「あの二人、うまくいってるんですね」 「あたりまえだろう」 「源氏の君ファンの俺としては、ちょっと残念ですけれどね」 「何言ってる」 放課後の生徒会室で、引継ぎを終えた英は、立ち上がって軽く伸びをした。 「いやあ、俺だけじゃなくて。毎朝の儀式が見られなくなったのを残念がる声が多いんですよ」 新会長の言葉を聞き流して、 「この窓から見る景色ともお別れかと思うと、感慨深いな」 窓の桟に手をついて身を乗り出す。 「そんな、これからもちょくちょく来て下さいよ。どうせ受験は無いんでしょう」 「はは……そうだな」 もともと白鳳大学に進む予定だった英はもちろん、博之も結局、白鳳に進学することにした。そのほうが、紫との時間がより長く持てるから。進路について尋ねたとき、照れくさそうに答えた博之の顔を思い出して、英は口元を緩めた。 見慣れたサッカー部の練習風景を眺めながら、何の気なしにグラウンドの端に目をやって英は目を瞠った。 「じゃあ、もういいな。後は頼んだ」 「え? 会長」 「会長は、お前だろう」 柊に軽く手を振って、英は生徒会室を出るとまっすぐにグランドに向かう。二階から見つけた人物は、まだその場所にいた。 「雅之」 呼ばれてギクリと振り返る、怯えた猫のような瞳に、英は微笑んだ。 「こんな所で何をしている? 俺に会いに来たのか」 「まさか。兄さんに用があって来ただけだよ。でも、もう帰ったっていうから、僕も帰るところだったんだ」 英に話し掛けられている事実に、雅之の心臓は高鳴った。 それを悟られまいと、横を向いてわざとつっけんどんに返したけれど、英は気にせず笑ったまま。 「さっきから、ずっとここにいたじゃないか」 「それは、他の学校に来ることって珍しいから、のぞいていただけだよ」 本当は、兄や英の通っている学校が気になった。英に会えるとは思わなかったけれど、二人が、そして紫も、どんなところで高校生活を送っているのか気になった。 英が生徒会長を務めていた学校、そう思うだけで、グラウンドの空気すら違う気がした。 「そう、なら、案内してやろうか」 「なっ」 雅之の顔に血が上った。 「何言ってんだよ。ふざけてんのっ」 怒りのあまりに、声が震える。 「あなた、僕のこと、一生許さないって言ったじゃない」 「ああ、言ったかもね」 「言ったよ。それとも、それも嘘なの?」 「それもって? ひどいな、俺はお前に嘘をついたことなんか一度も無いだろう」 雅之は、唇をかんだ。 (その通りだ) 好きになったときも、嘘をついてくれればよかったのに、一番愛しいのは一緒に暮らしている従弟の紫だとぬけぬけといったのだ、この男は。 その紫は、兄の博之と付き合っている。英と殴り合いの喧嘩の末、紫を手に入れたのだと兄から聞かされたとき、雅之は、嫉妬で気が狂いそうになった。 (この人は、僕のためには、絶対にそんなことはしないんだろう) 雅之が黙っていると、英は雅之のすぐ目の前まで近づいた。 「紫にも、他のコにも、色んな嘘をついてきた」 悪びれない英に、雅之が、眦をつり上げる。 「でも、雅之にだけは、本当のことを言っていた気がするんだけど、どうかな」 雅之の目の険が薄らぐ。 どうかなと言われても。何て答えていいのだか。 「この間、俺がお前のこと、弄んでだまして捨てたようなこと、言っていただろう」 「…………」 「だましたつもりは無いよ。抱いたのは、好きだったから。紫のことを話したのは、隠すほうがフェアじゃないと思ったから。もちろん、そのことを話して、お前の方から離れていくのはしかたないと思ったけれど、自分から捨てたつもりなんか無かったな」 「何、調子いいこと、言ってるの」 「まあね。でも、紫はともかく、お前以外のセフレには、他に付き合ってるヤツのこといちいち話してないし」 「じゃあ何で僕には、紫のことも、他の恋人のことも、いちいち話してるんだよ」 そのことで、どんなに傷ついたか。 「だって、お前が、嫉妬するから」 「えっ」 「お前、嫉妬深くて独占欲強いだろう。その反応が、うっとうしくて辟易していたはずなんだけど、よく考えたら、いちいち嫉妬させるようなこと言っていたのは、俺だったんだよな」 英の言っていることがわからない。 雅之は、混乱する頭を整理しようとしたが、 「つまり、俺は、自分でも意外なほど、お前のことを好きだったみたいだ」 突然、降ってきた英の結論に、全部吹き飛んだ。 「な…何を……」 声が掠れる。 「僕のこと、許さないって」 「ああ、だから、あの時はそう思ったのさ。自分がだまされてたのも、紫が傷つけられたのも、ムカついたからね」 英の手が、雅之の頬に伸びる。 「それも、自分の好きな二人から……」 そのまま軽く上向けて、 「ショックだったよ。結構、傷ついた。これで、お前の復讐は大成功だったな」 口づけようとしたら、一瞬早く、雅之の腕が英を突き飛ばした。 「ふざけないでよっ……そうやって、また僕のこと、からかおうと思って……」 「雅之?」 「…………」 雅之は、英を突き飛ばした手の、両の拳を固く握ってうつむいた。 肩が小刻みに震える。 悔しい。 復讐なんて色々な人を巻き込んで大騒ぎして、結局、相手はちっともこたえてない。 好きだったなんて、また嘘をついて、自分のことを弄ぼうとしている。 兄も紫も幸せになって、自分だけが、ばかみたいだ。 「雅之」 もう一度、英が足を踏み出して、二人の距離を縮めると、 「バカッ」 雅之は、駆け出した。 「あ〜あ」 逃げた雅之を目で追って、英は笑いと溜め息を同時に漏らした。 (あんなところも、猫に似ているな) 紫が大人しく従順な子犬だとしたら、雅之は、手のかかる猫だ。「子犬の世話は、もうする必要がなくなったから、猫にかまってみたいのだ」とまた正直に言ったら、きっとあの綺麗な猫は、牙をむいて爪を立ててくるだろう。 (それはそれで、楽しいな) もう一組のカップルの話は、また次の機会に。 END |
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