吉木から若旦那や透流たちの様子を聞いていた女将は、透流の周りにはどうやら「いい男」が集まるらしいということに気付いたのだ。
 雅幸は高級旅館の若旦那、宗田は羽振りのいい画家、そして幼馴染みだという佐川はエリート銀行マンだ。
 並みの女よりも覇気が薄くどうにも頼りのない透流だが、人を集める才能には長けているらしい。ならば透流のそういう性質を生かして、旅館経営に必要な人材を集めていけばいいのである。
 手始めに、佐川を取り込もうと女将は決心した。
 そう決めると宗田の部屋へいそいそと足を運ぶ。男三人がなにやら宗田の部屋で意地の張り合いをしていることももう調査済みなのである。
 三人が同じところにいるならばなおさら都合がいいではないか。
 にやり、と女将が不敵な笑みを浮かべたことに気付いた者は誰もいない。


 部屋に入ると、蛇とカエル、そしてナメクジの睨み合いといったような三すくみの状態が続いている。
 どういう緊張状態を保っていたのかは知らないが、それぞれが額に汗まで浮かべている。

全く、男は幾つになってもばかばかしい。
 
 女将は心の中でそう呟いてため息を吐いた。
「ちょっと失礼しますよ」
「………女将さん」
 最初に柔らかな態度をとるのは、さすがの年長者で宗田だった。
「申し訳ありません、宗田様。こちらに当宿の若旦那がお邪魔してしまって……」
「ああ、若旦那にはいい話し相手になっていただいていたんですよ。こちらの佐川さんにも」
 こういう時の宗田は如才がない。
 人当たりもよくなければ、世界で通用する芸術家として名が売れるのはやはり難しいことなのだろう。
「そうでしたか。失礼かと存じましたが、こちらの佐川様に少しお話を聞いていただきたく思いまして…。お探ししたらこちらとのこと。この場をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「え? ええ、構いませんよ」
 宗田の快い承諾を得て、女将は佐川と向き合う。
 金髪長躯でもがっしりした体型のため浴衣が似合っている佐川は、やはり女将の想像通りこの宿にいても馴染むことが出来るだろう。
 女将はにっこりと笑った。年はとったが美人女将として箱根中に名を売った美貌は、いまだそれなりに有効に活用できる。
「佐川様、お願いがございます」
「はい、なんでしょう」
 釣られて修平も営業スマイルになる。
 そういう表情をする修平は、今までその肩書きを疑っていた雅幸や宗田にも一端の銀行マンに見えた。
「当宿の、番頭になっていただけないでしょうか。銀行にお勤めならば経理の向きのお仕事もお得意でしょうし」
「え。ええっ?」
「何言ってるんだ、おふ……女将さん!」
「…………どういうことなのでしょうか……私も気になりますね」
「はい。どうやら佐川様は若女将、透流さんのことが気になっていらっしゃるご様子。ですが若女将はもう当宿の看板になりつつあります。今更辞められてしまうと私どもは……」と、わざとそこで止めて、声を詰まらせるような仕草をした。女将ともなるとどんな演技も板に付くようになるのだ。
「ですから、佐川様がここに残って透流さんを慈しんでくだされば。透流さんも義理や人情の板ばさみにならずに幸せになれるでしょうから」
「慈しむ……って、おい! 何考えてんだ女将! 駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だぞ!」
「若旦那は黙っておきなさい。妊娠三ヶ月の気の立った女みたいな声を出して。お前は本当に……」
 慌てて叫びだした雅幸を女将は冷たくいなす。
「佐川様」
「それは、透流はこの雅幸さんのものではなくって僕のものになるということでしょうか」
 佐川は喜びのあまりか、もうすでに中腰になっている。
 三すくみの状態は抜け出したのだ。
「ええ、もちろんですとも。透流さんもあなたのようにお優しくて賢い気心の知れた方に守っていただけるのが幸せに違いありません」
 佐川がロマンチストで直情傾向なのは、吉木から聞いていた。
 「透流の幸せ」を連呼すれば、それに乗っかって自分に酔うだろうと、そう仕向けたのである。
「ええ、僕が守ればきっと……! ねえ、宗田さん、雅幸さん。僕が透流のそばにいく権利ありますよね、今」
「馬鹿言ってんな」
「…………。君は、ここに残る決意をされたんですか?」
「透流の幸せのためならば!」
 そう言って駆け出した修平を、雅幸は舌打ちしつつ、宗田は「失礼します」と女将に強張った笑みを浮かべたまま追いかけていった。
 女将がにやりと笑ったのを、またしても誰も見ることはなかった。




 スキップでもするような軽やかさで透流の部屋を開けた修平は、中の様子に愕然とした。
 透流がまたもや知らない男の下に組み敷かれている。
 今度は組み敷いている男の方も透流に負けず劣らずのきれいな顔をしているではないか。その光景に修平はしばし見入ってしまった。
 しかし、後から来た雅幸が「おいっ!」と怒鳴りつけて素早く入り込んだ。
 あっという間に透流に馬乗りになっていた男を引き剥がして、その手にあった剪定鋏を蹴り上げる。
 宗田は慌てて透流に駆け寄り、抱き起こした。
「大丈夫ですか? 透流さん」
 首につうっと細くて紅い血の筋が流れたが、透流はそれ以上に紅い胸の突起をさらしながら潤んだ目で宗田を見上げた。
「あっ……はい……だいじょ、ぶです」
 宗田はこんな状況だというのに、身体の中心に熱が集まってゆくのを感じた。
 こんなことをされても何故透流はこんなに色っぽいのか。啓吾を羽交い絞めにしている雅幸も、入り口付近で呆然と突っ立っている修平も思わず唾を飲み込んでしまった。
「透流さん……」
 その潤んだ目に吸い込まれるように宗田が顔を透流に近づける。
「だ、駄目ですよっ、宗田さん! 透流は僕に権利があります!」
 弾かれたように叫んだのは修平だった。
「今一番彼を幸せに出来て、なおかつ必要なのは僕じゃないですか」
 そう言って宗田を押しのけ、修平はすでに紅く熟れている透流の唇に自分の唇を寄せた。
 唾液で濡れている透流の唇は、吸い付くように修平の唇に馴染む。
 角度を変えて合わせる度にてらてらと艶やかに光る唇が欲しくて、修平は淫らな音を立てて貪っている。
「あっ……ん、はっ……しゅ、ぅちゃん」
 その艶めいた声を聞きながら、雅幸は羽交い絞めにしている啓吾の耳元で「お前と透流がどれだけ違うか、ここでよく見てろ」と冷たく囁いた。
 宗田は枕もとに立って、すでに観戦体制に入っている。
 修平はそんな二人をまるで気にせず、胸の突起をてのひらでゆっくりと押し潰した。
「あ……っ」
 透流の高い声とともに焦れたように動いた足のせいで浴衣の裾が割れ、細くて白い腿が四人の前に晒された。
 修平はキスを繰り返し、右手で胸のなでまわしながら内腿を自分のひざでなぞる。
「ふぅ……ん……っ」
「透流…」
「修ちゃ……、もうっ……」
 透流は啓吾から与えられていた少々暴力的な愛撫で敏感になったままの中心を、目の前の幼馴染みに擦り付ける。
 修平は敢えてそこには触れずに、内腿から手を滑らせて後ろの蕾を指先でつつく。
「透流、ここは?」
「あ……ぅ」
「あの男はここは触ったの?」
「やぁっ」
「透流」
 修平が耳に舌を捻じ込んでじっとりとかき回すと、透流は修平の首にすがり付いてすすり泣く。宗田と雅幸はそういう透流を何度も見てきているはずなのに、興奮するのを止めることは出来なかった。
 透流はどうしてこうまで一つ一つの動作が淫らなのだろうか。
 いまや雅幸に羽交い絞めにされている啓吾すら、顔を紅くして身体をもぞもぞと動かしているぐらいだ。
「ここは誰のなの?」
「え……あぁっ…んっ!」
 透流は今日すでにもう何度抱かれたのだろうか。わずかなインターバルを挟んで途切れることのない情交のせいで腫れたように熱を持ってはいるが、それでも修平の指先をゆっくりと誘うように飲み込む。
 透流の身体ほど男に抱かれるのが上手な身体もないだろう、と見ている人間が信じ込んでしまいそうなぐらいに。
 啓吾はやはり「同じ側」の人間なので、透流の身体を弄くりまわしたところで自分自身を埋め込むところまでは行かなかったのだろう、修平の想像よりそこはぎゅっと締まっていた。
 修平の指が透流の中で収縮する襞を一つ一つ確かめるように丁寧に動く。
 そのゆったりとした仕草に透流の身体は自然と焦れて、腰を自ら振るようになっていた。
「透流っ」
 そんな可愛く誘われてしまうともう止まらない。まだ若い上に生来の真っ直ぐな気質のせいで、修平は透流の身体に申し訳程度に残っている浴衣を破く勢いで荒々しく剥いだ。
「透流は僕が欲しいんだよね?! 僕だけが欲しいんだよね?!」
 荒い息遣いの中で勢い込んで尋ねると、ぼんやりとした意識の中で透流はしきりに頷いた。
 修平が勢いを取り戻すと、指の動きも性急に透流をかき回すのだ。
 その快感と鈍い痛みに朦朧としつつ、透流は「あっ、修ちゃんだけぇっ」と叫んでいた。
 何にでも流されてしまう透流なので、この修平の勢いにはいつも過剰に押し流されてしまうのだが、その辺をいまいちよく理解していない修平は感動していた。
 本当に透流は自分だけを欲しがっているのだと素直に信じることが出来るのだ。
 宗田と雅幸は透流の性質をもう随分とよく理解していたので、そんな台詞を聞くのは確かに嬉しくはなかったが、荒れ狂うような嫉妬も沸きあがっては来なかった。
 啓吾が、落ち着いて透流と修平の情事を見ている雅幸を不思議そうに振り返った。
「な、何であんな淫乱……っ」
「淫乱? 結構じゃねーか。そこが可愛いんだよ透流は」
「そんなっ……」
 まだ言い募ろうとする啓吾の股間を、雅幸が強く握る。
「痛っ」
「お前だって透流見てこうして勃たせてるんだろ? だったら分かるよなあいつがどれだけイイかなんて」
「く……っ」
 啓吾は黙るしかなかった。
 実際こうして雅幸と口論を続けている間も透流から目が離せない。普段は自分も抱かれる側だというのに、自分の下で喘いでいる透流を想像してはもう身体の収まりがつかなくなっていた。
 そんな風に三人が無言で視姦を続ける中、透流と修平の二人からは湿った音が響いている。透流の蕾は修平の指先をすでに三本飲み込んでいて、潤んだ目からは涙が、口の端からは唾液が透流の胸の上下と浅い息とともに溢れている。
「そろそろ、いくよ」
 修平が耳元でそう囁くと、透流の内部が再びきゅっと締まる。
 期待されているのが嬉しくて、修平は透流の中から指を引き抜いてすでに臨戦体制だったものを一気に奥まで突き立てた。
「あああっ」
「透流っ!」
 仰け反った首が真っ白で、弓なりになった背中が艶かしくて、周囲で見ている三人はいっせいに唾を飲み込んだ。
 透流と修平が交わりを繰り返す中三人の男たちは無意識のうちに自分を慰めてしまい、行為が終わったときには今日で一番の濃厚な香りが部屋中に充満するようになってしまった。




 宗田と雅幸が窓を開けて、部屋の空気の入れ替えをする。
 透流は修平に抱き締められたまま、庭の向こうに見える冴えた月を霞む視界で眺めていた。
 なぜ、こんなことになってしまったのか。
 今日は一体何回抱かれたのか。
 そんなことまでは考えない。
 まあとりあえず結構気持ち良かったかな、とそれくらいにしか思っていない。多分、ここにいる男たちの中で一番大物なのは透流で間違いないだろう。
「透流」
 修平はそんな透流の呑気さに気付かず、相変わらず自分のロマンの世界に浸っている。
 恍惚とした表情で透流を覗き込み、にっこりと笑った。
「今日から僕が旦那様だよ、透流」
「……へ……?」
「ね、旦那様って呼んでみて?」
 さすがに流されやすい透流も小さく息を吸い込んで周りを見渡した。
 頭の上に宗田。少し離れたところで雅幸が、その隣には項垂れた啓吾が座っている。
 確か透流はついさっきまで雅幸を旦那様と呼んでいたはずなのだ。なのに急に修平を旦那様と呼べと言われても困るのだ。
「雅幸さん……」
 透流は掠れた声で雅幸を呼び、目が合ったのを確認すると再び口を開いた。
 




by 西東かじか


        吉木さん何者。大好きです(笑) あのキーワード使わせてもらいました!!
       





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