結局、透流は熱を出してしまった。 雅幸に抱きかかえられたまま寝室に戻り、寝室でも飽きずに透流の身体をまさぐってくる雅幸の大きな手のひらを感じつつ、透流は意識が遠くなるのを感じた。 あんまり気持ちいいから意識が飛んじゃうのかなぁ……と、そんなことを思っていたのだが、意識が遠くなったのはどうやら気を失ったせいだったらしい。 朝ぼんやりと目が覚めると、喉がからからに乾いていてあげようとした声が喉に張り付く。身体の芯が冷え切っているのに、指先や額などの外にさらされている部分はひどく熱い。 これはどうしたことだろう、とぼんやりと思っていると、心配そうな雅幸が透流を覗き込んでいるのに気付いた。 「透流? 大丈夫か?」 「はい?」と言ったつもりだったが、ガラガラと聞き苦しい声のようなものが喉から溢れて、思わず咳き込んでしまう。これは風邪の症状だ、と透流がやっと自覚したと同時に、雅幸が「38.4度だと」と教えてくれる。 「今日は仕事休め、な?」 雅幸は透流の額に冷却材を置いてにこりと微笑む。 透流も微笑まれたままに微笑み返そうと努力するが、身体中の筋肉がいうことを聞いてくれない。曖昧に引きつったような表情を返すと、それでも雅幸は満足そうだった。 そんな風に、二人が夫婦として呑気にやっている頃。 掃き掃除と打水が終わったばかりの高級旅館『華峰楼』の玄関先では、金髪の男が暴れていた。 雅幸も体格がいい方だがそれよりももっとがっしりしている、スーツの似合う体型の男だ。髪は金色に染められ、短くして立たせてある。アルマーニのサングラスの向こうにある目は、がっしりと屈強な見た目とは別に案外優しい感じに見える。 けれど、玄関先から少し離れたつつじの植え込みの辺りで佇んでいる宗田には「なんだあのヒヨコみたいな頭の情けない顔をした男は」と映った。 もっとも、彼が誰のために慌ててここに来たのか、勘で気付いてしまっていた宗田だからこそ、好意的とはとても言えない印象を抱いてしまうのだろう。 一般的な目から見れば、金髪はともかく、男は充分「いい男」として好意的に見られる部類に入るに違いない。 身体に見合った大きな声で「透流に会わせて下さい!」と叫んでいる。その声もしっとりとしたバスのいい声だ。 しかし、宗田が気にするポイントはそこではない。 「透流に会わせて下さい、か……やっぱり……」 男はやはり、透流絡みだったのだ。 予感が的中して嬉しいような嬉しくないような気持ちで眺めていると、ぴっしりと糊のきいた紬を粋に着こなしている雅幸が慌てずに現れた。 遠目に宗田と目が合う。 両者の間で火花が散ったような気がしたのは、きっと気のせいではないだろう。 「申し訳ありませんが、今場所をご用意いたしますので。どうぞ当館におあがりくださいませ」 丁寧というよりどこか慇懃な声音で、雅幸が男を招きいれる。宗田は彼らの会話がどうしても聞きたくて、後をつけるようにして旅館内に舞い戻った。 こうなってくると、昨日の夜に透流に約束をすっぽかされたことなどどこ吹く風だ。 雅幸と男は、もしかしたら透流の所有権について話し合うのかもしれない。 下世話な勘だが、その勘を丸っきり否定するわけにもいかない宗田は、プライドを捨てて昨日の約束などなかったことにしようと心に決めた。 雅幸は、宗田がついてきていることに当然ながら気付いている。 男と透流の話になるのは明白だ。 自分と透流がいかに仲睦まじい夫婦かということを、金髪の男にも宗田にも知らせて牽制してやろうと思ったので、宗田も話し合いの場所に招き入れた。どこか慌てているらしい男は、宗田の存在をいぶかしむことはなかった。 かくして、奇妙な会談が始まる。 「失礼ですが、うちの若女将……透流とそちら様はどういった関係で」 わざわざ若女将などという言葉を出して、雅幸は尋ねる。 男はその言葉に反応し、なぜかはらはらと涙をこぼした。まさかそういう反応が返ってくるとは思わなかったので、ぎょっとしたのは雅幸と宗田である。 「透流……僕が日本を離れている間にこんな山奥に丁稚奉公させられてしまって…」 「丁稚ではなくて」 「若女将などと言いながら、やっていることは丁稚奉公なのでしょう。透流はそちら様においくらのお金を借りているのです?」 はらはらと泣き続けている男は、今更時代錯誤も甚だしいようなことを本気で思っているらしい。雅幸も宗田も、あまりの話の展開に開いた口がふさがらなかった。 それでも男はマイペースらしく、胸元から白いハンカチを取り出してまだ泣き続けている。 「申し遅れました。僕は佐川修平といいます。某地方銀行の外貨為替事業部で働いておりまして、一昨日までフランクフルトの支社で研修をしていました。透流の幼馴染みです」 「幼馴染み?」 「はい。僕と透流は近所の公園で一緒のブランコに乗りつ乗られつする仲でした」 「……ブランコに、乗られつ……」 宗田の静かな突っ込みは無視される。 佐川はどうやらマイペースで自分の世界に入り込みがちな人間らしい。 「そして、僕と透流は将来を誓い合った仲なんです」 「ええっ?」 「なんだと?!」 さすがにこれには二人とも声を荒げた。しかし佐川はそれにも気付かず、遠い目をして「あれは暑い夏の日でした……」と言葉を続ける。 互いが中学二年生になって初めての暑い夏の日。 当時はクーラーも出回ってない年代なので、佐川と透流は仲良く扇風機の前に正座していた。 「今日も暑いね、修ちゃん」 透流がそう言って微笑んだ時、修平の中で押さえつけていたものが弾けてしまった。 中学に入った頃から修平は、四歳の頃からの幼馴染みである透流がとてもきれいな顔をしていることに気付いてしまった。昔からきれいだなぁ、とは思っていたし、小学生の頃何度も危ない大人にさらわれそうになっていたので透流は「特別な人間」なのだと思ってはいた。 しかしそれが、「修平にとって特別な人間」だということに気付いてしまったのである。 透流が修平の前で着替えをはじめると、鼓動が激しくなり下半身に血が集まる。中学一年の冬に初めて自慰をしたときも、もちろんオカズは透流だった。 優しく温和で、人の話をよく聞いてくれるきれいな透流。 それは、我の強くけたたましい同学年の女子生徒よりもずっと魅力的な存在に映っていたのだ。 なので、その時に押し倒したのは自然の流れだったのだ、修平にとっては。 「透流っ!」 「えっ?」 「僕のこと、好き?」 「うん、もちろんだよ」 修平に組み敷かれて頷いた透流の頬が、赤く染まっている……ように修平には見えた。さっきまで暑い暑いと言っていたのだから、気温のせいで頬が上気しているなどという可能性は考えないのが修平である。 「じゃあ、僕とずっと一緒にいようなっ」 「え? うん」 「僕と、ずっと離れないよなっ」 「うん」 「じゃあ透流、約束の証に僕に透流をちょうだい?」 透流の夏場の部屋着である薄い白のTシャツを、修平は手際よく捲り上げ胸元に吸い付いた。 夏の日差しにさらされても黒くならない透流の真っ白な肌は、しっとりと修平の唇に馴染む。その感触にうっとりしながら、修平は夢中で舐め回す。 「え……修ちゃ……あっ」 透流の高い声が修平の耳を刺激する。 どうすればいいのかなんてよく分からないので、とりあえずエロ本や自分の自慰のときの想像を総動員して、修平は透流の胸元を唾液でベタベタになるまで舐め尽くした。その最中に透流の乳首が立ち上がったことに気付いて、やけに嬉しくなった。 「透流……大好きだよ」 「修ちゃん……」 抱き締めると、透流も抱き締め返した。そして透流はあろうことか、自分の固くなったものを修平の腰に摺り寄せたのである。 この頃からすでに快感には流されやすかったのであろう。 透流にとっては無意識の行動だったのだろうが、修平にはOKサインだとしか思えなかった。 「透流っ」 そんなあからさまに誘われて、我慢できる修平ではない。 すぐに透流の短パンを引き摺り下ろして、半勃ちで震える透流のものを愛しそうに見つめた。そして、おもむろに自分の短パンも脱ぎ、透流のそれとゆっくり擦り合わせる。 「あ……修ちゃんの、おっき……」 見たままの感想を言っただけの透流だったが、その言葉に修平はやけに興奮した。 透流に覆い被さったまま、腰を激しく動かして二本のものを乱暴に擦り合わせる。うまくぶつかりあわないこともあるので自慰よりも気持ちよくはならなかったが、腕の下で腰を揺らすたびに「あん……っぁん……」と喘ぐ透流がいるので、興奮は比べ物にならないくらい大きい。 「透流……大好きだよ……すごく可愛い」 「ぁあ、ん……修ちゃんっ……出ちゃう……っ」 「出していいよ、透流」 ビクビクッと透流の細く白い身体が小刻みに震え、吐き出した欲望がどろりと修平のものに飛んで絡みつく。ねっとりとした粘液に包まれてなんだか修平も気持ちよくなり、透流の滑らかな腹部に激しく擦りつけて達した。 互いの粘液でべとべとになった下半身を絡めあいつつ、暑い部屋で隙間もないほど抱き締めあった。 若いので、身体の奥はまだしっかりと疼いている。それでも、透流の肌をこうして感じていられるだけでも修平は満足だった。 「こんなの初めてだ」 「修ちゃんも?」 「も、ってことは、透流も?」 中学二年生にしてもうすでに随分体格の良かった修平に抱きこまれて、透流は恥ずかしそうに頷いた。 それがまた可愛くて、修平の欲望をかきたてる。 「透流っ、今度は挿れていい?」 「え? ええっ? ど、どこに?」 「ここ」 「ぁあっ」 修平が透流の腹部に吐き出した欲望を指に絡め、わざと塗りこめるように後ろの蕾をなぞると、透流の口から甘い声が再びあがった。 透流が性欲の対象になり始めたときから、修平は修平なりに情報を集めていた。当時はインターネットなど発達していなかったので、父親の使っていたパソコン通信で上手くそういう情報にもぐりこみ、知識を得たのだ。 「優しくするから」 「え……うん」 真剣な修平の目に、その時の透流はやはり流されたのだろう。 修平が命ずるままに足を開き、蕾を弄くらせて、修平の昂ぶりを受け入れた。 やはりもともとそういう素質があったらしい透流は、初めての挿入にも大して痛みを訴えず、むしろ修平の突き上げにあられもない声をあげていた。 その日、透流の母親がパートから帰ってくる夕方まで、初めての二人の性行為は延々と行なわれた。 佐川からうっとりとした口調で透流の初体験物語を聞かされた雅幸と宗田は、もちろん面白いわけがない。 それでも最後までしっかり聞いたのは、透流の肢体を二人とも思い浮かべて聞いていたからだろう。危うく興奮してしまいそうになった。 「とにかく、そんな風にして僕と透流は一生を誓い合ったんです」 「誓い合ったってなぁ……話聞いてる限り、あんたが勝手に暴走しただけって気がするぜ」 接客用の口調を崩した雅幸が、本音をぶちまける。 「そんな約束でいいのなら、私と透流さんも昨日のお昼頃似たようなのをしましたよ」 「ええっ!」 「…………やっぱりな。昨日の夜透流を抱いた時そんな気がしたんだ」 「嘘だ! 透流は流されやすい子なんです! だからあなた達に誘われて断れないだけなんですよ?」 「分かってんじゃねーか。だったら透流があんたとした約束も無効だろう、佐川さん」 「こんな言い合いは無意味ですよね」 この場では一番の年長者として、宗田が円卓の上をパシンと小気味よく叩く。 「私たちが何を言っていても、透流さんの気持ちが分かるはずもない。透流さんに直接伺うのがいいでしょう」 「ああ、そうだな。今あいつは熱があるが、それくらいぼーっとしてるときのほうがかえって判断できるかもしれないしな」 「熱っ?! 何てことだ、慣れない環境でこき使われて疲労が溜まったんだね、透流」 「違う。昨日はこのおっさんと俺に抱かれてへろへろになった上に風呂場で湯冷めでもしたんだろ」 「何だって?! 透流は男娼の真似事をさせられて……」 相変わらず自分の世界用に言葉を翻訳してしまえる佐川を、雅幸と宗田は放っておくことにしたらしい。 こういうときはどうやら気が合うようだ。 そして寝室の透流は眠っていた。 雅幸が手際よく体温を測ると、37.8度。まだそんなに下がってはいない。 それでもうつらうつらとしていただけらしく、透流は潤んだ瞳を開いた。 その目を見て、行為の最中を思い出してしまったのは三人ともである。 「あ……あの……」 まだ随分掠れてはいるが、水を飲ませてやったので少しは聞き取りやすい声になっている。 「透流、起きてたのか」 「は、い」 「ちょうどいい。ここに佐川さんがいる。分かるな?」 「え、ええ。修ちゃん……」 「透流さん、この佐川さんと一生を誓い合ったって本当ですか?」 「え?」 透流は朦朧とした意識の中、それでも頭をフル回転させて考えた。考えたが思い出せない。その場その場の勢いで何でも約束してしまうのが水無月透流という人間なのだから、思い出せなくて当然なのである。 「透流! ちょうどいい、こんなところを辞めて僕と一緒に帰ろう!」 「え?」 「佐川さん、あんたが決めちゃいけない。透流」 「は、はい……」 「お前は誰を選ぶんだ?」 ぼやけつつある視界で、三人の男の真剣な顔が透流の目に映った。 by 西東かじか |
中学生同士、初めて書きました。温いエロでごめんなさい…。
そして、嫌なところで止めてすみません(笑)
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