言ってんですか」 「だから、頭動かしたら切れないでしょう」 「そうじゃなくて、その前の」 「ああ、あの二人のどっちかって」 「そんなんじゃないです」 むきになる様子が、却って図星って感じなんだけど。 「ただ、ショーリは昔から私の弟みたいなもので。可愛がってきたから、ああいう男に引っかかってしまったのが残念っていうか、ちょっと悔しいっていうか」 「ああいう男、って、いい男じゃない陸クン」 「ちょっと顔がよくって、運動神経いいだけ」 「十分でしょ」 「まあ、それでモテてうちの女子部でも色々あったんだけど」 「誠実そうに見えるけどね」 「まあ……いいかげんな奴じゃないとは思うけど」 「姉としては、どんな相手でも気になるわけだね」 「まあ、ね」 まつげを伏せたひよ子ちゃんは、一瞬、寂しそうにも見えた。 たぶん、ひよ子ちゃんは勝利君のことを好きなんだろう。色々とからかったりかまったりするのも、子供らしい愛情表現じゃないか。 「勝利君が羨ましいな。みんなに愛されていて」 「なんですかそれ。そういえば、秀志さん恋人いるって言ったのに、何で陸とああいうコトしようと思ったの」 「それは、他のお客様のいないところでね」 でも、高校生には、こんな爛れた僕とアツシの関係をわかってもらうのは難しいだろうね。 それから、一ヶ月ほど経って、勝利君がひょっこりと店に顔を出した。 「こんにちは」 「あれ、どうしたの?」 「髪を切りに、あと、あれからお礼言ってなかったから」 「お礼?」 そんな大仰なことしただろうか。 「ホテルのこと」 勝利君は、小声になった。 「ああ」 「本当は、陸さん、ホテル代返すって、秀志さんに会いに行こうとしたの」 勝利君の頬が薄桃色に染まっている。 「でも、二人だけでまた会われるの嫌で、僕がやめてっていったんです」 「プッ」 吹きだした僕をちょっと恨めしそうに見あげて、 「だって、秀志さん色っぽいから」 勝利君は唇を尖らせた。こういう顔で言われたら、陸は僕の半径十メートルにも寄り付かないだろう。 「だから、髪を切りにいくときに、僕がお礼するからって」 「お礼なんていいよ。こうして来てくれただけで。実は、勝利君には嫌われちゃったかと心配していたんだ」 なにしろ、君の大好きな彼とセックスしようとしたんだからね。 「そんなことないです。秀志さんには相談にものってもらったし。これからもよろしくお願いします」 ペコリと頭を下げる様子が、かわいらしい。みんながかまいたくなる気持ちがわかるな。 「髪はどうする? ちょっと伸びてきたね。また後ろ刈り上げる?」 勝利君は、ブンブンと首を振った。 「そろえるだけで。えっと、また、伸ばすことにしたんです」 ニコッと微笑む顔は、幸せいっぱいという感じで、まったく子供のくせに羨ましい。 End |