それから何度もイかされて、頭も身体も国光でいっぱいになって、いつの間にか意識を失っていた。

 遠くに人の声がして、けだるい身体で寝返りを打ったら、隣に国光がいなくて目が覚めた。
(あれ、国光? どこに言ったんだ)
 身体を起こすと夢の中で聴こえた声がはっきりする。おもてからだ。

「言っただろう。私が一度戻ったのは兄上のことがあったからだ。もともと家を継ぐ気などさらさらない」
 国光の冷たい声。
「それでは、真行の家を見捨てると? 」
 これはあの左近だ。
「見捨てるのは私じゃない。父上には養子を取って義姉上と添わせるのが一番良いと言ってある。それをしないとしたら、家を見捨てるのは父上だ」
「殿様は、真行の血が絶えてしまうことをひどく悲しんでらっしゃいます」
「だったら親類に当たればいい。分家にも次男、三男がいるだろう」
「そのようなことを」

 左近が国光を連れ戻しに来たんだ。

 そうだよね。逃げ出して来て、それで終わりにしてもらえるなんて甘すぎる。
 でも、国光が行かないって言ってるんだから、無理やり連れて行くなんてしないよね。
 心配になって、唐紙を開けてそっと顔を出すと、左近とその御付の侍が二人こっちを見た。目が合ったとたん三人が揃いも揃って顔を赤くしたので、俺は首をかしげた。
 国光が気づいて振り向いた。優しい声で、
「梅若、起きたのかい。悪かったね、うるさくして」
 俺の頬を両手で包んで上向かせる。
「でもね、そんな色っぽい顔を見せちゃいけないよ。刺激が強すぎる。それでなくてもこの人たちは、私たちのあれを何時間も立ち聞きしていた助平だから」
「光三郎様っ」
 左近の顔が真っ赤になっている。そういうわけか。
「まったく、そんな男妾に夢中になっているなんて、冬馬様も草葉の陰で泣いておりますぞ」
 その言葉に、国光はサッと表情を変えた。
 ゆっくりと左近に向き直って、
「おまえは、兄上を愚弄するのか」
 ゆっくり言った国光の顔は、今まで一度も見たことのない、底冷えのする無表情。
「兄上が、そんな狭量な男だと、言っているのか。左近」
「こ、光三郎様……」
「帰れ」
「光三郎様、私は」
「帰れと言ってる」
 斬り付けるような低い声も、俺の知ってる国光のものじゃない。
「……また参ります」
 一礼して、左近出て行った。御付の二人も後に続く。
「……国光」
 まだ怖い顔で外を睨んでいる国光の袖を、そおっと引っ張った。
「ん?」
 とたんに瞳の色が和らいで、いつもの国光に戻る。
「悪かったね、梅若。嫌なこと聞かせてしまって」
「ううん」
「そんな顔しないで」
「どんな顔?」
 俺は、国光を見上げた。
「不安そうな顔。でも私がいる限り、そんな顔する必要はないんだよ」
「うん。国光がいる限り、ね」
「そう、一生」
「そうだといいケド」
「なんだい、そっけないね」
「違うよ」
 俺は国光の胸に背中を預けて、国光の腕を自分で首に巻きつけた。
「ただ、あの人たち、国光のこと絶対あきらめなさそうだし」
「まあねぇ」
 国光は俺の身体を巻き込むように抱きしめて、
「さっさとあきらめて養子を迎えてくれればいいのだけれど」
 肩の上で小さくため息をついた。
「血筋って、そんなに大切なのかな」
 俺がポツリと言ったら、
「そうだね。でも、もっと大切なものがある。梅若だって、私のために家を捨ててくれたんだろう」 
「えっ?」
「自分がいたところの親を捨ててこの江戸にいてくれるのは、私のためだよね」
 驚いた。
「国光……俺が未来から来たって話、信じてくれてたんだ」
「おや、私は梅若の言うことなら、何だって信じるよ」
「嘘ばっかり」
「フフ……まあ、どっちにしろおまえも私といる限り、自分の血を残せないのは事実だしね。私たちは二人とも、家を守り残すより大切なものを見つけてしまったんだよ」
「……うん」
 両親のことを思い出すと、やっぱりちょっと寂しいけれど、
「国光……大好き」
 俺は目の前の国光の腕を両手で抱えてギュッとした。寂しくても、この腕があればいい。
(ごめん、親父、母さん……)
「梅若……」
 後ろから圧し掛かるように唇が落ちてきた。
「あ、ちょっと待って」
 俺は、ペチと国光の腕をたたいた。
「ここじゃ、まずいよ」
 まずは、玄関の戸を閉めてから。





 翌日目を覚ましたのは、昼近く。
「身体、だるい……」
 絶倫男は、かいがいしくご飯を作ってくれている。お膳を並べながら
「さっき長谷部様が来たよ」
「え?」
「雪太郎から私が戻ったことを聞いて、兄のことを尋ねにね。真行じゃこの件では誰も何も言わないから」
 はい、と俺に箸を差し出す。
「ああ、そっか」
 そう。大切なことのもう一つ、辻斬り弁慶。
「気になってたんだけど、やっぱり刀、奪われてたのか」
「ああ。それもうちでは隠したがったらしいけれど、何しろ見つかったときに丸腰だったからね」
「名刀?」
「いや。友人からのもらい物だったらしい」
「長谷部さんは、何を聞きに来たの」
「その日の兄の行動とか、いつごろ城を出てどこに寄ったかとか。残念ながら、私にはまったくわからない」
「うん」
「死んだ他の人たちとのつながりも、何かわかればと聞かれたけれど、それもさっぱり」
「わからないよね」
「まあ、どこかですれ違ってるかも知れないが、あの兄と火盗改めの同心が知り合いだとは思えないよ」
「うん」
「長谷部様には申し訳ないけれどね」
 国光の言葉にうなずきながら、ふと気が付いた。
「あれ?」
「何?」
「国光って、長谷部さんのこと長谷部様って言うよね」
「それがどうしたんだい」
「本当は、国光の実家って、長谷部さんのところより偉いんでしょう」
 俺が言いたいことがわかったらしく、国光は笑った。
「今の私は、町人だよ」
「そっか」
「そうだよ」
「俺も、長谷部様って呼ぶべきなのかな」
「それは、あっちが残念がるんじゃないか」
「なんで」
「さあね」
 国光はおかしそうに目を細めている。
 そういえば長谷部さんの話題なのに、珍しく不機嫌そうじゃない。それを言ったら
「昨日、反省したんだよ。やきもち焼くのも、ほどほどにしないと」
「ふうん」
 まあ、いいけど。
「そしたら、また長谷部さんのところに剣術の稽古通ってもいい?」
「また始めるのかい」
「うん」
 ここのところサボりっぱなしだったし。
「そうだねぇ」
 国光は考える顔をして、
「いいけれど、一つ条件があるよ」
 いたずらっ子のように瞳を輝かせた。
「木刀は、私のあげたのを使うこと」
「えっ」
(あれのこと? あのハデハデしい白木の刀?)
「あれはちょっと……」
 言葉を濁すと、
「どうして。私の贈った物が気に入らないのかい」
 国光は筆で描いたような眉をキリリと寄せた。
「八丁堀からもらった物の方が、そんなにいいのかい」
「いや、そんなわけじゃ……」
 あるんだけれど。
(もう、ヤキモチ妬かないって言ったばっかりなのに)
「あれは……」
 苦肉の策の言い訳を思いついた。
「大好きな国光から貰ったものだから、かえって使えない。よごしたくないもん」
 大好きな、の言葉に国光の眉間のしわが消え去った。
「それにあれは、国光が俺と手合わせして勝った刀だろ? 記念の刀だし」
「おや」
 ちょっと嬉しそうな国光。俺は、ますます調子に乗って
「国光が本当は俺なんかよりずっと剣の腕が立って、んで、男らしくって、格好いいって、改めて知った記念の木刀だからさあ、大切にとって置きたいんだよ」
「もう、かわいいこと言ってくれるね」
(へへ、ちょろい)
「だから、普段は、あの古い木刀を使うから」
 ニコニコ言ったら、敵は一枚上手だった。
「だったらもう一本買ってあげるよ。今度は、龍の対になるように虎を彫ってもらおうね」
「げ」
「げ?」
「あ、ううん、何でも」
 結局、国光の刀を使わないといけないのかと観念しかかったとき、いきなりひらめいた。
「刀」
「どうした? 梅若」
「ち、ちょっと待って」

 記念の刀。
 国光が俺を負かした。

 大切に取っておきたい。


 ああ、何か、ここまで出かかっている。
 何だろう。

『その男は、前回の捕り物で、大盗賊火鼠の大吾と最後は一騎打ちで斬り捨てたってぇ凄腕だよ』


「わかった!!」
 俺の叫び声に、国光は切れ長の目を丸くした。
「何が、わかったんだ」
「あ、ううんと…わかんない。まだ、わかんないんだけど」
「梅若、しっかりおし」
「あのさ、国光の兄さんの奪われた刀って、誰かすごい人、斬ったことあるのかな」
「誰かすごい人?」
「うんと、大盗賊とか。かなり有名人とか」
「うちの兄上に限ってそういうことはなかったと思うけれど、『刀が』というなら、それを譲ってくれた友人に聞けばわかるかもしれないね」
「それだ」
 俺は、興奮して、国光の腕を掴んで言った。
「長谷部さん、呼ぼう」
 








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