後に『第三次宇宙大戦』と呼ばれる多くの星に悲惨な歴史を刻んだ惑星間戦争が終わってニ年。宇宙は短い間にも目覚しい回復力を見せ、いまだ辺境の地(宇宙)では小競り合いが続いているものの、ここワカメ星では、概ね平和を満喫できるほどになっていた。



「タカトー!!本当に行くのか?」
宮廷の庭に大きな声が響いた。
呼びかけられたのは、惑星ワカメの第ニ王子タカトー。高貴な生まれにふさわしい端正な顔と並み優れた体躯、そしてその外見に似合わぬ小心さを持った青年である。
「ああ」
「やめろよ」
「カイドウ?」
「トゥーランドット星に行った王族は、誰一人戻ってこないって言うじゃねえか」
トリツワカメ宇宙大学でのタカトーの同窓生カイドウは、少女のような美しい顔を紅潮させて眦をつり上げた。
「お前の兄さんだって…」
「だから行くんだよ」
「タカトー?」
「俺がトゥーランドットの謎を解いて、兄さんを連れ戻さないと」
静かに答えるタカトーの瞳の色に決意の程を感じ、カイドウも言葉を失ってしまった。
「……」


惑星間戦争が終わって間もなく、トゥーランドット星からの衛星中継が全宇宙に流れた時、人々は信じられない思いで聞いた。

曰く――男子の世継ぎのいないトゥーランドット星では、王女トゥーランドットの出す三つの謎を解いた各惑星の王族を王女の夫として迎え、トゥーランドット星の王とする。

その時、全宇宙に流れた王女トゥーランドットの姿に、人々は息を飲んだ。
例える言葉のないほどの美しさ。星と同じ名を戴いた王女は、まぎれもなくその星一の、いや、宇宙一の美女だった。
たちまち各惑星の王族の若者はこぞってトゥーランドットに求婚する為、トゥーランドット星へと向かった。
そして、一年、二年とたち、その噂は全宇宙に広まる。


『トゥーランドット王女に求婚した者は、誰一人自分の星に戻らない』


これが殺されたとかであれば再び惑星間戦争が起こりかねない話だが、トゥーランドット星に残った各惑星の王族の若者たちは、みな、映像付き星間メールで自分の無事を伝え、口を揃えて言った。
『トゥーランドットの謎は解けなかったが、幸せに過ごしているので心配しなくて良い』
タカトーの兄ススムもその一人だった。


「兄さんからのメールは定期的に届くけど、何かおかしい」
「何か?って、何だよ」
「...それを知りたいんだ」
考えるように呟くタカトーに、カイドウはこぶしを握り締めて言った。
「タカトーが行くなら俺も行くぜ!!」
「カイドウ?!」
タカトーは目を瞠った。そしてすぐに眉を寄せて言った。
「お前、自分の立場忘れているだろう?」
「え?」
「この間のセーローカイ星との戦争の時、敵味方関係なく暴れて、挙句の果てに和平使節の宇宙船(ふね)爆破したから、他所の星はおろか国外にだって行けないんだよ?」
「別に、誰も死ななかったのになあ」
「そういう問題じゃなくて」
「じゃあ、タカトーは、俺を置いて一人でトゥーランドットに行こうとしているのかよ」
「それは…」
「言っとくけど、お前一人じゃ、宇宙海賊が出てきたりしたら一発でやられちまうぞ」
カイドウが唇を尖らす。タカトーは情けない声で
「一応、一人じゃないよ。ミヨシとウエダに同行してもらうし」
その言葉に、カイドウはカッと血を上らせた。
「なんだよ!俺は連れていかねえのに、ミヨシはいいのかよっ?」
いや、ミヨシは宇宙に出るのに何の制限も受けていないし…と言いたいのだが、カイドウに首を絞められて、話せないタカトー第二王子。
同窓生というだけで、王子にここまで気安く出来るはずがない。
実は、このカイドウ、密かに――と思っているのはタカトー王子だけの――タカトーの恋人だった。
「ぜってえ、俺もついていくからなっ」
ガクガクと散々ゆすった後に、タカトーをうち捨てて叫ぶ。
「だ、だって、お前、星間パスポートも剥奪されて…」
「そんなん、お前王子なんだから、なんとかしろよっ」
「無理だよ」
前回のカイドウの尻拭いだって、やっとだったのだ。
「だったら、行かせねえ」
「カイドウ…」
「タカトー」
カイドウはさっきまでの怒りの表情をおさめると、今度は急に切ない表情ですがりついた。
「嫌だよ、俺…お前が、俺を置いて行くなんて…ぜってえ、嫌だ」
背中に廻した腕に力をこめると、タカトーはつられたようにカイドウの華奢な身体を抱きしめた。
「カイドウ」
「な、俺も連れて行ってくれよ」
「うん…」



「あほか!お前は」
「ミヨシ…」
王宮の一室に側近のミヨシを呼んで相談したタカトーだったが、ものの見事に言い捨てられた。ちなみにミヨシがここまで王子に対して気安いのは、別に恋人同士だからではない。
タカトーの幼馴染でそれなりに身分の高いワカメ貴族の息子のミヨシは、昔からタカトーにはこんな物言いだ。その仲のよさにカイドウが嫉妬することもしばしばあったが、タカトーはそのことに気がついていない。
ミヨシは、豪華な椅子にふんぞり返って、長い足を組み替えていった。
「俺は、お前が、ススム王子を連れ戻したいって言ってるから、協力する気になったんだ。あのクラッシャーが一緒だったら御免こうむる。っていうか、大体、アイツはここから出られないんだろ?」
「そうなんだけど…」
「お前のことだから、あの綺麗な顔で『嫌だよ、タカトー』なんて言われて、その気になってんだろ?目に浮かぶよ」
呆れたように言うミヨシは、今まで散々カイドウにはひどい目に合っているらしく辛辣だ。
「何とか、一緒に連れて行けないかな」
「無理」
「やっぱり、そうだよな」
うつむいて頭をかくその姿に、ミヨシはほんの少し気の毒になったけれど、それはカイドウに振り回されているタカトーを思ってのことだ。二人が離れ離れになることなど、正直どうでもいい。
「あいつが一緒だったら、謎を解く前に俺たちが捕まるって」
ミヨシの説得により、二人は、カイドウを置いてワカメ星を出るしかないという結論に達した。



「オールグリーン。二十秒後に発進いたします」
機械とは思えない美しい女性の声がアナウンスする。
タカトーは、黙って置いてきてしまったカイドウのことを考えながら瞳を閉じた。
今ごろ気がついて、大騒ぎをしているかもしれない。
自分の部屋に来て暴れている分にはいいけれど、王宮で暴れていたらどうしよう。
カイドウの家で暴れていたとしてもマリエさんに迷惑をかけるな、などど、色々思いを巡らせる。
「9、8、7…」
カウントダウンが始まった。
タカトーは無意識にシートベルトを確認した。
ミヨシは宇宙に出るのは慣れているので、緊張感無くモニターを眺めている。
ウエダはちょっと興奮した顔で、膝の上で拳を握っている。
「スリー、ツー、ワン、ゼロ、ファイア」
一瞬圧し掛かってくる重力に顔をしかめたけれど、直ぐに宇宙船の中は安定して、シートベルト着用ランプも消えた。
この時代の宇宙航行は、遊園地のジェットコースターよりもよほど安全で、いったん宇宙に出てしまったら、宇宙船(ふね)の中は豪華客船並に快適だった。
「さ、これからトゥーランドットまで、途中二回のワープを入れても三日はかかるな」
ミヨシが立ち上がって、腰を伸ばしながら言う。タカトーは黙ったままだ。
「タカトー?」
名前を呼ばれて、タカトーははっと顔をあげた。
「あ、ごめん、何?」
「何だよ、ぼーっとして」
ミヨシは眉間にしわを寄せた。
「カイドウのことでも考えていたのか?」
「…うん」
素直に頷くタカトーにミヨシは肩をすくめた。
「今さらだろ?」
「…そうだよな。とりあえず、兄さんを連れ戻して一日も早くワカメに帰ることを考えるよ」
気を取り直すように言うタカトーをミヨシが気の毒そうな目で見た。
「えっ?何?」
変なことを言ったかと、タカトーが首をかしげると、ミヨシは椅子に座り直して言った。
「お前、自分がこれから行くところ、わかって言ってる?」
「え?」
「トゥーランドットに行ったすべての王族は、自分の星に戻ってないって意味、わかってる?」
「……」
「お前だって、ワカメの王族なんだから、行ったきり戻って来れないって可能性十分ありあり」
ミヨシの言葉に、タカトーは目を瞠った。
よく考えれば、いや、よく考えなくってもその通りだ。
けれどもタカトーは兄のことばかり考えていて、自分のことは考えもしなかった。
「あーあ、お前、あの単純バカと付き合うようになってから、考え方もアイツに似てきてるな」
ミヨシは呆れる。
「そんな…」
タカトーは、呆然と呟いた。
だから、あの時、カイドウはあんなに必死な顔をしたのか。
もう二度と会えないかもしれないから。
そうだ。カイドウは言っていた。
『トゥーランドット星に行った王族は、誰一人戻ってこないって言うじゃねえか』
あの時も、自分は兄のことしか考えていなかった。
『お前、自分の立場忘れているだろう?』
呆れたようにカイドウに言った台詞。立場を忘れていたのは、この自分だ。
タカトーは、椅子にへたり込んで、がっくりと肩を落とした。
「カイドー」
口の中でそっと名を呼ぶ。
黙って出てきたけれど、直ぐにまた会えると信じていた。
ほんの少しの間だと。
(だけど…)
もう二度と会えないかも知れない。
突然胸が苦しくなった。
カイドウの顔が次々に脳裏に浮かぶ。笑った顔、怒った顔、そして最後に見せた切ない顔。

(もう二度と…)

ぎゅっと心臓の上を押さえた時、
「ぎゃああああああ!!!!」
宇宙空間にも響き渡りそうな――いや、物理的に無理だがそれくらい大きな――ウエダの悲鳴が聴こえた。
「な、何だ?」
ミヨシが立ち上がる。タカトーもつられたように腰を浮かした。
「エイリアンかっ?」
ウエダの声がした倉庫に向かってダッシュした。


「う…」
倉庫を覗きこんだミヨシは、呟いた。
「エイリアンのほうがまだマシだったか…」
見ると、三日分の食料が詰まっているはずのコンテナの中から、カイドウが現れていた。
「カイドウ!」
タカトーが駆け寄る。
「タカトーっ!!」
カイドウは大きな目を吊り上げた。自分を置いていこうとしたタカトーに黄金の右を喰らわせてやろうとした次の瞬間、ぎゅっと抱きしめられて、気勢をそがれた。
タカトーにしてみれば、もう二度と会えないかもしれないと思っていた愛するカイドウが目の前にいるのだ。何も考えられなくなって、ただただ、カイドウの感触を確かめるように抱きしめる。
カイドウの瞳からみるみるうちに怒りの色が消えた。かわりにうっとりと目を細めると、握っていた拳をタカトーの背中に廻す。
抱き合う二人を見てミヨシは大げさにため息をついてみせると、荷物の確認に来てびっくり箱に腰を抜かしたウエダを立ち上がらせ、
「ほら、行くぞ」
二人を残して、メインルームに戻った。



「し、食料用のコンテナを開けたら…中から、カイドウ君が…」
ちなみにウエダもミヨシ、カイドウ、タカトーとトリツワカメ宇宙大学での同窓生だ。
「ああ、もぐり込んでいたんだな」
ったく、どうやって…と、ミヨシは内心呟く。あの発進の時もあの中だったのか。
改めてカイドウの人間離れした身体能力に舌を巻いた。
「で、でも、そしたら…」
「ん?」
「三日分の、食料が無いってことになるよ」
ウエダの言葉に、ミヨシは愕然とした。




Home

Top

Next