「わ、私もって…」 タカトーは絶句した。 このテンプル星の次期王が、何ゆえトゥーランドットに行きたがるのか。 王族は戻れないとの噂は、当然知っていただろうが、今だって話したばかりだ。 「お願いします。タカトー王子」 「そ、んな」 ダメですよと断ろうとして、タカトーははっと思い当たった。 「キッショウ王子は、トゥーランドット姫のことをお好きなのですか?」 王族の若者があの星に行く理由は、トゥーランドットに求婚するため。 当たり前の事実に気がついて、タカトーは真剣な顔でキッショウを見つめた。 キッショウは、ほんの少し瞳を揺らし、 「ええ…」 うつむきながら応えた。 「そう、ですか」 タカトーも恋する男だ。好きな人への気持ちが、一国の、いや一つの星の王座よりも大切な場合があるのもわかる。 「でも…」 わかるにはわかるが、やはり無理だ。 テンプル星の王子を連れ出したのが、ワカメのタカトーとその仲間だと知れたら、今度こそ宇宙警察ざただ。カイドウのこともあるし、そんな危ない橋は渡れない。 「無理です。俺たちの船じゃ」 「だったら、言っちゃおうかな」 キッショウはボソリと言った。 「へっ?」 徳の高そうなオーラを消して駄々をこねる子供のような顔になったキッショウに、タカトーは驚く。 「ワカメのタカトー王子が連れてきたのは不正出星者で、ユキ姫の名前を騙った偽者だったって言ったら、どうなるかな。少なくともカイドウ殿は…」 「待ってくださいっ」 慌てて手をかざして、タカトーは叫ぶ。 「何で、そうなるんです」 「連れて行ってくれないからです」 「そんな、無理でしょう」 「むりじゃないですよ。現に一人は不正に出星させてるのでしょう?」 「いや、だからあれはカイドウが勝手にもぐりこんできて…」 「少なくとも、わが星には身元を隠して不正に入ってきていますね」 タカトーはぺらぺらと喋った自分を呪った。 しかし、さっきまでのキッショウには「すべてをお話なさい」というオーラが間違いなくあったのだ。 (なのに…) 目の前のキッショウは高僧の仮面をかなぐり捨てて、タカトーを脅しにかかっている。 タカトーは頭を抱えた。 「タカトー王子が、船に乗せてくれれば、悪いようにはいたしませんよ」 「だって、そしたら…」 タカトーは無意識に額に滲んだ汗を拭いながら言う。 「テンプル星はどうなるのです?王様のご容態は良くなったとはいえ、次期王がいなくなったりしたら…」 「コーエンがいますよ」 キッショウは微笑んだ。 「ついでにいうと妾腹にはゴートク王子も。コクブン王子もいますけどね。でも、もともとうちの星では双子の兄弟(あにおとうと)というのははっきりしないんです」 「えっ?」 「今の慣習では先に生まれた方が兄と言われますので私が兄ですが、古い慣習では母親の腹の中にいたときに上になっているのが兄、つまり後から出てきたのが兄という説もあるのです。それで言うと、コーエンのほうが兄になります」 キッショウが庭に咲く白い花を手折ると、花びらから夜露が転がり落ちた。 「だから、私たちの父が病に倒れた時に、その説を持ち出してコーエンを王座につけようとした者もいます」 「え?」 初めて聞く話に、タカトーは眉を顰めた。 「双子というのは、色々と面倒なのですよ」 「キッショウ王子…」 一瞬考えるように遠くを見つめたキッショウだったが、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべた。 「だから、私がいなくなっても、王位継承問題は心配ありません」 「いや、だからと言って…」 タカトーが混乱する頭で何か言おうと努力するのに、キッショウは遠くの鐘の音を聞いて顔をあげた。 「いけない、もうこんな時間ですね」 手折ってしまった白い花をタカトーに握らせて、 「この続きは、また後ほど。よろしく頼みます」 「やっ、ちょっと、あの」 うろたえるタカトーを置いて、踵を返して去っていった。 タカトーは呆然と取り残されて、 「あ、俺も、帰らないと…」 自分を取り戻したが、ゲストルームへの道は簡単には取り戻せなかった。 グルグル迷ってようやく自分が出てきたゲストルームの扉を見つけた。 「よかった…」 それにしても同じような外観の建物ばかりで目印も無く、ゲストには不親切な庭だった。 真夜中に外に出た自分も反省しながら、ブツブツ呟きつつ部屋に入ると 「うわっ」 ベッドの上に浮かび上がる人影に、タカトーは仰け反った。 「カッ、カイドウ?」 眠っていたはずのカイドウが起き上がっている。 暗闇の中じっと自分を見つめているのは、ブラックデビルの三白眼だ。 「ね、寝ていたんじゃ…」 「寝てたよ」 「あ、そ」 「寝てたけど、いつの間にかお前が消えてるから、起きちまったじゃないかっ」 「ご、ごめ」 「こんな時間に、どこ行ってたんだよ」 「ちょっと、中庭を散歩…」 「嘘つけ、出てみたけどいなかったじゃねえか」 「や、そ」 それは、自分がいつのまにか遠くまで歩いていってしまったからで、もっと言うならそこでキッショウにつかまって、と言い訳したいのだが、キッショウの話題を出すとそこで頼まれた話までせざるを得なくなり、それはさすがにまずいだろう。などと、色々考えてタカトーは、しどろもどろになる。 カイドウは眦をつり上げて、詰め寄った。 「夜中にコソコソ出て行くなんて怪しい。誰と会ってたんだよっ」 「誰とって…」 嘘のつけないタカトーが視線を泳がせる。 そしてカイドウはタカトーの右手に白い花を見た。 「花?」 「えっ?あ、これは」 タカトーは慌てて、後ろ手に隠した。これがミヨシなら、とっさにカイドウに「プレゼントだよ」とでも言って渡すところだが、そんな真似が出来ないのがタカトーだ。 「何で、隠すんだよ?タカトー、花を折るようなヤツじゃねえし…誰からもらったんだよ」 カイドウは鋭い。 「オンナと会ってたのか?」 「女じゃないっ」 慌てて言ってタカトーは、自分の言葉に頭を抱えた。 「何だよ、それ?」 カイドウが眉間のしわを深くする。 「俺のことで脅されてんじゃねえよ」 「いや、その…」 「いくらそのトゥーランドットに会いたいからって、自分の星を捨てていくなんて、無責任な王子だぜっ」 唇を尖らすカイドウに、 (お前が、いうか) タカトーは内心突っ込んだ。 「今度そんなふざけたこと言ったら、俺が殴ってやる」 「やめてくれよ」 カイドウに話したのは、間違いだっだ。いや、そんなことは話す前からわかっていた。しかし、カイドウに嘘をつくなんて、このタカトーに出来るわけが無い。 キッショーに頼まれたことまで全部喋ってしまい、ブリブリ怒るカイドウをなだめているうちに夜が明けてきた。 「ちっ、食料調達したら、こんな星さっさと出て行こうぜ」 「テンプル星の観光したいんじゃなかったのか?」 「もう、いいよ」 カイドウは相変わらずのゴーイングマイウェイだが、タカトーはやはり憎めず、ため息をついて笑った。 「とにかく、もう一眠りしておこう。睡眠不足だと出発の時宇宙酔いするかも知れないし」 「俺の身体が、そんなにやわなわけ無いじゃん」 「ま、そうだけど」 「なっ」 そして二人はベッドに入って、寄り添って眠った。 うとうとと眠ったのはどれほどの間か。すぐにカイドウとタカトーは、激しい物音に叩き起こされた。 ゲストルームのドアが乱暴に開けられ、眦をつり上げたコーエンと、その後ろには僧兵姿のテンプル王宮近衛兵隊。 「不法侵入およびキッショウ王子誘拐未遂で逮捕する」 「はあっ?」 目を丸くする二人を、近衛兵隊の屈強な若者たちが取り囲む。 「ち、ちょっと待って…いったい…」 「てめえ、何のまねだあっ」 「バカ、カイドウ、暴れるな」 寝起きのまま、二人はゲストルームから引きずり出されて、奥へと連れて行かれた。 「これは、どういうことですか。コーエン王子」 後ろ手に縛られたタカトーが訊ねると、 「キッショウに、兄に、聞きました」 コーエンは憮然と応えた。 「それ…」 それがどうして、誘拐未遂になるのかが、タカトーにはわからない。 「てめえ、さわんなっ」 自由になる足だけで、周りを蹴り飛ばしていたカイドウは、とうとう四人の近衛兵に担ぎ上げられた。 「わーっ、バカ、おろせっ、こらあっ」 「手荒な真似は、止めてください」 慌てて叫ぶタカトー。 「手荒なことなど、しませんよ。そのお姫様が大人しくしていただけるのでしたらね」 二人が連れてこられた部屋では、苦虫を噛み潰したようなミヨシと半べそ顔のウエダが待っていた。さすがに王宮内だけあって牢獄といえども優雅な部屋。窓に鉄格子が無かったら、監禁されているとは思えないだろう。が… 「監禁されてんだよ」 「ああ」 「どういうことだ」 「俺だって、わかんないよ」 ミヨシに詰め寄られて、タカトーは再びキッショウの話をする。 「するっていうと、その王子様の家出の手伝いをしようとした罪で、誘拐犯のように言われているのか?」 「手伝うなんて、言ってないよ」 タカトーは慌てて否定する。 「とにかくっ、こんな星、もう一秒だっていたくないぜっ」 部屋に入る際に手足が自由になったカイドウが、窓の鉄格子をつかむ。 「むうううっっっ」 握り締めた両手を左右に引くと、隙間が広くなったような気がする。 「げっ、馬鹿力」 ミヨシが目を瞠る。 「無理だよ。人ひとり通るには、格子を外さないと」 タカトーが、カイドウの手を押さえる。 カイドウの顔も手のひらも真っ赤になっている。 タカトーはその手をそっと握って、 「俺のせいで、ごめん」 と、言った。 「別に、お前のせいじゃねえよ。あの馬鹿王子がわりいんだ」 カイドウがタカトーを見上げる。 「カイドウ」 「タカトー」 見詰め合う二人。 「……てめえら、俺たちに言うことはないのかよ」 ミヨシが恐ろしく不機嫌な声を出した。 |
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