「なんか、学校行きたくない」
 月曜日の朝、ちょっとぐずってみたけれど、
「何言ってるのよ」
 ひよちゃんには、あっさりとかわされた。

 教室に入ると、服部と目が合った。
「おはよう」
「あ、お、おは、おはよ」
 漫画のようにカミながら、服部はギクシャクと目を伏せた。
 やっぱり、昨日のことで僕のことホモだとか気持ち悪いとか思っているのかな。ちょっと傷ついた。チラリと鈴木に目をやって
「おはよう」
 声をかけても返事は無かった。
 代わりに鈴木は何か言いたげな視線を送ってきたけれど、すぐにホームルームが始まったのでそのまま席に着いた。
 二時間目は音楽で、教室の移動がある。いつもなら服部たちと一緒に行くのだけれど、なんとなく気まずくて一人で教室を出たら鈴木が追いかけてきた。
「相川君」
「あ、な、何?」
「昨日のことだけど」
 来た!
 何を聞かれるかと身構えたら。
「バスケ部はいるって、ほんと?」
 歩きながら横顔で尋ねられた。
「え、ううん、入らないよ」
「そうなんだ?」
 立ち止まって、念押しするように僕の顔を見る。
「うん」
 だからと言ってバレー部も続けられるかどうか甚だ疑問だけれど、それは言わないでおいた。すると鈴木はキッと僕を見つめて言った。
「バレー部を辞めてバスケに行くとかいうときは、ちゃんと僕にも言ってよね」
「え?」
「相川君がバスケット部に入るっていうなら、僕もそっちにいくから」
「鈴木……」
 驚いた。
「僕、鈴木には嫌われてるんじゃないかと思ってたんだけど、ひょっとして鈴木、僕のこと好」
「バカいうんじゃないっ」
 僕の言葉は途中で激しく否定された。
「どうしてそういう発想になるわけ」
 鈴木は男にしては細い眉をつり上げる。
「僕はね、君のこと嫌いだよ。僕にロココなんて変なアダナつけた張本人なんだからねっ。だから君と同じ部に入ってレギュラーの座を取ってやろうとか、君よりもっと先輩に気に入られて、いつかイジメてやろうとか、そういう楽しい復讐を考えていたんだ。なのに、部活変わられたら、できないだろっ」
「は、はあ……」
「そういうことだから。バスケに移るんなら、僕も追いかけて行くからね」
 ツンとすまして、鈴木は足早に去っていった。
 僕はどっと疲れて、廊下に背もたれた。そこに鈴木が駆け戻ってくる。今度は何だ。
「いい忘れた。相川君、陸先輩と付き合ってるの?」
「えっ」
「そうなら、そっちだって僕は容赦しないよ」
(はい? 何を言ってるんだ??)
 鈴木は、女の子みたいな顔をひけらかすように天パーの髪をかきあげて、
「レギュラーの座もそうだけど、君をへこますためなら先輩も奪ってみせるから」
 言い捨てて、今度こそ全力疾走で音楽室に消えた。


 僕は、ズルズルとしゃがみこんでしまった。このまま音楽の授業サボりたいと思ったけれど、運悪く、ちょうどやってきた先生に首根っこをつかまれて教室に連れて行かれた。



 そして昼休み、追い討ちをかけるように――
「おい、相川勝利いるか」
 さあこれから楽しいお昼の時間だと皆が浮かれていた中に、身長二メートルもありそうな大男が三人も入ってきた。襟章を見ると二年の先輩だ。みんなの目が僕に集まる。
「後藤先輩がお呼びだ」
 三人ともバスケット部の部員らしい。
「お、お呼びって」
「いいから来い」
 有無を言わさず両脇を押さえられた。もう一人は僕の背中につく。そのままズルズルとNASAに捕まって連行される宇宙人のように、バスケ部の部室に連れて行かれた。
(ど、どうしよう)
 無理やり部室の中に入らされ、怯えて立ちすくんだ僕に、
 パン パン パン 
 いきなりクラッカーの音が浴びせかけられた。
「な、なに?」
 部屋の中には、二十人ほどの男子生徒がいた。見るとミーティング用のホワイトボードに『歓迎、相川勝利くん』と書かれている。よく見ると『迎』の字に余計なヒゲが一本書かれていて間違っている。けど、そんなことはどうでもいい。
「あ、あの……」
「よく来てくれたな、相川」
 嬉しそうに笑う後藤先輩。
(いや、よく来てくれたというか、連行されてきたんですケド)
「ホラ、椅子出せ、お前ら気がきかねえな」
「ウッス」
 後藤先輩に言われて、僕を連れてきた一人が慌ててパイプ椅子を出す。
「座れ、座れ」
「はあ」
 座ったとたんお茶が出てきた。といっても、購買のインスタントコーヒーだ。
「相川が入部するとうちの部も華やかになるなあ」
「そうっスね、先輩」
「うちはどうもごついヤツが多いっスからね」
「今年の一年も、こんなだからな」
「すんません」
 肩をすくめたのは隣のクラスのなんとか言うヤツだ。バスケ部だったのか。
「今日は相川の入部を祝して、急遽昼休みに歓迎会をすることにした」
「ええっ」
 いつの間にか机の上に菓子パンや弁当が山のように積まれている。購買で買える菓子やジュースも。
「急だったから、全員は集まれなかったけどな」
「まあ、改めてやればいいっスよ」
「そうだよな」
 ワイワイと始まる歓迎会に、主役であるはずの僕だけがついて行けずにいる。っていうか、いつの間に僕はバスケット部に入ることになったんだ。
『意地になって、あんたをバスケ部に入れようとするかもね』
 ひよちゃんの言葉が浮かぶ。これはいわゆる、からめ手作戦?

 こんな状況で「入部する気はありません」などと言い出せるわけもなく。ただ、ただ、
(どうしよう……)
 と、内心焦りまくりながらコーヒーをすすっていると
「ショーリ!!」
 大声とともにドアが激しく開いた。
「陸さん」
「ショーリ……?」
 部屋の様子に陸さんは、一瞬、肩透かしを食った顔をしたけれど、
「うちの部員を返してもらおう」
 大股で僕に歩み寄りながら、後藤先輩に向かって言った。
「そういうわけにはいかない。相川はうちの部員になったんだから」
 後藤先輩の返事に、陸さんは僕を振り返った。椅子に座ってコーヒーを飲んでいる姿は、僕の内心とは裏腹に、相当この部になじんでいるように見えただろう。
「そうなのか」
 静かに陸さんが訪ねる。僕はちょっと考えてコーヒーを机に置いた。
「そのほうがいいんだよね?」
 バスケ部に入る気は無かったけれど、バレー部は辞めたほうがいいって気がする。陸さんとのこと、服部たちにもバレちゃったし。ひよちゃんが言ってたように、陸さんもやりにくいだろう。
「そのほうがいいだと?」
 陸さんは、眉をひそめた。
「陸さん、そう言ったじゃない。バレー部辞めないかって。辞めてほしいんでしょ?」
 僕が言うと、
「バカ」
 陸さんは突然僕の腕をつかんで引っ張った。
「あ…」
 そのままギュッと抱きしめられる。
「辞めてほしいなんて、思ってない」
「だ、だって」
「あんときは、つい……」
 陸さんは僕を抱きしめたまま、ひどく切ない声で言った。
「たまんないんだよ。あれから、目の前にお前がいるといつでもこうしたくなる。部員の前でも、どこでも、所かまわず、お前のこと抱きしめて押し倒したくなる。部活でもお前のことばっかり気にしちまうから無理して敏樹にあずけたけど、そしたら余計に気になって」
(あれから……?)
 あれっていうと、やっぱりアレのこと? 僕は自分が全身で赤くなったのがわかった。

「な、なんだ、こいつらホモ?」
 ポソッと聞こえてきた言葉に、我に返った。

 そういえば、ここには総勢二十人強のバスケット部員がっ!!

 陸さんは声の主を振り返った。そして、
「それがどうした」
 低い声で威嚇した。
「そうだとしてお前に迷惑かけるか。別にお前のケツ狙ったりしねえから安心しろよ」
 すごまれて、その男子はビビッて後退さった。
「言っとくが、俺はホモじゃねえよ。女とだってやってんだ」
 陸さんの言葉に、意外に純情なのか、いかつい顔が赤く染まった。
「でもな、コイツが一番なんだよ」
 僕の肩を抱く腕に力がこもる。不覚にも背中が甘く痺れてしまった。
(陸さん……)
「お前らなんかに、渡せるかよ」
 グルリと周囲を睨み付けると、呆然とする男たちを尻目に、陸さんは堂々と部室を出て行った。もちろん僕は、肩を抱かれたまま。
 陸さんの突然の熱烈な告白に頭の中がピンクに染まっていて、せっかくのバスケ部の歓迎会をだいなしにしたことには、当然ながら気が回っていなかった。

 
「そういうことだから、バレー部辞めるなんていうなよ」
「陸さん……」
 ぼうっと見上げると、陸さんはひどく困った顔をして、
「こっち」
 僕を連れて、すごい勢いで廊下を曲がった。
「ここ……?」
 男子トイレの個室の中。普通、二人で入る所じゃない。
「シッ」
 声を出すなと目で言って、陸さんは僕に覆いかぶさった。
(んっ…)
 激しく唇を重ねられ、乱暴なくらいにきつく吸われる。
(陸さん…っ)
 陸さんの両手は、僕の背中とお尻のところをぎゅうって抱きしめていて、一ミクロンの隙も無いくらいに身体がくっつく。陸さんの心臓の音がダイレクトに胸に伝わってくるけれど、僕の鼓動はもっと激しく応えているだろう。僕の手も陸さんの背中にまわって、制服のシャツをつかんだ。
(陸さん…好き…)
 言葉に出せないもどかしさを舌で伝えると、僕のお尻をつかんでいた陸さんの手がアヤシイ動きをした。
「んっ」
 駄目だよ、こんなところで。
「ショーリ……」
 唇を離して、陸さんが囁く。僕の唇の端を、親指で拭って、
「すっげ、エロい」
 小さく笑う陸さんだって、唇が唾液で光っていてヤラシイよ。
 僕は自分の唇を舐めた。やっぱり唾液で濡れていると思ったから。
 そしたら、
「挑発すんなよ」
 陸さんは僕のズボンの前に手を伸ばした。
「あっ、ダメ」
 キスだけでも僕のそこは、小さいながらに雄々しくなっているんだから。やわやわ触られて、たまらなくなって、僕は陸さんにしがみついた。
「ダメだってばぁ」
「チクショー、お前、可愛すぎ」
 陸さんの手が僕のズボンのベルトをはずす。
「やっ」
「触るだけ」
「陸さんっ」
「俺のも触って」
 言われて僕も手を伸ばした。
「んっ、あっ……」
 自分のものを触られるのも快感だけれど、陸さんの大きくなったものを握ると、何だかとても幸せな気持ちになる。僕のこと、感じてくれてるんだ。
「陸さん……」
「ショーリ……」
 再び唇がふさがれる。そして僕たちは、いつまでもお互いを感じていた。

 ――というと綺麗にまとまったけれど、要は男子トイレの個室で、死んでも人に話せないことをしていたわけで。
 昼休みの終わるチャイムと共にそっと個室を出るときは、かなり恥ずかしい思いをした。幸い誰にも見られなかったけど。



 教室に戻ると、服部が心配顔で僕の帰りを待っていた。
「大丈夫だったか」
「うん、ありがとう」
 僕がバスケット部の先輩に連れて行かれたことを、陸さんに伝えてくれたのは服部だった。
「俺も一緒に行こうと思ったんだけど、陸先輩が、来なくていいっていったから」
「うん、大丈夫だったから」
「あの……ごめん」
「え?」
「俺、今日、相川に変な態度とってた」
「ああ、いいよ」
 笑ったら、
「よくないよ、俺、相川とも友達でいたいから、ちゃんと謝る」
「服部……」
 服部が申し訳なさそうに頭を下げてくれて、ジンとした。
「本当、気にしないでよ。僕こそ、服部に気を使わせてゴメンね」
 お互い謝って、そして照れ笑い。
 バレー部、勢いで辞めなくてよかった。




 
 そして、一件落着したかに思えたその放課後、バレー部の部室に行って、僕は息を飲んだ。部室のドアの前に、みんなが集まっていた。そのドアには、いかがわしい絵と汚い字の落書き。
 
 ホモのそうくつ男子バレー部。
 キャプテン陸はホモホモ。ホモ星人。
 新人はケツを出せ〜。
 

 あまりに頭の悪そうなフレーズに眩暈がしたけれど、そんな場合じゃなくて。
 書かれていたのは、僕とのことで陸さんを中傷するものだった。
 












HOME

小説TOP

NEXT