「アリエルが目を覚ました」
リヒャルトの声にクレマンスは立ち上がり、アルベルトを振り向いた。
「……僕も、行きます」
アルベルトは、震えながらベッドから降りた。
(アリエル……)


アリエルの病室から医者と看護婦がそろって出てきて、クレマンスを見て言った。
「さっき、一瞬、目をあけました。けれども、また眠っています」
「息子は」
「大丈夫でしょう。外傷は奇跡的に少ない。頭を打ったショックの方が心配でしたが、意識が一度戻ったのは良いことです」
医者は、安心させるようにクレマンスに笑いかけた。
「ああ……」
クレマンスは顔を覆って安堵の息をついた。病室のドアに手を掛けて、アルベルトを目で促がす。
アルベルトは、ゆっくりと近づいて、部屋に入った。


白いベッドに横たわるアリエルの、スヤスヤと眠っているかのような安らかな顔。
わずかに胸のあたりが上下するのを見とどけて、アルベルトはホッとした。
小さな頭に巻かれた包帯が痛々しい。包帯の間から覗く金色の巻き毛にそっと指を伸ばした。
「自然に目を覚ますまで、安静にさせておくように」
医者に言われて、慌てて手を引き戻す。
「すみません」
そして、アルベルトはクレマンスに
「ここに、ついていてもかまいませんか?」
控えめに訊ねた。
クレマンスはうなずいて、そしてアルベルトに近づくと小声で言った。
「さっき私が話したことは、たぶん、あまりにも色々なことが重なっていて、君を混乱させたかもしれない」
アルベルトは、黙って目でうなずいた。
「いつか、君が大人になったとき話そうと思っていたことだ。けれど、今しかないと思った」
「ありがとうございます」
話を聞けてよかったと、今は、素直に思えた。
目の前のアリエルの顔を見て、
『いつかアリエルが真実を知ったとき――』
支えになれるのは自分だと言ってくれたクレマンスの言葉が改めて胸にしみた。


「外の椅子にいる。目を覚ましたら、呼んでくれ」
クレマンスは、付き添いをアルベルトに譲った。
「はい」
医者にいくつかの注意を受けたアルベルトは、傍らの椅子を引き寄せて座った。
全員が出て行くと、病室には二人きり。
アリエルの寝顔をじっと見つめる。
長いまつ毛、白い肌、軽く閉じられた薄桃色の唇。小さな鼻も、少しだけ尖った顎も、何もかもが愛しい少年。
『バルドゥールの血筋には、多いんだそうだよ』
クレマンスは、知っているのだろうか。自分の想いを。
知っていて、許してくれるとは思えなかったけれど、それでも、もう手放すことはできない。
アリエルが死んでしまうかもしれないと思った――あの喪失感を、どう喩えていいかわからない。
激しく後悔した。自分自身の弱さから、大切なものを捨てようとしていたこと。
「アリエル……」
その名を呟くと、身体中が熱くなる。
医者からは安静にといわれたけれど、ほんの少しだけならかまわないだろうか。
触れたくてたまらない。柔らかな唇。
アルベルトは身をかがめて、アリエルに近づいた。
不思議なことに、人に触れることにあれほどあった嫌悪感が、クレマンスの話の後で綺麗に消えている。
アリエルの唇が近づく。
ほんのわずか触れるか触れないかの口づけをして、アルベルトはゆっくりと唇を離した。
「アリエル」
もう一度名前を呼ぶと、アリエルのまつ毛が震えた。
(あ…)
二、三度震えたまつ毛が、ゆっくりと、ゆっくりと、つぼみが花開くように持ち上げられて、その奥に隠されていた宝石のような瞳が現れる。
「アリエル……」
呟くように呼びかけると、水色の瞳はアルベルトを捉え、次に、周囲に光を降らせるような笑みを見せた。
「アル」
アリエルは、天使の微笑で言った。
「おかえりなさい」
「アリエル?」
「学校、もうお休み? 嬉しい」
アルベルトは立ち上がった拍子に椅子を倒した。


病室の外にいたリヒャルトとクレマンスは椅子が倒れる音に顔をあげた。
リヒャルトが、そっとドアを開けて覗き込む。
「どうした?」
倒れた椅子の横に立つアルベルト。
そしてベッドの上のアリエルは、かわいらしい顔で微笑んでいる。
「あっ」
驚いて、クレマンスを振り返る。クレマンスも立ち上がった。

二人が病室に入ると、アルベルトはアリエルと何か話をしていた。
アリエルは、クレマンスの顔を見て
「お父様」
瞳を輝かせた。
そして、その側らのリヒャルトを見て、不思議そうに首をかしげる。
「アル、あの人、だぁれ?」
小声で訊ねた言葉は、リヒャルトの耳にも届いた。
アルベルトは、小さく息を吸って、微笑んで言った。
「リック…リヒャルト、僕の友人だよ、一番の。エゼルベルンでは、寮で同室だったんだ」
「そうなの」
アリエルは嬉しそうに笑って、
「僕も、九月から、エゼルベルンに行けることになったの」
父親の顔を見て、相槌をうながす。
「ね、お父様」
言葉に詰まるクレマンスに代わって、アルベルトが優しく応えた。
「うん。エゼルベルンはいい学校だよ。……僕もいる」
「嬉しい」
アルベルトを見つめて頬を染めるアリエルに、リヒャルトはようやく理解した。
「はじめまして」
愛しい少年に、決別の挨拶をする。
「リヒャルト・アルフレート・フォン・ヴァンスヘルム。君の従兄の親友で、エゼルベルンではヴィンター寮の寮長をしている」
「はじめまして、リック。アリエル・フォン・バルドゥールです」
無邪気に微笑むアリエル。
「エゼルベルンは、かわいらしい天使の転入を心から歓迎するよ」
「……ありがとうございます」
照れたようにうなずいて、再びアルベルトをそっと見上げる。
アルベルトは、倒していた椅子を戻すと腰掛けて、アリエルの手を握った。
氷と謳われたのが嘘のような優しい微笑で語り掛ける。
「アリエルが来るのを待っているから、早く元気になって」
「僕、怪我したの?」
「少しね。でも、すぐ治るよ」
「学校に行くのが遅れちゃう」
「大丈夫。すぐに退院できる。……アリエルが退院するまで、僕が毎日来るよ」
「アル……」

クレマンスは、ゆっくりとアリエルに近づいた。
アルベルトが振り返って、見上げる。その目が静かに語っていた。
『何も言わないで』
クレマンスは、目を伏せた。
「アリエル……」
「お父様、僕、いつ怪我したの? どうして?」
「大したことじゃない。ビックリして忘れてしまったんだろう。今は休んで、元気におなり。みんなに心配かけないように」
「はい」
アリエルは、それでも少し残念そうに、愛らしい唇を小さく尖らせた。
「でも、やっぱり遅れて転入するのは、少しだけ心配」
「大丈夫だよ」
リヒャルトが言った。
「エゼルベルンでは、君を待っている良い友だちがいる。君と親しくなりたいって思う生徒もたくさんいる。そして、君のアルがいて、この俺もいる……」
アリエルは、うなずいてアルベルトの手をきゅっと握った。
「そう、大丈夫、心配しないで……僕がいる」
アルベルトはその手を取って、そっと口づけた。
「僕が、守ってあげる」
「アル?」
訳がわからないまま顔を赤くしたアリエルと、そしてアルベルトのために、リヒャルトはもう一度言った。

「アリエル、エゼルベルンは、君を、心から歓迎するよ」








第一部 完





はい。『第一部』完です。すみません(汗)
大昔の少女漫画風な王道ギムナジウムものを書こうと思ったんですけれど。
なんか、いつもと違ってしまいました。
はじけてもなければ、切なくも無い。
でも、子供のとき喜んで読んでいた漫画って、こんなんじゃなかったかなあ。
ああ、あんまり昔で分からないわ。

第二部では、アリエルを襲った相手は誰なのか。アリエルの本当の父親は誰なのか。
そんなところを中心に……できれば、ラブラブにしてやりたいです。
私の贔屓は、クレマンスとリヒャルトなんですけれどね。
あ、この二人をラブラブにじゃ、ないですよ(爆)
第二部は右下をポチッとvv




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