ご感想をいだいた方へのお礼SSでした。

「花やしき?」
 英は、読んでいた雑誌から顔を上げて紫を見た。
「経営悪化で親会社がどうとかって遊園地に、いったい何の用だ」
「用って遊園地だもの、遊びに行くんだよ」
 紫は、困ったように眉を寄せて応えた。

 博之に「誘ってみてくれ」と言われたのはいいけれど、この従兄が遊園地やゲームセンターなど普通の中高校生なら喜んでいきそうな所にあまり興味を持たないことは、よくわかっている。けれども、
「二人で?」
 英のわざとらしい質問に、
「博之さんと、僕と、英さんと……雅之くん」
 言うと、英の瞳が面白そうに細められた。
「楽しそうだな」
 



「花やしき?」
 雅之は弓形の綺麗な眉をつり上げて兄の顔を睨んだ。
「何でそんな所に僕が行かないといけないの。しかも、その面子で」
「せっかくタダ券四枚もらったから」
 博之の母親が新聞購読のサービスにもらったものだ。
「そんなつぶれかけた遊園地のタダ券もらうくらいなら、洗剤もらった方がよっぽどまし」
「失礼なこというなよ。ほら、『狭い敷地に楽しさスシ詰め』『日本最古のジェットコースターもさらに古くなってスリル倍増(当社比)』だってさ。楽しそうじゃないか」
「……全然、楽しそうじゃない」
「雅之、昔は好きだったろ、遊園地」
「昔って、いつの話だよ」
 赤い唇を尖らせて横を向く雅之に、博之はため息をついた。
 母親から「お友達と行きなさいよ」と券を渡された時には、紫の顔しか浮かばなかった博之だったが、せっかく四枚あるのだから英と雅之も誘ってみようと思い直したのは、自分だけが紫と幸せになっている後ろめたさ。聡い弟は、その辺もわかった上で、反抗的な態度。
「仲良く三人で行ってくれば?」
「お前が来ないなら、英を誘う理由はないよ」


 と、言っていたのだが―――
「何で……いるんだ?」
 秋晴れの日曜日、紫と待ち合わせした場所に英の姿を見つけて、博之は呆然とした。
「雅之、来ないって……」
 言わなかったのか? と小声で紫に確認すると、
「言ったよ。だから四人で行くのはまた今度、って言ったんだけど……」
 紫は泣きそうな声で応えた。
『そうか、四人で行くのはまた今度、今日は三人だな』と言って、英はついて来たらしい。
「ああ、何だかあの海の日を思い出すなぁ」
 英は明るい声を上げる。
「あの時は、雅之がお前の弟だとは知らなかったけどな」
「……嫌がらせか?」
「誘っておいて、それはないだろ?」
「まあ、いいけどね」
 肩をすくめて博之は英にチケットを渡す。残り一枚は、ポケットに。
 紫を真ん中に、三人並んで歩く。二人に挟まれて、紫はとても落ち着かなかった。


 しかしながら、園内に入ってさすがに気分も盛り上がってきた紫。瞳を輝かせて、
「ねえねえ、じゃあ、どれから乗る?」
 はしゃいだ声をあげると、二人が同時に即答。
「スペースショット」
「ゴーストハウス」
 博之は、眉間にしわを寄せた。
「なんで、そんな子供だましのお化け屋敷に興味を持つんだ?」
「子供だましと言えば、その絶叫マシーンだって脳のないアトラクションだ。似たようなものなら、もっとすごいのがあるだろう。どうせなら、ここでしか味わえないようなアトラクションを楽しむべきじゃないか。遊園地なんて所詮は子供だましだ」
「お前……」
「ごめんなさい。僕が悪かったんです」
 博之の腕をつかんで、謝る紫。

 慌てなくても、園内は空き空き。全部遊べるのだ。


 お腹がすいたので何か食べようというときも、何を食べるか意見が分かれた。好きなアトラクションも、買い食いするジャンクフードも、ことごとく趣味の違う英と博之。
 英は嬉しそうに言った。
「博之とは不思議なくらい気が合うと思っていたんだが、実はまったく違ったんだな」
「おかげさまで、もう合わせる必要もないんでね」
「無理させていて、悪かったな」
「どういたしまして」
 二人の会話に、紫はハラハラ。
 
 実のところ、英と博之はこういう会話を楽しんでいた。殴り合いまでした挙句、博之が本来の自分に戻ってみれば、つくろっていたときよりもよほど親しくなっている。安心して突っかかって、毒舌を交わせるのも仲のいい証拠。
 けれども、紫はわからない。二人のわざとらしい口喧嘩も、自分のせいだと小さな胸を押しつぶされる。だから、英がトイレに席を立ったとき、
「博之さん、ごめんなさい」
 紫は、下を向いて謝った。
「え? どうした?」
「やっぱり、英さんにはちゃんと言えばよかった」
「は?」
「僕たちのデートだから、邪魔しないで、って……」
「紫……」
 自己中な台詞も、愛のため。
 紫のかわいい言葉に胸打たれて、博之は立ち上がった。
「よし、行こう」
「え?」
「ここから先は、二人だけのデートだ」
 紫の手を引っ張る。
「そ、そんな……だめだよ」
「大丈夫」



 
「いくらなんでも、ひとがトイレに行っている間にいなくなるか?」
 英は、露骨に不愉快そうな顔で辺りを見渡した。――と、木の陰から自分を覗いている視線を捕らえる。
「あれ?」
 相手は、気づかれたと知ってダッと逃げ出した。
「おっと」
 瞬発力にも足の速さにも自信のある英。すぐに追いついてつかまえた。
「来てたんだ」
「離せっ」
 右手を取られてジタバタするのは、雅之。
 兄には「行かない」と言ったものの、三人のデートが気になってしかたなかった、そういう性格。普段は着ない地味なトレーナーにジーンズ、帽子、眩しくも無いのにサングラスと、いかにもといったストーカールック。でも、英にはすぐにばれてしまった。
「離せってば」
「逃げないなら、離すけど?」
「逃げない」
「絶対?」
「絶対」
 雅之の返事に、英が持っていた手首を離すと
「ばぁか」
 駆け出そうとして、雅之は前につんのめった。英の左手がベルトをつかんでいる。
「あはは……」
 英はひどくおかしそうに笑った。
「な、何っ」
 雅之は、キッと振り返った。
「ホント楽しいな、お前。前からこんなに愉快なヤツだったっけ?」
「くっ…」
 顔を赤くして英をにらみつけると、英は、ベルトをつかんだまま、もう片方の手を雅之の腰に回した。
「ちょうど良かった。一人にされて寂しかったんだ。いっしょに遊ぼう」
「…………」
 耳元でささやかれた言葉に、雅之は「嫌」と返事が出来なかった。




「せっかく入ったんだけれど、遊園地はあんまりすきじゃない。どうせなら浅草寺にでもいくか」
 雅之の意見は聞かず、英はさっさと花やしきを出た。
 浅草寺の境内は、ご老人や修学旅行生などでにぎわっている。
「ほら、あの煙、悪いところにかけるといいらしい。ちょっと頭にかぶってきたらどうだ」
「……あなたは?」
「俺? 俺は、これといって悪いところは無いからねえ」
「性格にも、煙浴びられればよかったのにね」
「なるほど」



 参道の両脇に並ぶ店をひやかしながら、
「人形焼、買ってやろうか」
 今日の英は何だか優しい。
「え、いいよ。いらない」
 雅之が遠慮すると、
「ストーカーしてたんじゃ、何も食べてないんだろ?」
 英は口の端で笑って、人形焼を握らせた。
「…………」
 ありがとう、とはいえない雅之。
「そんなに、俺のこと気になる?」
「別に、あなたのことなんか気にしてないよ。うぬぼれないで……僕は、兄さんとあのアマちゃんがうまくいってるのか気になったんだ。だいたい、まさか二人のデートにあなたが付いて来てるなんて知らなかった」
 本当は、英の性格からして、きっと来ているに違いないと思った。
「へえ」
「デートの邪魔しようなんて、あなたも本当に性格悪いよね」
「別に、邪魔なんかしてないさ」
「邪魔だよ。だから、さっき置いていかれたんじゃない」
「かわいくない口だな。ふさぐぞ」
 顎をつかまれて、雅之は慌てて後ろに下がった。顔が真っ赤になる。
「ふざけないでよ……英さんは、僕のこと嫌っているんでしょう」
「嫌ってないさ」
「嘘」
「何で、嘘なんだ」
「アイツのこと傷つけた僕のことを許せないから、こうやって、また僕をからかって」
 言いながら、悲しくなって唇を噛む。
 どうしてこんな人のことを、好きなんだろう。
「アイツって紫? 紫は傷ついてない。大好きな博之と両想いで幸せいっぱいじゃないか」
「…………」
「それより、傷ついてかわいそうなのは、雅之だろう」
 言われてハッと顔を上げる。いつになく真摯そうな瞳が、自分を見つめる。
(ダメだ。この目にだまされちゃ)
 雅之は、ポケットから携帯電話を取り出した。
「何で僕がかわいそうなんだよ。失礼だな。僕だって今はもう幸せいっぱいなんだよ」
 短縮番号を押すと、相手はすぐに出た。
「あ、天城さん。僕、今、浅草にいるんだけど、迎えに来て……そう……うん」
 雅之が話すのを、英はポケットに両手を入れて、じっと見ていた。
「うん、じゃあビューホテルのほうまで出て待ってるから」
 携帯を切ると、
「誰?」
「英さんには、関係ないよ」
 雅之は、さっさと歩き始める。英は、その後ろをついていく。
「ついてこないで」
「いいの? 本当は、俺に見せ付けてやりたいんじゃないの?」
 図星を指されて、雅之はカッとなる。黙って歩くと、やっぱり英は後ろからついてくる。
 電話から二十分もたたないうちに、待ち合わせの場所に真っ白なスカイラインが飛び込んできた。雅之には弱い、フリーカメラマンだ。
「雅之」
 運転席から顔を出した天城に、雅之は駆け寄っていく。
 助手席のドアを開けると、今まで一度もしたことないのに、天城の首に抱きついた。
「来てくれてありがとう」
「おいおい」
「早く、車出して」
 天城は、自分を見つめるもう一人の視線に気がついて、クスッと笑うと、言われるままにアクセルを踏んだ。
 わざとらしいほどの派手な音を残して消えるスカイラインを見送って、英は、意外にも自分の胸がざわつくのを感じた。
「仔猫の逆襲」
 ポソリと呟く。




 スカイラインの中では
「今の、あの子だね。今日は、デートだったのか?」
「違うよ」
「喧嘩したのか」
「してない」
 そんな仲じゃない。と雅之は、内心呟く。天城は飄々とした顔で運転していたが、
「何か、いい匂いだな。あ、人形焼か」
 雅之の持つ袋に気がついて、
「一個くれよ」
 片手を差し出す。
「ダメ」
 雅之は、人形焼の袋の口を握り締めた。
「ケチ」
「…………」
「一個くらいいだろ」
「ダメ……」
 雅之は、人形焼を一つ自分の口に押し込んだ。甘ったるい匂い、モサッとした口ざわり。そんなにおいしいものではないけれど、でも、これは誰にもあげたくない。

『人形焼、買ってやろうか』
 そう言ったときの英の顔は優しかった。

 鼻の奥がツンと痛くなる。
 むきになって口をもごもごさせていたけれど、我慢出来なくなって雅之は言った。
「天城さん……」
「ん? 何だ?」
 やっぱり人形焼をくれるのかと、天城は振り向いた。
「お茶、欲しい」
「……ワガママな、ぼっちゃんだな」







End というより To be continue

そして密かに、英を置いて逃げ出した二人のバカエロっぷり。ここ





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