「僕のこと、女の子みたいだって思う?」
「その辺の女より、かわいいと思う」
 ひよちゃんも聞いてるのに、陸さんははっきりそう言ってくれた。でも僕は、嬉しいよりも不安になった。
「じゃあ、かわいくなくなったら?」
「え?」
「僕が男らしくなって、全然女の子みたいに見えなくなったら?」
「どういうことだ?」
「たとえば、僕が、たくましいマッチョな男になって、ヒゲとか」
「ぶぶ――っ」
 僕がまだ話している途中で、陸さんは大きく吹き出した。
「お前が、マッチョ〜ぉ?」
 伸ばした語尾で、声を裏返らせる。
「なんで、マッチョ、あははは」
 馬鹿にしたような笑いに、僕はムッとした。
「なるかもしれないよ。僕のお父さん、そうなんだからっ」
「いや、無理だって」
 陸さんはひどくおかしそうに前かがみになって笑っている。
「だって、僕だって、高校生になったら背だって大きくなるし、たくましくなるし」
「たくましく…って、こずえじゃ知れてるよ。なあ、相川」
 陸さんは、さっきまで僕に詰め寄っていた深刻さをすっかりなくして、片膝立てて座りなおすとひよちゃんに向かって相づちを求めた。
 ひよちゃんも、おかしいのを我慢しているみたいで、うつむいて肩を震わせている。

 むううっ。

「ひよちゃんだって、僕のこと、男らしくなるって言ったじゃないか」
「え?」
 ひよちゃんは、半分笑った顔で顔を上げた。
「いや、男らしくなれとは言ったけど、なるとは……」
 言ってないよ、と言うひよちゃんにも腹が立った。
「わかった」
 僕は、立ち上がった。
 そしてそのまま走って飛び出した。


 
 行き先は、さっきの美容室『JOY』だ。
(こんな頭じゃ、まだまだなんだ)
 二人に笑われて、何だかやけくそになっていた。
「いらっしゃ……あれ?」
 店に飛び込むと、さっき僕の頭をカットしてくれた秀志さんが目を丸くして僕を見た。
「どうしたの?」
「髪、切ってください」
「えっ?」
「角刈りでも、五分刈りでも、パンチでもっ」
 男らしく!!

「ち、ちょっと、勝利君」
「お願いしますっ」
 思わず秀志さんにすがり付いていた。
「ショーリ」
「こずえっ」
 僕を追いかけて、争って店に入って来たひよちゃんと陸さんが同時に叫ぶ。
 お店の中で、僕たちは異常に注目を浴びていたけれど、そんなことにかまう余裕はなかった。





「はいはい、ちょっと落ち着いてね」
 お店の奥の部屋で、美容室のお客さま用のコーヒーを出してもらった。
「ミルク入れるよね、牛乳だけど」
 秀志さんが、返事を待たずに、僕のカップにトプトプと牛乳を注いだ。
「そっちの二人は?」
「あっ、私はブラックで」
 陸さんは黙ったまま。
「すみません、お店にご迷惑かけて」
 ひよちゃんが恐縮して頭を下げると、
「いいよ、いいよ、面白かったし」
 秀志さんは綺麗な顔で微笑んで、
「僕のカットのお直しだったら、無料で承るからね」
 僕に向かってウィンクした。
「すみません……」
 僕は、もらったカップを両手で包んで小さくなった。自分でもとんでもない行動してるってわかるから。
「はあ」
 鼻をくすぐるカフェオレのいい匂いにため息ついたら、秀志さんが僕の頭をポンポンってやさしくなでてくれた。そしたら、
「そいつかよ」
 陸さんが険悪な声を出した。
 驚いて見ると、ものすごく不機嫌そうな陸さんが、こっちを睨んでいる。
 ひよちゃんが、「あっ」と口に手を当てた。
「相川が言っていた、お前の新しい彼って」

 げ!
 そういえば、ひよちゃんがいつもの口からでまかせでそんなことを言っていたような。

(ちが…)う、って言いたいんだけれど、この会話を秀志さんが聞いたらどう思うかとかとっさに考えてしまって、言葉が出なかった。
 顔に血を上らせて秀志さんを盗み見ると、秀志さんは、
「ひょっとして、僕のことで痴話げんかしてるの?」
 するりと後ろから腕を伸ばして、僕の首に腕を絡めた。僕の頭が秀志さんの胸に抱えられるような格好に、
「ち、ょっと、待って」
 慌てて身体を離そうとしたけれど、秀志さんは放してくれなかった。 陸さんがポケットに手を突っ込んだまま、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がる。
「離せよ」

 秀志さんも決して小さくは無い、むしろ日本人の平均よりは背の高い方だと思う。でも、何しろ相手が陸さんで、しかも椅子に座る僕の頭を抱える風に前屈みになっているから、秀志さんはものすごく高いところから睨みつけられている。それでも、全然ビビったりしないで、
「雄
(おす)だねぇ」
 秀志さんは笑った。
「知ってる?獣が毛を逆立てたり、羽を膨らませたりするのって、少しでも相手より大きく見せて威嚇するためなんだって」
 秀志さんは、僕の耳元に唇を寄せて言った。もちろん陸さんにもよく聞こえている。
「…んだとぉ」
 陸さんが秀志さんの胸元に手を伸ばしたのと、
「ちょっと、何するのよ」
 ひよちゃんが止めに入ったのが、同時。そして
「秀志さん、すみません」
 表のお店からは、チーフの秀志さんを呼ぶ声。
「今行きます」
 秀志さんは返事して、
「また来るから、ゆっくりしてて」
 僕から離れて出て行った。さりげなく僕の髪を撫でるのも忘れなかった。


「おい」
 陸さんの顔が怖い。
「帰るぞ」
 言われて立ち上がったんだけれど、
「ショーリは、まだ帰っちゃダメよ」
 ひよちゃんが僕の腕をつかんだ。無理やり座らせて、小声でささやく。
「秀志さんにちゃんと謝らなきゃでしょ」
 ええっ。
(謝るって、ひよちゃんが嘘ついたから……)
 非難の目を向けると、
「あんたが、ここにアレを案内したようなもんでしょ」
 ひよちゃんは陸さんを見る。
 陸さんは、いらいらした様子で
「何してんだよ」
 僕を促したけれど、ひよちゃんの言うとおり、ここに飛び込んで仕事中の秀志さんに迷惑かけたのは僕で―――
「……後で、電話する」
 そう言ったら、陸さんの顔が思いっきりムカッとした。何か言いかけたけれど、思い直したようにきびすを返して黙って出て行く。
「ありがとうございましたぁ」
 取って付けたような営業用の挨拶に送られてガラスのドアを開ける陸さんの背中が、むちゃくちゃ怒っている。
「ひよちゃん、どうしよう。陸さん怒ってるよ」
「いいんじゃない、あれくらい」
「よくないよ」
 僕はぬるくなったカフェオレをゴクンと飲んだ。何だかとってものどが渇いている。
「何でひよちゃん、秀志さんが僕の新しい彼氏だとか言ったんだよ」
「ああ、とっさに」
(出たよ)
「前に、秀志さんがゲイだって聞いてたからかなぁ」
 思わずカフェオレを吹きそうになった。
「ゲ、ゲイって、ホモのこと?」
「あんた、自分を棚に上げて驚くんじゃないわよ」
「そりゃ……」
 そうだけど。
「ちゃんと恋人いるみたいだから、大丈夫よ」
「何がだよ」
「ショーリに手を出したりしないって。たぶん」
「たぶん?」
「ううん、ぜったい。あははは……」
 ひよちゃんは能天気に笑って、これも冷めかけたコーヒーを飲み干した。





「手を出さないって保証は無いなあ。僕、勝利君みたいなかわいい子、むちゃタイプだし」
 美容室の隣の喫茶店で、秀志さんは生クリームを舐めながら、不吉なことを言った。
 あの後休憩を取った秀志さんと、誘われるまま付いて来たひよちゃんと僕の三人でケーキをつついている。あ、ひよちゃんだけは、ケーキじゃなくて羊かんだけど。
「それはダメです」
 ひよちゃんが言う。
「何で? あの彼が許さない?」
「私が許しません」
 ひよちゃんの言葉に、秀志さんは歯を見せて笑った。
「いいなあ。思うに、勝利君と彼をぐちゃぐちゃさせようとしてるのも、全部ひよ子ちゃんのやきもちなんじゃない」
 ひよちゃんは、わざとらしくムッとして見せたけれど、否定しなかった。
「モテモテだね、勝利君」
「そんなこと無いです。ひよちゃんは、たぶん面白がっているんです」
 僕は隣に座る従姉を見上げた。思えば、昔からよくからかわれたり、いじめられたりしたんだ。
「そうよ。ちょっとくらい試練があった方が、盛り上がるでしょう」
「ちょっとじゃない気もするけど」
 僕はさっきの陸さんの顔を思い出して、ため息をついた。秀志さんには、全部事情を話したけれど、肝心の陸さんの誤解は解いてないし。
「こんなんでダメになるんなら、その程度よ」
「こらこら、ひよ子ちゃん」
 たしなめる声も優しい秀志さんは、次に僕に向き直って
「それで、さっき勝利君がチラッと言ってた話だけどね」
 突然言うから、わからなかった。
「何ですか?」
「その、自分が女の子みたいだから、彼が好きになってくれてるんじゃないかって話」
「あ、はい」
 突然、角刈りにしてなんて言って店に舞い戻った理由も話したんだ。
「僕も経験あるから、何となくわかるよ」
「ええっ?」
 何を言い出すんだ。経験あるって、秀志さんも同じように悩んだってこと?
「もともと彼はヘテロなんでしょ」
「ヘテロ?」
「ああ、同性じゃなくて異性を好きだってこと」
「あ、はい」
 僕と付き合う前の恋人は全部女の子だ。
「それが、勝利君だけ特別だってこと、本当は自信もっていいはずなんだけどね」
 秀志さんの言葉がよく分からなくて、首をかしげる。
「そうもいかないんだよね。それでなくっても、恋する者は悩むモノだし」
 そして、秀志さんは僕の頭に水爆を三つも落とすような爆弾発言をした。

「一回、寝てみたら?」




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