キーワードしりとり第十一回お題  頭蓋骨

                           by もぐもぐ



「部の伝統に則り――バケツリレーで行う」
「はい?」
一瀬は耳を疑った。
「今、あいつ、何て言った?」
隣の晶に尋ねると
「バケツリレー、だって」
聞き間違いではなかったらしい。
「そんなもので、どうやって勝負するんだ」
一瀬が呆れると、部長の棒井が叫んだ。
「馬鹿者っ! バケツリレーを侮るんじゃない。バケツリレーを笑うものはバケツリレーに泣く」
「どうやったら、バケツリレーに泣けるんだよ」
「泣かぬなら泣かしてやろうホトトギス。一瀬、お前は三日後のバケツリレー勝負の後、間違いなく唇をかんで泣くだろうっ!」
人差し指を突きつけられた一瀬は、いつの間にか日にちまで指定されていることに呆れたが、いっぺんに六人相手にできるなら、てっとりばやくてそれもいいと考えた。
「わかったよ。いや、何でバケツリレーかはわかんねえけど。とにかく、勝ちゃあいいんだろ? どうやるんだ」
「プールに入っている水をバケツで運んで、裏庭にあるドラム缶十本を先にいっぱいにしたほうが勝ちだ」
「裏庭にドラム缶? そんなものあったか?」
「ある」
綿貫と田島が腕を組んで胸をはった。
「そこが、我々の部活の場だ」
「…って、お前らそういや、何部だよ」
よく考えたら聞いてない。
「俺たちの名前『ウォーターボーイズ』から想像つかないのか」
「水泳部じゃねえんだろ?」
水泳部には知り合いがいるが、こんな馬鹿な六人組は見たことない。
「水泳部がバケツリレーすると思うかね?」
「どこの部もしねえよ」
「俺たちがしているだろう!!」
またもや大声を出す部長。そして彼は咳払いすると、おもむろに言った。
「我が校で唯一バケツリレーの伝統を持つ由緒正しき部活動。我らは『火消し部』だ」
「火消し部?」
ポカンとする一瀬。
晶は呟いた。
「だったらウォーターボーイズじゃなくて、ファイヤーボーイズだよ」
実はテレビっ子、ドラマにも詳しい晶だ。


「そんな部初めて聞いたけど、まあ、いいや。で、俺がバケツで水を運んで、ドラム缶をまんたんにすりゃあいいんだな」
「チッチツ……」
部長の棒井が人差し指を振る。
「違うよ、一瀬君」
「何がチッチッだよ」
ムッと睨むと
「この競技は、リレーだよ? 俺たちと戦うのは君一人じゃない」
「何だとっ」
「君と一緒にバケツリレーをやってくれる仲間を五人集めるんだね」
「な……」
言葉に詰まる一瀬。
どこの誰が、こんなくだらない勝負に助っ人として入ってくれるというのだろう。
「おっ、俺がっ」
晶が声を上げた。
「俺が入るよっ」
「譲原」
「俺が一瀬と一緒にバケツリレーする」
一瀬は感動した。
「でも、あと四人……」
幼馴染みの細面が頭に浮かんだ。ふとその人物のいる隣の家に目をやると、まさに玄関が開いたところだった。
「待てっ」
「あ…太刀川」
長身の太刀川が玄関から飛び出してきた。
「その勝負に譲原は入っちゃいかーんっ」
「太刀川先輩?」
目を丸くする晶。太刀川は晶の前に立つと、ガシッとその肩をつかんで言った。
「お前のバケツリレー参加は、認められない」
「な、なんで?」
それはお前がラスボスだから――そんなことは言えない。
「お前は、この前の地獄ラーメン対決で一瀬の代わりをしただろう。助っ人は一人一回限りだ」
そんなルールがいつできたのか。
たった今。
太刀川は一瀬を振り返って言った。
「一瀬、お前も男なら、こんな華奢な譲原に重いバケツを運ばせようなんて思わないだろう」
「うっ」
確かに。
胃袋は丈夫かもしれないが、腕の力が無いのは知っての通り。
身長は自分とさほど違わないが、筋肉の付きが違うのだ。
なのに晶は
「大丈夫だよ。俺、こう見えて力あるんだから」
腕を曲げて力こぶを作って見せようとするが、なんともならない細腕が却って痛々しい。
「譲原……」
「一瀬……」
「いや、だから助っ人は一人一回までだって」
太刀川がまだ言っている。
一瀬は、晶に微笑んだ。
「お前は、いい」
「えっ」
「気持ちだけで、十分だ。この前ラーメンでも助けられたしな」
これ以上、晶に迷惑をかけるのは、何故だか自分が許せない。
「俺じゃ、戦力にならないから?」
ポツリと淋しげに言う晶。
「違うっ」
一瀬は、自分でも驚くほどの激しさで否定した。
「違う…そんなんじゃねえよ。俺は……これ以上、お前を危険な目に合わせたくねぇんだ」
「えっ?」
晶の顔が赤くなる。
「そうじゃなくて、助っ人は一人一回までだっていってるだろ」
これは太刀川。
「バケツリレーのどこが『危険な目』になるんだ」
これは、棒井。
「ねえねえ、智、それより僕の作ったなぞなぞなんだけど」
もちろん松野。
色々な思いが渦巻く中。一瀬とウォーターボーイズの闘いの火蓋は落とされようとしていた。



「って、メンバーどうすんだ」
突然我に返った一瀬。
ウォーターボーイズの面々は、いつの間にやらいなくなっている。
「譲原は別にして、こうなったら」
一瀬は太刀川と松野を見上げた。
「おおっと、俺様はダメだぜ」
太刀川が頼む前から断った。
「何でだよ」
ムッとする一瀬。
「それは、この俺が二十七番目の…ゲフン、ゲフン…おっと、これ以上は言えないぜ」
「言ってるよ」
一瀬は、バケツリレーの後で闘う相手はこいつなのかと溜め息をついた。
「いやいや、今お前が想像したのとは、違うかもしれないぞ?」
「もういいよ。じゃ、麗一郎」
振り返ると
「いいけど」
松野は秀麗な美貌で微笑んだ。
「何っ?」
驚いたのは太刀川。松野フリーク相手に当の松野が出てきてしまっては誰も本気で戦えないではないか。
「それはダメだ」
「どうして? 僕はまだ一度も助っ人に入っていないんだから良いでしょう?」
「い、いや、しかし……」
嫌な汗かく太刀川を見て、松野は「ふふふ…」と笑った。太刀川はハッとする。
「お前、まさか……」
グラウンドを遠い目で見つめて「考えているよ」と言った報復(第五回参照のこと)とは、これだったのかっ!!
気を許したふりをして、最後での裏切り。
「ごちそうして忘れさせたと思ったのに」
「部室でもらったお茶程度、ごちそうのうちには入らないよ」
「ごちそうさまと言ったじゃないか」
「慣用句だよ。十時に学校に来ておはようと言っている君と同じさ」
「むむうっ」
しかし、松野に出てこられると絶対に士気に関わる。阻止だ、阻止。
「たのむ、今回だけは許してくれ。お前が一瀬側についたら、あいつらみんな一瀬のドラム缶の方に水を運んでしまう」
「そりゃあ、ラッキー」
一瀬は単純に喜んだ。
それを見て、松野は気が変わった。
もともと自分はこの幼馴染みの困った顔が見たかったのだ。
「じゃあ、やっぱり、こうしようかな。僕の作ったなぞなぞに、智が答えられたら僕は智の助っ人をする」
「えっ」
太刀川の顔が輝き、一瀬の顔が歪んだ。そう、それくらい、松野のなぞなぞはワケわからない。
松野は気にせず、微笑んで言った。
「がんばって目を凝らしても見ることができなくて、諦めて、目を閉じた時に見ることができるものなんだ」
「夢」
脊髄反射で答えてから、一瀬は後悔した。こんな真っ当な答えであるはずが無いのだ。
案の定
「ぶぶ――っ」
嬉しそうな松野の声。
「ま、まぶたの裏側っ」
叫んだのは晶だ。松野は目を瞠った。
「譲原っ」
一瀬は、これが正解かもと思った。
(また俺を助けてくれたのか、譲原)
感激した一瀬の耳に、しかし
「ぶぶ―――っ」
無常の声が届く。
「ち、違ったのか……」
「残念でした。これで、僕の助っ人は無しになっちゃったね、本当、残念だけれど」
ちっとも残念そうでないにこやかな顔で松野が言ったその時に、
「その助っ人、俺たちがやらせてもらおうか」
夕暮れの住宅街に、野太い声が響いた。
はっと振り返ると―――
「話ゃあ、聞かしちもろおたきに」
前回と方言が違うがそんな細かいことは気にしない、柔道部主将東郷君麻呂。
「可愛い男の子のために、一肌脱ぐのも女の甲斐性よねぇ」
と、ピンヒールがアスファルトを削る、ダイナマイトバディ野々宮万里恵。
「俺らのラーメンを美味いといってくれたこの子(一瀬にあらず、譲原)のためだってんなら」
「力になりますよっ」
屋台をバックに、来来軒のオヤジとバイト。
「お…」
「みなさんっ」
『お前』と言いそうな一瀬を遮って、晶が叫んだ。
「ありがとうございますっ」
晶は感激で目を潤ませている。漫画にしてもアニメにしても、こういう展開に弱いのだ。
かつてのライバルが、より強い敵を前にした時に、仲間になってくれるの図。
しかし、あのウォーターボーイズがこの人たちよりも『強い』敵なのか。
いや、よっぽどこっちの方が強そうだ。と、晶は考えた。
「これで、勝てる」
晶は叫んだ。
「いやっ!」
その時、またまた声がした。
電柱の後ろから、一体いつから隠れていたのか知らないが、ひょろりとした男が現れた。
「勘違いをしちゃいけない。今回の闘いは、喧嘩やお色気やラーメン勝負じゃない。バケツリレーなんだ」
「知ってるよ」
一瀬が冷静に答えた。
「いいや、わかってない」
男はまだしゃべりたそうだ。
「バケツリレーに必要なのはチームワークだ。それとコツ。失礼ながら、君たちは今日仲間になったばかりの寄せ集め。バケツリレーも素人だ」
「バケツリレーの玄人なんかなりたくねぇっての」
一瀬の突っ込みは聴こえていない。
「君たちには、指導者が必要だ。バケツリレーに精通した人物」
「それが、君ってことなの?」
しゃべり続ける男に、野々宮が訊ねた。
「ちゅうよりも、お前、誰ね」
東郷が訊ねる。また方言が違うようだ。
「これはこれは、ご挨拶が遅れてしまった。失敬」
男は、その場の面々に向き直った。
「私の名前は、逗子 麻里雄」
「ずし?」
「まりお?」
「マリーナじゃなくって?」
きょとんと首をかしげる晶。
「麻里雄です。逗子のズはボーイズのズ!」
突然の逗子の言葉に、皆が息を飲む。
(何を言いだすんだ……)
逗子は、腰に手を当てて胸を張った。
「ウォーターボーイズはもともと七人だった。私が火消し部の部長だったときまでは」
「…………」
言葉を失ったみんなを代表して、立ち直りの早い野々宮女史が言った。
「要するに火消し部の元部長が、このバケツリレーの六人目として入ってくれるのね。しかもコーチもしてくれると」
コクコクと、せわしない鳥のようにうなずく逗子麻里雄。
「私は、私の頭文字がアルファベットだとSじゃなくてZだと言う理由で、BOY『S』に相応しくないと苛められた屈辱を忘れない」
「イジメで部活をやめさせられたの?」
気の毒そうに訊ねる晶。
「いや、自分から飛び出してやったぜ、あんな部。ペッペッ」
「…………」
「ま、よくわかんねえけど、とにかく六人集まったってことだな。今日はもうこれで解散」
一瀬がくるりと背中を向けた。
「あっ」
小さく呟いた晶を振り返る。どうしようかと迷って、
「譲原、また明日な」
一瀬は小さく手を振った。
今日はもう疲れてしまって、晶を連れ込んでどうこうしようという気は萎えている。
「うん、じゃ、また」
晶はうなずいて、来た道を帰って行った。晶もまた多少疲れているようだ。
「じゃあ、私たちもかえろぉっと」
ピンヒールがターンした。
「オヤッさん、行きましょうぜ」
「ああ、お客さんが待ってる」
どっこいしょと屋台を動かす。来来軒。
「でやが、はよいんでしまわんと、笑点に間に合わんとよ」
一体、何弁だ東郷。
「君たち、明日から特訓だからねっ、四時にプール前に集合」
高らかに告げられる逗子の号令。

松野は、家に入ろうとする一瀬に呼びかけた。
「智」
「何だ?」
「さっきの答え、言ってなかったね」
一瀬はしばらく考えて、それが例のなぞなぞを指しているのだと気がついた。
『見ようとすると見えなくて、見ることを諦めた時に見えるもの』
そんな問題だったか。
「なんだよ、答えは」
全然興味は無いが、訊ねてやる。
「答えはね……」
松野は思わせぶりに囁いた。
「自分の心だよ」
一瀬は、松野をじっと見た。松野の綺麗な瞳が静かに見返す。
「自分の心がわからないときは、無理に見ようとしないことだね。もう、智が気づいていないだけで答えはでているんだから」
「な……」
「ふふふふ…ふふふふふ……」
ふふふ…を繰り返しながら、松野は自分の家に入っていった。一瀬は
「な…にを……」
その姿を見つめて唇を震わすと
「言ってんだ、あいつは、ああ?」
吐き捨てた。
一瀬にとって、自分の気持ちははっきり見えている。
(譲原のことが、好きだ)
気づいたのだ。あの妄想で萌えたときに。

譲原が、好きだ。

そう心で叫んでから、照れ隠しのように独り言つ。
「さすがはウスラ馬鹿の君だよ。ワケわかんねえ。一度、アイツの頭蓋骨割って、中に何が入ってんのか見たいもんだ」
脳みその変わりに、ウニとか入っていそうだな。
ウニだけならいいけれど、開けたとたんに何か飛び出して来そうで嫌だな。
ブツブツ言う一瀬は、一人取り残されている太刀川のことを忘れていた。



        キーワードしりとり第十二回お題  つんつるてん


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