「どこに行ったんだ、万里のやつ」
「一緒に同じ所を捜していてもしかたない。手分けして捜そう」
「それはいいけど、お前、この辺わかるのか?」
「わからないけど、人がいそうなところを捜すしかないだろう」
アンジェロの言葉に、勇人はため息をついた。時計を見るともう五時を回っている。二人で四時間以上歩き回ったということだ。
朝から何も食べていないことに気がついて、勇人はアンジェロに言った。
「とりあえずその前に、そこで何か食おう。こうなったら十分や十五分休んでも『大勢に影響なし』だ」
指差す先には、世界でお馴染みマクドナルド。
アンジェロも、小さく息を吐いて頷いた。

ビッグマック、チーズバーガー、チキンナゲット、コーラのLを二個ずつ買って来た勇人は、トレイを席に置きながら言った。
「俺がおごるよ」
「こんなもので、ごまかされるか」
「わかってるよ、後で、万里の前で、十分謝るから。とりあえず食ってくれよ」
眉を寄せてうつむく勇人にチラリと視線を投げかけて、アンジェロは無造作にチーズバーガーの包みを剥いだ。
黙々と食べるアンジェロは、ただそれだけなのに店中の視線を集めている。
勇人は、今更ながら、兄の恋人の整いすぎたルックスに嘆息した。
「なあ」
呼びかけに、アンジェロは軽く片眉を上げて勇人を見た。
「何で、万里のこと好きになった?万里のどこがよかった?」
アンジェロは、何を言い出すのかという顔で、口許を拭った。
「だって、お前、モテるだろ?イタリア人の恋人だってたくさん作れるじゃないか。何で、万里なんだよ、何で…」
勇人の切羽詰った物言いに、アンジェロは力強く答えた。
「マリだから」
言葉を詰まらせた勇人を、真摯な瞳がじっと見つめる。
「何故なんて、俺にだってわからない。マリがマリだから好きになった。マリを、愛している」
勇人は、そのブルーグレーの瞳に吸い込まれそうな気持ちになった。
「……ゴメン」
勇人はうなだれた。
「俺……」
再び言葉を詰まらせると、アンジェロが言った。
「マリが、家族みんなにとても愛されているのは知ってる。だから、マリはあんなにかわいいんだと思う」
勇人は、顔を上げてアンジェロを見た。
アンジェロは、ほんの少しまつげを伏せて、言いにくそうに言葉を続けた。
「本当は、謝るのは俺のほうだ。さっきはちょっと感情的になって、お前のついた嘘に怒ってしまったけれど、本当は、キミコと冗談でもキスした俺が悪い。マリに謝らなきゃいけないのも俺だ」
「アンジェロ……」
「じゃあ、手分けして捜そう」
アンジェロが勢いよく立ち上がる。
「あ、そしたら、これ持ってってくれよ」
勇人は携帯を差し出した。
「俺は、公衆電話使えるし。このボタン押したら家につながる。家からの電話の着メロはスターウォーズのテーマだから」
今どきスターウォーズに、アンジェロはふっと笑った。
「万里が家に戻って来たら、スターウォーズ、鳴らすからさ」
「オーケー」



勇人と別れたアンジェロが最初に向かったのは、学校だった。
万里と二人で歩いた、万里の成長の足跡コース。
高校から中学校、小学校とさかのぼっていった。色々な場所で「懐かしい」を連発する万里は、楽しそうだった。
散々繁華街を捜してみたけれど見つからない今、何となく万里の行きそうな所は、二人で歩いた場所じゃないかと思った。
夕暮れのグラウンドを万里の姿を捜して歩く。
ブランコに乗っている人影が、万里じゃないかと駆け寄って、人違いに頭を下げる。
散々歩き回るうちに、辺りは暗くなっていった。
イタリアでは、夏はなかなか日が落ちない。この暗さは、まるで今が夜更けのような錯覚を起こさせて、アンジェロは不安になった。
こんなに暗くなったのに、いったい万里はどこにいるのか。
こんなに暗い中、どんな気持ちで、たった一人でいるのか、と。
小学校に着いた時、アンジェロは、
(ここじゃない……)
と思った。
万里の思い出の小学校は、建て替えられて全く違う顔になっていて、
「まるで知らない所みたいだ」
と万里は言った。
(あっ……)
けれどもその後、裏山に登って「大欅が変わっていない」と喜んでいた。
アンジェロは、走った。

こんもりと枝葉を広げた大欅の根元。背中を預けた万里がいた。
ぐったりとして瞳を閉じた姿に、アンジェロは
(マリ!)
まさか死んでいるのかと駆け寄って、眠っているだけだと気づいて、力が抜ける。

人の気配に、万里のまつげが震えた。
ゆっくりと目を開けて、一瞬、見慣れぬ辺りの様子に、自分がどこにいるのかもわからず、瞬きをする。
目の前のアンジェロに気がついて、
「あ、なんか、こんなところで寝ちゃってた?」
照れたように笑う。
アンジェロも、その愛らしい笑顔につられて微笑んだ。
とたんに、万里は自分が怒っていたことを思い出した。
「あっ、なっ何しに来たんだよ」
一瞬忘れてしまっていたことも恥ずかしくて、わざとのように大声を出す。
「マリを、迎えに来た」
アンジェロは、膝をついて言った。
「マリの誤解を、ときに来た」
「誤解?」
「誤解させたことを、謝りに来た」
アンジェロの指が、万里の頬を滑る。ゆっくりと顔が近づく。
「マリに、キスしに来た」
「ア…」
唇が重なる。





「万里、まだ帰ってきてないのか?」
あまり遅くなったので、いったん家に帰ってきた勇人。上村家の食堂には家族が勢ぞろいしている。
「アンジェロからも、電話無かった?」
「無いわ」
「まったく、お前らが馬鹿なことするから」
忌々しそうに一弥が言うと、
「カズ兄だって、最初は一緒になって、その気だったじゃないか」
勇人がムッと睨んだ。
「俺は、あの時、万里がいいならしょうがないって言ったじゃないか」
万里が心配のあまりに普段に無く声を荒げる一弥。
「ああもう、兄弟喧嘩してる場合じゃないでしょっ、うっとうしい」
喜美子が言うと一弥は、今度は喜美子に食って掛かった。
「だいたい喜美子姉さんは、いつも万里を傷つけてばっかりじゃないか」
「なんですって」
「姉さんの愛称表現ってのは、屈折しすぎで、わからないよ」
「何よっ、あんたこそね……」
「あなた達、みんな落ち着きなさい」
母親が叫んだところで、電話のベルがけたたましく鳴った。
ハッと全員が手を伸ばした。
「もしもし」
受話器を取ったのは、父親だった。
「あー、万里はいるのか」
日本語で言っている。全員が、じっと見つめていると父親が突然怒鳴った。
「この馬鹿モン!みんなに心配かけてっ!さっさと帰って来いっ」
ガチャンと受話器を切って、父親は食堂の椅子に腰掛けた。
じっと様子を見守る姉兄弟。
万里が見つかったのは良かったけれど、次の嵐が待っている予感がした。
この父親が、自分の息子に男の恋人ができたなどということを認めるとは思えない。
いくら動揺していたとはいえ、両親の前で全部しゃべったのは間違いだったと、喜美子たちは頭を抱えた。


「許さん」
万里の父親は、腕組みしたまま言った。
その前には、万里とアンジェロが座っている。
アンジェロの隣には勇人。いつの間にそんなに仲良くなったのか、父親の日本語を同時通訳している。
「お父さん」
万里の顔が泣きそうになる。
「万里、お前は男だろう。男のお前にどうして男の恋人ができるんだ」
憮然とする父親にアンジェロが唇を開きかけたとき、先に口を利いたのは喜美子だった。
「お父さん、古いわ。今どき、恋愛に性別は関係ないわよ」
「なんだと」
「そうですよ。他人さまのもの横取りしたとかならともかく、二人は、愛し合っているんですから」
一弥も援護に回る。万里が悲しむことのほうが許せない。
「お前まで、何を言うんだ」
父親が、顔を赤くして口角から泡を飛ばす。
「万里はなあ、いいところのお嬢さんと結婚して、うちの近所に住んで、そして、俺に可愛い孫を抱かせてくれるんだっ」
「……お父さん」
うつむいた万里は、涙ぐんでいる。
「ごめん、なさい……」
両手で顔をおおう万里の肩を、アンジェロがそっと抱いた。
「ああっ!万里を泣かせたっ」
勇人が叫ぶ。
「孫くらい、私が何人でも抱かせてやるわよっ」
喜美子が胸を叩いて言うと、
「俺も、がんばりますよ」
一弥が思いつめた顔で言う。
「じゃあ、俺だって、明日にでも、どっかで作ってくるぜ」
勇人の言葉に、
「馬鹿モン」
父親は怒鳴った。




「オトウサン」
アンジェロが口を開いた。
はっと万里が顔を上げる。
「ユルシテクダサイ――マリヲ、ボクニクダサイ」
ブルーグレーのまっすぐな瞳が、父親の心臓を射貫く。
「マリト、カナラズ、シアワセニナリマス」

―――幸せになります。

万里は思い出した。
イタリアにいたとき、日本語でプロポーズするときは何ていうのかと、アンジェロに訊かれた。
「結婚しよう」だといったら、「そんなんじゃつまらない」と言われた。
「幸せにする」だといったら、そのまま言われた。

「マリを幸せにする」

そのとき、万里も応えた。
「僕も、アンジェロを幸せにする」

一緒に、幸せになろう――――



「アンジェロ」
万里は、アンジェロにしがみ付いた。
肩に顔を埋めて、グズグズ泣きながら、
「お父さん、ごめんなさい。本当にごめんなさい。孫、抱かせてあげられないけど、でも、僕……僕は……」
言葉を詰まらせると、アンジェロの手が背中を優しく撫でた。
その手に、励まされるように万里は息を吸って、ゆっくり顔を上げて振り返った。
「僕、アンジェロと一緒に、幸せになりたいんだ」
そのときの万里の顔を、その場にいた全員、最高に綺麗だと感じた。



「勝手にしろ……」
父親がボソリと言って立ち上がる。
そのまま食堂を出て行く。
万里は、その姿を、涙をためた瞳で追った。
「気にしなくていいわよ」
母親が微笑んだ。
「ちょっと拗ねてるのよ。今、孤立しちゃったでしょ」
ふふふと笑って、
「慰めてくる」
母親も出て行った。
「じゃあ、まあ、私たちも……」
「ああ、万里も無事帰ってきたことだし」
喜美子と一弥も立ち上がった。
「兄さん、姉さん……」
「ゴメンね、万里。謝ることも言い訳したいこともたくさんあるけど、今じゃない方がいいでしょ?」
喜美子が片目をつむった。
続いて立ち上がった勇人に、アンジェロがポケットから携帯電話を取り出して、差し出した。勇人は、受け取って、アンジェロに言った。
「俺たち、みんな、万里のこと大好きなんだよ」
アンジェロは知っているとうなずいた。
「だから、万里の幸せを一番望んでる。本当は、俺か、俺たちのうちの誰かが、幸せにしてやれればいいんだけど……無理だモンな」
「勇人……」
万里が呟くと、
「万里、いい男、つかまえたじゃん」
勇人は口の端をキュッと上げて笑った。
悔しいけど…と、小さく呟いて、最後に部屋を出る。
広々としたダイニングテーブルに二人残されて、万里とアンジェロは見詰め合った。

「さて……さっきの続きする?」
「さっき?」
「俺の言い訳、途中で終わってただろ?」
「……もういいよ」
万里は、クタッとアンジェロの肩に額をつけた。
「じゃあ、もう一つの続きは、いい?」
アンジェロの指が、Tシャツの上から万里の胸を探る。
「だから、ここじゃ、ダメ」
ペチン、とその手を叩いて、万里は笑った。
まだ涙のあとの残る目じりに唇を寄せて、アンジェロは思った。
(あのホテル、今から入れるだろうか?)

「アンジェロ?」
万里がそっと顔を上げる。子犬のような黒い瞳が、じっと見つめる。
アンジェロは、微笑んだ。
「ま、明日にするか。今日は、今回の旅行の最大イベントが終わったんだからな」
「最大イベントって、あっ……」
万里は、赤くなった。
「あんな日本語、いつ練習してたの?」
「秘密」
もう一度、唇が重なる。



マリト、カナラズ、シアワセニナリマス――――




ここまで読んでいただいてありがとうございます。
ご感想などいただけますと、とってもうれしいので
よろしければ、一言お寄せくださいませませv

感想を送っていただいた方におまけのSSを送っています。
今回のSSは、本編で語られていない大けやきの下での会話。
アンジェロのお謝りと拗ねている万里。 
大した話じゃないですが、砂吐いてください。

お礼SSは現在公開しています。




HOME

小説TOP

お礼SS