恋愛駆け引きとか言われても――。 「男は陸さんだけじゃないって態度。って、どういうの?」 「だから、誘われてもすぐに付いて行かないで、勿体つけるとか」 「もったいつける……」 「そ、あとは、わざと陸君の前で違う人と仲良くして見せるとか」 「そんなの、出来ないよ」 僕は首を振った。 「あら」 「だって、自分がされたら嫌だもん」 「は〜ぁ」 みどりは大げさにため息ついた。 「こずえ。負け組み。決定」 「別に勝ち負けじゃないもん」 僕がふくれたら、みどりは「いい子いい子」と頭を撫でてくれた。 「しょうがないね、そこがこずえのいいところだもん」 そして、みどりと別れた僕は、いつものように陸さんにメールした。 高校に入ってようやく買ってもらった携帯電話は、陸さんからのメールと着信履歴でいっぱいだ。着信履歴はともかく、メールは何となくもったいなくて削除できない。 僕がメールしてすぐに返信が帰ってきた。『明日の夜、空けとけ』って書いてある。 (なんだろう) 明日は金曜日で、次の日は休みだ。ちなみに日曜はみんなで買い物の日。 『空けておくけど、何があるの?』 返信したら、 『当日のお楽しみ』 って、返ってきた。 なんだろう。ちょっとドキドキ。 そして、その当日の金曜日。バレー部の練習が終わって、僕はいつものように着替えを済ませると公園で陸さんを待った。今日の部活でも陸さんはちょっとよそよそしかったけど、でも、これからデートだ。思いっきり甘えて、部活のぶん取り戻してやる。 「待たせたな」 「ううん」 陸さんが現れると、僕のお尻には尻尾が生える。ブンブン振っているの、見えるかな。 「遅くなるって言ってきたか」 「うん、友達とご飯食べて帰るって言ったから、十時くらいまで大丈夫だよ。それより遅くなったらマズイけど」 「よっしゃ」 陸さんは、僕のスポーツバッグを持つと、 「じゃあ急ぐぞ」 どことも言わず、僕に付いて来るよう指示した。 「ここって?」 陸さんに連れてこられたのは、二階建てのアパート。外階段で、もちろんエレベーターも無い。階段を上がるとカンカンと音が響いた。二階の一番奥の部屋、 「俺のクラスの石塚んち。下宿してんだよ」 陸さんはポケットから鍵を出して、ドアを開けた。 「入れよ」 「いいの?」 ちょっと戸惑ったけれど、陸さんが先に上がってしまったから、僕も靴を脱いだ。 「石塚、今日の夜から大学生の彼女と旅行いってんだ。で、部屋が空くっていうから借りた」 陸さんは、勝手知ったる様子で電気をつけると、開きっ放しだったカーテンを引いた。 「借りた?」 よくわからずに、首をかしげて見上げたら、 「ホテルは高いだろ」 いきなり抱きしめられた。 「えっ、えっ」 ちょっと待って。えっと、そういうこと? 「あー、たまんねぇ、一週間、辛かった」 陸さんは、僕の開襟シャツの襟元に鼻を埋めてうなった。 「一回経験すると、夢もリアルになんだよな。もう毎晩、地獄っつーか天国っつーか」 言いながら、陸さんの指は忙しく僕のボタンを外す。 「学校で何度押し倒しそうになったかわかんねえ」 「ま、待って」 「待てない」 「準備が」 心の。 「大丈夫、ほら」 陸さんは学生ズボンのポケットからよくわからないチューブを出して見せた。 「今日はちゃんと準備しといたから」 (何をっ?!) 気がつくと、えらく手際よく服を脱がされていた。 「せ、せめて布団のあるところでしてぇ」 そして、二回目のえっちは、初めてのときよりもスムーズだった。陸さんが勇気を出して薬局で買ったというアレは、オロナインよりも良かった。でもやっぱりお尻は痛い。まだ何か挟まったような感じで落ち着かないけれど、チラリと盗み見た陸さんの顔がとっても満足そうだったので、僕も嬉しくなった。 「陸さん」 布団の上を転がって、裸の陸さんに擦り寄った。 「ん?」 陸さんは左手を僕の首の下に回して、そっと髪を撫でてくれた。くーっ、これって腕枕ってヤツ? すっごい照れる。 照れくさいのと幸せなのとで、ふわふわ舞い上がっていたら、 「ショーリ、バレー部辞めないか?」 ポツリと言われた言葉に、いきなり突き落とされた。 「え? どういうこと?」 身体を起こして陸さんの顔を覗き込む。 「あ、いや……」 陸さんは困ったように目を泳がせて、 「悪い、今の無し」 両手を合わせて謝った。 「無し、って……」 そんなこと出来ないよ。聞いてしまったんだもん。 「どうして? 僕、陸さんと一緒にバレーボールしたくて西高に入ったんだよ。そんなの陸さんだって知ってるじゃん」 「あー、だから悪かった。ゴメン」 「ゴメンじゃすまないよ、僕がバレー部にいるとマズイことでもあるの」 「いや…」 陸さんは困った顔をして横を向く。 「陸さん変だよ、部活じゃほとんど話しかけてくれないし、僕より鈴木とか服部とか木村とかほかの一年ばっかりかわいがってるし」 「そんなことねえよ」 困った顔だった陸さんが、今度は憮然とする。 「そんなことあるもん」 僕も負けずに憮然として見せた。一週間思っていたこと、はっきり言ってやる。 「部活でイチャイチャしようなんて思わないけど、普通にしてよ。僕のこと、白石先輩にばっかり預けて」 「…………」 「何で? どうして、そうなんだよ」 「……お前にゃ、わかんねえよ」 ブスッと言われて、僕は頭にカッと血が上った。 「何だよ、言ってもくれなかったらわかるわけないじゃん」 立ち上がって、脱ぎ散らかした服を身につけた。 「おい」 陸さんが呼んだけど、無視した。陸さんが頭をかきむしっているのが横目で見えた。 「帰る」 ズボンまではいた僕は、カバンとスポーツバッグをつかんで、さっさと玄関を出た。 階段を派手な音を立てて駆け下りて、一度だけ振り返った。 (追いかけてこないし) なんだよ。 期待しているわけじゃないけど――ううん、本当はちょっと期待したけど――陸さんってそういう人じゃないし。 (大体、まだマッパだったもんね) 「いーっ」 右端のドアに向かって歯をむいて、そして駅に向かって走った。 何だよ。なんで、僕がバレー部にいちゃいけないんだ。 『ショーリ、バレー部辞めないか?』 幸せ絶頂にいたから、余計ビックリしたし、悲しかった。 何でだよ。 「ショーリ、何ぶすくれてんの?」 ひよちゃんが、僕のほっぺたをひとさし指の先で突いた。 「どうせブスだし」 「あはは、何言ってんの、ご飯は? 食べてきたんだよね」 言われて急におなかが空いた。 「食べてない」 「うそ」 「何かあるかな」 「ご飯はまだ水と米。パンならあるよ」 「じゃあ、それ食べる」 「お母さんに言って、何か作ってもらおうか」 「ううん、だって食べてくるって言っちゃったし」 僕はカバンをリビングのソファに置くと、台所に行って、冷蔵庫の上から食パンの袋を取った。 「じゃあ、卵焼いてやろうか」 「えっ? ひよちゃんが」 「焼けるわよ。卵焼きくらい」 「ホント?」 「失敬ね、すぐ焼くから見てなさいよ」 「うん」 トースターをセットして、僕は冷蔵庫から牛乳を取り出した。ひよちゃんはその横から手を伸ばして卵を三つも取った。 「ねえ、ひよちゃん」 コンコン、ガシャ と卵を割るひよちゃんの背中に呼びかけると、 「うん?」 振り向きもせず、返事された。 「僕、陸さんにバレー部辞めないかって、言われちゃったよ」 「えっ?」 振り返ったひよちゃんの手の上で、グシャッと卵がつぶれる。 「あっ、卵」 「あ……」 ひよちゃんは手元に視線を落として、 「大丈夫。殻は入ってない」 明らかな嘘をついた。 「それより、陸のヤツ、そんなこと言ったの」 「うん」 「ふうん」 わかったような顔でうなずくひよちゃんに、 「何でそんな顔するの?」 僕は尋ねた。 「わかるの? 陸さんがそう言った理由」 「まあ、ちょっとは想像つくけど」 「何? 何で?」 身を乗り出す。 「何ていうか、やりにくいんじゃないの?」 ひよちゃんは、束にした箸でボウルの中の卵をカシャカシャかき混ぜながら言う。 「やりにくい?」 「恋人が同じ部にいたら、ちょっとは、やりにくいと思うよ。陸、キャプテンだし」 「そうなのかな……」 考えたことも無かった。 (僕は、陸さんとバレーボールがしたくて……) 「だって、西高に入ってバレー部に来いって言ったの、陸さんだし……」 「実際来てみたら、やっぱり、やりにくかったんだよ。他の部員の手前もあるしね」 「だって、僕と陸さんのこと知ってるの、少ししかいないよ」 「陸が女装のショーリにマイッてたのは、一年以外みんな見てるけどね」 「……恥ずかしいのかな」 ショックだ。 「いや、恥ずかしいって言うか、単純にやりづらいんじゃない? でも、そんなの気にしなくていいよ」 ひよちゃんは僕に背中を向けると、温まったフライパンにボウルの中身を流し込んだ。ジュワッと音がして、卵の焼ける甘い匂いが広がった。 「あ、なんかうまく巻けない。まあ、いいか。スクランブルエッグだ」 独り言を言いながら、ガシャガシャフライパンをゆすって、 「はい、どうぞ」 三分後に、僕の目の前に黄色いかたまりの乗った皿を置いた。いつの間にかトーストも焼けている。バターを塗りながら、ひよちゃんの言葉を頭の中で繰り返した。 『恋人が同じ部にいたら、ちょっとは、やりにくいと思うよ。陸、キャプテンだし』 そうなのか。 僕は、スクランブルエッグを口に運んだ。 「う…っ」 「ショーリどうしたの? 泣いちゃ駄目よ。ホント、陸の言ってるのは勝手なんだから、ショーリは気にしなくていいって」 「…じゃなくて」 「え?」 「卵、味無い。口の中でジャリジャリする」 「……カルシウムよ」 |
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