街に流れるジングルベル。 白い袋を担いだ赤い服の彼は、サンタクロースだ。もちろん本物だとは思わないが、すれ違う誰もが振り返って微笑む。サンタクロースは楽しいクリスマスの象徴。その大きな袋には幸せがいっぱいに詰まっている。 ほら、重そうだろう。 サンタクロースは、袋を抱えなおして、ゆっくりと自分の家に帰る。 そして、街から遠く離れた森の中、誰も知らないサンタの家で袋の中身をぶちまける。 「うわぁあっ」 高遠が思わず大声を出したので、つられて三好もビクリとした。 海堂は、平然とサンタクロースが広げた汚物を見つめている。 バラバラに切り刻まれた血だらけの首、手、足。 「俺こういうの、ダメ」 高遠が画面から目をそらす。三好は、一時停止ボタンを押した。 「あ、止めんなよ、見てんだから」 ハイビジョンの大画面は、ちょうど殺された男の血だらけの首のアップで静止している。 「ってか、そういうところで止めるなよ」 高遠は、男らしい顔を嫌そうに歪めた。 「お前が騒ぐからだ」 「だから、俺はスプラッタはダメだって言ったじゃないか」 憮然とする高遠。 海堂はクスッと笑って 「大丈夫だよ、俺がついてるから」 高遠が背中をあずけていたソファベッドの上にあがると、後ろから抱きついた。 「お前ら、ひとの家でベタベタするな」 そう、ここは三好の家。兄義隆が冬のボーナスで思い切ってテレビを買い換えたと聞いて、その40インチハイビジョンプラズマテレビでの、ビデオ上映会を開いていたところ。 「俺がこうしててやるから、続き見ようぜ」 海堂は、高遠の両脇を足で挟むように座って、頭を胸に抱く。 「嫌だ。吐くかも」 「聞いてねえな、てめえら」 「三好、たのむからテレビ消して」 高遠の懇願に、プツと画面が黒くなった。 「あ、消すなよ」 海堂が唇を尖らせた。 ついでにポカスカと目の前の高遠の頭を叩くので、高遠はその手を押さえて自分の胸の前に持っていく。引っ張られて海堂は、嬉しそうに広い背中に負ぶさった。 「だからベタベタすんなって」 「三好、妬いてるんだぜ」 海堂が高遠の耳元で囁く。 「だれが」 三好はビデオを巻き戻すと、 「ほら、持って帰って好きなだけ見ろ。お前が店に返すんだぞ」 レンタルビデオのケースにしまいながら言った。 「ええっ、んなの、一人で見ても面白くないよ」 「だったら、高遠とお前の部屋で見ろ」 『お前の』を強調して言う。 「どうする?」 高遠を見る海堂。 「だから、嫌だって」 高遠はゲッソリと返事した。 「大体、こんなビデオ選んだのが間違いだ」 「高遠、いいって言ったじゃん」 「クリスマスソングなんてタイトルだったら、ほのぼのクリスマス映画だと思うだろ。ちょうど時季だし」 「パッケージくらい見ろよ」 どうせ海堂がチャッチャと借りている間、店内をウロウロしていたんだろうと言われて 「違う」 海堂が借りている間、自分は財布からお金を出し、その店の会員券を探していたんだという高遠。 三好は呆れて、首を振った。 「お前ら、一生そんなだな」 「何だよ、それ」 「だから、三好は妬いてんだよ、もうすぐクリスマスだっていうのに一緒に過ごす彼女もいないんだからな」 「お前らに、いつ彼女ができたよ」 「彼女じゃなくても、ラブラブだもんなっ」 海堂はわざとらしく高遠に甘える。 「わかった、もういいから、帰れ」 三好は、海堂を足で蹴る。 「あ、何すんだよ、やめろっ」 「続きはどっかよそでやれって言ってんだよ。俺は受験生だから勉強する。貴重な日曜をバカップルに付き合ってやったのが間違っていた」 「バカップルって、何だよっ」 海堂もゲシゲシと足で応戦。 「お前らのことだ」 高遠は、 (どうでもいいけど、解放して欲しい……) 海堂に負ぶさられたままの姿勢で考えた。 「へへん、悔しかったら、カップルになってみろっ」 海堂の言葉に、 「あ、そういえば」 高遠はポツリと言った。 「三好、モテるわりに、付き合った相手の話とかって全然聞かないよな」 「んっ?」 海堂と三好が顔を見合わせた。 「あーっ、そういや、三好って好きなやつの話とかしないよな」 「いないからね」 三好は、ポーカーフェイスで応えた。 「一度も、ってこと無いだろう」 高遠が、海堂を振りほどいて、いつもの爽やかな微笑を見せる。 「三好だって、今まで好きな人の一人くらいいただろ?」 三好は、その高遠の顔をじっと見つめて、 「実は……お前が初恋だった」 「なにいっ」 「って、言ったらどうするって言おうとしたんだが、こいつを何とかしろっ」 飛び掛ってきた海堂にヘッドロックされている。 「ほら、海堂、離れろ」 高遠に引き剥がされて、海堂はぶうたれた顔で言った。 「やっぱり、三好……」 海堂は二年の夏休みに、三好から「高遠を好きだ」と言う告白を受けている。それは、結局和亀高校名物トトカルチョで三好が大儲けするための裏工作だったと後で聞いたのだけれど、特に決まった相手のいない三好がいつも高遠と一緒にいるのは、何となく気になっている。高遠の右隣にいるのは自分だけれど、その反対側にはいつも三好がいる。 「三好、高遠のこと好きなんじゃねえの」 「ない」 「ない」 三好と高遠が、同時に言った。 「言っとくが、俺はノーマルだから」 力強く宣言する三好。 ジル川原の『和亀学園化計画』の一つ『ホモ率向上』の為に、下級生からのラブレター攻撃にさらされ続けた三好だが、男と付き合うことの無いまま無事に残り少ない高校生活を終えようとしている。 「だって誰とも付き合ってないのに、男が好きが女が好きかなんてわかんないだろ?」 海堂の言葉に、 「好きになった相手はちゃんと女の子だったよ」 つい口を滑らす三好。 「うそっ」 「誰っ?」 身を乗り出す二人に、三好はしまったと言う顔をした。 「誰だよ、その相手って」 高遠と海堂がしつこく聞くので、三好は渋々応えた。別に隠すほどのことでもない。いとこの歩の話。 「アユミちゃん?」 「どんな子だよ。いくつ?」 「三つ下だから、今、十五かな」 「紹介しろよ。水くさいなあ」 高遠が言うと、 「もう、十年近くも会ってねえよ」 三好はシラッと応えた。 「え? そうなの?」 「小学校入るとき、親の仕事の関係でロンドンに行っちまったから」 「なんだ。じゃあ、好きになったって、ガキんときじゃん」 海堂がベッドの上であぐらを組んで言う。 「別にいいだろ。俺はホモじゃねえって証明したかっただけだ」 「そんなの、俺だって初恋の相手は女の人だったよ」 ポロリと高遠が口を滑らせた。 「えっ」 海堂が目をむく。 「何だよ、そいつ、誰だよ」 「え、あ、いやっ」 「高遠の初恋って、そんな話、俺聞いてねえっ」 「そ、そりゃ…」 言えないだろうと、三好は高遠の困り顔を見て思った。 「言えよ、だれだよっ、今、どこにいるんだよ」 「し、知らないよ」 「ホントに?」 「知ってても、こんな海堂には教えられないよな」 「なにいっ」 「本当に知らないんだってば」 海堂に詰め寄られている高遠に同情しながらも、自分の話題から逸れたことにホッとする。 「幼稚園のユウコ先生だけど、もうきっとオバサンになってるだろうし」 「お前、そんな年上が好きだったのか? あ、だから麻里絵にも親切なんだな」 「違うって、いや、えっと」 (イチャついてろ) 三好は立ち上がった。海堂が食い散らかした菓子の袋を捨てに行く。 どうせ痴話げんかだ。犬も食わないというものを、ヒトの自分が食ってやる義理は無い。 そして、ふと話のついでに思い出した歩のことをつらつら考えた。 「今ごろ、どうしてんだろ」 歩は、三好とその家族が祖父の家の近くに住んでいた頃、やはり近所に住んでいたいとこで、小さくて大人しい人形のような子だった。三つ違いの自分を本当の兄のように慕ってくれて、三好が小学校から帰ってくるのをじっと窓辺から見て待っていた。あんまりいじらしいので、本当は学校の友だちと遊びに行きたい日にも、歩につき合って遊んでやることも多かった。本来次男で末っ子の三好に長男気質が育ったのは歩のおかげだ。 歩は、それくらいの歳の女の子がそうであるように、ままごとが好きだった。三好はよくそれに付き合ってやった。三好がお父さん。歩がお母さん。三つの誕生日に買ってもらったという子どもが持つには高そうなクマが赤ちゃん役だったけれど、名前は忘れた。 『はい、おとうさん、どうぞめしあがれ』 小さなカップにビー玉を乗せたのがなぜかご飯。小さい手で差し出す歩の顔は、今でもよく思い出せる。特に美少女ではなかったけれど、笑顔がとても可愛い子だった。 商社マンの歩の父親がロンドン支社に転勤になって、家族で渡欧したのが九年前。それから一度も会ってない。三好の一家もそれからしばらくして今の家に買い替えて引っ越ししたものだから、一緒に遊んだあの歩の家がどうなっているのかもわからないが、確かロンドンからしばらく帰れないといって売ってしまったと聞いた。 (どんな娘になってんのかな……) 懐かしい記憶を手繰って、三好は柄にも無くセンチな気分になっていたが、 「三好」 声を掛けられて、振り返った。 高遠が気まずそうな顔で立っている。 「あのさ、俺たちビデオ返しに行って、その…」 「帰るのか」 「わりぃ」 「別に。そうしろって言ったのは俺だ」 痴話喧嘩は収まったらしい。高遠の腰にへばりついている海堂の口許がにやけているのは、これから嫌らしいことでもしようと考えているのだろう。 「そしたら、このゴミついでに捨てて行ってくれ。こっちが燃えるゴミ。こっち燃えないゴミだからオレンジのボックスな」 「あ、ああ。わかった」 高遠にゴミの袋を押し付けて追い出すと、三好は考え事の続きをしようとした。けれども、歩の成長した姿というのはどうしても想像できなかった。三好の記憶の中では、歩はいつまでも五歳の少女だ。 そして、偶然とは恐ろしいものである。 三好が何年ぶりかに歩のことを思い出したまさにその日の夜、家族で夕餉を囲んでいた時に父親が言った。 「今日、敏明から電話があってな」 敏明とは、三好の父親の弟、歩の父親の名前だ。 「四月から、こっちらしい」 「あら、こっちって日本に帰ってくるの」 三好の母親、昌枝がお茶を注ぎながら訊ねる。 「ああ」 「まあ、そう。ずい分長かったわよねえ」 「それで、子どもの学校のことで相談されてな」 「ああ、アユちゃん」 兄義隆が笑って三好を見る。 「常隆に、ずい分なついていたよねえ」 「そうそう、そうだったわね」 母親も懐かしそうな顔をする。 三好は、らしくもなく、心臓が高鳴るのを感じた。もちろん三好だから顔に表すことは無い。ただ、心拍数が早くなっているなと自分を分析した。 (偶然思い出した日に、名前が出てくるからだ) 落ち着こうとお茶に手を伸ばす。 「それで学校は、どうするって?」 義隆が尋ねると、 「できれば最初からこっちの高校に行かせたいというから、うちで預かって受験させてやろうかと思うんだが」 父親の言葉に、三好は口の中の茶を吹きそうになった。 もちろん、三好だからそんなことはしない。ゴクンと飲み込んで、 「うちの、どこに泊められるんだよ」 冷静さを装って訊ねた。 「まあ、狭いけど、あの和室の部屋使ってもらってもいいじゃない」 母親は乗り気だ。 「常隆の部屋でもいいんじゃない。仲良かったし」 ニッコリ笑う義隆は一体何を考えているのか。三好は唖然と見た。 もう五つや六つのガキじゃないんだ。なんで、自分と歩が同じ部屋で―― (ウソだろ) 顔に血が上るのがわかって、三好は慌てた。 「そうねえ、アユちゃんがそっちがいいって言ったらそうしましょうか」 母親もうなずいている。 馬鹿か!!! と、三好が叫ぶ前に、義隆が尋ねた。 「でも、突然こっちの受験なんて大変でしょう。どこを受けるんですか」 「ああ、それが、本当は私学の付属とかの方がいんだろうが、歩くんが、常隆の高校に行きたいって言ったらしくってね」 父親が苦笑する。 「あらあら、本当になつかれてるのね」 「常隆は入れ違いに卒業するってのにね」 父、母、兄、三人の笑顔にも、三好は何のことかわからずに、間の抜けた顔を返しただけだった。 (今、何て言った……?) ゆっくりと頭の中で繰り返す。 アユムくん? 俺の学校? 都立和亀高校は――――男子高だ。 |
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