テンプル星の王宮に案内された一行は、すぐに広間でコーエンの双子の兄キッショウ王子と対面した。 「久し振りですね。タカトー王子」 身体全部が包み込まれそうなくらいゆったりとした大きな椅子から、コーエンと同じく剃髪の青年が優雅に立ち上がる。 「突然お伺いすることになって、すみません…」 タカトーが頭を下げると、キッショウはくすくすと笑った。 「相変わらず、腰が低い」 「はい?」 「ワカメ星に行って初めてお会いした時も、タカトー王子があまりに腰が低くて、王族の方と思わなかった」 「覚えています」 レセプション会場でキッショウに水が飲みたいといわれたタカトーは、命じられるまま水の入ったコップを取りに行き、あとで姉ユキから散々バカにされたのだった。 「まさか王子様とは…」 タカトーはちょっと赤くなる。 「兄上は昔から、そそっかしいところがあるから…」 「ひどいな、コーエン」 キッショウは軽く弟を睨んで、そしてタカトーに謝った。 「子供の頃の話ですが、申し訳ありませんでした」 「いいえ、そんな」 「成人する前にもう一度ワカメには行きたかったのですが、あいにく父上が病に倒れてから身辺慌しく、それもかなわなくなりました」 「ハチ王のことはうかがっています。その、ご容態は…」 「ミホトケの御加護のおかげで、最近は起き上がることも出来るようになりました」 キッショウは両手を組んで頭を軽く下げた。弟コーエンもそれに倣うように同じ所作をした。 「それは何よりです」 タカトーが微笑むとキッショウも微笑んだ。その隣でやはりコーエンも薄紅色の唇をほころばせる。 「そういえば、その父がワカメに行った時に、生まれて初めて食べたのが…」 「そうそう、あれは私も…」 思い出話に花を咲かせ始めた三人。 その様子をミイラ状態のカイドウは苛々と見ていた。 コーエンとキッショウは双子だけあってよく似ている。柔らかな物腰、上品な笑顔。 その二人がタカトーを挟んでにこやかに談笑している様子に、カイドウは次第に心中穏やかでなくなる。 「タカトー…」 カイドウの呟くような呼び掛けに、タカトーはさっと振り向く。 「カ…いや、えっと…」 「……気分が悪い。発作かも」 「へっ?」 「奇病のせいで、ずっと立ってらん…や、いられませんです…」 下手な女言葉を使いつつ、カイドウはその場にしゃがみこむ。 「ユキ姫」 「大丈夫ですか?」 コーエンとキッショウも心配そうに近づいてくる。 「あ、大丈夫です。全然」 ミヨシがカイドウの腕をつかんでグイッと立たせた。カイドウの芝居なのは分かっている。 それでもタカトーはそのカイドウを引き取って、キッショウに言った。 「すみませんが、どこか…」 「ええ、部屋を案内させましょう、最初からそうすべきでしたが、懐かしさのあまりつい…」 「本当に、ユキ姫には申し訳ないことを…」 双子の王子が口々にわびるのに頭を下げて応えながら、タカトーはカイドウを連れて広間を出た。ミヨシはやれやれといった顔でウエダと目を見交わした。 「こちらでお休みください」 ゲストルームは、さすがに豪華な部屋だった。 「他の皆様は、こちらに…」 ユキ姫ことカイドウを残して、他の三人が別室に案内されようとしていると、カイドウがタカトーの腕をつかんだ。 「タカトーは、ここにいて」 ハスキーボイスで言う。タカトーが困った顔で見返すと 「ご病気のユキ姫一人では不安でしょう。弟のタカトー王子もこの部屋でいいのでは?」 こんなに広いのだからと見渡しながらミヨシが言った。 「よろしいのでしょうか?」 案内してきた男が尋ねる。 「いいんですよ、この姉弟は」 ミヨシの言葉にタカトーが小さく頷いた。 「できれば、そうして下さい」 「かしこまりました」 そして、次の部屋に案内される途中でウエダが小声で訊ねた。 「いいのかな?変に思われない?」 当然、タカトーとカイドウのこと。ミヨシは前を向いたまま応えた。 「あそこで引き離してみろ。カイドウのことだから、どんな手使ってタカトーのところに行くか分からないぞ。そっちのほうがよっぽど危険だ。暴れる犬には骨を与えておくんだ」 「犬?骨?」 ウエダは首をかしげる。 「犬が、どうかしましたか?」 男が振り返る。 「いえ、何でも…」 その暴れ犬――ではなくてカイドウ――は、ゆっくりと牙を剥くように、タカトーを見つめながら自分を包んでいたシーツを解いていった。 すとんと落とすと、身体にぴったりとしたボディスーツ姿。 睨むように自分を見つめるカイドウに、タカトーはどぎまぎと頬を赤くする。 「カイドウ…なんか…怒ってる?」 「何で?」 身軽になったカイドウは両腕をタカトーの首に絡めた。 「だって、何か…」 「俺を怒らせるようなことした?」 「してないけど…怒ってるじゃん」 「別に…怒ってない」 カイドウの唇が、タカトーのそれをふさぐ。 そのままもつれるように、大きなベッドに倒れこんだ。 口づけたままベッドの上でくるりと反転して、カイドウはタカトーに覆い被さった。身体を跨いで、タカトーの目を覗きこむ。 「アイツら…」 「アイツら?」 それがテンプル星の王子たちのことだと気づいて、タカトーは眉を寄せた。 「何で、タカトーとあんなに馴れ馴れしいんだよ」 「そ、んなこと、ないよ。会ったのは十年ぶりくらいだし」 現に最初は、名前を思い出すのに記憶の糸を手繰ったくらいだ。 「子供の頃、会ってるのか?」 「そうだよ」 一度だけ…と言おうとしたのに、ぎゅっと抱きつかれて言えなくなる。 「カイドウ?」 「ずりいよ」 「え?」 「アイツらも、ミヨシも……」 カイドウは華奢な身体をタカトーの胸の上に乗せたまま、首筋に顔を埋めて呟く。 「俺が、タカトーと知り合ったの、宇宙大学入ってからだし…俺、子供の頃のタカトー知らねえし」 「カイドウ」 タカトーはカイドウの頭を抱いた。 「俺だって、カイドウの子供の頃、知らないよ」 タカトーの言葉に、カイドウは不満げな視線を送る。それを受け止めて、タカトーは微笑んだ。 「でも、今のカイドウのことなら、誰よりも一番知ってる…」 カイドウの大きな瞳が見開かれる。 「それじゃあ、ダメか?カイドウ」 「タカトー」 カイドウが再び首筋にすがりつくと、タカトーはカイドウの背中に腕を廻して優しく撫でた。 夜中、タカトーは目を覚ますと、隣に眠るカイドウを確認してそっと起き上がった。 カイドウはよく眠っている。 頬を軽くつついてみると、 「むにゃ…」 寝返りをうって枕を抱いた。 タカトーはふっと笑って、ベッドからおりると椅子にかけていた部屋着を取った。 ゲストルームは王宮の中庭に面していた。 ベッドルームから隣の部屋に行くと、中庭に出る小さな扉がある。 タカトーはふと外に出てみたくなって、上着を羽織ると、静かに扉を開けた。 ひやりとした空気と共に、花の香りがした。 夜目にもはっきりと白い花が咲いているのがわかる。 テンプル星には何故か白い花が多い。テンプル星の人々もみな色白だから何か関係あるのかもしれないなどと思いながら、タカトーはそっと庭に出た。 闇の中に浮かぶ白い花を眺めながら、ゆっくりと歩く。 身体は疲れているのに、眠れない。 船の中で聞いたミヨシの言葉がよみがえる。 『トゥーランドットに行ったすべての王族は自分の星に戻ってないって意味、わかってる?』 『お前だって、ワカメの王族なんだから―――』 自分もトゥーランドットに行ったら、帰れなくなるのだろうか? しかし、なぜ? 兄、ススムは、自らトゥーランドットに残ると言ったという。 自分も、残りたくなるのだろうか?親も兄弟も、友人もいない星に。 「まさか…」 けれども、何か胸騒ぎがする。 トゥーランドットに行くのは、よしたほうがいいのだろうか。 兄のことが心配でたまらず飛び出してきたが、落ち着いて考えると不安が増してくる。 もともと、タカトーは小心者だ。 (でも…) そんな自分に同行してくれているミヨシとウエダの友情を思えば胸が詰まる。二人もまた自分と同じように、ススム王子のことを心配しているのだ。 今回のトゥーランドット行きがかなったのは、そんなススムのことを心配する人々のバックアップがあってこそ。その期待は、裏切ることが出来ない。 それに、カイドウ―――。 法を犯してまで付いて来たカイドウを思えば、このまま帰るわけには行かない。ススムを連れ戻して、そのことを盾にとってカイドウの罪を免除してもらうなりしないと。 それにしても…と、タカトーは思った。 見つかったらどんな目にあうかもしれないのに、潜り込んできたカイドウ。置いていかれるのが、そんなに嫌だったのか。いや、自分と離れるのが嫌だったのか。 胸の中が熱くなる。 カイドウのことが好きでたまらない。 熱っぽくなる頭を冷やすように冷たい空気を深呼吸しようとした時、 「タカトー王子」 突然、後ろから声をかけられてビクッとした。 闇の中に、端正な白い顔が浮かぶ。 「キッショウ王子…どうしたんですか、こんな時間に」 タカトーが訊ねると、 「タカトー王子こそ、こんな時間にこんなところまで…」 こんなところと言われてあたりを見渡すと、知らぬまにずい分歩いてきたらしく、ゲストルームのあった場所は全然わからなくなっていた。 「あ、あれ…いつのまに…」 きょろきょろと見回すタカトーに 「何か心配事でもあるのですか?」 キッショウが、心配そうに訊ねる。 「えっ」 「ユキ姫の、ご病気のことでしょうか?」 キッショウが小首をかしげる。 「えっ…え、まあ、そ…そっ…」 タカトーが気まずげに下を向くと、クスッとキッショウが笑った。 顔を上げると 「本当に、嘘のつけない方ですね」 キッショウが微笑んで、タカトーを見つめた。 「ユキ姫では、ないのでしょう?あの方は」 「え…なんで…」 「宇宙港では見事なまわし蹴りだったと、コーエンが言っていました」 「あ…」 タカトーは、困った時の癖だが、首の後ろを掻いてうつむいた。 「何があったのですか?…眠れない訳も…伺ってはいけないでしょうか」 静かに訊ねるキッショウは、テンプル星の王になるにふさわしく、徳の高い僧のような不思議なオーラをまとっている。 タカトーは、促されるままトゥーランドットのことを語った。 トゥーランドットと聞いたとき、キッショウの目が僅かに見開かれたのだが、タカトーはそれには気がつかず、ススム王子を連れ戻しに行くという話からカイドウの不法出星の話まで全てしゃべってしまった。 「それでトゥーランドットにいらっしゃるのですね」 キッショウは念押すように訊ねた。 「はい」 タカトーの返事を待って、キッショウはいきなり言った。 「タカトー王子、お願いがあります」 「はい?」 「私も、トゥーランドットに連れて行って下さい」 |
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