風邪をひいていたはずなのに、なぜか複数の男たちに日に何度も弄ばれてしまった透流だったが、大量の汗をかいたためか翌朝にはなぜかすっきりとした目覚めが訪れていた。 布団の中で身じろぐと、隣にはいつもの雅幸。 おはよう、と軽いキスをくれるのもいつもと変わらない。 浴衣を脱いだ時に身体に残る、病気のような赤い斑点の数々にはさすがに閉口せざるをえなかったのだけれど。 透流はどこか清清しい気持ちで着物に着替え、庭掃除のために意気揚揚と裏口へ向かった。 周囲はかなり混沌としていて、問題はこじれるばかりで何一つ片付いていないというのに、透流は朝の天気がいいだけで晴れ晴れとしてしまう。 流されやすいということは忘れやすいということともイコールで繋いでもいいようだ。 今朝も庭で宗田と会う。 いつもと違うのは、通りすがりにに濃厚なキスをされたことぐらいだが、こんなことぐらいで透流の気分は変わらない。通りすがりにディープキスぐらい、結構日常茶飯事の範疇に入っている。 フロントでは修平。 にこにこと愛想よく透流を手招いてスキンシップを施す。 それも昔からの習慣みたいなものなので気にはしない。 他人から見たら確実に「異常」の中に入るものも、透流の中では日常とさほど変わらないものに過ぎないのだ。 だが、そんな大物の透流でも驚く時は驚く。 「主任……児島……」 フロントで必死の形相をしている『株式会社IBC』時代の仲間二人を見つけたときだ。 「水無月っ!」 最近呼ばれていなかったので、一体誰のことだろうと透流は軽く首を傾げそうになり「ああ自分のことか」と思い至ってそこまでの醜態は晒さずに済んだ。 「ああ、お久しぶりです。いらっしゃいませ」 駆け寄ってきた児島を制するようにして透流は深深と頭を下げ、顔をあげたときに目のあった石井ににっこりと微笑んだ。 相変わらず美しいその笑顔に、二人とも動きが凍る。思わず鼻血が出たかと二人同時に鼻を抑えたが、鼻が乾いているのを確認して同時にため息を吐いた。 「み、水無月……」 「はい?」 「お前、帰って来いよ……」 「え?」 児島ががっしと透流の肩を掴んで、額がぶつかりあわんばかりに近づいてくる。 「女将修行なんてさ、やめろよ。お前いい仕事してたじゃねーか。俺はそりゃ……お前の顔も好きだけど……でもお前の仕事っぷりも好きだったんだ」 「俺もそう思うぞ、水無月。それにな、お前がいないと華が足りないんだよ。だから戻って来い。これは社の意向だ」 一歩下がったところで見ていた石井に言われ、透流はさすがにたじろいだ。 どうしよう、と心の中で同じ台詞が響きつづける。結局流されやすいので、今の透流は社に戻るにはどうすればいいのか、とそちらに完璧に揺れ動いている。 そこを、修平が止めた。 しかも背後から透流を抱きすくめる形で。 「駄目ですっ! 透流は俺のものでここにいるんですから……!」 「なっ……!」 「修ちゃ……」 凛々しく若い番頭のたくましい腕に抱かれて困った顔をする透流を見ていれば、石井や児島にも二人の関係が知れる。 もともと透流の色気にくらくらときやすかった二人には、羨ましいばかりの関係なのは一目瞭然だった。 児島は無理矢理ひっぺがされた腕を虚しく宙に漂わせながら、ひっくり返った声で「何でだよ!」と叫ぶ。 「何で、お前……あの若旦那に……」 「まさか。この番頭にも犯られちゃったのか…?」 「え? ええまあ……」 良く言えば素直な透流がこくりと頷くと、石井と児島は顔色を真っ青に変える。 「なんて旅館だここは。獣の巣窟じゃないか」 「そうだ! お前やっぱりここにいるべきじゃないよ水無月。俺と帰ろうぜ。俺だけがお前を守ってやるから」 最近透流がよく耳にするような台詞を言った児島に、強い力で引かれる。 透流は引力の任せるままに児島の腕に倒れこみ、ぎゅっと抱き締められて息を止めた。 「こ、児島……苦しいっ……」 「あ、ごめんつい」 熱血な気のある児島に潰されていた透流は、息がやっとできるとばかりにその児島の腕の中でほっと一つため息を吐いた。 それすら色っぽく見えて、児島の鼻からつうっと一筋鼻血が垂れる。 すかさず石井が出したティッシュを無言でおさめ、児島は鼻をさっと拭いた。それら一連の動きはあまりにも迅速で、透流の目には映らないうちに終わる。 児島は何もなかったかのように、いまだ腕の中の透流ににっこりと笑いかけた。 「ともかく、水無月。これから俺と石井主任で若旦那とこちらの番頭さんとお話するから。水無月は帰り支度して待ってろよ?」 透流が何も言わないうちに、石井と児島と修平は奥に入っていってしまった。 それを見ていたのは朝の散歩帰りの宗田である。 「聞き捨てなりませんね、透流さん」 「あ、宗田さん……」 「私も行かないと。あなたを私のものにするために、ね?」 宗田はまた透流の言葉を何一つ聞かずに歩いていってしまった。 残された透流は、「意見、しないで済むかな……」と気楽に考えていた。 昼を過ぎて5人は現れない。 透流はため息を吐いた。 さすがに毎日毎日3人の男たちに絡まれて過ごしていたので、絡まれないと何となく寂しい気持ちになってしまったのだ。 透流は昼休みをもらうと自室に戻って、大きくため息を吐いた。 結局どうなったのだろう。 会社に帰ることになってもここに残ることになっても、なんにせよ早く決めてもらえないと困る。色々と準備をしなければならないのだ。 それに、四六時中男たちの愛撫を受けつづけていた身体は疼き始めている。 午前中の仕事も、彼らから与えられた愛撫を思い出しつつ身体が熱くなることもしばしばあった。 透流は横座りして着物の裾からちらりと見えている自分の足をそっとなぞった。 優しくて技巧的な宗田の愛撫を思い出しながら。 耳元では宗田の声が蘇る。『透流さん』。そう吐息交じりに囁かれると、透流の口からは自然と「……あ、っ」という甘い声が漏れていた。 宗田の声が透流の行為をだんだんと大胆なものへと煽ってゆく。 そのまま、情熱的な雅幸の指が透流の胸をなぞった。 雅幸の荒い吐息と激しく上下する男らしい胸板が、ぴったりと自分の胸板に重なって上下する時、胸の突起が肌の隙間で擦れてじくじくと痛み出す。 その痛みを思い出して、透流は耐え切れず畳に横になった。 「は、……ぁあ……っ……修ちゃ……」 透流を一番乱暴に扱うのは修平だ。 乱暴でも修平の激しい求め方が結構好きで、透流も振り落とされないように必死でいつも食らいついていっている。 宗田の指だったものがいつしか修平の指にすり替わり、透流の蜜を垂らすものをぎゅっと掴んだ。 そのとき背中が大きくしなる。 「あ、ああっ」 雅幸の唇が胸元をなぞるときを思い出して、指先をぺろりと舐めてから愛撫を再開する。雅幸の舌、修平の指先、宗田の声。 いつしか慣れ親しんでしまったものが透流の身体中から溢れ出て、熱をどんどん上昇させていた。 透流は背中が擦れて着物がどんどんとずれていくのも構わずに、腰を揺らして三人の愛撫を楽しんでいた。 「や、はぁ……あ、ぁあ……ぅう……んっ」 『透流さん、まだ達ったら駄目ですよ』 流れ込んでくる甘い声が、指先の愛撫を更に強くさせる。 「や、ああっ、達かせて……っ」 首を振ると、雅幸の濡れた指先が透流の首筋をすうっと撫ぜた。 身体に電流が走ったように、透流の爪先がきゅっと折り曲げられる。そこはとても弱い場所なのだ。 「ま、雅幸さ……」 雅幸の名前を口に乗せると、今度は修平の愛撫が強くなった。 裏筋を親指の腹できゅっと確かめながら扱き上げる。 「あ、あああっ、修ちゃんっ」 そしてたわんだ背中を抱き締める『透流さん』という宗田の声が耳の中に吹き込まれて、透流は絶頂に達した。 手のひらにぶつかった威勢のよい生暖かい液体を感じながら、透流は「き、もちいい……」と思わず呟いてしまう。 白い液体を手のひらで弄びつつ、後ろに指を滑らせてみた。いつも使われているその蕾に指をそっともぐりこませてみると、やけに簡単に飲み込んだ。それでもその場所で繰り返される収縮は、熱く透流の指先に絡んでくる。 再び熱を持ち始めた透流の身体だったが、自分の指を抜き差ししてるだけでは完璧に物足りなかった。 「もっと、大きくて……」 透流は細く頼りない自分の指を抜き取って、じっと見つめる。 「今まで幸せだったんだなぁ」 身体が欲求不満になる暇もないほどに色々な男に抱かれ続けていた透流は、今更な上にひどく勘違いな「幸せ」というものをしみじみと感じ取っていた。 やけに激しい自慰をもう一回楽しみながら。 お茶を、という理由で5人が未だ詰めている部屋へ赴く途中、透流は啓吾に会った。 すれ違い様に頭を下げると啓吾が「雅幸さんやキュウちゃんはどこに行ったの?」と尋ねてきた。 キュウちゃんとは誰のことなのか透流は知らなかったが、基本的にアバウトな性格なので「こちらです」と雅幸のいる場所へ案内することに決めた。 大人しく着いて来た啓吾とともに部屋に入ると、5人は相変わらずにらみ合ったまま座り込んでいる。 三すくみならぬ五すくみ状態の5人は、透流を見ると少しだけ表情を和らげる。雅幸だけはそのままの表情だったが。 「お茶をお持ちしました」 「透流、ちょっと来い」 さすがにもう嫌になってきたのだろう、眉間のしわが消えきっていない雅幸に呼ばれて、透流は素直に近づいた。 腕を引かれ、雅幸の膝のすぐそばに座り込む。至近距離で覗き込まれて、「お前はどうしたいんだ」と尋ねられた。 そんなことを聞かれても、透流にどうしたいという意思などあるはずもない。 小さく首をかしげて、「皆さんはどうされたいんですか?」と尋ねるのが精一杯だった。 「俺は、水無月と会社に帰りたいんだよ!」 「同感だ」 「僕は透流と二人だけで一緒にいられればどこでもいいよ?!」 「私も透流さんさえいれば日本中、いや、世界中どこでも構いません」 皆それぞれの矛盾する意見を聞いて、透流は最後に雅幸に目を向ける。雅幸は真剣な顔で「俺はお前とここを守っていきたい。愛している」と呟いた。 ここにいれば、児島と石井の意思には従えない。 会社に戻れば、雅幸の意思には従えない。 そしてどちらをとっても修平と宗田の意見には従えないのである。 透流は悩んだ。 数分間悩んだ末、ポンと手を打ってにっこりと微笑んだ。 「また、来月の26日にここで話し合いましょう」 さも名案だ、という風に提案された透流の発言に、その場の人間の誰もが目を丸くした。 今までと何も状況は変わっていないではないか。 誰もがそう思ったことだろう。 「な、何で?」 いち早く正気を取り戻し、透流に声をかけることが出来たのは啓吾だった。 「だって、26日なら25日が給料日のうちの会社の人でも、心置きなくここに来れるでしょう?」 「そ、そういう問題なの?」 「だって……来月になれば気持ちなんて変わるかもしれないじゃないですか」 そう言って透流は、その場の人間全員の目を釘付けにするような花のような笑みをほころばせた。 「人の気持ちなんて、その場その場で流されるものだし」 それはきっとお前だけだ。 その台詞を全員がいっせいに飲み込んだ。 結局透流の提案は呑まれ、毎月毎月石井と児島は給料を手に高級旅館『華峰楼』に足を運ぶことになる。 修平は上司にこっぴどく叱られてフランクフルト支社に戻されたが、毎月26日に必ず休暇を取ってここまでやってくる。 宗田は宿の離れを年間契約で貸切り、住み着くようになった。 今回の件で透流とともにいることの難しさを悟った雅幸は、透流が離れていかないように仕事と夜の営みに一層力をいれるようになる。 そして啓吾は、毎月その珍妙な会合を覗くためにわざわざ訪れるようになったのだった。 透流という魔性の若女将を迎え入れ、高級旅館『華峰楼』は更なる発展を遂げる。 そう、この物語はその一連の繁盛記をつづったものだったのだ。 <了> by 西東かじか |
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