「ただいま」 ムードには多少欠けたけれども無事に初合体を済ませた僕は、日曜の夕方、ひよちゃんの家――今は僕の家でもある――に帰った。 「おかえり、ショーリ」 ひよちゃんは待ちかねたように飛び出して来て、上から下まで舐めるように僕を見た。 「な、何?」 「うーん、あんまり変わってないね」 「何が変わるんだよ」 「だって、よくそう言うじゃん」 「意味わかんない」 僕は赤くなりそうな顔を背けながら、自分の部屋に逃げ込んだ。 そしてその夜には、やっぱりというか、みどりから電話がかかってきた。 「ねえねえ、どうだった?」 「どうって、別に……」 「隠すことないじゃない。ねえ、痛かった? すぐ気持ちよくなった? 血とか出たりしなかった?」 ああもう、どうして答えられないようなことばっかり聞くんだ。 そして月曜日。 「相川君ってさぁ、先輩たちとなじんでるよね」 部室で思いがけず二人きりになったとき、鈴木が言った。 「一年生の中でも、特別扱いだよね」 「別に、特別扱いってことは無いよ。前にも言ったけど……」 以前に服部から訊ねられて答えた時と、同じ言い訳をした。 「去年の夏休みに、いとこにくっついて見学に来てたから……」 「あの『こずえちゃん』って呼ばれたのは、その時、女の子のカッコしてたからだって、本当?」 (ゲッ) なんだよ、知ってるんじゃん。 陸さんや白坂先輩がにらみを効かせてくれていても、やっぱり、隠しておくには無理がある。 「まあ……ひよちゃ、いとこが……茶目っ気のある人で……」 「いとこって、あの女子部のキャプテンでしょ?」 「うん」 うなずくと鈴木は、 「それで女子部にもかわいがられてるんだ。よかったね」 冷たい横顔で言った。 (鈴木…?) 鈴木は人前ではともかく、僕と二人きりになるとなんだかんだと絡んでくる。 「でも、いくら冗談でも、僕なら女装なんてできないね」 そりゃ、僕だってしたくは無かった。最初はね。 「恥ずかしくなかったの?」 「それは……」 最初は恥ずかしかったよ。でも、その後、陸さんに告白してもらったから、今じゃよかったなんて思っているんだけど――。 黙ってしまった僕に、 「何赤くなってんの?」 キショい。なんて呟くから、僕もムッとして言った。 「何だよ、ロココだって髪伸ばしてるじゃないか、女の子みたいに」 その瞬間、鈴木の細い眉がつり上がった。 (あ、しまった) と思ったときは遅かった。 「やっぱりね」 鈴木の唇がゆがんだ。 「な、何?」 「相川君も、僕のことロココって、陰で言ってたんだ」 「い、言ってないよ」 言ったのは、今が初めてだ。 「言ったじゃん、今」 「あ、だから、今が…」 初めてだって。 今までは一度も、陰でだって、言ってないと言いかけたけれど、 「う〜っしゅ! ただいま参上でゴザル」 日直で遅くなった服部が部室に飛び込んできたので、話が途切れた。 「ネットはろうぜ、ニンニン」 何をそんなに張り切っているのか、腕をグルグル回している。 「あ、うん」 「じゃ、僕はボールを運ぶから、ネットは二人でやってよ」 着替え終わった鈴木は、さっさとカゴを持って出て行った。 ああ、なんか、まずかったかも。 「なになに? 何かあったのでゴザルか?」 服部が、興味津々と言う顔で僕を覗き込んでくる。 「ねえ、もう鈴木のこと『ロココ』って呼ぶのやめようよ」 「はあ? 何でだよ、いいあだ名じゃないか。本人も喜んでるぞ」 (いや、喜んでないって、たぶん) 「先輩たちにも覚えてもらって、ここでもようやく浸透してきたんだし」 それが鈴木を怒らせているんじゃないだろうか。 「今さらほかの名前で呼べないでゴザル」 「はあ」 ため息をついた僕だったけれど、 「ロココ、それこっち持ってきて」 「はい、先輩」 「サンキュー、ロココ、今日もキマってるなぁ、髪」 「ふふふ…」 先輩たちにからかわれても、鈴木は、特に嫌がっていないみたいだ。 「ほらな? あの名前のおかげでかわいがられてるって」 服部は満足そうにうなずく。 「う、ん……」 確かに。 でも、さっきは嫌そうだった。何で僕にだけ突っかかるんだろう。 理由を考えると、何だか胸が重くなる。週末の買い物こともあるし。 ひょっとして――鈴木も陸さんのこと好きなんじゃないかな。 そういう目で見ると、そう見えてしまう。ほかの先輩と話をするときよりも、陸さんと話すときの方がニコニコしている気がする。何だか、陸さんの周りばかりをウロチョロしている気がする。 でも、よく見ると、服部もそうだったりして。 「もう、陸さん、人気ありすぎ」 負けてはいられないという気持ちで、僕も陸さんのところに行って 「キャプテン、僕も、サーブ見てください」 ボールを抱きしめてお願いしたのだけれど、 「あ、ああ」 陸さんはキョロキョロと周囲を見渡して、白石先輩に向かって言った。 「敏樹、相川のサーブ、付き合ってやってくれよ」 「ウッス」 白石先輩が近づいてきて、僕の肩に腕を回してニヤッと笑った。耳元に唇を寄せて、 「俺じゃヤダって顔だな」 「そ、そんなこと無いですよ」 本当は、ちょっとショック。そりゃあ、部活の中でベタベタはできないってわかっているけれど、今のはちゃんと部員としてお願いしたつもりだったのに。 「まあ、俺じゃ不服かもしれないが、ビシビシしごいてやるぜ」 「はいっ、お願いしますっ」 白石先輩の言葉に、ちょっとやけくそ気味に大きな声を出したら、陸さんがチラッとこっちを見た。 * * * なんか、おかしい。 もともと部活では、他の一年の手前もあるから、そっけなかった陸さんだけど。火曜も水曜も、僕は『陸キャプテン』に冷たくあしらわれている気がする。二人っきりになったときにそう言ったら、 「そんなわけ無いだろ、何言ってるんだよ」 陸さんは笑ったけれど、でもその笑顔も、どこかぎこちない気がした。 「どう思う?」 放課後のマクドナルド。チキンマックナゲットをつまみながら、自称恋愛指南家みどりに尋ねると、 「うーん、きたわね」 意味深にうなずかれた。 「何が?」 「エッチしたあと、突然、そっけなくなるオトコ」 「え?」 「釣った魚に餌はやらないとも言う」 「何それ」 「一回寝て、安心しちゃってるのかも」 「どういう意味だよ」 僕の分のポテトにまで手を伸ばすみどりをにらみつけると、 「だから陸君にとって、エッチする前とした後でこずえの存在が違ってきてんのよ。わかりやすく言うと恋人と奥さんの違いっていうか」 みどりは、全然『わかりやすく』ないことを言った。 「なんで一回エッチして、いきなり奥さんなんだよ」 かなりきわどい会話だけど、周りも騒がしいから気にしない。もちろんみどりも気にしていない。 「陸君にしてみれば、去年からずっと我慢していたわけじゃない? で、色々妄想して、期待も大きかったわけじゃない。ついに、感激の瞬間を迎えて、まあこんなもんかと思ったら、気が抜けちゃったってのもあるかもね」 「ヒド…っ」 気が抜けたってなんだよ。 「陸さんは、そんな人じゃないよ」 「そんな人もこんな人も、こずえが『陸さんがこうだ』って言うから、私なりに分析してあげているんじゃない。実際、月曜から様子が変なんでしょ」 「う……まあ、そうだけど」 「オトコってのは、そんなところあるのよ。こずえにはわかんないかもしれないけどね」 「ていうか、僕、オトコなんですケド」 女のみどりにオトコを教えられる男の僕。何だかちょっと切ない。 みどりは僕の言葉をきれいに無視して、持論を展開する。 「一回寝て、こずえのこと、何もかもわかった気になってるんじゃない」 「な、何もかもって……」 (恥ずかしい〜っ) 陸さんとの初エッチを思い出して顔を熱くしていると、 「負けちゃダメよ、こずえ」 いきなりみどりが言った。 「へっ?」 「陸君がそういう態度なら、こずえだって、オトコは陸君だけじゃないって態度を見せなきゃ」 「な、何で?」 「それが、恋愛駆け引きってものよ」 自称恋愛指南家みどりは、自信満々にそう言った。 |
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