名は体を表すとはよく言うが、水無月透流も、その名前の通りの男だ。

 肌が透き通るように美しい、それもある。
 男にしては整いすぎの容姿を持っている。

 が、それより何より、名前が表す彼の性格―――
 それはとことん『流され易い』というところにあった。





「夕食は宴会場だけど、その前に風呂浴びとくか、それとも食べ終わってからにするか」
「ええ、はい」
 課長の問い掛けに、透流はあいまいに返事をした。
「どちらでも……」
「じゃあ、先に風呂はいるか」
「そうですね」
 決めてもらえて、ニッコリうなずく。
「それにしても、いい宿だな」
 窓の外に広がる日本庭園を眺めながら課長が言うと
「毎年、グレードアップしてますねぇ」
 主任の石井が返事した。




 今年透流が入社した『株式会社IBC』は、従業員二十名の、規模でいうなら中小というよりは零細といった小さい会社で、社員の年齢も皆若い。しかしながら、半導体を使った精密機器の特許を持っていて、中国とフィリピンに下請けの工場もあり、年商だけなら大会社級。この不況下にも毎年黒字が続いていて、ここ数年は決算が近づくと節税対策として豪華な社員旅行を行っている。

 今年来たのは、箱根強羅温泉からケーブルカーでもっと山の上に登った早雲山と呼ばれるところの高級旅館。宿の造りも、湯の花のたっぷりとした温泉もすばらしいが、なにより宮内庁御用達の料理が自慢の宿らしい。
「うん、前評判どおりの美味さだ」
 グルメを自称する部長が、箸を運びながら何度もうなずく。
 風呂から上がってさっぱりと浴衣に着替えて集まった宴席。
「水無月くんは細いから、もっとたくさん食べないと駄目だよ」
 部長が透流の前の膳があまり減っていないのを見て言うと
「すみません、もともと小食なんです」
 透はぺこりと頭を下げた。
「勿体ない。こんなに美味いのに」
 透流の隣に座っていた課長の上原が、ビールをグラスに注ぎながら
「そんなだから、鎖骨が折れそうなんだよ」
 と笑うと、全員の目が一斉に透流の鎖骨にそそがれた。


「うっ」
「ううっ」
 主任の石井と非役の児島が、そろって突然鼻血を吹いた。
「大丈夫ですか?」
 驚く透流に対して、周りの社員は苦笑い。
「若いなあ、二人とも」
「温泉でのぼせたのか」
「いや、いや、違うでしょう」
「ほら、石井君、ティッシュつめて」
「水無月、お前、責任とって首の後ろ叩いてやれ」

 社長の趣味で、入社の際に一番厳しいのが写真選考というこの会社の中でも特に際立つ美貌の透流は、本人が全く意識していないときでさえ、かなりのフェロモンを撒き散らしていた。




 宴会終わって場が落ち着いて、最後に出てきた苺とメロンを食べた後、
「じゃあ、二次会といきますか」
 幹事役の声に、皆バラバラと席を立つ。
「カラオケ行くぞ」
「あ、俺たち、マッサージ予約しちゃったんですよ」
「なんだよ、若いくせして」
「いい、いい。来られるやつだけ、一階の『宵花』に集合」
「はーい」
「おい、水無月はどうする?」
「あ、はい」
 いつものように、誘われるまま素直にカラオケ組に入ろうとした透流だったが、
「あ、やっぱり、一度部屋に戻ってから行きます」
 財布を持ってきていないことに気がついて、そう応えた。
 別にカラオケの会計は気にしなくてもいいのだろうが、途中で何かお金が必要になることがあるかもしれない。新人の分際で先輩に貸して下さいというのも気が引けるし、財布を金庫に入れず置きっぱなしにしてきたというのも気になって、三人部屋の鍵を受け取ると、ひとり階段を上がっていった。




 部屋に入って、透流は首をかしげた。
「間違えたかな?」
 自分に尋ねて、部屋を出て、扉の横にある部屋の名前を確かめた。
『紫雲』と書かれた部屋の名は、手にした鍵と同じもの。
「あってる……」
 もう一度部屋に入って、敷かれたばかりの布団に横たわる人物に目を凝らす。
 何度見ても、見たことない顔。
 同じ会社の人ではない。
「だれだ?」
 もっとよく見ようと顔を近づけた。
 若いけれど自分よりは年上だ。高い鼻梁、くっきりと太い眉、彫りの深い顔立ちに、少し厚めの唇がうっすら開いて酒の匂いがする。
「酔っ払ってるのかな」
 独り言をいって、透流は初めてことの重大性に気がついた。
 自分たちの部屋に、見知らぬ男が寝ているのだ。
「ちょっと、起きてください、ちょっと」
 身体を揺すると、
「う、うう〜ん」
 間延びした声をあげて、その男は薄目を開けた。
「なんだ、来たのか」
 と、透流に向かって微笑むと、透流の腕をとって自分に引き寄せた。
「えっ、ちょっ…」
 驚く透流を綺麗に無視して、男は透流の浴衣の裾を割った。
「ま、待って…」
 焦って身体を離そうともがいたが、男の力は強く、いつのまにか透流は男の胸の下。ふかふかの布団の上に押し倒されている。
「やっ、やめっ……んっ」
 突然唇を奪われて、やめろと言おうとして開いた隙間から温かな舌が差し込まれる。
「んぅっ」
 酒の香りのする舌が、透流の舌を絡め取る。
(あ、上手い……)
 口腔を弄る舌に思わず漏らした感想どおり、男のキスは上手かった。
 上あごをなぞられると、身体がピクンと跳ねる。くすぐったいような快感に、透流はぎゅっと目をつむった。
 男は歯の裏の付け根も執拗なくらい丁寧に愛撫する。
 その舌先が震えるたびに、透流の背中もゾクゾク震えた。
 息苦しさに唇を離そうとすれば、唾液が端から零れて糸を引く。
「あっ……」
 浴衣の裾から次第に上がってきた手は、透流の内股に伸ばされた。
「やっ」
 足を閉じようとしたが、男のひざがぐいと差し込まれてかなわず、そのまま足を開かされて両足の間に男の身体が入り込んだ。浴衣の前が全部はだけて蛙のようになった格好に、透流はいやいやと首を振る。
 男の唇が、折れそうだと形容された鎖骨を滑り、胸の突起に口づける。
「あっ、ん」

(なんか、もう…どうでもいいかも……)

 ――流されている。

 実は、透流、この流され易い性格と生まれ持った容姿のおかげで、高校、大学の七年間で少なくとも両手にあまる男と関係を持つはめになっていた。
「んっ、あっ……あぁん」
 固く尖った赤い突起を舌先で転がされ、透流は甘い声を漏らす。高校時代から開拓され尽くした身体はひどく敏感だ。軽く歯を立てられると、
「あ」
 短い悲鳴とともに透流の雄が力強く首をもたげ、男の腹に押しつけられたそれは、透明な液を漏らした。
 男は、内股を撫でていた手で透流の下着を下ろすと、もう十分熱くなって震えているそれを掴んだ。
「やぁ、あっ」
 ダイレクトな刺激に、透流が腰を揺らす。
 男は溢れ出る先走りの液を指に絡めとって、竿へと絡ませる。
 擦りあげるたびにいやらしい音が耳を弄り、透流の身体はいっそう燃え上がる。





 ちなみにそのころ、カラオケバー『宵花』では―――

「はぁぁ〜るばるっ、来たぜぇ、はぁ〜〜こね〜ぇ♪」
「箱根かいっ」
「箱根ですから」
「遥々というには、うちの会社から一時間」
「それにしても、水無月、遅いですね」
「やあ、彼のことだから、途中で誰かに捕まって、そっちの方に行っちゃったんじゃないの?」
「ありがち、ありがち」
「あとっはぁあ、追うっなっとっ、言いながぁあらあ〜っ♪」
「よっ、サブちゃん!!」
 透流のことは殆ど気に掛けず、全然似ていない北島三郎のモノマネで盛り上がっていた。




「はっ、あ、ああん……」
 こっちももちろん盛り上がっている。
 唇と指で両の乳首を攻められて、先走りの液体でヌルヌルに滑る竿を刺激されると、あっという間に透流は果ててしまい、焦点の合わない瞳で男を見た。
 男はひどく嬉しそうに笑って、透流の精で濡れた指を後ろに伸ばした。
「あ、っ、ふ……」
 切ない吐息は、そのまま透流の期待を表している。
 男の雄を飲み込むことを知っているそこは、指だけでは物足りなさそうに内壁をうごめかせた。

「欲しいって言えよ」
 男が囁く。
「欲しい……」

 とことん、流されている。






 そして――
「いったいどういうことだ」
 日付も変わる頃になってカラオケから戻ってきた同室の同僚二人は、自分たちの泊まるべき部屋がラブホテル状態になっていることに、酔いを吹き飛ばした。
 歌いすぎで嗄れている声で、透流と男を呼び起こす。
「おいっ、しっかりしろっ、水無月っ」
「てめえも、起きろっ。誰だよ、てめえはっ」
 蹴飛ばされて不機嫌そうに起き上がった男は、一瞬、自分の置かれた状況が理解できずに、あたりを見回す。
 側らに横たわる透流の姿に、ギョッとする。
「こ、これは……」

 サーッ
 血が引いていく音が聴こえた。
「お、女将を、呼んでください……」




「も〜うっしわけ、ありませ〜んっ」
 女将と男が両手をそろえて額を床に擦り付ける。
 聞けばこの男、この高級旅館の跡取り息子。大学を卒業して五年間は東京の企業に勤めたが、そろそろ旅館の仕事を覚えろと、呼び戻されての箱根暮らし。サラリーマンの頃付き合っていた年下の彼氏とは別れてしまったが、昨日は酔いすぎて部屋を間違った挙句、透流のことをその昔の男と勘違いしてのいかがわしい振る舞い。
「謝ってすむことではございませんが」
 平に平にご容赦を……と額づく女将に、透流は、
「どうぞ、お気になさらず」と、言おうとしたのだが、
「いや、絶対に許されない」
「キズものにされたんだ。責任は取ってもらおうっ」
 強硬なのは、透流の同僚。
(いや、別に、今さらキズはついてないんだけど……)
 透流は内心思ったが、性格上、口に出しはしない。

「責任というと……」
 老女将が、顔をあげる。
「それはだなぁ」
 透流の代理人二人が考えていると、
「わかりましたっ」
 男、旅館の若旦那が叫んだ。
「俺が、責任取って、彼を嫁にもらいますっ」
「ひっ」
 若旦那は透流を向いて、手を握った。
「愛している。結婚しよう」
「は、はい」

 やっぱり勢いで流されている。




 そして、透流は社員旅行で来た先でヘッドハンティングされて(?)、若女将修業に励むこととなったのだった。







by もぐもぐ






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