「アンジェロ、お風呂上がったら、これ着てって」
万里がさし出すものを見て、
「キモノ?」
アンジェロは軽く首を傾げた。
「着物じゃなくて、浴衣。着物の簡易バージョンだよ」
「へえ」
広げてあててみたが、丈が短い。ためしにTシャツの上から羽織ってみたが……。
「あー、うちで一番大きいのなんだけど、やっぱり少し足りなかったか」
せっかく母親が出してくれたのにと、万里は残念そうに言う。
「万里のほうが、似合う」
アンジェロは浴衣を脱ぐと、万里の肩から羽織らせた。前に回って、顔を覗き込むように見つめて言う。
「着てみてよ」
「えっ?やだよ」
「何で?」
「何で、って」
浴衣を着ろというアンジェロの言葉に何故だか顔が熱くなって、そんな自分が恥ずかしくて、万里は肩から浴衣を落とそうとした、
その手を邪魔するようにアンジェロは浴衣の襟を持って、万里の身体を包んだ。
万里には大きめの浴衣で、マントというか、テルテル坊主。
「いいじゃないか、着て見せろよ」
「嫌だよ」
むきになって振りほどこうとすると、アンジェロはますます面白がって万里の身体を包みこむ。ひとつ間違えると、イジメにあっている子供。
「やめろって、わっ」
そのまま畳に押し倒された。
両腕を拘束され足をじたばたさせるけれど、体格に優るアンジェロにはかなわない。
アンジェロは、浴衣で包んだ万里の身体に圧し掛かり、太腿と膝で万里の足を押さえつけ
「いもむし」
笑って首筋に口づけた。
「やっ、ん……」
ゾクッと震えて、万里の抵抗が一瞬止まる。
「俺の腕の中で、蝶になれよ」
アンジェロの言葉に、赤面する万里。
(ハズカシー)
アンジェロの、普段の無愛想から考えられない愛の言葉は、根っから日本人の万里には恥ずかしくてたまらない。でも――
「マリ、俺の、かわいい蝶々」
イタリア語の甘い囁きとともに口づけられると、恥ずかしさがそのままうっとりとした痺れに変わる。
「んっ……」
思わず声がもれた時、ガラリと襖が開いた。
ビクッと振り仰ぐ、万里。
硬直しているのは、一弥。
アンジェロは、平然として、ゆっくり身体を起こした。
「な、何をしているんだ?」
シャツの上から浴衣でグルグル巻きにされている万里を見て、一弥がようやく声を絞り出すと
「あ、あの……」
万里も起きあがって、その浴衣を脱ぎながら言った。
「柔道…ってのは……?」
ダメ?
と、上目遣いで小首をかしげる万里があまりに可愛らしくて、一弥は「そんな寝技あるかい!」とか突っ込むこともできなかった。
「……浴衣、しわになるから、ちゃんと掛けとけよ」
クルリと背中を向ける。その背中は、ちょっと寂しい。
「うん」
「夕飯できたから」
「ありがとう」
たった今見たシーンに鼻血を吹きそうになりながら、一弥は愛する弟が大人になっていくことに胸を痛めた。


「バカか! カズ兄」
食堂で話を聞いた勇人が、呆れたように叫ぶ。
「声が大きい」
「ったく、何でその場で、アイツを殴ってやらなかったんだ」
「殴って、って……お前」
直情型の弟に、どちらかというと気弱で平和主義の兄は困って眉をひそめる。
「可愛い兄弟が襲われてたんだろ?助けてやるのが、兄貴の役目だろうが」
「万里は……嫌がってなかった……」
「うっ」
思わず心臓を押さえる勇人。
「万里は、きれいになったよ」
ポソリと呟く一弥。
「んなこと。万里は、前から可愛いじゃないか」
「いや、それだけじゃなくって」
アンジェロの胸の下から驚いて見返す万里の、潤んだ瞳が頭から離れない。朱に染まった頬も、薄く開いた唇も、自分の知っている万里のものではなかった。
そのあとの恥ずかしそうな上目遣いも、可愛い上に艶めかしかった。
「うっ」
本当に鼻血を吹く一弥。
「うわーっ、なんなんだよ、コイツ、キタネー」
「お前、兄に向かって、コイツ汚いとは、何だ」
騒いでいるところに、万里とアンジェロが入って来た。後ろに母親も続いている。
「あら、お兄ちゃん、どうしたの?」
「兄さん、鼻血?」
驚く二人の横で、一瞬目を見開いたアンジェロが、小さく片頬で笑ったのを勇人は見逃さなかった。
(ゆるせん……)
アンジェロに対する怒りが、ますます募る勇人。
万里は、兄の首の後ろをトントンと叩きながら、無邪気に
「お土産のチョコレート、食べ過ぎたんだろ」
と、笑った。



日本語、英語、イタリア語、色々混ざったインターナショナルな上村家の夕餉は、とりあえず、つつがなく終わった。
上村家の食堂は、大家族にふさわしい広いダイニングテーブルが特徴だが、今日は、その上にも乗り切らないほどご馳走が並んだ。
久し振りの家の味を堪能した万里だったが、アンジェロが気を使っているようで、なるべく早く切り上げようと思った。
西本の影響とはいえ、出会った当初は「日本人は好きじゃない」とまで言っていたアンジェロが、父親の変なイタリア語に無理して笑っているようすは、ちょっと気の毒だったのだ。

「時差ボケすると辛いから、もう部屋もどるね」
「今夜は、疲れてるだろうから、早く休みなさいよ。明日もゆっくり寝てていいからね」
「ありがと、母さん」
「布団は」
「さっき、居間に敷いといた。食べてお風呂入ったら、面倒くさくなると思って」
万里の言葉に、勇人はピクリとこめかみを引きつらせた。
「あら、言えば、母さんが敷いたのに」
「いいよ、そんなの。あのお客さん用の布団、僕も借りたからね」
「どうぞ。じゃあ、早くお風呂入っちゃいなさい」
「うん。アンジェロ、お風呂案内するから、行こう」
立ち上がる二人。
「一緒に入るのか?」
思わず呼び止めた勇人に、万里はチラッと振り返って
「まさか。そこまで広くないだろ?うちの風呂」
赤くなった顔を見られないように、すぐに背中を向けた。
勇人はもやもやと落ちつかない。
「そうねえ、二人入れないこともないけど、アンジェロさんと一緒だと、ちょっと狭いかもねえ」
母親は、会話の意味もわからず、能天気に笑った。



アンジェロが風呂に入っている間、万里が自分の部屋に戻ったのを確認して、勇人はゲストルームとなった居間を覗いた。
来客用の豪華な布団二組が、並べて敷いてあるのが、目にまぶしい。
「くそーっ」
ぴったりくっついて敷かれたそれを、ズルズル引き摺って十センチ離した。
まだ足りなくて三十センチ離したが、それだと目立ちすぎかと、またちょっとだけ戻す。
「何やってんだ、俺」
と、そこに風呂あがりのアンジェロが戻ってきた気配。
慌てて立ち上がったところ、襖を開けたアンジェロと鉢合わせ。
「何してる?」
眉間にしわを寄せたアンジェロに、勇人は
「いや、万里に用があって……どこ行ったのかな……ああ、部屋かな、自分の」
言い訳しつつ、
「ってゆーか、俺んちで俺が何しようと勝手じゃねーか!」
ハッと気づいて、日本語で逆切れ。
言葉は通じなくても、気持ちは伝わる。それが異文化コミュニケーション。
あまり嬉しくないコミュニケートだったが、通じ合った二人は無言で睨み合う。
そこに、万里の声が聞こえて来た。
「アンジェロ?もうあがったのか?」
再びハッとして勇人は、身をひるがえした。
「お前なんかに、万里は渡さないからなっ」
捨て台詞を残して。

「あれ?勇人?どうしたんだ?」
片手に白い浴衣を抱えた万里が、入れ違いにバタバタと出て行った勇人の背中を振り返る。
「さあ」
アンジェロは肩を竦めて見せて、そして万里の腕の中を見た。
「これは?」
尋ねられて、万里は下を向いて視線を泳がせた。
「僕の浴衣……去年母さんが仕立ててくれたんだけど……久し振りの日本だし、こういうのも…寝巻き代わりに…いいかなって…せっかく作ってくれたのに、着てなかったし……」
言い訳しながら、耳が赤く染まっていく。それを見てアンジェロは、嬉しそうに目を細めた。
「着て見せてくれるんだ」
両手でその赤くなった耳を包み込みながら、アンジェロが髪に鼻を埋めて囁くと、
「別に、見せたいとかじゃ……」
万里は恥ずかしそうに身をよじる。
我慢できずに口づけるアンジェロに、万里は必死で抗った。
「まっ…待って、風呂…まだ……」
顔を真っ赤にして、泣きそうな顔になっているのが可愛い。
「じゃあ、待ってるから、早く来いよ」
八の字に寄せられた眉にちゅっと音をたてて口づけて、アンジェロは微笑んだ。
「うん」
頷いて、万里は部屋を出て行く。
アンジェロはそれを見送り、いつに無く緩んだ顔で布団を見、そして突然険しい顔になった。
(あの野郎)
十五センチほど離された布団を、足で再び寄せてくっつける。
「まあ、どうせ片方しか使わないけどな……あのガキ……」
自分と一つしか違わない勇人の子供じみた真似に呆れた直後、ぴったり並んだ布団に、自分も同じことをしている事実に気がついて、アンジェロはクスッと笑った。
「人は恋すると、幼稚になる」
byアンジェロ。
今日の格言を呟いて、真新しい糊のきいた布団に寝転んだ。



「何だよ」
万里の顔がほんのり赤いのは、風呂あがりのせいだけではない。
アンジェロのために着た浴衣が気恥ずかしい。
白地に薄い紫と藍色で朝顔の描かれたその浴衣は、初めは喜美子に仕立てるはずのものだった。それを当人が「子供っぽい」と一蹴したため、一番歳下の勇人ではなく、何故か万里の浴衣になってしまったあたり。けれども、その女物のような可愛らしい柄が、男にしては華奢な万里には良く似合っている。
アンジェロは、不覚にも、見惚れて言葉が出なかった。黙ったままのアンジェロに
「やっぱり、変だよな、着慣れてないし、どうせ」
着たのを後悔するように唇を尖らせる万里。
「待てよ、似合ってる」
慌ててアンジェロは、万里を抱きしめる。
そのまま二人で、もつれるように布団の上に倒れこんだ。覆い被さったままアンジェロは上半身を起こして、もう一度万里を見つめる。
「可愛い。色っぽい。ビューティフル…ジャパニーズプリンセス、オキクサン?」
「お菊さんは、違うよ」
番町皿屋敷の腰元お菊が、何故ジャパニーズプリンセスなのか。おかしくてクスクスと笑うと、その唇をしっとりとふさがれた。
「ん……」
そしてアンジェロの右手は万里の裾を割って、ゆっくりと太ももをなで上げる。
同時に、身体を支えていた左手は、浴衣のわきの下の開きを見つけた。そこから手を入れ、滑らせると、すぐに胸の突起に行き当たる。
「あっ……」
小さく尖ったそこを指の先で押しつぶすように転がされ、万里は小さく喘いだ。
イタリアで散々慣らされた身体は、アンジェロの指には過敏に反応する。
尖りを引っかくように愛撫すると、絡み合う舌が快感を伝えてきた。
いつもシャイな万里のこういう素直な反応が、アンジェロにはたまらない。
可愛い声で鳴かせて見たくなって、アンジェロは唇を離した。
万里の舌が、名残惜しげに唇の間から差し出される。
「声、出して」
裾から差し入れた手ですでに形を変えはじめているモノをやわらかく刺激しながら、耳元でささやくと、万里は潤んだ瞳で恨めしそうに睨んだ。
「いやだよ…アンジェロ、悪趣味……」
一つ屋根の下に、家族が眠る家で。いつ誰に聞かれるか解らないのに。
それでも、アンジェロの指にかかると、意識しない声が漏れてしまう。
万里は自分の浴衣の袖を噛んで、声を殺した。
胸の尖りと下半身を愛撫しているので両手が使えないアンジェロは、万里の浴衣の襟を噛むと、そのまま口で引っ張るようして肩まで脱がせた。
その行為に、万里がビクリとする。
アンジェロは、ニッと笑って言った。
「浴衣って、かなり、いやらしいな」
左肩から胸まで肌蹴させ、アンジェロは万里の肩に口づけた。
そこは、以前話したやけどの痕。いたわるように触れた優しい唇は、そのまま下へと降りていき、まだ空いていた胸の突起をそっと包む。
「あぁ……」
思いがけず高い声が出てしまい、万里はぎゅっと唇を噛む。
両方の胸と、そして下への直接的な刺激。同時に攻められて、万里はピクピクと身体を震わせた。
かみ締めていた浴衣は唾液で濡れそぼっている。
「んっ、う…っん…ダメ…もっ……」
イヤイヤをするように顔を左右に振る万里に、
「イけよ」
赤くしこった突起を舌で舐めあげながら囁いて、アンジェロは右手で激しく竿を擦った。
「やっ、ああぁっ……ぁ……」
切ない叫び声とともに内股を震わせて自身を解放した万里は、ぐったりとして、うつろな視線をアンジェロに向けた。
「いい声」
アンジェロは、万里の唇を、汚れた指先でそっとなぞった。
万里は、再び泣きそうな顔をする。
その顔も、アンジェロにはたまらない。

アンジェロの指が万里の後孔に伸びたとき、万里は慌てたように身じろいで言った。
「ダメ」
「何で?」
「…………」
万里は怖かった。自分が大声を出してしまいそうで。
前を弄られただけで、無意識に声をあげていたのだ。あの強い刺激が与えられたら、ここが自宅で、二階には家族も寝ているなどということを全て忘れて乱れてしまう。
(絶対、ダメだ)
「今日は、ダメ……」
「なに女みたいなことを言ってる」
「今日は…疲れてるし」
「今度は仕事に疲れたオヤジみたいなこと」
「とにかく、ダメだってば」
アンジェロにいい様にされると、声を抑える自信が無い。
「じゃあ、これどうしてくれるんだ」
アンジェロは万里の手をとって、自分自身へと導いた。
大きく屹立したそれを握らされて、万里はビクッと手を引きかけたが、もう一度そっと握って囁いた。
「口で…する?」
「ホント?」
万里のフェラチオは上手くない。舌の使い方もぎこちないし、歯を当ててしまうこともある。
けれども、苦しそうに眉を寄せ、目じりに涙をためてまで口いっぱいにそれを咥える姿は、まさしく「奉仕」という言葉がぴったりで、その顔だけでアンジェロは何度でもイケそうだった。
今も、思い出しただけで、雄がドクンと反応した。
けれど―――
「やっぱり、今日はよすか」
万里の汗ばんで火照った顔がひどく疲れているようで、アンジェロは万里の手をそっとはがしてそのまま胸元で握りしめた。
「アンジェロ?」
「よく考えたら、長旅の後で何しているんだろうな、俺たち」
万里の頭を抱き寄せる。
「もう寝よう」
「いいのか?アンジェロは……?」
万里は恥ずかしそうに口ごもる。
「いいよ。それより、マリ、疲れてるんだろ?寝ろよ」
アンジェロの優しい囁きに、万里はニコッと微笑んで、その直後にすうっとまぶたを閉じた。
本当に、疲れていたらしい。
万里の寝顔に口づけて、
「ま、明日もあさってもあるんだし」
独りごちるアンジェロ。

まさかここで続きをしなかったことが、翌日、二人の間に溝を作ることになるなどとは、当然、思ってもいなかった。




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