「ねえ聞いてるのっ」
「だから、さっきから聞いてるでしょ」
「聞く態度に真剣さが足りないのよっ、ケイちゃんは」
「真剣に聞いてるって」
圭子は幼馴染みの弘美が興奮すればするほど、呆れてさめていく自分を感じていた。
「その言い方が、投げやり」
「投げてないわよ」
「じゃあ、私が何を言いたいか、二十字以内で簡潔にまとめて見せてよ」
何じゃそら…と思いながら、圭子は両手の指を折りながら言った。
「ロミちゃんは、今朝、自分の危機を救ってくれた…あ、もう二十超えた」
「ブブーッ」
「言い直し。えっと…ロミちゃんは、彼に一目ぼれしました」
「惜しいっ」




勝緒女子高校二年の大竹弘美が昼休みになるのももどかしく圭子のクラスに飛んできて熱く語ったのは、今朝の出来事である。
弘美は電車通学だが自宅から駅までは自転車だ。駅前の自転車置き場にいつものようにとめようとしたとき、うまく列に入らずに一度後ろに下げた。
「いてえっ」
柄の悪い叫び声に振り向くと、いかにもワルそうな顔の男二人組み。片方がひざを押さえてうめいている。そんな衝撃は無かったけれど、自転車の後部が当たったのか。
「あ、ごめんなさい」
素直に謝ったのに
「いってえなぁ。こりゃ、病院行かないとダメだな」
「大丈夫か、モン」
「いや、ダメだ。立てねえ」
「やべえなぁ」
二人はわざとらしい会話を続けて、そして弘美の顔をそろってジロリと見た。
「治療費、払ってもらおうかな」
「三万円」
「そんなっ」
弘美は叫んだ。
「そんなお金ありません」
「無いなら、パンツ売ってでも作ってもらおうかなぁ」
モンと呼ばれた男が、わざとらしくひざをさする。
「そんなこと……」
「他にも、売れるもんありそうだよなあ、ヒロ」
「そうそう」
下卑た笑いの二人に舐めるように見られて、弘美は震えた。
と、そこに
「お前ら、朝から何やってんだ」
低い声がした。
「ひっ」
とたんに二人の男は、二メートルほど飛び退さった
「えっ」
訳がわからず振り向くと、そこには学生服姿も凛々しい長身のハンサムな男が立っている。
「こ、これは、兄貴、お久しぶりです」
「相変わらずお元気そうですね。ボクラもお元気です。じゃ」
あたふたと二人は駆け去っていった。
(立てないなんて、やっぱり嘘じゃないっ)
と、弘美は一瞬その後ろ姿を見送ってしまって、はっと気づいて慌ててその男子高校生を呼び止めようとしたが、その彼は、もう駅とは逆の方向に歩き始めていた。
隣には、同じ制服を着た華奢な感じの小柄な男の子。
二人で何かしゃべっているのは、今の男たちのことなのか。
(あっ……)
声をかけようとしたのに、何も言えなかった。
端正な横顔が遠くなるのを見つめるのみ。
大竹弘美は、心の中で絶叫した。
(これが、一目惚れってものなのね――っ)


「惜しいって、何が惜しいのよ、そのまんまじゃない」
「だから、ケイちゃんの言っていることは事実だけれど、私が本当に言いたいことじゃありません」
「じゃ、何が言いたいワケ?」
「私の言いたいことは」
やはり指を折りながら
「彼を見つけ出して、私との仲を取り持ってマル」
両手の指を十本綺麗に広げて、弘美はニッコリと笑った。







* * *


そのころ、都立和亀高校では、高遠と海堂が相変わらず仲良く屋上でお昼を食べていた。
給水塔の壁に背中を預けて座り、のんびりと秋晴れの空を見上げる。受験生というプレッシャーも何も無い、幸せな時間。
「高遠が、チンタラしてるからカレーパンが無くなっちまったんだぞ」
「だから、ゴメンって」
「俺は、今日は朝からカレーパンだって決めてたんだよ」
高遠はいつかもこんな会話したなあと思い出して苦笑した。
「何が、可笑しいんだよ」
「いや…別に…」
「何だよぉ」
海堂はわざと剣呑な顔をして睨むけれど、高遠にはもう全然怖くない。
(怖いといえば……)
「今朝の二人」三多摩青狼会のヒロ&モン。
「んっ?」
「海堂の声聞いただけてあんなにビビるなんて、やっぱりお前、何かしたんじゃないのか?」
「してねえって」
そう、何度か偶然会ったときに、八つ当たりに殴ったことはあるけれど。
「最近は、腹立つようなこともあんま無いし」
「最近は、って?」
「いいじゃん、もう、さあ」
パン三つ食べ終わった海堂は、頭を高遠のひざに乗せた。
「あっ、こら」
高遠は慌てるけれど、海堂は、気にせず高遠の膝枕に顔をすりつける。
「誰か、来たら……」
「ぜってえ、来ない」
「何で、そんなことわかる」
赤くなった高遠が、それでも海堂の頭をひざに乗せたまま訊ねると、
「ククク……」
海堂は嬉しそうに笑った。
実は海堂、先日、三好とある賭けをした。
負けたほうが何でも一つ相手の言うことを聞くというその賭けに勝って、海堂は、屋上の昼休み貸し切り権をゲットした。
今ごろ鉄の扉の向こうで誰も入らないように見張っている三好の、苦虫をかみ殺したような顔が浮かんで、可笑しくてしょうがない。
「何笑ってるんだよ」
「別に…」
さっきと逆の会話をして、海堂はチラリと下から高遠を見上げて、いたずらっぽい微笑みを見せて言った。
「ねっ、ここで、ヤッちゃわない?」
「ばっ、馬鹿かっ」
真っ赤になった高遠が、思わず海堂の髪を鷲づかみ。
「いたっ、いたたっ」
「わっ、あっ、ご、ごめんっ」
「いってぇ……」
起き上がって、両手で頭を押さえる海堂。
「大丈夫か?」
心配そうに顔を覗き込む高遠。
「大丈夫じゃない」
「えっ?」
「イシャリョウ払ってもらう。三万円」
「えっ」
今朝の出来事を思い出して、高遠はプッと吹き出した。
海堂も、ニッと笑って、
「払えなきゃ、やっぱり身体で払ってもらう」
と、高遠の唇にチュッと口づけた。





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