「やあっ」

 気合とともに足を踏み出して、もうずいぶん手になじんできた木刀を振り下ろす。
「やあっ、とうっ」
 最初のうちは恥ずかしかった掛け声も、なかなか堂に入ってきてるんじゃないかって思うんだけど、どうだろう。
 もう十回ほど振ったらやめようかと思ったとき、縁側に国光が現れた。
「梅若、いつまでやってるんだい」
 ぶるっと身体を震わせて
「おお、寒い。そんなやっとうの稽古なんかやめて、二人であったかいコトしようじゃないか」
 朝っぱらから、サカってる。
「あったかいことなら、もうやってる」
「えっ」
「俺は暑いくらいだよ」
 木刀を気合入れて百回も降れば、寒さなんて吹き飛んでしまう。吐く息だけじゃなくて身体中から白い湯気を立ててる気分だ。
「ほら、こんなに汗かいてるんだから」
 胸の袷を開いて見せてやったら、
「ふふ……誘ってるのかい」
 国光は嬉しそうに目を細めた。まったくこのエロエロ野郎はっ。
「もうっ国光の頭の中はそれしかないのかよ。ちょっとは長谷部さんを見習ったらどうだ」
 俺の尊敬する剣術の師匠、八丁堀の旦那、長谷部兵庫の名前を出した。先月は北町奉行所が非番だったから長谷部さんの屋敷で稽古をつけてもらっていたんだけれど、月番に入ってからひどい辻斬り騒ぎなんか起きてとっても忙しいらしく、長谷部さんも寝る間もなく働いてるんで、俺なりに気を使って自主トレに切り替えた。
 そしたら、国光は邪魔ばっかり。

「長谷部様が、なんだって」
 国光は庭に下りて来た。長谷部さんの名前を出すと急に不機嫌になるのは妬いてるからだ。以前俺が白雪太夫こと雪太郎にさらわれかけたとき、長谷部さんがカッコよく助けてくれたこと、で、そのとき自分はといえば長谷部さんの部下の同心たちにほとんど監禁状態で閉じ込められていたこと、まだ根に持ってるんだよね。いい男のくせして子どもっぽい。それを知ってわざと挑発する俺も俺だけど。
「長谷部さんは忙しい仕事の合間をぬって俺に稽古つけてくれてんのに、国光は邪魔しかしないじゃないか」
「そんな棒切れ振り回して、何が楽しいんだ」
 国光は、俺の手が荒れるって言って俺が剣を習うのを嫌がっている。ついでに言うと、自分も「商売物だから」と指を大切にしているらしく、男のくせしてマメの一つもないきれいな指をしている。何で商売物っていうかっていうと、国光はこの江戸でも一番の売れっ子絵師なんだ。
 忙しい長谷部さんとは対照的に、絵師の冬は暇だ。正月に一斉に発売される絵草子は、夏から秋の間に絵師の手を離れて摺師に渡り、年の瀬の今は製本に回っている。

「楽しいからやってるんじゃないよ」
「楽しくないのに、なんでやる」
「身体と心の鍛錬」
 と言うと、国光がプッと吹き出した。
(むかっ)
「できもしないくせに、なんだよ」
「棒切れ振るくらい、私にもできるよ」
「棒切れじゃない。木刀。長谷部家に伝わる名木刀だぞ」
 長谷部さんが昔使っていたというそれは、長谷部さんの汗を吸って持ち手のところが黒々と光って、手にしっくりとなじむ。木刀だけどきっと名のある人が削ったに違いない(たぶん)。
 稽古をはじめてちょうど三ヶ月経ってから直々にもらった時には、なんだか免許皆伝みたいで嬉しかった。いや、実際は免許皆伝なんて腕じゃ全然ないけれどね。
 俺がその木刀を自慢気にかざして見せたら
「私が買ってあげたのは?」
 国光は不機嫌な顔になった。
「あ…」
 うっかりしてた。
 実は、長谷部さんから木刀をもらったことを国光に言ったらこの焼きもち妬きは、あれだけ剣術を習うのを反対していたくせに、対抗して、そりゃあ派手派手しい立派な木刀を買ってくれたのだ。白樫のそれは、柄には昇龍が彫ってあっておまけに銀箔の飾りや紫の房までついていて、とてもとても毎日の稽古に使えるものじゃなかったから――そのまま、ありがたく、しまいこんでいる。


「せっかく買ってあげたのに」
「だって、あれ、実用的じゃないんだもん」
「弘法は筆を選ばず」
「弘法じゃないから、書きやすい筆の方がいい」
「やれやれ、今朝の梅若はかわいくないねえ」
 と、国光の目がキラリと光った気がした。
「そうだ。私があの木刀で梅若と手合わせして、勝ったほうが今日一日相手の言うことをきくっていうのは、どうだい」
「ええっ」
 思わず声が出た。優男(やさおとこ)の典型みたいな国光が俺と手合わせだって。
「無理だよ。怪我するって」
「おや、馬鹿におしでないよ。これでも大昔は、ちっとは、棒振り回したこともあるんだから」
「んな、子どもの頃の遊びと一緒にするなよな」
 俺の言葉をきれいに無視して
「あれは、部屋に置いてるんだね」
 国光はさっさと木刀を取りに行った。




「お待たせ」
 片手に迷刀を引っさげて、国光が庭に出てきた。
「さあ、どこからでもかかっておいで」
「何言ってんだよ」
 剣を構えもせずだらりと持ったその姿に、俺はため息をついた。
(確かに役者みたいにカッコいいけど……)
『正眼の構え』とか言っても知らないんだろうな。
 そんな国光の
「ほら、どうした? 何ヶ月もお稽古したんだろ。それとも棒振りだけで立ち合いはしたことなかったのかい」
「したよっ。源太郎さんには勝ったことだってあるんだから」
 つまんない挑発に乗ってしまった。
(ちょっと驚かしてやれ)
「怪我しても知らないからなっ」
 俺は気合とともに、足を踏み出した。
 
 ビシッ
 カラーン

「えっ?」
 国光の刀を叩き落したはずなのに、何故か庭に転がっているのは、俺の刀で――
「…………」
 信じられないことに、俺の手がしびれている。
「大丈夫かい、梅若」
 国光が俺に寄って来て腕を取る。俺の手に異常がないのを確認してから
「私の勝ちだね」
 ニッコリ微笑んだ。
「ち、ちょっと待てよっ。何だよ今のっ」
 納得いかなくて
「もういっぺんだ」
 俺は地面に転がった木刀を拾った。
「もういいだろ。勝負はついたんだから」
「今のは、油断したんだよ」
 そう。国光なんかに本気で向かっていったら、怪我させちまうって、そう思って、だから―――
「今度は、本気で行くからなっ」



 そうして、そのあと三本やって――――三本とも取られた。
「…………」 
 呆然とする俺。
「さあ、もう本当にいいだろう。やれやれ、ちょっと遊ぶつもりが汗かいちまったよ」
 言う割に涼しい顔で、
「これじゃあ、今日一日じゃなくて三日くらい言うこときいてもらわないとね」
 俺の肩を抱くようにして、部屋の中に連れ戻した。
「……国光、前に、剣術習ってたんだ」
 憮然として言うと
「さっき言っただろう」
 おどけたように眉を上げ、切れ長の瞳を丸くする。
 ガキのチャンバラ遊びみたいな言い方したくせに。
「どこで習ってたんだ」
「四谷の秋元先生のところだよ」
 俺でも知っている有名な道場の名前が出た。
「うそ…」
 と呟いてから、突然思い出した。
「そういえば国光、昔は、お侍だったって」
 俺の問いには答えずに、国光は座った足の間に俺を抱え込んだ。うっすら汗をかいた国光のにおいが背中から俺を包み込む。
「ああ、あったかい。寒い朝は股火鉢だと言うけれど、うちには火鉢なんかよりよっぽどいいものがあるね」
「俺は火鉢かよ」
 股に、はさまれちゃって。
「もっといいものだって言ってるだろ」
 国光は、裾を割って右手を俺の太ももに這わせた。とたんにゾクリとする自分の身体が恨めしい。
「敏感だね」
 国光の唇が後ろから俺の右の耳たぶをくわえる。
「んっ」
 尖った舌が耳の穴をくすぐると、たまらなくて声が出る。耳の穴が性感帯なんて、このエロエロ男に出会わなかったら一生知らなかっただろう。
 舌で耳を愛撫しながら、右手は俺の中心をゆっくりと掴んで扱く。国光の細くて長い指は、いつでも魔法のようにあっというまに俺を昂ぶらせて、普段眠っている淫乱な獣を呼び覚ます。
「やっ、ん…っ」
 俺が二十一世紀から江戸にタイムスリップして半年。その半年の間に俺の身体は国光にすっかり慣らされてしまった。時たまあっちの世界の親や友人のことを思い出して寂しくなったりもするけれど、もう国光と離れて暮らすなんて絶対無理だ。
「くに…あっ」
 国光の指が、左の乳首を着物の上から押しつぶす。引っかいたり、弾いたりされても、着物の上からじゃ刺激が足りない。むず痒いようなじれったい気持ちで
「国光ぅ」
 甘えた声を出したら、
「どうして欲しい」
 耳の中に直接囁かれた。
「胸……」
「胸?」
「……触って」
「触ってるよ」
 着物の上からグリッと押さえる。
 そんなんじゃなくて―――
「ちが……」
 国光はわかっていて、意地悪している。
「んん」
 もどかしげに首を振ったら、
「じゃあ自分でお脱ぎ」
 笑い声とともに囁かれた。
「んっ」
 こういうときの俺は素直だ。袷を広げて左の肩を抜いて、腕から着物の袖をすべり落とすと、
「こっちだけでいいよ」
 片肌脱いだ状態で背中からぎゅっと抱き締められた。
(これじゃ遠山の金さんだよ)
 と思ったけれど、すぐに甘くて強い刺激が左の胸の先に与えられて、
「んんっ」
 喉を反らす。

「ふ…あっ、ああっ」
「いやらしい格好だね、梅若」
 いつのまにか俺は大きく脚を広げて、国光に背中を預けて、いいようにされている。
 先走りの液でもうあそこはドロドロだ。その雫をすくって、国光は俺の後ろに指を伸ばした。慣らされきったそこは熱く熟れて―――
「ヒクヒクしてるよ」
「やぁっ」
 国光のいやらしい言葉に、過敏に反応する。
「ほら、あっという間に二本も飲み込んだ」
「んくっ」
 すぐに指は三本に増え、俺は無意識に腰を揺らしていた。


「ふ…はぁ、あっ、あっ…」
 普段以上にしつこい愛撫に、俺は何度もイキそうになっては
「まだダメだよ」
 国光にいましめられた。
「やあ…っ…もうっ…」
 許して欲しい。
 知らず知らずに涙が零れる。
「もっ…うっ」
「どうして欲しい」
「イカせ、て」
「そんな答えじゃァ、ダメだ」
 意地悪な国光。
 俺は泣きながら、国光が待っているだろう言葉を選ぶ。
「挿れて」
「ん?」
 さっきから腰骨に当る国光のそれも、ビンビンに熱く硬くなっているんだから。
「国光を挿れて、俺をいっぱいにして……国光の熱いそれで俺の…あっ」
 全部言わないうちに前のめりに押し倒されて、腰を高く上げさせられた。
「あぁ―――っ」
 いきなり貫かれて、悲鳴をあげる。
 どんなに解してもらった後でも、あのかさの張った太いものが一気に押し入ってくる瞬間は、いっぺん殺されちまうような衝撃だ。けれども、決して苦痛だけじゃなくって。
 いましめを解かれて俺は、あっという間に精を迸らせた。
「あ……」
「我慢のきかない子だね」
 わざと冷たく言うと、国光は俺の腰を抱えなおして、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「んんっ」







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