「都立和亀で間違いないの?」
「うん、うちの駅から歩いて通える高校って、ここだけだもん」
「学校がわかってても、そんなにすぐに見つかるかしらね」
「しっかり見つけてよ、ケイちゃん」
「何で、私?」
「あっほら、誰か出てきた。終わったのよ」
弘美と圭子は都立和亀高校の正門が見える喫茶店の窓際の席をキープして、出てくる男子生徒に目を凝らした。この時間にここに居るということは、学校は自主早退。

授業が終わってぞろぞろ校門から出てくる制服の集団の中に、それらしい人物を探す。
「みんな同じ服着てるから、区別つかないんじゃないの?」
「とにかく背が高いの。で、ハンサムなの。カッコいいの」
「はいはい」
そんなんでわかるかっつーのと、内心呟く圭子。
「ほかに特徴は?」
「うーん、朝は、小さい子と一緒だった」
「えっ?!いくつくらいのっ?」
子連れ通学かと、ギョッとする。
「高校生よ。背が低かったの。まあ、彼の隣だから小さく見えたのかな」
「なんだ」
「学校に、小さい子供連れてくわけないでしょ」
「で、その子ってのはどんな感じだったの? とりあえず、参考までに」
「後ろ姿だけだったから、わかんない」
「あっそ」




* * *

一日が終わって下校の時間。
高遠と海堂の二人は、相変わらず帰りも一緒。
「おい」
「おっ、三好っ、今日はご苦労」
機嫌よく片手をあげる海堂に、三好は思いっきり不愉快そうに眉をひそめた。
「何がご苦労だっ。昼休みばかりか掃除の時間になっても出てこないで」
「時間の経つのも忘れるくらい、楽しかったんだよ、なっ、高遠」
「よせよ」
何故か赤くなる高遠。
「リベンジだ。次は、来月の天皇賞だからな」
「あっ、聞いたぞ、三好。おとといテレビの競馬中継見ながら変に盛り上がっていたのは、それだったんだな」
高遠が、話題をそらすように言った。


説明しよう。
秋のGTシーズンに三好と海堂の考え出した遊び『どっちが馬(ま)しでショウ』(命名は密かにオヤジギャグもいける三好)
馬券とは全く関係なく、人気ワースト3の馬の中から応援する馬を一頭選んで、どっちが先着するかだけを競うゲームである。負けたほうは勝ったほうの言うことを何でも一つきかないといけないという罰ゲームが、いやがおうにも熱くしてくれる。
ちなみに前回のレースは『第八回秋華賞』三好の選んだ16番人気のレマーズガールは人気通りの16着。海堂の選んだ18番(ワースト)人気のスターリーヘヴンは12着という大健闘だった。
「天皇賞は東京だから、ナマで観戦してやろうぜ。次は高遠も参加しろよ」
「嫌だ」
府中競馬場のゴール前、先頭争いにかすりもしない、いや、下手すると最後方でしんがり争いをしている人気薄二頭の名前を絶叫する三好と海堂を想像して、高遠はソッコーで断った。そんな恥ずかしい奴らの仲間には、入れない。
「付き合い悪いな、高遠」
「競馬は大人になってから」
「俺は、いいぜ。また三好に屋上見張り番やらせてやる」
「馬鹿めっ、フロックがそうそう続くか」
と、三人で正門を出てからしばらく歩いて、
ビクッ
高遠が立ち止まった。
「どうした?」
海堂が見上げる。
三好も振り向く。
高遠は、キョロキョロと辺りを見渡して
「あ、いや。なんだかすごい視線を感じた気がして」
落ち着かない様子で首の後ろを掻いた。
「何だよっ、誰が見てんだよ」
海堂が眉を吊り上げて左右を見る。
と、そこに一人の女子高校生が近づいてきた。
その真っ黒な髪を短く切りそろえた、セーラー服を着ていてもどこかボーイッシュな少女は、嫌そうな顔で高遠の前に立った。
「ええと」
言ったきり、困った顔で高遠を見上げる。
「何だよ、お前、誰だ」
偉そうに訊いたのは、海堂。
「あー、高科圭子です。どうもはじめまして、こんにちは」
ペコリと頭を下げられて、
「あ、どうも」
思わずつられてお辞儀する高遠に、
「挨拶してんじゃねえ」
海堂の叫び。
「こら、落ち着け」
三好が海堂の肩に両手を置いて「どうどう」と、動物並みの扱いでなだめる。
圭子はチラリとそれを見て、
「実は、折り入って貴方にお願いが……」
高遠を向いて、心底嫌そうに言った。
「俺?」
驚く高遠。
海堂は、野生の勘が嫌な予感を告げている。
三好は、面白そうに事の成り行きを見守った。







「ふざけんなぁっ!」
圭子の話を最後まで聞かず、女相手もかまわずに黄金の右を揮いかけた海堂を、三好がとっさに押さえこむ。
「何で高遠が、そんな見ず知らずの女とデートしなくちゃなんねえんだあっ!!!」
「ですよね」
圭子は聞き取れないほど小さな声で呟いた。
弘美に頼まれ、いたしかたなく高遠の前にやってきた。今ごろ弘美は、喫茶店の窓にへばり付いてこの様子を見ているに違いない。
暴れる海堂、抑える三好、そして当の高遠は困ったように頭を掻いた。
「あの……」
高遠が口を開いて、
「はいっ」
圭子はキッと顔を上げる。
何を言われてもいい。とにかく弘美に頼まれたから来たのだ。
断られるにしても、劇的に断られて、それを弘美に見せ付けてやろう。
「やっぱり、申し訳ないですけれど、俺、そういうのは……」
「そうですよね」
ふっと笑って、圭子の続けた言葉はあくまでシャレだった。
「無理言ってすみません。弘美の命がもう長くないとか考えると、何とか叶えてやりたいと思っちゃって……」
横目で遠くを見つめる。
「えっ」
高遠の顔が驚愕に強張った。
(げ、まさか、信じちゃった?)
「な、長くないって…命?」
訊き返す高遠に、圭子は後に退けなくなって
「ええ、まあ……」
しかたなく肯いた。
「それって、あと余命何ヶ月とかっていう?」
余談だが高遠の兄マモルは保険会社勤務で、夏に帰ってきたとき家族全員の保険にリビングニーズ特約というものを付けて帰った。余命六ヶ月と診断されたときに保険金が出ると聞かされて、そんなの使う奴いるかと姉ユキも笑ったけれど――
(本当にいるんだ、そういう人……)
高遠は、うっかり信じてしまった。
「それは…お気の毒です」
暗い顔をして言う高遠に、
(ヤバ……)
圭子は思いっきり後悔したが、後の祭り。
しかし、意外なところで応援者が現れた。
「そりゃかわいそうだ。この世の思い出に一度くらいデートしてやっても、罰は当たらない、っていうか、無視してしまったら逆に後々恨まれたりして」
「三好」
「別にいいじゃないか、付き合ってやれよ、一回くらい」
微笑む三好。そのどこか作り物めいた笑いに圭子は、
(あ、この人は、私の嘘、見抜いてる)
直感した。
しかしながら、単純な海堂も真面目で小心者の高遠も、それが嘘だなどとは疑いもせずに、ひどく困った顔をして目と目を見交わした。
「海堂…」
高遠が小さく呼びかけると、海堂はきゅっと唇を結んだ。
「しょうがねえな」
「ごめんな」
「一日だけだろ」
長い睫毛を伏せる。
「うん…」
高遠もうつむく。
(な、何なの……この二人……)
圭子は、二人の妖しい雰囲気に動揺。
また、ここに来て初めて高遠の隣で騒いでいた口の悪い少年がひどく可愛らしい顔をしているのにも気がついて、なお動揺。

三好はといえば、昼休みの屋上見張り番の仕返しに、海堂をいじめてやろうと考えた。
「かわいそうな弘美ちゃんのために、高遠、一日だけデートだ。人助けだ。情けは人の為ならず。袖触れ合うも他生の縁」
圭子は、とりあえずこの今風茶髪のハンサムに便乗して言った。
(嘘も方便)
「お願いします」




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