「誰を一体選ぶんだ」
 三人のうち誰か一人を選べと詰め寄られた透流の頭の中には、なつかしのアイドルソングが流れた。
 喧嘩をやめてぇ〜♪
 そう、透流は二十三だが、たまにこういうナツメロを口ずさむ古いところがあった。
 しかし、この場合『違うタイプの人を好きになってしまう♪』そんな乙女心が透流にあるわけではない。
 ただ流されているだけ。
「さあ、誰を選ぶんだ、透流」
 雅幸に詰め寄られても、答えられない。
(そんなの、どうやって選んだら……)
 内心呟く透流の心を読んだかのように修平がひざを進めて言った。
「僕たち三人が、崖から落ちそうになっているところを想像するんだ」
「はい?」
 これは宗田。修平はかまわず続ける。
「落ちたら絶対に助からない険しく切り立った崖に、僕たち三人が片手 でやっとぶら下がっている」
「そ、そんな器用なこと、どうやって?」
 訊ねる透流は、意外に現実的。
「いいから、例え話だよ。透流は誰か一人を助けるとしたら、誰を助ける?」
 よくある例え話だが、透流は迷った。
 目を閉じて、うーんと唸って、ジリジリと三人を待たせた挙句
「……誰を助けようとしても、一緒に落ちていく自分が見えます」
 なんだかよくわからない怪しい占い師のようなことを言って、脱力させた。


「例え話が、おかしいんだよ」
 雅幸の言葉に、修平がカチンとした顔を向けると、
「とにかく、病人の枕もとでこれ以上騒ぐのは、よしましょう」
 宗田が年長者らしくもっともなことを言い、
「じゃあ、風邪が治ったら」
 三人はそろって引き揚げた。




 透流の部屋を出ると、修平は雅幸に言った。
「こういうことになったのなら、しばらくここに泊めてもらいますから、チェックインさせてもらいます」
「なんだって?」
 雅幸と宗田がそろって聞き返す。
「しばらくって、仕事はどうした」
「銀行ってところは、そうそう休めないでしょう?」
「ご心配なく、有休を取ってきています」
「はっ?」
「まさか、透流さんを連れ戻すために?」
「もちろん」
「いい加減な銀行もあったもんだな」
 会社勤めの経験のある雅幸は、呆れたように肩をすくめた。
 宗田もうなずいて、
「大体、銀行マンのくせに髪の毛を金色に染めているのもおかしい」
 修平をジロリと眺めて言う。雅幸も同意して
「本当に。いくら海外が長いからといって……」
「チッチッチ…」
 その言葉を遮って、修平が右手の人差し指を左右に振った。
 何だ、と見返す二人に、
「まったく、何を言っているんですか、見当違いも甚だしい」
 修平は偉そうに胸をそらせた。
「僕が髪を染めたのは有休を取ってからですよ。それに、海外が長い?」
 ははは…と笑って、
「僕は、透流と同い年ですよ。つまりは今年入った新人だ。新人が入行したとたんに海外研修に行かせてもらえますか? 少なくとも半年は国内研修だ。そう、だから、つまり、僕がフランクフルトに行ったのは、先月です」
 得意げに語る修平に、雅幸も宗田も目が点。
「先月に行って、もう帰ってきたのは……?」
 答えは予想しつつも、雅幸が尋ねる。
「だから、透流を連れ戻すためですよ。フランクフルトから国際電話をして、透流の会社の人に聞いたのです。今ひとつ要領がつかめなかったが、ああ、やはり来て良かった」
 大げさに溜め息をつく修平を見て、二人は同じコトを考えた。
(こいつ、アホだ……)
「フランクフルトの記念に、空港の美容院で染めました。なにしろすぐにでも帰りたかったのに、翌日の便しか取れなかったんでね」
 自慢げに、短く立てた金髪を撫でている。
「ベッカムに似てるって、言われるんですよ」
「似てねえよ」
 雅幸の呟きは、届いていないようだった。




 三人が出て行ってから、透流は天井を見つめて溜め息を飲み込んだ。
 崖の例え話はともかくとして、誰か一人と言われてどうにも選べない自分は、やはりおかしいのだろうか。
 今までさんざん流されてきたが、こんなふうに選択を迫られたことは無かった。
 いつのまにか、道が決まっている――そんなふうに、今回もいってくれないだろうか。
 甚だいい加減な考えだが、透流らしいといえば、透流らしい。

 なんだか考えすぎで熱が上がってきたようで、透流は、ゆっくり瞳を閉じると再び眠りの底に落ちていった。



 その日の昼、雅幸が顔を出し、眠っていた透流は襖の開く音で目を覚ました。
「食事、持って来た」
「あ、ありがとう」
 熱は少しひいているようだ。起きようとすると、
「寝てろよ」
 そのまま肩を押さえつけられた。
「でも」
 それじゃ食事が出来ないと目で訴えると、
「食べさせてやる」
 雅幸は箸を取って、煮物を小さく崩していった。
 レンゲを取ってすくってフウフウ吹いて、
「あーん」
 口を開けるように言われ、透流は恥ずかしそうに唇を開いた。
「熱くないか」
「うん」
 消化の良さそうなものを選んで小さく切ってくれるけれど、やっぱり横になったままでは食べづらい。
「起きた方がいいみたい」
 身体を起こすと、
「じゃあ、俺に寄りかかれよ」
 後ろにまわった雅幸が自分の胸で透流を支えた。そのまま透流の肩に顎を乗せ、大きなぬいぐるみを抱くように抱きしめる。
「雅幸さん……」
「ほら」
 肩から顔を出してレンゲを吹くと、吐息が耳をくすぐる。
「やっ」
「なに?」
「くすぐったい」
「それだけ?」
 雅幸は、透流の耳朶に軽く歯をあてた。
「や、っ…」
 感じやすい透流がピクンと肩をすくめる。
 そのわかりやすい反応に雅幸はいい気になって、レンゲを置くと、片手で透流の細い腰を抱きしめた。身動き取れないようにしてから、寝巻きにしている浴衣の胸の袷からすうっと右手を差し入れる。
「あ…っ」
 左の胸の粒を指の腹で押しつぶされて、透流は甘い声を漏らした。
「透流」
 耳元で囁けば、透流は応える代わりに喉を反らした。雅幸はそのまま胸を弄りながら透流の耳に舌を入れる。
「ダメ…」
 やんわりと抵抗する様子は、煽っているだけにしか思えない。雅幸は、もう片方の手で裾を割ろうとして、
「若旦那様」
 襖の向こうから突然呼ばれて、動きを止めた。
「なんだ」
 不機嫌そうに返すと、
「大変でございます」
 仲居の中でも古株の吉木という老女が切羽詰った声で言った。
「女将がお呼びです。大至急、事務所にお戻りください」
「何が大変なんだ」
「とにかく、急いでいらしてください」
 何が大変なのか――その謎は次回に解けるとして――雅幸はせっかくの透流との時間を邪魔されて不機嫌に立ち上がった。
「透流、悪い、またすぐ戻ってくる」
「あ、うん……」
 うなずいたものの、何だか不安。
 その予感は的中して、すぐに戻るといった雅幸は、結局夜まで透流のところに来ることはかなわなかった。
 その訳は、しつこいようだが次回に……。



 さて、雅幸がいなくなった透流の寝所に、間髪入れずにやって来たのは修平だった。
「透流」
「修ちゃん」
「お昼食べてたんだろう」
「あ…うん」
 正確には、違うこともやっていた。
「食べさせてやろうか」
 考えることは、みな同じだ。
「あ、ううん、もう……」
 微笑んで首を振ると、修平は、顔をくしゃりと歪ませた。
「食べるものまで、遠慮してんのか」
「そんなんじゃないよ」
 もともと透流は小食なのだ。幼馴染なのにどうして覚えていないのだろう。
「なあ、何があったか知らないけれど、一緒に帰ろう」
 修平は真剣な目で、透流に迫った。
「修ちゃん……」
 困ったように眉根を寄せる透流の顔は、先ほどの雅幸の悪戯の余韻か、それともまだ熱が完全には下がっていないのか、いずれにしても修平にはたまらなく艶めかしく映った。
「透流っ」
 中学二年から中身はあまり変わってない修平は、激情に駆られるまま、透流に圧し掛かる。
「あっ、待って」
 押し倒されてとっさに胸に手を突くと、そのまま両手を一つにまとめて頭の上に持ち上げられた。
「やめて、修ちゃん」
「いやだ。透流があんな男たちにいいようにされてるのかと思ったら、僕は……」
 がむしゃらに首を振って、透流の喉に、鎖骨に、口づける。そのまま顎や鼻先で浴衣の袷を押し開くようにしてはだけていく。白い肌をきつく吸い上げながら胸に唇を這わせていって、突起に触れると我慢できないように歯を立てた。
「んっ」
 痛いのと同時に、ゾクリとする震えが走る。雅幸に途中まで焦らされていたそこは、ひどく敏感になっている。
「あ、修ちゃ…」
「透流」
 修平は自分のひざで透流の足を割った。浴衣の裾が乱れてチラリと片方の白い腿が見えると、修平は乱暴に裾を押し広げた。
「あっ、ん……」
 両方の太腿があらわになって、中心が下着を押し上げている。
 透流は例によってもう全く抵抗していない。頭の上に押さえつけられていた両手を自分で組んでしまっている様子は、妖しい誘惑ポーズだ。
 修平は自分もベルトを外して穿いていたスラックスをおろすと、既に猛ったものを透流のそれに押し当てた。

「は、ぁっ…んっ」
「くうっ」
 初体験がそうだったからか、修平は、そこを触れ合わせるのが好きだった。しかしもう子供ではないから、単に触れ合わせているだけじゃない。いや、手を使って握って擦り合うというだけで特別な何かがあるというわけではない。期待させてすまない。
 ともかく、下着から取り出したそれを修平が二本一緒に掴んで擦りあげると、透流は切ない声ですすり泣きはじめた。
「気持ちいい? 透流」
 コクコクとうなずく透流。
「僕も、気持ちいいよ」
 荒い息をついて修平が囁く。
「透流」
「んっ、んっ、んっ」
 リズミカルな修平の手の動きに合わせて、透流の腰が揺れる。
 次第に擦るピッチを上げていく。
「透流、病人だから…今日は挿れないで、これだけ……なっ」
 囁いた時、
「病人だってわかっているなら、するんじゃありませんよ」
 襖の開く音とともに宗田の厳しい声がして、その瞬間に修平は果ててしまった。

「あ……」




by もぐもぐ

         今回はエロに笑いを入れることをテーマにしてみました。かってに。
         そしてリレーの醍醐味として、ちょっと意地悪もしてみました(笑)





HOME

TOP

NEXT