「何してんだ、お前ら」 透流が眠っているはずのその部屋では、三人が仲良くトランプをしていた。 「あ、お帰りなさい」 透流がニコッと微笑む。 「透流、風邪は?」 「うん、たくさん汗かいたら治ったみたい」 (どういう汗をかいたんだ――) 雅幸は、激しい情事の跡を残す布団を見つめる。 「風邪が治ったからといって、いきなりトランプはないだろう」 透流と宗田の間に割り込むように座ると、 「あなたも何、つき合ってるんですか」 おとなげないと睨めつけた。宗田は 「これは大切な勝負なんですよ」 手にしたトランプで口許を隠しながらしゃあしゃあと答える。 「勝負?」 * * * 今から少し前の話。 勢いのまま3Pなどという過激なことをしてしまったが、宗田も修平も透流を自分だけのものにしたい気持ちに変わりはない。激しい嵐が去ったあとは、 「僕と一緒に帰ろう」 「私のアトリエに行きましょう」 互いに譲らない二人に険悪な雰囲気になりかけた。その時、流されっぱなしだった透流が初めて意見をした。 「ジャンケンで勝った人のほうに行くというのは?」 「はい?」 「いえ、思いついただけです」 透流はポリポリと頭を掻いた。 「ジャンケンか……」 その気になって拳を握る修平に、 「そんな一瞬の運に、大切な透流さんを賭けたくなどない」 実はジャンケンは苦手としている宗田が言うと、 「じゃあ、トランプ勝負だ」 修平は、ポケットからトランプを出した。 「なんでそんなものがすぐに出てくる」 「熊の絵が可愛いから、透流のお土産にしようと思ったんだ」 フランクフルトの空港で買っていたらしい。 一枚一枚にテディベアのイラストの付いたトランプは確かに可愛らしかったが、いい歳した男が土産に喜ぶものだろうか。 (やはり、こいつは中学から成長していないんだな) 宗田は内心呟いた。 そんな子どもに頭脳勝負で負けるはずがない。ジャンケンは弱いがカード系の賭け事は強い自分だ。宗田は一も二もなく、うなずいた。 「いいだろう。トランプ勝負。望むところだ」 「ようし」 バラランと修平は手の中のトランプを遊ばせて、猛烈な勢いできりはじめた。 * * * 「で、透流をどっちが連れて行くかを賭けて、トランプしてたのか?」 雅幸が呆れて大声を出す。 「透流、そんなものに、何でお前まで加わってるんだ」 「だって、二人だけでやってもつまらないでしょう?」 「てゆーか、どっちか勝ったほうについて行く気だったのか」 さすがにムッとして雅幸が詰め寄ると 「ええと、僕が勝ったら、ここに残るというのは?」 透流の思いつきの発言に、あとの二人が目を剥いた。 「そんな話じゃなかっただろう」 「そうですよ、透流さん」 「ああ……ごめんなさい」 雅幸の剣幕に流されてしまっただけなのだ。 しかし、雅幸は満更でもない。 「なるほど、それはいい考えだ。それじゃあ、俺が今から透流と一緒になってこの勝負に加わるからな」 透流をひざに抱きかかえると透流の手ごとトランプを握って、耳に口づけんばかりに顔を寄せて、カードの中身を覗き込んだ。 「アン」 透流が可愛らしい声をあげた。 「ずっ、ずる…ずる…っ」 唇を震わせる修平に、 「何ズルズル滑ってる」 雅幸は冷たい視線。 「ずるいって言ってんですよ、彼は」 宗田もこめかみを引きつらせながら、雅幸を睨む。 「何がずるい。お前らが何を言っても、俺たちは夫婦なんだよ」 「籍は入れてないでしょう」 「すぐに入れるさ」 「まだ間に合うということですね」 「ああっ、透流っ、なんでこんなヤツと。だったら、僕のところにお嫁においで。フランクフルトで銀行マンの妻というのも楽しいよ」 「透流さんは、私のアトリエでモデルとして静かに暮らすのが似合っています」 「馬鹿か、お前ら。透流はここで若女将として……」 三人が三人ともの自己主張をはじめたとき、 「若旦那様」 襖の向こうから、吉木の声がした。 「お客様が、帰られますとのことです」 「客?」 ついさっき土下座までした相手をケロリと忘れていたあたり、雅幸もとんでもない男であるが、この異様な状況ではしかたないかも知れない。 襖を開けた吉木は、大の男が寝乱れた布団の上に輪になってトランプをしている様子――しかも一人はひざの上――に目眩を起こしかけたが、さすがこの道(ってどんな道よ?)三十年、毅然とした態度で雅幸に言った。 「最後に、ご挨拶したいとおっしゃっています」 「あ、ああ、そうか」 すると吉木の後ろから、雅幸のもとカレ深山啓吾が顔を出した。 まさか連れて来ているとは思わなかったので、さすがに雅幸は慌てた。 透流は、相手が誰なのかわからずに小首を傾げたが、雅幸のひざに乗っているのをジッと見られて、決まり悪そうにひざから降りた。 「その人が……雅幸さんの心に決めた人なんだね」 「ああ」 「そう」 啓吾は、フッと笑った。 ゾッ…… 何故だか透流の背中に悪寒が走った。 「じゃあ……」 啓吾は雅幸に軽く頭を下げると背中を向けた。立ち去りながら、うつむいて小声で呟く。 「よかったよ……会えて……」 (だ、だれに?) 天然流され体質で物事に深く拘ることのない透流だが、それだけに幼い頃から危険な目にあった回数、数知れず。危険サーチアンテナは身体同様、敏感だった。 「なんですか、今のは?」 「ワケアリって感じですね。アンタ、悪いヤツですね」 「間男に悪者呼ばわりされる筋合いは無い」 再び三つ巴で険悪になりかけた所、吉木が言った。 「お食事の用意が出来ています」 透流を除いた三人は、突然、空腹を覚えた。ひとまず、勝負はお預けとなった。 その夜、雅幸は透流を抱くことが出来なかった。もっと言うと、透流の部屋にいけなかった。その理由は、宗田と修平に足止めされていた為。 「いい加減にしてくれ」 「いいえ、透流さんの寝室に行くのなら私たちも一緒か、そうでなければ誰も行かない。まだ勝負がついていないのですから、当然です」 「そうそう。アンタばっかり好きにさせられない」 結局、宗田の部屋で互いを見張ることになった。 だったらここで勝負をつけてしまえばいいのに、透流のいないところでは嫌だという思い込み。 そして、この三人が透流の部屋に行かなかったことで、透流は、昼間の危険サーチが知らせたとおりの、とんでもない目にあったのである。 「あ、あなたは……」 声を震わせる透流。 眠っていたところに人の気配がして、雅幸かと思ってみれば、昼間の男。 深山啓吾は妖しい笑みを浮かべて、透流に問い掛けた。 「若女将……名前は、何て言うんだっけ?」 「と、透流……」 啓吾の手には剪定鋏。朝は自分の手首を傷つけたそれを、今は透流の喉もとに突きつけている。 「そう……透流……綺麗な名前だね」 「あ……」 ありがとうと言う場合でもない。透流は何とかこの男に冷静になってもらおうと話し掛けた。 「お、お帰りになったんじゃ……」 「ああ。帰ろうと思ったんだ。雅幸さんにはふられてしまったし、これ以上ここに居てもしょうがないって」 鋏がグッと喉に食い込んで、 (ヒッ) 透流は、声にならない悲鳴をあげた。 「でもね、君を見て気が変わったんだ」 気が変わって今までどこにいたのかは定かではないが、ここ華峰楼には隠れるところはたくさんあった。 「可愛かったね。ぬいぐるみみたいに、雅幸さんに抱っこされてて」 啓吾の空いている方の手が、ゆっくりと透流の浴衣の胸をはだけた。 白い肌に指を這わせて、 「ここも、こんなに赤くして……さぞ、可愛がられているんだろうね」 胸の突起をきつく摘まんだ。 「いっ…」 痛みと痺れに喉を反らすと、啓吾はくつくつと笑った。 「痛かった? ごめんね」 舌の先が突起を舐める。 「アッ」 意識せずに甘い声がもれてしまって、透流は唇をかんだ。 「感度、いいんだ?」 啓吾は何を思ったか、執拗に透流の胸を愛撫しはじめた。 「あ、な、なん…で……」 「声聞かせてよ。雅幸さんに聞かせている声」 舌で胸を舐りながら、啓吾の手は太腿を撫ぜて、そして中心のモノに触れた。 「いやっ」 恐怖にすくんで縮こまったままのソレを、啓吾はゆるゆると扱いていく。 「う、あ…っ、んっ」 直接的な刺激は、快感に慣らされている透流を簡単に変えていく。 喉に刃物を突きつけられてのセックスに、あろうことか透流は熱くなりはじめていた。 「やっ、あ、っん……」 つま先をきゅっと丸めて、快感の波を追う。 啓吾の愛撫は、自分がどうされると気持ち良いかを知リ尽くしている男のそれで、雅幸や宗田のセックスともまた違う。 透流は、いつのまにか腰を浮かせて揺らしている。 「あん、そこっ…」 「いやらしいなあ。すごい、エロ。雅幸さんもそれでタラシ込んだんだ」 啓吾の声が、透流を嬲る。 「淫乱」 「あ、あっ……」 このまま、いつものように、流されてしまうのか。 そのころ、女将は悩んでいた。 息子の不祥事から透流を嫁に迎えたはいいけれど、雅幸も透流も、この華峰楼を任せるにはあまりにも頼りない。特にしっかりしてもらわないと困る雅幸が―― (透流さんが来てから、旅館のことよりそっちに夢中だし) せっかく継ぐ気になって、サラリーマンをやめて帰ってきたのに、これだ。 庭で倒れていた男のことも驚いた。 (まったく、あの馬鹿息子……) 何とかしなくてはと女将は考えた。 そして、突然、良いことを思いついた。 「ああ、そうだ。それがいい」 by もぐもぐ |
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