キーワードしりとり第十回お題 ウォーターボーイズ
by 東瀬 翌日、晶は一瀬の家の前まで来ていた。 (お、俺は一瀬を守らなくちゃ行けないんだから家を訪ねてもおかしくないよねっ) そう思っているには思っているのだが、かれこれ家の前で二時間が経過している。 というのも、晶は勝手に一瀬の家を調べたからだ。 追っかけの名も伊達ではない。 息を吸っては吐いて、手をインターホンに伸ばしては引っ込め。 近所の人に見られたらかなりの不振人物である。 だが、まかりなりしも本人の家の前である、近所の人より誰に一番会う確立が高いか、そんな事は知れている。 「譲原?」 「いいいいいい、いちのせっ!?」 突然(晶には)目の前に現れたのは間違いなく自分の思い人である。 しかも、私服姿。 (ど、どうしよう。でも、一瀬の私服姿可愛いなぁ) 「あの、俺、一瀬が心配で……」 それが家を知っている言い訳にならない事など百も承知しているが、晶は必死で言葉を繰り出す。 だが、一瀬は一瀬で平常ではなかった。 (何で譲原がこんな所にいるんだっ!?) 晶と一瀬は昨日一緒に帰っている。 そして、その時晶の家が一瀬の降りる駅の二つ後だという事も知っている。 だから、散歩がてら二つ先の駅なんて行ってみようか、などと考えていたのだ。 理由は一つ。 どうしようもなく、譲原 晶に会いたくなったのだ。 それが、目の前にいる。 舞い上がらずにいられようか。 しかも、 (私服も可愛い……) というわけだ。 「いや、俺もちょっと散歩でな」 必要のない言い訳をついついしてしまう。 お互い気まずさと恥ずかしさが手伝って無言になってしまう。 「……」 「……」 七月の暑い中に沈黙は中々辛い。 その辛さに堪えられなかったのは、二時間外にいた晶ではなく一瀬の方だ。 「取り合えず、中は入れよ」 「ええっ!?で、でも、ご両親の方は?」 まさか、一瀬の家に入れると思っていなかったので、思わぬ幸運に晶の頬が蒸気する。 もしかしたら、熱中症を起こしかけているのかもしれないが……。 「うちの父親仕事でアメリカに行ってて、母親もついていってるか、ら」 言葉の途中で一瀬は不自然に切る。 (それって、つまり、俺の家に二人っきりって事か?譲原と、密室に、二人っきり) いや、別に密室である必要はないのだが。 とにかく、一瀬は晶のうなじだとか、白い手足が気になってしまって顔が熱くなる。 こっちは間違いなく熱中症ではない。 「と、とにかく、中に」 声が掠れているのは疚しさの所為……。 だが、一瀬の疚しさを見抜くように声がかかった。 「「待て、待て、待てぇーーっ!」」 六人の男達による大合唱。 そんなものに呼び止められる心あたりなど一つしかない。 「くそっ、休日なのにっ」 正確には、晶とのデートなのに(一瀬視点)、である。 「い、一瀬っ!」 晶が刺客の出現に慌てて一瀬を庇う様に前に出る。 「一瀬 智だな」 「お前等は21から26番目の刺客だろ」 不愉快そうに一瀬は六人を眺める。 休みだというのに学生服。 もちろん晶と一瀬の通う学校のものと一緒だ。 背はそれなりにあるが、筋肉がそれ程あるようには見えない。 つまり、一瀬の敵ではない。 (ぱっぱと倒して、譲原を部屋に連れ込む!) 目的が変わっている……。 というか、一瀬は晶がラスボスである事を忘れているようでならない。 「ふん、俺らを知っているようだな」 「いや、知らないし」 制服に見覚えはあっても顔に見覚えなんぞない。 学年が違うのだとしたら見た事があるかも怪しい。 「……では、教えてやろう。我等WATER BOYSを」 「ウォーターボーイズ?」 どこかで聞いたような名前である。 「し、シンクロ?」 戸惑うながらもそれを知っている晶はばっちりドラマを見ていたらしい。 「シンクロ?うちの学校にそんな部ないぞ。水球か何かか?」 だが、今から自己紹介を始めようとしている刺客達は聞いちゃぁいない。 「まず、綿貫!」 「次に、アシュレイ!」 「次に、田島!」 「四番目は、江守!」 「Rは林道!」 「最後は部長の棒井!」 「「合わせてWATER BOYS!!」」 どうやら、頭文字を合わせた結果らしい。 しかも、一人外人が混ざってる。 「あ、あ、あ、アシュレイ!?どうしてっ?」 六人の素性などどうでもいい一瀬とは反対に晶は激しく反応した。 「やあ、アキラ。久しぶり」 にっこり微笑むその男。 黒い髪なのでうっかり見落としがちだが、その堀の深い顔立ちは間違いなく外人である。 晶とアシュレイの過去……それはほんの一年前にさかのぼる。 晶は昔から思い込みが激しく、純情だった。 そんな晶は周りから可愛がられつつも苛められていた。 そんな折に一人の転校生。 アシュレイだ。 その日、うっかり学校を休んでいた晶はアシュレイの細かい情報を知らなかった。 それだけならよかったのだが、アシュレイはどう間違ったのか、晶の隣の席だったりしてしまた。 そうなれば責任感の強い晶(実力が伴っていなかったとしても)。 アシュレイをクラスに馴染ませようと、 「日本の事なら何でも俺に聞いてね」 と言ってしまった。 その日から晶の悪夢は始まった……。 アシュレイは晶の親切を素直に聞いてとにかく晶に聞きまくった。 「アキラ〜、ラブホってなんデスカ〜?」 「アキラ〜、3Pってなんデスカ〜?」 「アキラ〜、新宿二丁目ってどこデスカ〜?」 その手の疑問が尽きない年頃である。 来る日も来る日もアシュレイは晶に質問をしてきた。 最悪だったのは帰り道の満員電車の中だ。 「アキラ、アキラ」 「何?アシュレイ?」 純真な眼で答える晶にアシュレイは笑顔でいつも通り質問した。 「アキラ〜、痴漢ってなんデスカ〜?」 いつも通りの答え難い質問に晶は口ごもる。 おまけに、今朝晶はその痴漢にあった所だった。 「ええっと、女の人とかに了解なく触ったりする男の人の事で、でも触られるのは男もで」 そもそも、本当に日本語がわからないやつがこの説明でわかるはずがないのだが、晶は気づかない。 「Oh!じゃあ、アキラもあったことあるデスカ?」 「えっ?」 当然、男の子なんだから痴女ならまだしも痴漢にあった事は秘密にしたい。 「アキラ?痴漢にあったデスカ!どんな感じデスカ?アキラ痴漢にあったデスネ!!」 と、満員電車で大声で騒いでしまった。 当然その電車には晶の学校の生徒も大勢いるわけで……。 翌朝、晶は時の人となったわけだ。 ちなみに、アシュレイが日本生まれの日本育ちだと晶はその一ヶ月後に知った。 「ひ、久しぶり!?あんな酷い事しておいてよくもっ!!」 晶は真っ赤になってアシュレイを睨みつける。 (酷い事、だと?) 一瀬が晶と酷い事で結びつくのはただ一つだ。 もしかして、こいつが?と一瀬もアシュレイを睨みつける。 「ははは、どれの事かな?"ラブホ"?"3P"?それとも"痴漢"?」 「俺を騙した事だよっ!!」 地団駄を踏まんばかりの勢いで怒る晶に対してアシュレイはいたって爽やかだ。 (ラブホ?3P?痴漢?騙した?) 一瀬の頭の中では数々の?と同時に様々な想像(妄想)が飛び交う。 無理矢理ラブホテルに連れ込まれる晶。 教室でクラスメイトに3Pを強要される晶。 アシュレイに痴漢される晶。 (こいつ……何て羨ましい事をっっ!!!) 一瀬の眼に嫉妬の炎がメラメラと燃え盛る。 何しろ、この可愛い晶を騙して弄んだ男(勘違い)なのだっ。 そんな三人の構図を見て、全く相手にされない五人の刺客達は一つ妙案を思いつく。 「一瀬!」 「んだよっ!?」 噛みつかんばかりの勢いの一瀬に内心びびりつつも、部長である棒井が代表で進み出る。 「もし、俺達の勝負に負けた暁には、我が部に入って貰いたい」 そして、松野にも入って貰おう、とは心の中の呟きだ。 一瀬が入れば、多分セットで松野もついてくる。 松野が入れば大勢の生徒が後をついてくる。 まさに、海老で鯛を釣る! 部員の影が薄くて部の影も薄いが、これでめでたく名前が知れ渡るだろう。 「そんな条件従う必要ねぇな」 棒井の考えている事など容易に想像出来て、一瀬は鼻で笑う。 「もちろん、俺達も君が勝った暁にはある物を贈ろう」 「ある物?」 近くに寄るように示されて、一瀬はついつい部長の側に寄る。 「い、い、一瀬」 晶の呼ぶ声がしたが、誘惑には逆らえない。 『何だよ』 ついつい小声。 そして、棒井も小声で答える。 『あの少年』 『譲原?』 『そう、譲原君のお宝ブロマイドを君に進呈しよう』 もちろんそんなものはない。 何しろ名前も今知った。 (お宝ブロマイドってもしかして……) いわゆる、ラブホだとか、だとか、だとか、の写真だろうか、と、晶のあ〜んな姿やこ〜んな姿が目に浮かぶ。 「……」 一瀬と棒井は無言で頷き合った。 「わかった。お前等の条件飲んでやる。勝負の方法を言いやがれ」 「一瀬っ!?」 信じられないとばかりの晶の声が届くが一瀬はその声から耳を閉じる。 (許せ譲原。お前の(写真の)為だ) 晶の視線から逃れるように一瀬はアシュレイと棒井を睨みつける。 「勝負方法は部の伝統に則り―――――」 その頃、隣の家からは作戦会議とのたまって松野の家に遊びに来ていた太刀川が、窓に張り付いて状況を見ていた。 |
キーワードしりとり第十一回お題 頭蓋骨
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