こんなヘッドハンティングもあるもんだなぁ、と呑気に部長が言い、水無月くんは美人だから女将ってのもいいんじゃないか? と課長が笑った。 どうしてそんな簡単に転職が許されるのかと同僚達は首を傾げたけれど、そこは透流、 「会社にとって本当はいらない人材だったのかも……」 などと悩むことはない。 一日目の午後にはもう腹をくくっていた。 腹をくくる、というよりも、やはりいつものように流されていただけなのだろうが。 そんな風にして、一週間が過ぎてしまった。 早雲山の朝の空気は、肌がぴりりと痛むほどに清清しい。そんな空気にも段々と慣れてきた透流は、白を基調とした千鳥柄の女物の着物をきちんと着こんで竹箒を手にとった。さらさらと揺れる色素の薄い、耳を覆う長さの髪の毛がその着物にとてもよく似合っている。 朝、庭の掃除をするのが若女将の仕事。 旅館側としても成り行きで透流を女将として迎えることになってしまったが、透流は華奢で線の細い、なまじな女性よりも優しげな美しさを備えた青年だったので、たいした抵抗もなく彼を女将として認めている。 むしろ若旦那である雅幸の性癖を思えば、着物を着せてしまえば「女将」として体裁の繕える透流はいい伴侶だと言えるだろう。 やけに都合のいい歓迎ムードの中、透流は真面目に業務をこなしていた。 流されやすいのだから、言われたことをきちんとこなすのはもともと得意としている。最初は男を女将だなんてと渋っていた今の旦那様も、透流の真面目さに惚れ込んだのかもう文句は言わない。 従業員の中では透流を男だと気付いていないものが大半を占めるぐらいに、透流はこの旅館に馴染んでいた。 「おはようございます、若女将」 「おはようございます、宗田様。今朝もよいお天気ですね」 ここ数日、毎朝庭掃除の時間に宗田に出くわす。 若女将として修行を始めてすぐ、台帳を元に馴染み客の勉強をしたのだが、宗田はその中でも「大切なお客様」のリストの中に入っていた。 宗田啓次郎。 まだ35の若さではあるが、世界的に有名な画家である。 専門は洋画ではあるが日本画も勉強したらしく、構図や黒の使い方にオリエンタリズムを強く感じると言われている。世界的にオリエンタリズム、もしくはジャポニズムが流行しているのに上手く乗っかって、高額納税者リストにも50本には必ず入る勢いだ。 加えて、彼はその外見も売上に貢献している。 物腰の柔らかな言葉遣いと優しい笑顔。キャンバスに向かっている時の端正な横顔も男らしさが滲んでいて、二十代から六十代までの幅広い女性層をファンにつけているのだ。 そんな宗田は、この宿を随分と気に入っているらしい。 一枚絵を描きあげると必ずここに数日滞在するのだ。今回も大作を仕上げてきたらしい。 透流は絵には大して興味を持っていないが、「有名」と聞くと見ないといけないような気がする。だから宗田の絵も幾つか見たことがあった。 有名という評判に流されているだけなのだから、いい絵とかそうじゃないとか、そんなものの区別までつきはしない。 「宗田様、今日のご予定はお決まりですか?」 「いえ……この周辺をぶらぶらと散歩でもするつもりだったんですが。今日は随分寒いんですね」 「ええ、今朝は霜が」 「もう霜がおりましたか。さすが箱根だなぁ、早い」 目を細めて透流に笑いかける。 何だか恥ずかしくなるような笑顔だったので、透流は思わず顔を赤らめて俯いた。俯いてしまったので、宗田が口元に嫌な笑みを浮かべたのには気付いていない。 「寒いから、今日は部屋にこもろうかな。若女将、話し相手になってくださいませんか?」 「えっ?」 「一人で部屋にずっといるのもいいけれど、若女将に話し相手になっていただけるととても楽しい気がするんです。駄目ですか?」 窺うような口調だが、どこか有無を言わせない迫力がある。 透流は勢いのままに大きく頷いていた。 「ああ、良かった。何時ごろになればお仕事は一段落なんです?」 「ええと……若旦那様にお聞きしないと……」 「ああ、そうですね。私はいつでも構いませんから。必ず来てくださいね」 「はあ」 若女将としては何とも格好のつかない曖昧な返事をして、透流は堂々と去っていく宗田の広い背中を見つめていた。 透流の相談を受け、若旦那は妙な顔をした。 「どういうことだ?」 「あの、ですから……宗田様のお話相手に呼ばれましたので」 「宗田様が? お前を?」 事務所の中には今、雅幸と透流しかいない。 雅幸は透流の手をすっと掴んで、自分の五指と透流の五指をゆっくり絡めた。 「あ……っ……」 ゆるやかに絡み合う仕草に昨夜の行為を思い出してしまい、透流は小さな悲鳴をあげる。それに気を良くした雅幸は透流の腰を抱き寄せて、椅子に座る自分の上に座らせる。 耳元に唇を寄せて尖らせた舌先で耳の裏をなぞると、「ひっ」と鋭い声とともに透流の身体が跳ねた。 「感じやすいなぁ、若女将は」 「や、やめてください若旦那様」 「こういうときは違うだろ? 何て呼ぶんだ?」 襟からすっと忍び込んできた手が、透流の胸の突起を潰す。潰したものを指の先で挟み込んで摘み上げ、爪の先で優しく引っ掻く。 「や、あっ、ま、雅幸さん」 「そうそう、よく出来た」 雅幸に成り行きで「愛している」と告白されて若女将になってから、雅幸は毎晩透流を抱く。次の日に支障が出ないように一晩一回と女将から厳重な忠告を受けているので一回だけの行為に変わりはないのだが、習慣や義務のように必ず行なわれる行為に透流の身体はもう随分慣れ親しんでいる。 流されて多くの人間と関係を持っては来たが、同じ人間に何度も何度も日を重ねて抱かれるのは珍しい。だから、いつもと勝手が違うような気もしている。 そんな風にして雅幸の好みに慣らされた身体を昼間に彼自身にいじられると、もうそれだけで激しく反応してしまう。 「ああっ……や……は、ぁあっ……」 今も気がつくと着物と襦袢の裾から手を入れられ中心をまさぐられ、はだけた着物に頭を埋めた雅幸の口にしっかりと咥えられている。 湿った音がリズミカルに耳に届いて、透流の羞恥心を煽る。磨りガラスの窓の向こうからは、冬の鋭い朝の光が射しこんでいる。 こんな行為は場違いなのにやけに興奮してしまって、透流は一際高い声をあげて果てた。 それに満足したのか、雅幸は精悍な顔をくしゃりと歪めて、透流を抱き締める。 「さあ、これでもう大丈夫だな。今から宗田様のところへ行っていいぞ。今日の午前は仕事が少ない」 まだ胸を上下させて苦しい息をしている透流は、雅幸の「大丈夫」が何なのかまるで理解できなかった。 宗田の部屋は離れになる。 離れの中でも今は冬の庭のきれいな部屋に逗留していて、宗田は障子を開けて窓ガラス越しに冬の花々を楽しんでいる最中だった。 「失礼致します」 箱根の寄木細工があしらわれた盆にお茶と茶菓子を盛って透流はゆっくりと襖を開ける。すると、浴衣に濃紺の丹前を羽織った宗田が座椅子に身体を預けつつにっこりと透流に笑いかけた。 「やあ若女将。早かったですね」 「はい。今日の午前中のお仕事は割り合いのんびりでよいようですので」 「それは良かった。あなたと早く、そして長く語り合いたいと思っていたんですよ。どうぞこちらへ」 宗田に招かれるままに盆を盛ったまま近づき、宗田に隣り合うような形で座椅子が並べられた。これだと会話しにくそうだな……と思い、座椅子を向かい合わせに並べ替えようとすると宗田に止められる。 「駄目です。このままで」 「そうですか?」 着物の裾に気をつけながら座椅子に正座すると、宗田と腕がぶつかるほど傍にいることに気が付いた。 「あ……」 先ほど若旦那にいたずらされたせいでまだ肌が敏感なのだろう、丹前からはみ出している逞しい宗田の腕と透流の手のひらが触れ合うと、なぜか甘い声が出てしまった。 慌てて口を隠すが、その時にはもう遅い。 宗田の熱っぽい目が透流をじっと見ていた。 「若女将…………そんな声を出されちゃ、いくら私だってもう我慢できませんよ」 「えっ?」 「分かっているでしょう? お話がしたいなんて、ただの口実ですよ」 横からぐっと抱き寄せられて、透流は宗田に体重を預ける形になった。熱っぽい目のままの宗田が、透流の唇に唇を寄せる。 「あっ」と叫ぼうとしていたタイミングで滑り込んできた舌は、雅幸のものよりも冷たいような気がしたがその分甘いような気がする。口内を確かめるように強く舌で蹂躙する雅幸の上手さとは違い、宗田のキスは舌だけを愛撫して透流を焦らす。 「んっ、ふ」 鼻から甘い息が漏れると、宗田が満足そうに微笑んだ。その唇が互いの唾液で光っているのが、何故だか透流の身体をひどく疼かせる。 「やっぱり、可愛い人だ」 そう言って襟からするりと忍び込んでいた手のひらが、雅幸と同じように透流の胸の突起を愛撫し始めた。 「や、あ……っ」 「ああ、もうピンと勃ってる……可愛いな……吸っていいですか?」 思いもよらない力で襟をぐいっと広げられ、剥き出しになった肩に宗田はまず吸い付いた。ぴりりと肌を引きつらせる痛みのようなものが、肩から身体の芯に走る。 それすら気持ち良くて、透流は宗田の丹前の袂にしがみついた。 「こんなに一杯赤い花を身体中に散らせて……。芙蓉の花弁のようにあなたの肌は白いのにやはり芙蓉のように芯が赤く色づいているんですね……」 宗田は雅幸の残した痕にかすかに嫉妬したような素振りを見せ、透流の胸に吸い付いた。 唾液が透流の肌に絡む音が、淫猥に耳を犯す。 わざと音を立てて楽しんでいるのだろう、透流もそんな宗田の趣向に流されて卑猥な音を楽しむように身体が反応している。 「あ、ん……はぁっ…んっ」 「もっと鳴いてください。とても素敵だ」 いつしか緩められた帯が畳に擦れてカサカサと音を立てる。開いた裾の隙間から、透流のものが勃ち上がってとっくに先走りの液をぽたぽたと溢れさせているのが宗田の目に止まった。 「気持ちいいですか? 若女将」 「あ……は、いっ……」 「そこも、気持ちよくなりたいですよね?」 透流の白い首筋に口付けながら、宗田は勃ち上がった中心をやんわりと握る。 「あああっ」 「若女将? 気持ちよくなりたいんでしょう?」 言いながら扱かれて、透流は意識が飛びそうになる。 それでも宗田の情欲に溢れながらもきれいな微笑みを見ている余裕があった。雅幸がしたいたずらのおかげである。 雅幸としては宗田の意図を見越して、透流には所有権があると暗に仄めかしているつもりだったのだが、宗田はその程度でめげる人間ではなかった。 むしろ雅幸の所有印に煽られているぐらいだから逆効果に過ぎなかったのだろう。 「は……んっ……あ、っ……ん」 透流は口に含まれつつ後ろも弄くられ、快感の波にさらわれて結局最後は呆気なく宗田の口に欲望を放った。 「ああ、若女将……今度は私のを飲んでくれますね」 透流の白い両足を肩に担いで、宗田は前のめりになる。自分のたぎる欲望を充分に熟れたその穴に擦り付けながら、唇で透流の耳たぶを食んだ。 「あんっ」 「飲んでくれるでしょう? 後ろの口で」 弱いところばかり責め立てられて、透流は勢いのままに頷いていた。 随分長い時間をかけた行為が終わった後、着物を身体にだらしなくまとわりつけたままの透流は宗田に抱き締められていた。 「良かった……本当に素敵でした、透流さん」 いつの間にか呼び名が「若女将」から「透流さん」に変化している。 透流もその幸せそうな声音に合わせてにっこりと微笑んだ。また強姦されたのだなどということはつゆほども気にしていない。透流自身も気持ち良かったと満足に思っているので仕方のないことなのだ。 「ねえ、透流さん」 新たに濃い所有印を透流の肌に刻んだ宗田は、自分の痕を確かめるように透流の胸元を探っている。それが心地いいようなくすぐったいような気持ちになって、透流は宗田の背中と同じく広い胸にすがりつくように逃げる。 そこでぎゅっと抱き締められ、耳元で熱い吐息交じりに宗田がある提案をしてきた。 「私のアトリエでモデル兼恋人として暮らしませんか?」 「えっ?」 「もっといい暮らしがしたければさせてあげれるだけの甲斐性はあるつもりですし。私はあなたがたくさんの人の目にさらされているなんて耐えられないんですよ」 「そんな……いい暮らしがしたくて若女将をやってるんじゃなくて……」 勢いに流されて、とはさすがに恥ずかしくて言えなかった。 「ねえ、だったらなおのことです。私だけの透流さんになって欲しいな」 「あ……」 熱い目でじっと見つめられて、透流が頷かないわけがない。 思わずこくりと頷いてしまったが、その後どういうフォローが必要なのかまでは宗田の部屋を後にするまで少しも考えが及ばなかった。 by 西東かじか |
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