翌日、終業式が終わって、体育館からゾロゾロと移動する集団の流れに逆らって海堂が三好のところにやって来た。
「明日、六時に新宿駅な」
「は?」
 何のことだと聞き返すと、
「麻里絵のクリスマスパーティーだよ」
 もう忘れてんのか? と、海堂は眉をつり上げた。
「行くなんて言ってないだろ」
「わかったって言ったじゃねえか」
「わかったってのは、それがあることは認識したって意味で、行くと了承したわけじゃない」
「難しい言葉でごまかすなよ。お前がわかったってったから、麻里絵に行くって伝えちまったし、麻里絵むちゃくちゃ喜んでたんだぜ」
「なっ……」
 麻里絵の名前を出されてしまって、三好はグッと詰まった。
「三好君、受験生なのに申し訳ないわ、でもさすが三好君だわ、とかなんとかさ」
 麻里絵は高遠のファンだが、外面を取り繕うのにかけて右に出るもののいない三好のことは、理想の高校生だと普段から手放しで誉めている。三好は、その期待を裏切ることが出来ない。
「……俺が、アイツを連れて行くことになってるのか」
「うん」
「……お前は、行かないんだよな」
 三好が念を押したところ、
「三好にそう言われたって言ったら、麻里絵が俺も来いって」
「え……」
「俺はそんなん出たくないって言ったんだけど、やっぱり俺も来ないと、三好に悪いってさあ」
 海堂は顔をしかめて心底嫌そうに言った後、渡り廊下の先を見て目を輝かせた。
「高遠ぉっ」
 右手を上げて呼ぶ。
 周りの生徒より頭一つ抜き出た高遠の顔が、海堂を見つけて微笑んだ。
「俺が行くから、高遠も誘うんだ」
 海堂の言葉に、三好は、目眩を起こしかけた。



 翌日。
「僕も、行っていいの?」
 落ちつかなさそうな歩に、
「ってか、お前が招待されてんの」
 三好は思わず漏れそうになる溜め息を飲み込んで言った。
もうこうなったら、隠すのは無理だ。高遠にもちゃんと紹介してしまおう。しかし、あの初恋話とは全く関係ないのだと思ってもらわないといけない。
(要は、あの話題を出さないことと、あいつらと歩を会話させないことだな)
「なあ、歩」
「何?」
「さっきも言ったけど、これから行くパーティーは英会話スクールが主催で、日本語厳禁だからな」
「うん」
「俺の友人も紹介するけど、絶対日本語で話すなよ」
「え? うん」
「仮に、そいつがしつこく日本語で話し掛けてきたとしても」
「う、うん……」
 麻里絵の息子でありながら英語からっきしダメ海堂と、小心者の高遠が、英語で会話できるとは思えない。
 三好は内心で大きくうなずいて、そして歩を見た。
 なんだか知らないが、三好の家に着いてから変におとなしい。空港で会ったときと様子が全く違うのが気にかかる。
「どうした?」
「えっ?」
「元気ないな」
「そ、そんなこと……」
「家に来るまでは機関銃のようにしゃべっていたくせして」
「…………」
「遅れて時差ぼけか? それとももうホームシックか?」
「そうじゃないけど……」
 三好と海堂の仲を誤解してへこんでいる歩。そんなこととは露知らずの三好。
「まあ、顔だけ出したらすぐに帰るから。適当にケーキとか食べてろよ」
「うん」
 新宿駅の待ち合わせ場所には、もう高遠と海堂の姿があった。遠くからでも目立つ組み合わせだ。そこに三好と歩が加わると、ますます目立った。
「へえ、海堂に聞いていたけど、大きいね」
「だろ? これで中学生なんてずりぃよな」
「何がずるいんだよ」
「こんにちは」
 歩はペコリと頭を下げた。海堂を見て再びズキンと胸を痛める。
「じゃあ、行くか」
 立ち話もさせたくない三好は、さっさと三人を促がして会場のある駅ビルに向かった。麻里絵の教室というのは駅に隣接するビルの八階。某百貨店系列のカルチャースクールの一つだ。
「お前ら、英語大丈夫なのか?」
 三好が尋ねると
「しゃべれないよ。でも別にしゃべんなくていいって言われたし」
 海堂はケロリと答えた。
「日本語厳禁なんだろ?」
「だからしゃべんなきゃいいんだろ? 俺、飯食いに行くだけだもん」
「ああ、そうだな。お前は、黙って食ってろ」
「三好に言われなくてもそうするよ。なっ、高遠」
「うーん」
 高遠は正直、パーティーとかは苦手だ。英会話スクールのだと聞いたらなおさら腰が引ける。しかし、海堂に無理やり誘われ、渋々来た。
「話し掛けられたりしたら、どうしよう」
 高遠は、ちょっとドキドキしている。
「無視しろよ」
「そんな訳には、いかないだろう」
「じゃあ、三好に通訳してもらえよ」
「するかよ」
 三人が仲良さげに話しているのを眺めながら、歩はトボトボと後ろを付いて行った。

 会場に入ったとたん、
「ハロ〜ゥ ボーイズ!!」
 素っ頓狂な大声に迎えられて、四人は足を止めた。その声のおかげで、既に集まっていた若い女性たちの視線が一斉に自分たちに注がれる。さすがの三好ですら、ちょっと緊張した。
 そしてその中を颯爽と現れたのは
「げえっ、レイモン」
 海堂が叫ぶ。
 麻里絵の弟、海堂の叔父、中臣礼紋。ちょっと困った人だった。

「ウェルカム」
 自分のパーティーでもないのにそう言って、堂々と右手を差し出すモデルばりの美丈夫。
 かつて『背徳の十字架を背負いて、そのあまり重きに泣きて三歩あゆまず』作戦(長すぎ)で海堂と高遠を引き離そうと試みた礼紋だったが、その後考えを改めて、今では二人を応援している。しかしながら、基本性質はトラブルメイカーだ。応援といいながら、色々なことをやってくれたが、果たしてありがたいものはなかった。そんなこんなの事件の折に、三好とも顔見知り程度にはなっている礼紋。高遠と三好は、差し出された手を握るのははばかられて軽く会釈を返したが、海堂は思いっきり嫌な顔をした。
「何で、こんなところにいるんだよ」
「ここでは、日本語をしゃべっちゃダメだっていわれなかったかい、マイダーリン」
「いきなり英語でしゃべんな」
「久し振りだね、会いたかったよ」
「やめろぉっ」
 礼紋にぎゅっと抱き締められて、ジタバタと暴れる海堂。歩はまたまた新しく現れた美形に目を奪われる。
(なんで、常隆ちゃんの周りにはこんなに派手な人がいっぱいいるんだろう)
 自分を見つめる視線に気がついて、礼紋は歩を見た。
「おや、こちらは初めてだね」
 くるりと歩に向き合ってナイストゥーミーチューと手を差し出すと、ロンドン育ちの歩は素直に握手した。
「こんにちは、はじめまして。アユムと言います」
「おや」
 流暢なクィーンズイングリッシュも、礼紋の気に入った。
「麻里絵が言っていた、ロンドンから来た少年と言うのは、君だね」
「あ、はい」
「素敵だ、この赤い髪は、染めているのかい」
「はい、そうです」
「ロンドンのどの店だろう。さあ、こちらに来たまえ、麻里絵の生徒さんたちに紹介しよう。君のすばらしい英語を、あのレディたちに聞かせてあげてくれたまえ」
 さっさと歩をエスコートしていく。
 歩は三好を振り返ったが、三好がうなずいたので、よくわからないまま礼紋に付いて行った。
「いいのか?」
 高遠が心配そうに訊ねる。
「うん、まあ……どうせ知らない人たちばかりなら、礼紋さんに振り回されていたほうが気が紛れるかなと」
 三好は、女性の輪の中に招き入れられた歩を眺めながら、ポリポリと頭を掻いた。
(海堂たちのそばにいられるよりはいい)
 三好の思惑も知らず、
「アイツにはかわいそうだけどな」
 海堂は、気の毒そうに歩を見た。しかし、すぐに自分の本来の目的を思い出して
「じゃあ、俺たちはとにかく腹いっぱい食おうぜ」
 会場の真ん中にしつらえられたオードブルの山に目を輝かせた。
 奥から麻里絵も顔を出して、三人の姿を見つけると嬉しそうに飛んで来た。
「三好くん、今日はわざわざありがとう。高遠くんも楽しんでいってね」
 上品なシャネルスーツに身を包んだ麻里絵は、あでやかな微笑で二人を歓迎し、
「龍之介は、ちょっと遠慮しなさい」
 両手に皿を持った海堂を睨んだ。
「だって、このために来たんだし」
 鶏肉を口に入れたまま海堂が言うと、
「日本語厳禁。あんたは黙って食べてなさい」
 英語で言って、麻里絵は別の輪に入っていった。
「じゃあ、俺たちも何か食おうぜ」
「ああ」

 三人がクリスマスのごちそうに手を伸ばしているとき、歩は礼紋に勧められるまま二杯目のカクテルを飲んでいた。この大きな少年が海堂よりも年下だとはとても思えず、
「クリスマスだからちょっとくらい大丈夫だよ」
 中学生に酒を勧める礼紋。トラブルメイカーの面目躍如。
 すぐに、歩は目が据わってきた。
「ねえ、レイモンさん」
「ん?」
「海堂さんって、綺麗ですよね」
「ああ、龍之介? まあ、麻里絵の息子だからねえ」
 礼紋はシスコンだ。
「あんなに綺麗だったら、男でも関係なく好きになっちゃいますよね」
「あれ? 知ってるんだ」
 礼紋の言葉に、歩は傷付いた顔をした。ちなみにこの会話は当然英語で交わされている。
「やっぱり、そうなんだ」
 カクテルグラスを唇につけてポツリと呟いた歩に、礼紋はわずかに眉をひそめると
「アユム、ひょっとして……」
うかがうような眼差しで覗き込む。歩はコクンとうなずいた。
「あんな背が高いくらいしかとりえの無い男が、そんなにモテるとは」
「背だけじゃないです。カッコよくて、優しくて」
 常隆ちゃんは。というひと言が抜けている。
「ああ、まあ、確かに。優しいのは間違いないねえ、カッコいいと言えばいえなくもない。僕ほどではないにしろ」
 礼紋の感想は、高遠のこと。
「でも、無理だよ。あの二人、ラブラブだもの」
甥っ子の恋路を守ってやろうという叔父ゴコロ。
「う、ううっ……」
 歩は泣き出した。
 泣き上戸なのか。
「え? うそ、泣かないでよ、アユム」
 礼紋は慌てた。周りの視線が突き刺さる。
「僕だって…僕だって、好きなのにいっ」
 ふええ…と泣く歩はやっぱり中学生だ。
「わ、わかった。わかったケド……」
 オロオロする礼紋のところに三好や海堂が飛んで来た。
「どうしたんだ、歩」
「てめえ、レイモン、大人のくせして子ども泣かしてんじゃねえっ」
 海堂が剣呑な顔で詰め寄ると、
「誰の為だと思ってる」
 礼紋は言い返した。
「どういう意味だよ」
 綺麗な形の眉をつり上げた海堂を脇に引き寄せると、礼紋は小声で囁いた。
「歩が高遠を好きみたいだから、釘刺してあげたんだよ、龍之介とラブラブだから無理だって。そしたら…」
 海堂の目が零れ落ちそうなくらいに見開かれた。

 ついさっき会ったばかりでほとんど会話もしていないのに、突然、これほど好きになったりするものだろうか――などという冷静な判断ができる海堂ではない。惚れた欲目で目もくらんでいる海堂には、歩が高遠に一目惚れをしたという話はすんなりと受け入れられた。しかし、受け入れられたからといって、許せるものではない。
 泣いている歩に心配そうに近づいた高遠を引き剥がし、三好との間にも割って入り
「話は聞いた。泣いたって、こればっかりは譲れないぜっ」
 高らかに宣言した。

 三好は訳がわからず、ポカンと海堂を見た。




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