丸一日閉じ込められた四人。
簡単な食事を二回与えられ、そのまま夜になった。
コーエンもキッショウも、あれから一度も姿をあらわさない。
「どうなるんだろう。僕たち」
「どうって…」
ウエダの泣きそうな声にミヨシが応えかけたとき、ドアがそっと開いた。
四人が驚いて見つめると、キッショウの白い顔がのぞいた。
「てっめーっ」
カイドウがつかみかかろうとすると
「しっ」
キッショウは身体を部屋の中に滑り込ませて、人差し指を口に当てていった。
「大きな声を出さないで下さい。助けてさし上げます」
たすけてさしあげます。
その言葉に、四人が四人とも心で叫んだ。
(お前が、いうか――)


「そんな怖い顔をしないで下さい」
キッショウは綺麗な額に眉を寄せ、そして四人を促した。
「さ、隠し通路から外に出ましょう。車が用意してありますから、そのまま宇宙港に…」
ミヨシがそれを遮って言う。
「宇宙港に、って、まさか王子も一緒に俺たちの船に乗り込むつもりじゃないだろうな」
「もちろんそのつもりですが」
「あのなあ!俺たちに、マジに犯罪者になれって言ってんのか?」
こうなったら敬語の必要も無いといわんばかりのミヨシ。カイドウもムッとして眦をつり上げる。
「お前のせいで、俺たち閉じ込められてんだぞ」
「だから、こうして助けてあげているでしょう」
「あのな」
「まあまあ…」
結局、タカトーが間に入る。
「コーエン王子に、話したそうですね」
「ええ、準備しているのを見つかってしまって。まあ、一言くらい挨拶はしておこうかと」
「そんなことしたら止められるのわかってるだろ?あったま、わりいな」
カイドウの言葉に、ウエダがうなずく。
「そうだよ。カイドウ君みたいに、誰にも内緒でコンテナに潜り込むくらいのことしなきゃ」
「うっせえ」
カイドウがウエダを殴る。
タカトーはその手を押さえながら、キッショウに言った。
「コーエン王子に知られてしまっては、無理ですよ。今回は、どうか諦めてください」
「そういう訳には行きません。私はトゥーランドットに行きたいのです」
「そんなにトゥーランドッドの姫がお好きなのですか?」
「……そうです」
タカトーの言葉に静かにうなずいたキッショウを、ミヨシは訝しげに見た。



キッショウの腹心という部下に守られ、五人は無事に宇宙港に着いた。
「本当に、来るのですか」
「ええ、お願いします」
宇宙船の前に来ても渋るタカトーに、キッショウは真剣な顔で迫る。
「どうしても、この星を出たいのです」
「どうして…」
と言うタカトーの言葉を引き取るようにもう一つの声が重なった。
「どうして、出て行きたいんだ」
「コーエン?!」
青ざめた顔のコーエンが、部下も連れずに立っていた。
「どうして?」
キッショウが、同じ言葉を繰り返す。双子の弟は、すぐに意味を理解する。
「兄さんの考えることくらいわかりますよ。大人しく諦めたふりをして、色々と手配していましたね」
唇を歪めて、コーエンはキッショウを睨んだ。
「今度は、私が聞く番です。どうして、この星を出たいんです?」
「トゥーランドットに行きたいんだってよ」
黙ったままのキッショウに代わって、カイドウが憮然として応えた。
「トゥーランドット?」
コーエンが驚きに声を裏返す。
「あそこは、王家の人間が行ったら帰ってこられないとまで言われている星ですよ。どうして…」
とそこまで言って、
「まさか…」コーエンは唇を震わせて、キッショウにすがりついた。
「戻ってこないつもり……ですね」
最後の言葉には確信が込められていた。
キッショウは、コーエンの視線を受け止めることが出来ず、睫を伏せた。
「いやだ。兄さんっ」
弟が、兄を抱きしめる。
「コーエン」
「兄さんがいなくなるなんて、僕はどうしたらいいんだっ」
『私』が『僕』に代わって、もうコーエンには周りのものは見えなくなっている。
「私がいなくなったら、お前が王になれ。お前のほうがふさわしい」
「嫌だ」
「コーエン」
「兄さんが行くと言うなら、僕も行く」
「馬鹿なことを言うな」
兄弟の会話を聞きながら、ミヨシは嫌な予感がしていた。

(こいつら、まさか…)

「兄さんのいない世界なんて考えられない。僕は、兄さんを愛してる」
「コーエン」

(やっぱり…)

ミヨシは遠い目をした。
「えーっ!」
一拍遅く叫んだのはウエダ。
タカトーとカイドウは顔を見合わせた。


「コーエン…」
「兄さん、僕は…」
「もういい。わかっていた…」
「兄さん」
「だから、お前のそばから離れようと思ったのだ。二度と戻ってこられないというトゥーランドットに逃げようと…」
「兄さん」
「私さえいなければ、お前は、この国の王として…いつか美しい姫をめとり…」
「そんなことありえないっ。僕はっ」

盛り上がる二人を残し、ミヨシ、カイドウ、タカトー、ウエダの四人は、ちゃっちゃと宇宙船に乗り込んだ。幾ばくかの疲労感を背中に漂わせて。



「全く、ひどい茶番だった」
「あんなのに振り回されてたと思ったら、今更ながらムカつくぜっ」
「まさか、あの二人が…」
「兄弟でホモって、ちょっとすごいよね」
口々に感想を述べあう四人。
テンプル星の宇宙港をでた船は、無事にトゥーランドットへの軌道に乗った。
「あーっ!!!」
突然、ウエダが叫んだ。
「な、何だ?」
「どうしたっ?」
驚くメンバーを見回して、ウエダが言った。
「食料補給、してない」
「げえええっ」
四人はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。


そこに信号が入って来た。宇宙船同士の通信に使う合図だ。
「なんだろう?」
ウエダが翻訳機を操作する。
「テンプルの船だ」
「何っ」
「結局、俺たち、追われてんのかよ」
全員慌てて立ち上がって、それぞれの配置につく。
「戦闘機積んでんなら、俺が出るぜっ」
カイドウが叫びながら駆け出した。
「あっ、こらカイドウっ」
慌てるタカトー。
「ちょっと待って、カイドウくんっ」
ウエダも止めた。
「戦闘の必要は無いよ」
「そりゃ、そうだ。こんなところで戦闘機出したら、それこそ俺たち蜂の巣だ」
ミヨシは、いち早くカイドウの足を掴んでいる。
「そうじゃなくて、通信の内容がね」

『トゥーランドットに行く友に、忘れ物をお届けする――食料の供給をしたいのでこちらの船から荷物を受け取って欲しい』

「テンプル王宮からのメッセージだよ」
ウエダの言葉に、三人互いに顔を見合わせた。
「何だ。そういうことか」
「驚かすなよな」
「…でも、キッショウ王子、ちゃんと気にしてくれたんだ」
ほっとして通信を返し、先方の船から小型機が近づくのを待った。

ウイイイ―――ン

オートマチックに運ばれてくるコンテナを見て、
「これで、飢え死にしないですんだな」
ミヨシが笑った。
「テンプル星の食料って、何が入ってんのかな?」
「宇宙食だから、特産品って訳にはいかないよ」
「ちぇーっ」
カイドウとタカトーも楽しげに身体を寄せ合った。
「じゃあ、僕、見てくるね」
ウエダがドアの向こうに消えて、そして二分後に叫び声を上げた。
「ぎゃああああああ!!!!」

「なんだっ?」
三人も、コンテナの部屋に飛び込んで、そして唖然とした。


「教えていただいた通りにやってみたのですが」
「あんまり気分のいいものではないですね。非常用の肉の仲間入りをしたみたいで」
キッショウとコーエンが立っている。
「なっ、ど、っ…」
言葉も出ないタカトーに
「テンプル星にいては私たちの愛は成就しませんので、二人ともトゥーランドットに行くことにしました」
キッショウはニッコリと微笑んだ。
(おいおい…)
ミヨシは、カイドウに続いての招かれざる客に、もう何度目かの遠い目をした。




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