「遅いね。カイドウ君たち…」
苛々とした空気を感じ取ったウエダが、ミヨシの顔色を窺いながら言う。
「僕、呼んで来ようか?」
「冗談だろ?」
眉間にしわを寄せて、ミヨシがウエダを睨んだ。
ウエダは、自分の言葉の何が冗談になったのかわからず、首を傾げた。
(…ったくあいつら、倉庫の中で何やってんだか)
何やっているかの想像がつくだけに、ミヨシはむっとしていた。


そうして、カイドウとタカトーがメインルームに姿を現したのは、ウエダが悲鳴をあげてから二時間以上も後だった。ちょっと気まずげに長身をかがめて入ってくるタカトーの横で、カイドウはえらく機嫌がいい。
頬を紅潮させて
「あー、腹減った、何か食うもん無い?」
無邪気に言うと、
「ふざけんな、このバカ」
ミヨシが冷たく返した。
「なんだよ、ミヨシ」
カイドウがガラリと剣呑な顔になる。
「その食いもんとやらを捨ててきたのは、どこのどいつだ?」
「へっ?」
きょとんとするカイドウの隣で、タカトーが青ざめる。
「あ…」
「今ごろ気づいたか、このバカップル」
ミヨシは腕を組んでカイドウを睨みつける。
「お前がもぐりこむ代わりにワカメの宇宙ステーションに置いてきた荷物は、俺たちの三日分の食糧なんだよ」
「…そういえば、そうだったかな」
視線を宙に泳がせて、可愛らしく小首をかしげるカイドウ。しかしその可愛らしさは、ミヨシには全く通じなかった。
「てめえ、俺たちを飢え死にさせる気か、ああっ?」
「んなの、三日や四日食わなくったって、人間そう簡単に死ぬかよっ」
言い返すカイドウ。
「てめえと一緒にすんな。っていうか、お前が一番、我慢がきかないんじゃないか?」
「まあまあ二人ともぉ…」
ウエダが慌てて間に入る。
タカトーも
「とにかくどうしたらいいか、落ち着いて考えよう」
カイドウの腕を押さえてとりなした。
「どうもこうも」
ミヨシはうんざりしたように言う。
「選択肢は、二つに一つだ。このままワカメに引き返して密航者を渡して食料を積む」
その言葉にカイドウのこめかみがピクリと痙攣して、タカトーは慌てて両腕でカイドウを押さえた。
「もう一つは、すきっ腹に耐えてトゥーランドットに行って、密航者をスペース警察に引き渡す」
「てめえっ!」
「やめろ、カイドウ」
「はなせ、タカトー」

暴れるカイドウを押さえ込んで、タカトーが言った。
「もう一つの方法として、途中で食料を調達するって方法もある」
「途中?」
ミヨシが器用に片方の眉を上げた。
「ああ、トゥーランドットまでの航路にはいくつか他の惑星もあるだろ?」
タカトーはウエダを見た。
「うん、そうだね。ここからなら、テンプル星が一番近くてワカメとも交流のある星だから、そこに行ってタカトー王子が言えば、何とかしてくれるんじゃないかな」
「そうしようぜ、タカトー」
「密航者の引渡しもな」
「うっせーんだよっ」
「本当に、お前ら…ミヨシもどうして最近カイドウに絡むんだよ…」
タカトーが困った顔で呟くと、ウエダが代わってニコニコと応えた。
「それって、この間の戦争でカイドウくんの撃った流れ弾で、ミヨシ君のスーパーバルキリーナリタブライアン号が大破したからだよね」
「いうなっ」
ミヨシが赤い顔で怒鳴る。
「ちっ、男のくせにいつまでも根に持つヤツだぜ」
「そう来るか、お前はっ!!」
「ああ、わかったから、やめろよ二人とも…」




そして船は進路を変えて、トゥーランドットではなくテンプル星へと向かった。
テンプル星は、ワカメ星の属する太陽系の中でも、仏教寺院の星として有名である。
いわば星そのものが、その太陽系のお寺のようなもの。
「僕のおばあちゃん、死ぬ前に一度テンプル星にお参りに行きたいって言ってたんだよね」
ウエダがしみじみと呟く。
「お祖母さん、亡くなったの?」
タカトーが僅かに眉を寄せた。
「ううん、元気元気」
「じゃ、連れて来てやれよ…」
と、これはミヨシ。
「なあなあ、テンプル星って肉とか食えるのかな。まさか、精進料理ばっかじゃねえよな」
カイドウは近づく星を見てちょっぴり興奮している。
「俺も、テンプル星初めてなんだ。楽しみーっ」
ガラス窓にへばりつくカイドウを見て、タカトーは今度こそはっきり眉を顰めた。
「カイドウ…」
タカトーに言わせず、ミヨシが言葉をつなぐ。
「お前は、留守番」
「えっ?何でだよっ」
「お前、本当にスペース警察に引き渡されたいのか?お前、パスポート無いんだろ?」
「あ…」
タカトーを見ると、気の毒そうに頷いた。
「えーっ!嫌だ、ぜってえ、嫌だ!俺も一緒に降りるっ!!」
じたばたするカイドウを必死でなだめるタカトー。
「直ぐ戻るから」
「俺も降りて、タカトーと一緒にテンプル星見学するんだああっ」
「無茶言うな、このガキ」
「また荷物の中に入るからさあっ」
「自分の星出るときより、よそに入るときのほうが厳しいに決まっているだろっ」
ミヨシの言葉には耳をかさずに、
「ターカートーオー…」
伝家の宝刀、すがりつき。タカトーの胸に飛び込んで、ウルウルと見上げる。
「俺も、一緒に行く」
「カイドウ…」
例によって赤くなって戸惑うタカトー。
「ケッ」
ミヨシは吐き捨てるように言って肩をすくめた。
その時、
「あ、いい方法があるかも…」
ウエダが言って、三人は一斉にウエダを見つめた。




* * *

「なんで、ここのやつらみんなハゲなんだ?」
カイドウが小声で呟くと、ウエダが隣で、
「テンプル星では、男も女も成人すると髪の毛を剃るんだよ」
と、やはり小声で囁いた。
「変なの」
とカイドウが言えば、ミヨシが無表情に返した。
「今のお前も、相当、変だけどな」


カイドウは宇宙船にあったシーツでグルグル巻きにされ、ミイラか、みの虫か、といった状態。
ご丁寧にその上からマントも羽織って、顔にはベールをかけている。
タカトーがその身体を支えるように寄り添っている。
「ワカメ星のタカトー王子ですね」
綺麗に頭を剃った男が、恭しくタカトーのIDカードとパスポートを照らし合わせる。
「お忍びでいらっしゃったとのことですが…」
異様な姿のカイドウをチラリと見ながら男が尋ねると、
「はい。あ、姉の、奇病のため…テンプル星のゴ、ゴリヤクにすがろうかと思い…」
タカトーは目を伏せて言った。声も僅かに震えている。
タカトーでは危ないと察したミヨシが、その言葉を引き取る。
「ここにいらっしゃるのは、タカトー王子の姉ぎみユキ姫です。実は、数日前より奇病に侵されとても人前に出られない姿になってしまい、ワカメ星では手の施しようが無く、こうなったらホトケさまにすがるしか道はないと…」
「奇病?」
男は目を瞠って、ベールに隠されたカイドウの顔を覗き込もうとした。
「危ないっ」
ミヨシが叫ぶ。
「え?」
「近寄ってはなりません。何しろ原因不明の奇病です。いえ、感染しないことは確認されていますが、何があるかわかりませんし」
「そ、そうですか…」
後ずさりながら
(そんな状態の病人を入星させていいものか?)
男は悩んだ。
「少し確認を…」
男の言葉を遮って、ミヨシはたたみ込むように言った。
「ワカメ星の王族の訪問、しかも、訳あっての極秘の訪問を、この星では一般の来訪者と同じように扱うのですか?」
「えっ?」
「星をあげて歓迎しろなどと言っているのではないですよ。ユキ姫の気持ちを思えば、とにかく早くそっと休めるところに、ホトケさまの加護を受けられるところに案内してさしあげたいのです」
「はあ」
「テンプル星は、ホトケさまの星。信心深い良民の星。この太陽系の信心の集まる星。きっと我らを暖かく迎えて下さいましょう。そして、ユキ姫のご病気もみるみる全快し、そしてテンプル星のご利益はあまねく銀河に伝わり、それはまさにホトケさまの後光が世の…」
「どうぞお通り下さい…」
両手を広げて熱弁を揮うミヨシの話を最後まで聞かずに、男は通路を開けた。
「……どうも」
ミヨシは男を流し目で見ながら露払いのようにそこを通り、タカトー、ユキ姫を騙ったカイドウ、ウエダと続く。


「入星審査が済んだらこっちのもんだな」
「ミヨシ、本当にうまいな、ああいうの…」
「タカトーは下手すぎなんだよ」
「なあ、俺、いつまでこのカッコしてんの?」
「お前は、黙ってろ」
四人が宇宙港を歩いていると、突然バラバラと数名の男が走ってきた。
「お待ちくださいっ」
中の一人が、タカトーに向かって叫んだ。
「ヤバ…」
「バレたのか?」
「嘘ぉっ」
「誰だよ、入星審査が済んだらこっちのもんだとか言ったのは」
「逃げろっ」
四人は一斉に駆け出した。しかし、運動オンチのウエダがすぐに捕まり、それに気をとられたタカトーが腕をとられ、そして本来並優れた身体能力を誇るカイドウまでも、ミイラ姿がたたって逃げられなかった。
「話せ、このヤロ!」
ミイラ姿のままカイドウは暴れる。
身体を回転させながら脚を大きく蹴り出すと、右に立った男がどっと倒れた。
続いて左にいた男に黄金の右手を食らわせて、タカトーに駆け寄る。
「タカトーから手を離せっ」
その男を殴り倒そうとした時、
「待て」
「お待ちください」
タカトーと誰かが同時に叫んだ。

見ると上品な風情の青年が立っていた。
剃髪しているから成人しているのだろうが、まだ少年の面影も残す若者。
「コーエン様」
タカトーたちの周りにいたテンプル星の男たちが一斉に両手を組んで、頭を下げた。
(コーエン?)
タカトーは記憶を手繰った。テンプル星の王子の名前だ。
ミヨシもウエダも知っているらしく、恭しく頭を下げたが、カイドウだけはきょとんと立っている。ちなみにその足元から少し視線を動かせば、床に男が二人倒れていたりする。
「手荒な真似をして、申し訳ありません」
微笑むコーエンに、
(いや、手荒な真似をしたのはカイドウだし)
ミヨシは内心突っ込んだ。
「お久し振りですね。タカトー王子」
コーエンはタカトーに右手を差し出した。
「以前、私の父がワカメ星を訪問した際、私と兄も同行してお会いしているのですよ」
「あ、はい。覚えています」
子供の頃の話だが、髪の長い女の子のような双子の兄弟をタカトーはよく覚えていた。
「テンプルにいらっしゃるなら、ご連絡いただければよかったのに」
「いえ、ちょっと…事情が…」
タカトーが口ごもると
「次官から聞きました」
コーエンは気の毒そうに眉を顰めた。
「ユキ姫がご病気とか…」
と言われて見ると、あまり、いやほとんど病気に見えないカイドウがポケッと立っている。
シーツがところどころほどけている。
「あ、いやっ、これはっ」
「ユキ姫、しっかりして下さいっ」
タカトーとミヨシが慌てて庇うように前に立ち、その姿を隠し、その間ウエダがせっせとシーツを巻いた。
「病気のせいか、気も荒くなっていて」
冬眠明けの熊のような言われようにカイドウはむっとしたが、ここは大人しく黙っていた。
コーエンは気にした様子も無く、
「私もたまたま宇宙港に来ていたのです。ここでお会いできたのは偶然ですが、これもお導きかもしれませんね。せっかくですので皆様、王宮にいらしてください」
「えっ?でも…」
「わがテンプル王宮は、この星のどこよりもホトケのご加護の厚いところです。姫のご病気もきっと良くなりましょう」
「は、はあ」
タカトーはミヨシと目で会話して、コーエンの招きに応じることにした。




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