高校生活二日目。午後から体育館で、オリエンテーションといって生徒会や各部活の紹介があった。ひよちゃんが言うには、このオリエンテーションのインパクトが新入部員獲得の成果を左右するらしく、各部、五分の割り当て時間に相当な気合を込めるのだそうだ。僕は最初からバレー部に決めているけれど、それでも柔道部や応援団部などの紹介パフォーマンスを見るのは面白かった。

「あ、次、男子バレー部だぜ」
 服部が、各部の案内が載ったプリントの束をめくりながら言う。昨日から、僕と一緒にバレー部に入ると言っているのだ。
 ユニフォームを着た陸さんと白石さんが壇上に立つ。
「カッコいいね」
「背、高いよ」
 隣の組の女の子達が囁き合っている。
「入部したぁあい」
「男か、アンタ」
 クスクスと笑いながらも、彼女たちの目は二人に釘付けだ。
 硬派な陸さんと軟派な白石さん、タイプはちがっても人目を引くハンサムだから二人の組み合わせは、とっても絵になる。
「ねえ、マネージャー立候補しようか」
「あっ、いいかも」
 そんな言葉にチラリと顔を盗み見るとけっこう可愛い子だったりして、僕は胸がザワザワざわついた。
(もう、陸さん、そんなに目立たなくていいのに)
 ニコリともせずにバレー部の紹介をする陸さんは、派手なパフォーマンスなんかしなくてもインパクト大だ。ひよちゃんなら『惚れた欲目』とか言うかもしれないけれど、でも、実際、女の子たちが騒いでいるのを見ると落ち着かないよ。
「相川、何、力入れてんだよ」
「えっ」
 気がつけば、丸めたプリントを握り締めていた。
「やっぱり、バレー部に決まりだよな」
 服部の言葉に、僕はちょっと顔を火照らせながらうなずいた。
 ちなみに男子バレー部の後での女子バレー部のパフォーマンスは、ガラリと趣向を変えて、なんと宝塚風。
 学祭でも大受けだったひよちゃんのタキシード姿に、さっきの女の子たちがまたどよめいている。
「なんか、ずげえな、女子バレー部のキャプテン」
 服部が目を丸くする。
 白いボールを手に、歌って踊るひよちゃんを、従姉だとは言い出せなかった。


「えっ、ロココもバレー部にするのか」
 服部の言葉に鈴木はうなずいた。あだ名は、かわいそうに、一日でクラス全体に定着してしまって、鈴木も受け入れたかのように見えた。
「中学で、やってたのか?」
「ううん。でも、球技はたいてい得意だから」
「へえ」
「よろしくね、相川君」
 微笑む鈴木が考えていることなんて、僕にわかるわけが無かった。
「うん、よろしく」


「キャプテン、今年の入部希望者が集まりました」
 二年生が陸さんを呼びに行く。陸さんより先に白石さんたちがどやどやと現れて、
「お、こずえちゃん、いらっしゃい」
「待ってたよ」
「あいかわらずカワイイ」
 みんなして僕を突付きまわす。服部が驚いて僕を見る。
「こら、何してる」
 陸さんが怖い顔をしてやってきた。服部始め、集まっていた一年生の背筋がピンと伸びる。そう、こうしていると陸さんは鬼キャプテンに見えるんだ。陸さんは僕の顔を見ても、ニコリともしない。
「入部希望者は、まずこの紙に名前とクラスを書いて、それから体操服に着替えて集まれ。各自持ってきているんだろうな」
「はいっ」
 みんなで元気よく返事。
 ふっと陸さんの目が鈴木の前で止まった。鈴木も陸さんをじっと見ている。
(な、何? 何なんだ??)
 見つめ合っている。なんだか嫌な予感がしたけれど、
「うっわー、今年の一年はこずえちゃんだけじゃなくてえらくカワイイのがいるんだな」
 白石さんの声に、鈴木がそっちを見た。
「何この頭? テンパー?」
 白石さんが、鈴木の茶色い巻き毛を引っ張った。鈴木は「やめろ」という目で白石さんを睨んだけれど、さすがに先輩に対して口には出せなかったようだ。
「よせ、白石」
 陸さんが白石さんの背中をたたく。そこに高島先輩が口を挟んだ。
「でもさ、髪どうする? うち一応、長髪禁止だろ」
 石塚先輩が相槌を打つ。
「ああ、そういやそうだ。ここ何年かそんなに長いやついなかったからあえて言ってなかったけどな」
「どうするよ、キャプテン」
 白石さんが、ニヤニヤと陸さんを見る。
「別に、そのくらいならいいだろ。敏樹、お前だって長いじゃねえか」
 陸さんは、応えながらチラと僕を見た。
(何だろう)
 鈴木を庇ったこと、気まずいのかな。
 何だかモヤモヤして気持ち悪い。鈴木を見ると、何だかとても嬉しそうだ。やっぱり、モヤモヤする。

「なあ、なあ、相川って、先輩達と知り合い? ってか、なんでこずえとか呼ばれてんの?」
 入部用紙をもらいながら、服部が僕のわき腹をひじで突付いた。
「あ、ううん。別に」
「別にってなんだよ」
「話すほどのことでもないっていうか」
 とても一言じゃ説明できない、っていうか。
「何隠してんだよーっ、気になるなあ、なあ、ロココ」
 服部は、今度は鈴木にふった。鈴木は、
「話すほどのことじゃないなら、聞くほどのことでもないよ」
 あっさり応えて、更衣室に消えていった。


 その日、放課後、僕は陸さんと待ち合わせしていた。入部希望の一年生は体力測定だけで部活には参加しなかったから、僕は、一足早く着替え終わって、体育館から教室棟に行く連絡通路の長椅子でコーヒーを飲みながら待っていた。高校の自動販売機を使うだけでも、ここの生徒になった気がして嬉しい。
 フーフーと湯気をかき分けていると、
「お前」
 頭の上から声がした。
「え?」
 上を向くと、あの入学式の時に僕の胸の花を付け直してくれた先輩が立っていた。
 椅子に座って見上げると、本当に山のように大きい。
「何してるんだ」
「えっ、あの、人を待っていて」
「ふうん」
 その先輩は、いきなり僕の隣に座った。
「お前、部活は決めたのか」
「は、はい」
 その返事に眉を寄せ、僕をじっと見る。
「どこにしたんだ」
「バレー部です」
 そのとたん、寄せていた眉がつりあがった。
「バレー? よせよせ」
「はい?」
「あんな部、入ってもいいことないぞ。それより、バスケやれ、バスケ」
「ば、ばすけ、ですか」
 いきなりの話にどう応えていいのやら。
 だいたい、なんでバレー部がいけないんだ。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はバスケ部のキャプテン、後藤修司だ」
「あ……」
 オリエンテーションを思い出した。ちょうどバスケ部の時、我慢できなくてトイレに行っていたんだ。後で服部が「さすがバスケ部はみんなデカかった」とか言っていた。
「お前は?」
「あ、あの、相川勝利です」
「そうか、相川……」
 後藤先輩が何か言おうとした時、
「待たせたな」
 制服に着替えた陸さんが大きなバックを背負って歩いてきた。
「陸……」
 後藤先輩は一瞬驚いた様子で、それから睨むような目で陸さんを見た。陸さんも負けないくらい険しい顔をしている。
「……お前が待っているって言う相手ってのは」
 僕に対しての問いかけだったと思うけれど、
「俺だよ」
 陸さんが応えた。僕の腕を引いて立ち上がらせる。
「いくぞ」
「あ、うん」
 僕は、後藤先輩にペコリと頭を下げた。
 陸さんは無視してさっさと歩いていく。
(何だろう、この二人仲悪いのかな)
 黙ったまま、ずい分歩いて、昇降口から外に出るところで陸さんは僕の手に握り締められている紙コップに気がついた。
「あ、なんだよ。そんなもの持って歩いていたのか」
「うん」
「飲んじまえよ」
「飲もうと思って買ったんだよ」
 飲む時間がもらえなかったんじゃないか。僕の抗議が伝わったらしく、
「悪い。ほら、待ってるからそこで飲めよ」
 廊下のすみを指差した。
「うん」
 僕は、壁にもたれてぬるくなったコーヒーを飲んだ。ついでに、気になっていたことを訊ねる。
「ねえ、後藤先輩と陸さんって何かあるの?」
「ああっ?」
 陸さんの顔が怖くなる。
「僕にそんな顔しないでもいいじゃん」
 唇を尖らせると、
「ああ、まあ、そうだな」
 陸さんは大きな手のひらでツルリと顔をこすった。
 黙って待っていたら、陸さんはポソッと言った。
「あいつとは、まあ、色々あるんだよ。もともと男子バレー部と男子バスケ部ってのは代々犬猿の仲なんだけどな」
「ふうん」
「去年の二学期から、あいつがキャプテンになって、何かと絡んでくるようになって」
「絡むって、どんなこと」
「いや、大したことじゃないけどな、体育館の使用のこととか予算のこととか、色々……」
 陸さんは、言葉を濁した。
「まあ、いちいち話すほどのことじゃねえよ」
「そっか。話すほどのことじゃないなら、聞くほどのことでもないっていうもんね」
 僕は、鈴木の台詞を思い出して言った。
「へっ?」
 僕の台詞が意外だったらしく、陸さんは目を丸くした。
「どうしたんだ、こず、いや、ショーリ」
「別に」
「何だよ、何かあったのか」
 陸さんはしつこく絡んでくる。
「アイツに何か言われたのか」
 後藤先輩は関係ないよ。
「鈴木がそう言っていたんだよ」
「鈴木?」
「今日、陸さんが庇った髪の長い一年だよ。僕と同じクラスの」
「あ、ああ」
 僕は、陸さんと鈴木が見つめ合っていたことを思い出して再び感じることになった胸のモヤモヤを、この際だから吐き出した。
「ずい分気にしていたよね」
「誰が?」
「陸さんが」
「何を?」
「鈴木のこと……かわいいもんね」
「はあ? 何言ってるんだ、お前」
 僕は、何だか恥ずかしくて顔に血が上った。ごまかすようにジッと睨むと、陸さんが
「ショーリ、かわいい」
 ぎゅっと抱きしめてきた。
「ごまかさないでよっ」
「妬いてんのか。マジ、かわいい。食っちまいたい、もう待てない」
「やめて、やめて」
 ここは学校なんだから、いくら放課後で人がいないといっても、部活帰りの生徒だっていつ来るか。
「もう、陸さんっ」
 強引に引き離すと、陸さんはニヤけた顔で笑っている。その顔、服部に見せたら一発で幻滅されるよ。
「アイツ、鈴木だっけ? 珍しい頭しているから思わず見たんだよ。そしたらあっちもこっち見るから、ちょっと目が離せなくなってさ」
「それを『見つめあった』って言うんじゃないの」
 僕のことなんか、全然見なかったくせに。
「髪の毛のことも庇ってたじゃん。切る必要ないって」
 それで、鈴木はひどく嬉しそうだったんだ。
「ああ、あれは」
 陸さんが大きな声を出すから、ちょっとびっくりして顔をあげると、陸さんはまっすぐ僕を見て言った。
「ショーリの髪を切らせたくなかったんだよ」
「え?」
「アイツに切れって言ったら、お前だってもう伸ばせないだろ」
「…………」
「また、刈り上げとかされたら、ショックだからな、俺……」
「陸さん……」
「まあ、今の髪型が一番可愛いけど」
 陸さんの腕が、また僕の腰に回る。
「僕のため、だったんだ……」
「当たり前だろ……」
「陸さん……」
「ショーリ……」
 はい、ごめんなさい。バカップルです。


 だって、僕たち恋人同士だもん。ラブラブなんだもん。
 初エッチはまだだけど、それももうすぐ。
 約束しているんだもん。

 そう、今週の土曜日に。







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