そうして、いよいよ受験当日。 ひよちゃんはわざわざ迎えに来て、西高まで一緒に付いて来てくれた。 「別に一人でも大丈夫なのに」 「何言ってるのよ。かわいい教え子の勝負の日よ。見送ってやるのが師の務めじゃないの」 ああ、これで受かったら、恩を十二単(じゅうにひとえ)くらい着せられるのは決定。 「さあ、ショーリ! 当たって砕けろよ!!」 バチンと激しく背中を叩かれた。 「砕けちゃダメなんだってば」 背中をさすりながら、正門に向かおうとすると、 「ウス」 陸さんの長身が現れた。 「あ」 どうして? 「来ないって……」 「の、つもりだったんだけどさ」 かえってプレッシャーだから来なくて言いよって、昨日の電話で話したのに。 「入るとこだけ見て帰ろうって思ったんだけど……相川、付いて来てるし」 陸さんはチラとひよちゃんを睨んで、すねたような顔をして頭をかいた。 「当たり前でしょう。私はショーリのティ〜チャ〜なんだからね」 チャ〜の発音に余計な巻き舌を使って、ひよちゃんがえらそうに仁王立ちすると 「何がティーチャーだ。このヤロ」 陸さんはムッとした。 「プッ、妬いてるのね。この冬ショーリを独り占めした私に」 ひよちゃんが口に手を当てて、吹き出す真似をする。 「あのなあ」 「やめて、二人とも」 ガリバーな二人が正門前でやりあっていると悪目立ちしてしょうがない。さっきから他の受験生たちが振り返って見ている。と、そこで、 「きゃーっ、こずえーっ、じゃなかった、ショーリくぅうん」 かしましい声は、みどりだ。 「間に合ってよかったぁ」 満面に笑みをたたえて駈けて来たみどりは、小脇に抱えていた手提げ袋からおもむろにペンケースを出した。 「みどりお手製の秘密兵器よ。本当に困ったときに使ってね」 「何?」 「一件普通のペンケース。でもね、蓋を開けると、その裏にはよく出る英単語がびっしりと……」 「やめんか」 陸さんに頭を殴られる。 「ひどぉい」 「この大事な日に、カンニング勧めてどうする」 「勧めてないわよ。本当に困ったときに使うために持っておくのよ。ほら、これがあるって思うと心強いってのあるでしょ。授業で習ったじゃない、ハンカチに包まれた木のかけらをパンだと信じて旅した人の話」 「何言ってっか、わかんねえよ」 陸さんが眉をつり上げる。 「何考えてんのよ、みどり」 さすがのひよちゃんも呆れている。って、ますます目立っているんですけど。 「あの、僕、もういくから」 これ以上ここに居てはいけない気がする。なんとなく。 「あ」 陸さんが慌てて僕を見て、 「がんばれよ」 ニッと笑って、親指を立てた。 ひよちゃんは、自信たっぷりに、 「まあ、あなたのティーチャーを信じるのね」 みどりは渋々ペンケースを手提げに戻して、 「合格したら、また遊ぼうね」 三人三様に送り出されて、僕は、照れくささに猫背になりながら校舎に向かった。三人がいつまでも帰らないから、僕も何度も振り返る羽目になった。 おかげで、緊張することだけは無かったみたい。 春三月、僕は掲示板に自分の受験番号を見つけることができた。 * * * 「新入生の皆さんは、こちらに並んでください。合図があるまで動かないで」 「花は、全員、左胸にちゃんとつけているか確認して」 大きな声でテキパキと僕たちに指示するのは、上級生の先輩たち。同じ制服を着ているのに、何でこうも違うんだろう。この間まで中学生だった僕たちから見ると、ずいぶん大人というか、なんというか。中にはいっそオヤジといったほうがいいような人も……。 「おい、お前」 「はいっ」 そのオヤジくさい大男が僕に近づいてきたので、僕はビビッて直立不動の姿勢をとった。 「花……」 「はい?」 「曲がってる」 いきなり心臓の上に手が伸ばされてギクッとしたけれど、太い指が意外に器用に安全ピンをはずして、白い造花を付け直してくれた。 「これでよし」 「あ、ありがとうございましたっ」 中学の部活で身につけた体育会系の礼をすると、そのオヤジ男はニヤリと笑った。背が高い。陸さんといい勝負じゃないだろうか。それにしても何なんだろう、今の笑いは。 去って行く後ろ姿を眺めつつ、ちょっと色々考えてしまったが、そう長くは続かなかった。音楽が鳴り始めて、行進が始まったのだ。これから入学式の行われる講堂に入場する。講堂の二階席にひよちゃんや陸さんもいるはずで、なんだかちょっと照れくさい。 入学して初めてわかったのだけれど、西高は共学のくせして、男子生徒のほうが圧倒的に多い。比率でいうと約二対一。だから、男女共学クラスはE組まででF組からH組は男子のみのクラス。略して、男クラ。そして僕はF組。男クラ組だった。 クラスに入って、黒板に書かれた指示に従って席につくと、後ろの席から、 「ねえ」 声と共にツンツン突付かれた。 振り向くと、天然パーマだと思うのだけれど、男にしては長い茶髪がクルクル巻いている女の子のような顔の生徒が身体を乗り出していた。 「ねえ、名前なんての? 僕、鈴木洋介」 派手な顔のわりに地味な名前だ。とかいう感想はもちろん口に出さずに、僕も名のった。 「相川勝利、よろしく」 「よろしく。ねえ、君、受験の日、目立ってたよね」 「え?」 「あの時、一緒にいた……あっ」 そこで話は途中になった。先生が教室に入ってきたのだ。 「また後でね」 「あ、うん」 (なんだろう。あの時一緒にいたって、陸さんのこと?) 先生の話が終わって、全員が一言ずつ自己紹介して、教科書をもらって、今日はもう帰っていいことになった。明日はオリエンテーションだ。 「ねえ、もう部活決めた?」 また鈴木が話しかけてきた。そういえば、さっき話の途中だったんだけれど、 「明日のオリエンテーションで、部活の紹介あるんだよね」 もうすっかり別の話題に移っている。 「相川君は、中学のとき何かしてたんだっけ」 「あ、うん。バレーボールやってたから、高校でも」 そうしようと思っている、と続けようとした先に、 「あっ、お前、バレー部にすんのか。俺もそう」 いきなり別の奴が割り込んできた。 「二中でバレー部だったんだよ、お前、どこ中?」 えらく馴れ馴れしいその生徒は、服部と言った。自己紹介で「ニンニン」とか言ったから、一発で覚えた。 「武蔵三中」 「へえ、わざわざこっち来たんだ」 「うん」 「まあ、ここ進学率高いし、スポーツも強いしな」 「はあ」 僕の場合はそういう理由じゃなくて、もっと動機不純なんだけれどね。 「そのおかげで、男子のほうが多いんだってさ。受験も、男女比とか全然考えずに上から合格させてるってよ。ヒデエよな」 服部の言葉に、 「ひどいかなぁ」 鈴木が口を挟んだ。 「男女のバランス取るために、学力では合格しているはずの生徒が落とされるほうがヒドイんじゃないの」 シラッと服部を見上げる視線が、冷たく見えるのは気のせいか。 「ああ、まあ、そうかな」 服部は、そんな鈴木をじっと見て唐突に言った。 「あのさ、自己紹介のときから思ってたんだけど、それ天パー?」 「……そうだけど」 鈴木は、ムッとした顔をした。 「すげえよな、ちょっといないぞ。そんなにクルクルした頭。何で髪伸ばしてんだ?」 服部は、鈴木の表情に気がつかず、大きなお世話と言われそうなことをペラペラしゃべる。 「もっと長くしてリボンつけたら、ええと、なんだ、あの『何とか婦人』みたいになるぞ。あのテニスのドラマの。やってたじゃん、木曜。なあ、いっそそれくらい伸ばせよ。うち髪型自由だし」 ヘラヘラ笑って話す服部に、悪気はまったくなさそうだ。 鈴木は髪の毛が天然だけれど、服部は性格が天然だ。 「別に、僕の髪が長かろうと短かろうと、君に関係ないよね」 鈴木の目が険しい。 「ああ、まあ、そうだけどさ。見てみたいじゃん、なあ、相川」 「う」 いきなり振られて、返事に困る。 「こういう頭のヤツ、ちょっといないからなあ」 「うん、まあ……」 あ、しまった。うなずいちゃった。鈴木が僕をじっと見る。何とかしなきゃ。 「えっと、その、似合っているんだからいいよ。……なんか、派手でいいじゃない。なんていうか、ロココ調」 何言ってるんだ、自分。 「ロココ調っ!」 服部が叫んだ。 「そうだよな、ロココって感じだよな」 えっ、嘘、待って。 「よし、鈴木! 今日からお前のあだ名はロココだ。どうも自己紹介のときから鈴木って名前は似合わねえって思ってたんだよ、俺」 げげっ、服部、何言うんだ。 愕然としたけれど、後の祭り。 鈴木は顔面蒼白になっている。そりゃそうだろう。入学した当日につけられたあだ名がロココじゃね。 (しかも、名付け親、僕?) 申し訳ない。ロココ調なんて、口からでまかせだし。 「俺のことは、ハットリ君と呼んでくれて良いでござるよ。ニンニン」 服部だけが、やたらと嬉しそうだ。 このとき僕は、この件でロココこと鈴木が服部ではなく僕のことをより強く恨んでしまったということまでは、気がつかなかった。 |
HOME |
小説TOP |
NEXT |