少し、時間は戻ることになる。 今の透流の所有権は自分にあると強く思っている雅幸が、他の二人が透流を流して丸め込む前にマーキングでもしてやろうと思っていた矢先、女将に呼ばれた。 それがとても不愉快で、いつもは昔から躾られている足音のしない歩き方で歩く雅幸だったのだが、今日はわざとバタバタと足音を立ててやった。 吉木はそんな雅幸の行動に眉をひそめるが、表立っての批判はしなかった。 「すみませんね、若旦那様」 「…………。吉木のせいじゃない…。それは、分かってる」 一人の男を巡って他の二人の男と対立している。そんな状況で呼び出したのは女将なのだ。それでも幼い頃から慣れ親しんだ吉木には、甘え半分の八つ当たりをしてしまうのは我慢してもらうしかない。 そうこう考えているうちに、女将の待つ事務室に着いた。 襖を開けると、事務机と電話の傍で女将が気難しい顔をしている。 「雅幸」 その硬い声が、若旦那、とは呼ばない。 何か「雅幸」にとって大事が起きたのだ、というのは瞬時に察することができた。 「何、お袋」 「さっき、慌てて庭師さんが来たんだよ」 「そういえば今日は松の剪定の日だっけか」 箱根の山中は冬ともなると時折降雪があり、ややもすれば積雪に至ることもある。神奈川という関東の比較的暖かい県にある温泉街だが、標高が高く天下の険とまで称えられた山山に囲まれているので案外積もる。 なので、関所が出来、宿場町として栄えていた江戸の頃からこの場に宿を構える老舗高級旅館の『華峰楼』としては、古く由緒正しい庭木には用心のため雪囲いを施すことになっているのだ。 そのため、余分な枝ぶりは切り離さなければならない。 そろそろ冬も深まろうとしているので、今日は庭師を入れる日だったのだ。 「で、その庭師がどうしたんだよ」 庭師が慌てたからといって、それが雅幸に何の関係があるというのだ。 そう言いたかった。 「お前………寒椿の間に行ってみなさい」 「は?」 「いいから……」 女将は大げさにため息をついて、追い払うような仕草を雅幸に見せた。 いまだ、何が何なのかよく分からない。 追い出されて仕方ないので、寒椿の間に行ってみた。 寒椿の間はこじんまりとした1〜2人様用の部屋で、今日は予約が入っていなかったはずなのだが。 首を傾げつつ雅幸は襖に手をかけた。 「失礼致します」 中から返事は無い。 畜生、何なんだいったい。 そう思いつつも返事の無いまま「失礼しますよ」と投げやりに言って襖を開ける。 そして、中を見るとそこには……。 雅幸は絶句した。 修平と透流は、宗田の出現に絶句していた。 宗田は折り重なるようにして肌を重ね、黙って見上げている二人を見下ろし大きく一つため息をついた。 「透流さん」 「え、あっ……はいっ」 風邪のためなのか、修平の悪戯のためなのか、少し掠れ気味の透流の声にくらりと頭の奥がかき乱されたような気がしたが、宗田は辛うじて踏みとどまる。 ここで、雅幸や修平と差をつけられるような男にならないといけないのだ。 「そんなに浴衣をはだけさせて……。ますます風邪がひどくなってしまうでしょうに」 問答無用の力で修平の襟首を掴みあげ、引っ張りあげる。芸術家は体力勝負である面も大きいので案外力が強い。 多分宗田より体格のいい修平だが、軽く持ち上げられてしまう。 「ああっ! 何するんですか!」 局部は勃ちあがったままなので、どこか情けない格好で修平は慌ててスラックスを引っ張りあげた。 「透流さん。熱でもはかりますか?」 「えっ……」 「遠慮しなくていいですよ」 体調不良のためか、どこか緩慢な動作で胸を掻き合わせた透流に、宗田は優しく微笑みかけた。その微笑みに何となく安心して、透流は情事にもつれこみかけて身体の中でくすぶりかけていた熱を、安堵のため息に置き換えてふっと吐き出した。 「全く君は……。いい歳になってもまだ自制が効かないようですね」 透流の脇に水銀体温計を差し込みながら、ちらりと背後の修平を見やる。修平はきまり悪そうな顔をしてはいるが、それでもその目には宗田に対する敵意が燃えていた。 「新撰組の池田屋討ち入りみたいな気の急いた目をして…。大丈夫ですよ、透流さんは逃げませんから。ね?」 「はい」 逃げる気満々だった透流だが、「ね?」と言われて「はい」と頷かないわけがなかった。 「でも、透流。まだ物足りないんでしょ?」 チャレンジャーな修平は、ここまで牽制されておいてまだ食らいつく。 これくらいの気概がないと、流されやすい透流のそばにいることは難しいのだ。 「え?」 「僕には分かる。だって透流……そんな色っぽい目をして」 修平は涙のにじんでほんのりと紅くなった透流の目の端を、ゆったりと指先でなぞった。敏感な肌が修平の指先に誘われて震える。 透流は―――まだ熱もあるというのに―――「あっ」と高い声を漏らしてしまった。 「ほら、宗田さん。透流はまだこんななんですよ。火をつけたのは僕だから僕が責任とりますし」 本当に火をつけたのは雅幸が最初だったのだが、そんなことは修平は知らない。 透流もわざわざ言ったりはしない。 そして、そんな透流の艶っぽい声を聞いて、我慢できるほどの忍耐を宗田も持ち合わせてはいなかった。 「透流さん……」 そう言って、宗田は体温計とともに透流の脇に差し込んだままだった手のひらを、つうっと胸の突起まで滑らせた。 「は、やあ……っ」 雅幸に弄くられて既に硬くなっていたそこは、宗田の手のひらに敏感に応える。 修平は修平で、再び自分のスラックスの前をくつろげて、透流の浴衣の裾を割った。達ったばかりの透流のものは生温く湿っていて、修平がゆっくりと握るとぴちゃりと淫蕩な音がした。 「あ、ん……修ちゃ」 「透流さん、私の名前は?」 宗田は欲望の滲んだ目で透流の唇に指を這わせる。胸元をいじる手は引っ掻いたり指先ではさんでつまんだり、そういう悪戯を決して止めはしない。 「ああっ、そ、宗田様……っ」 「宗田様」と言う呼び名は、宗田と修平の二人に何らかの官能を呼び起こした。 宗田は弾かれたように透流の唇を貪り始め、修平は再び勃ちあがりかけた透流のものを口に含んだ。 透流は、上下から弱い粘膜に与えられる刺激に意識が飛びそうだ。 震える腕の隙間からこぼれ落ちた水銀体温計は、袂を滑って布団の横に力なく転がり落ちた。 上下からくちゅくちゅと響く粘液の音に、三人の耳が犯される。 最初は敵意の塊同士だった修平と宗田だが、今となっては透流を快楽の波に落とし込むための同志になっている。人の心はこうして場合場合によって変化するのだ。 常に流されている透流は、快楽の波になどすぐにさらわれてしまう。 もう自分を触っているのが二人だとか、そこにあるモラルだとか、そんなものは頭に入っていない。 目を瞑れば、激しい快楽がそこにあるだけなのだ。 「透流さん、どこを触って欲しいですか?」 宗田の湿ったような熱い声が、耳たぶに直接触れて伝わる。 「あ、胸……」 思わず要求を呟いてしまった。 「胸の赤くなってるところですか? どうして欲しいですか?」 「っ、ぁんっ……ひ、引っ張って……舐めてくださ……っ」 「いいですよ。ねえ、その代わり透流さん、その可愛いお口で僕のを舐めてくれませんか?」 そう言って、宗田は透流の後頭部に手をさしこみ、正座した自分のひざの上に乗せた。 すでにはだけられていた裾からは、勃ちあがった宗田のものが現れている。透流はそれにすがりつくようにして頬を寄せ、唇を開けて舌で先端を舐めてみた。 すると、正座したまま透流の胸に頭を寄せた宗田も、舌先で透流の胸の突起を舐めてくれる。それが嬉しくて、宗田にしてほしいことを透流は宗田のものに施した。 唇ではさんで、舌で弄る。宗田も同じ事をしてくれる。 透流の勃ちあがって蜜が滴っている方は修平の手によって充分弄ばれ、そして修平は透流の後ろの蕾を指で充分にほぐしていた。 宗田の与える胸への快感と修平の与える下腹部への快感に、透流の蕾は激しく収縮を繰り返している。 「いくよ、透流」 指を誘われるだけでは満足しきれなかった修平がゆっくりと自分のものをあてがって押し進めると、透流は漏れる熱い吐息を宗田のものに吐きかけた。 修平が突き上げるたびに、透流が宗田のものを唇ではさんで吸い上げる。 そして宗田はそれと同じリズムで透流の胸の突起を吸い上げていた。 透流の唇から溢れる唾液を宗田はすくっては胸に塗りこめ、修平は突き上げつつ扱く透流のものを内股や足の指の股に塗りこめていた。 部屋に響くのは二人の男の荒い息だけで、透流は上も下もふさがれているので、声すらあげることが出来なかった。 その頃。 雅幸は気不味い沈黙にさらされつつ、お茶をすすっていた。 二時間黙って対面して、「お茶でも飲む?」と聞かれたので頷き、そこから飲むのはもう五杯目ぐらいになる、寒椿の間の客人が淹れてくれたお茶だ。 熱めで味の濃いのは雅幸の好みで、その好みを熟知している客人は雅幸のサラリーマン時代の年下の彼だが、さすがに五杯にもなるといい加減飽きてしまう。 雅幸は小さくため息を吐いて、再び青年の方を見た。 彼の左手首には目に鮮やかな真っ白な包帯が巻かれている。 今朝、松の枝剪定に現れた庭師が見つけたのは、庭木用のハサミで手首を切って、失神している彼の姿だったのだ。 知らせを受けた女将が慌てて近所の医者を呼び、手当てをしたらしい。 幸い大怪我には至っていなかったものの、ぽろぽろと泣き出し「雅幸さん……」と呟く青年を見て女将は内心舌打ちしたに違いない。 あの馬鹿息子、と。 どうやらこの青年は馬鹿息子に会いにこの宿まで来たのだと女将は気付いたが、動揺している彼が落ち着く昼過ぎまで待っていてくれたらしい。 そして呼ばれたのだ、雅幸は。 「何で、来た」 短い言葉に青年の肩がびくりと震える。 「あの、もう駄目なのかな……」 青年はそれでも果敢に雅幸の顔色を伺いつつ尋ねた。 「駄目だって最初に言ったのはお前だろ? 俺は稼業を継ぐから実家に帰るって言っただけで。お前が別れるって言ったから別れただけだ」 この青年は可愛いと思っていた。 気もきくし優しいし、身体の相性だって決して悪くはなかった。 けれど、「じゃあ別れようよ」と言われたときに「いいぜ」とすぐに口から出たのは、未練がなかったせいだろう。 透流は違う。 間違いで抱いてしまって責任を取っただけのはずの透流には、何故か大いに未練があるのだ。だから、宗田に抱かれるのも修平にもって行かれるのも我慢ならない。 「俺は確かにお前に対して誠実じゃなかった。でも、今は結婚して……いや、真剣に籍にいれたいと思う奴がいるんだ。悪い」 もしも透流とこの青年が崖から落ちそうになっていたら。 雅幸は迷わず透流の手を取るだろう。 そう思って畳に手をつき、正座のまま頭を下げた。 「雅幸さん…」 青年の目から、再び涙が落ちた。 それを見ても雅幸はもう拭ってやることは出来ない。 「悪い。本当に悪い」 青年が泣いているのを見て透流への愛しさを募らせる自分を最低だと心の底で罵りつつ、青年が許してくれるまで雅幸は土下座を続けた。 青年がやっと「もういいよ。俺こそごめん。もう平気だから」と言ってくれたのが午後六時。 雅幸は再確認した透流への熱い思いを胸に、臥せっている透流の待つ寝室まで慌てて戻る。 そして、そこで雅幸が見たものは。 by 西東かじか |
HOME |
TOP |
NEXT |