キーワードしりとり第七回お題  浮き輪

                            by 東瀬



晶は夢を見ていた。
 白い雲。
 青い空。
 そして広く大きい海。
「ぐぼばぼぼっ」
 晶は溺れていた。
 よく見れば向こうに椰子の木の生えたいかにもな島がある。
 その上では松野先輩と太刀川先輩がアロハシャツを着て踊っている。
「た、たす、ごぼっ」
 懸命に手を伸ばしても当然島まで届くはずはなく、晶の手は意味無く宙をかく。
 晶がこんなに苦しんでいるのし松野先輩も太刀川先輩もダンスに夢中で気づいてくれない。
 懸命にもがくもののどうにもこうにも意識が遠のいたその時!
「譲原っ!!」
 遠くから波をたててやってくるのは、愛しい一瀬……と白いイルカ。
 白いイルカにのってアロハシャツを着、カボチャパンツに金の冠という奇妙ないでたち。
 けれど、晶には救世主以外の何物にも映らない。
 なぜならその手には浮き輪!!!
「い、いちの」
 一生懸命腕を伸ばす。
「譲原っ!」
 一瀬が叫ぶ。
 手を伸ばす。
 あと、もうちょっとで―――――――――


「譲原っ!この馬鹿!起きろっ!!!」


 どんな目覚ましより強力な罵声が晶を夢から救い出す。
 どうやら晶の息を塞いでいた枕から顔をあげる。
 白い壁に、パイプベッドに、白いシーツ。
 保健室である。
「何で……」
 一瀬の王子様に、黒帯に先輩達のアロハシャツが混ざって晶はしばし混乱する。
「この馬鹿っ!いい加減目を覚ませっ!!」
 再び響きわたる怒声。
 取りあえず慌てて辺りを見回すと、信じられない物が目に入る。
「いいいいいいいいい、い、い、一瀬っ!?」
 ベッドに横たわる一瀬の腹にのっかる出る所の出た美人。
「ばっ!誤解すんじゃねえっ!これを見ろ!これをっ!」
 見ろと言われても、と思いつつ一瀬の手を見ると、真新しい包帯が一瀬の両腕に絡まり、そのままパイプベッドをまわっている。
 ……つまり、これは。
「……縛られているの?」
「さっさと気づけこの馬鹿っ!」
 一瀬は顔を真っ赤にして晶を思いっきり怒鳴りつけた。



 事態はほんの少し前まで遡る。
 一瀬が慌てて駆けつけた時、晶は気を失っていた。
 どうやら、あの一撃であっさり意識を手放してしまったらしい。
「マジかよ……」
 こんなひ弱な青年を殴るなんてあまりに痛々しくて一瀬は想像も出来ない。
「取りあえず、保健室か?」
 今までお世話になった事のない場所ではあるが、譲原をこのまま放って置く事も出来ない。
 仕方ないとばかりに、譲原の身体の下に手を入れて力を入れる。
「えっ」
 驚いた。
 何が驚いたってあまりの軽さにだ。
 身長は一瀬とそう変わらないはずなのになんだこの軽さは。
 益々、晶を殴る気が失せながら一瀬は晶をそう遠くない保健室まで運んだ。
 昼休みが空けた所だというのに保健室には誰もいない。
「どこ行ってんだ。職務怠慢じゃねぇか」
 毒吐きながら、奥のベッドへ晶をそっと寝かす。
 顔を覗き込むと、気絶した割りに晶の顔は苦しそうではない。
「こいつ、俺の事守るとか言ってたよな……」
 28人目の刺客は訳がわからない。
 そりゃ、冒険物では仲間だと思っていた相手が最後ラスボスだった、なんてよくある話だが、ラスボスだと思っていたら自分の護衛だったなんて聞いた事ない。
 おまけに、どうしようもなく弱い。
 第一。
「何でこいつ刺客なんてしてるんだよ」
 一瀬の事が好きならむしろ松野と付き合って欲しくないものじゃないだろうか?
 それとも一瀬と松野が付き合っても気にならないのだろうか?
 本当に訳がわからない。
「あら、病人?」
 振り向くと、校医が立っていた。
 白衣の上からも判るナイスバディー。
 長い黒髪に、長い爪。
 かろうじて足はスリッパだが、普段は人を刺し殺せそうなピンヒールをはいているのだろう。
 男子校の校医がこれっていうのはちょっと刺激が強すぎではないだろうか?
「何かこいつ気失ったみたいで」
 上手い言い訳が思いつかず一瀬はありのままを伝える。
「そう……あなたも怪我しているわね」
 確かに、外で暴れまわったので擦り傷やら何やらあるがたいしたものじゃない。
「これ?舐めときゃ治るよ」
「駄目よ!バイキンが入ったらどうするのっ。ほら、そこのベッドに座って」
 意外と面倒見のよさそうな発言をして、校医が救急箱を持ってやってくる。
 仕方なしに一瀬はベッドに腰掛けた。
 普段保健室などに来ない一瀬だ。
 ここで、何で椅子じゃなくベッド?
 などという疑問は当然ない。
「ほら、手出して。両方っ!!」
 テキパキと包帯と消毒液を取り出す校医に逆らうのも面倒臭く、一瀬は素直に両腕を差し出す。
「……先生ね、野々宮 万里恵って言うんだけど」
 クルクルと包帯を巻きながら校医が自己紹介を始める。
「あっ?」
「あらっ。一瀬くんちょっとごめんなさい」
 急に乗り出されて一瀬はついつい身体を倒す。
「って、何で名前……はあぁっ!?」
 晶に気を取られていてぼんやりしていた一瀬もようやくそこで自分の手が包帯にグルグル巻きにされている事に気がついた。
 包帯の端はしっかりベッドに巻きついている。
「でね。先生は一瀬くんを倒す為に探していたのよv」
「18人目かっ!?」



 というわけで今に至る。
「い、一瀬を離して下さいっ!」
「あら、駄目よ。授業中だもの」
 何の授業かわかったものじゃない。
「離せっ!この年増っ!!」
 一瀬がとんでもない暴言を吐くが野々宮は笑顔のままだ。
「やっぱり、いいわぁ。一瀬くん。譲原くんも確かに可愛いんだけど、やっぱこれぐらい生きが良くなくちゃ」
 どうやらこの校医目ぼしい少年の名前はすべてチェックしているらしい。
 今流行りのショタコンというやつだ。
「んふふ、お肌スベスベ」
 野々宮の赤い爪が一瀬の白い肌の上を這い回るのを晶は青い顔で見ている。
 一瀬を守りたい。
 だが、さっきみたいに突っ込んで行ってまた気絶してしまったら今度こそ大変な事になってしまう。
 第一、柔道黒帯の東郷ならともかく、女性にタックルして気絶するのはさすがに情けない。
 晶は必死に考えた。
 お巡りさん!と叫ぶのも駄目。
 タックルも駄目。
 あと、晶に出来る事と言えば……。
 晶は身を翻すとおもむろに窓を開け放った。
 そして精一杯の声で叫ぶ。
「誰か〜!助けて〜!!野々宮先生がエッチな事する〜っ!!」
「きゃぁ!ちょっと、何してんのよっ!!」
 流石にこれには慌てて野々宮も晶を取り押さえようとやってくる。
「やだ〜!!!来ないでっっ!!!」
 まさに捨て身の作戦。
「わ、わかったわよ。今回は出て行くから止めなさいっ!」
 野々宮の言葉にいったん口を閉じると晶は窓の柵をぎゅっと握る。
「あのね、譲原く」
「誰か〜!」
「わかったってばっ!!」
 このままでは現行犯逮捕にされてしまう、と野々宮は慌てて保健室を出て行った。
 18人目の刺客、撃退である。
「一瀬っ!!」
 野々宮が出て行くと晶は慌てて一瀬のベッドに駆け寄る。
 そしてすぐさま包帯をハサミで切る。
「大丈夫?一瀬?心臓は平気?」
「……何言ってんだよ。ってか、お前もうちょっとマシな手思いつかな
かったのかよ」
 一生懸命考えた手も一瀬に呆れられてしまって晶はシュンと項垂れる。
「でも、でも、一瀬が襲われてて……あんな酷い事されるなんて」
 晶の頭の中では東郷に襲われた一瀬の泣き叫ぶ姿まで想像が進んでいる。
「あんな酷い事って……」
(こいつ、襲われた事があるのか?)
 辛そうに唇を噛む晶にすっかり一瀬も勘違いする。
(こいつ、華奢だし、力ないし、絶対抵抗できないよな。顔も結構可愛いし……
……相手は男か?)
 一瀬の頭の中で晶が襲われた事は確定事項になってしまう。
 自分が襲われた記憶がないから当然だ。
(上の学年の奴か?それとも教師か?)
 一瀬の頭の中では嫌がる晶が体育倉庫やら社会準備室などで襲われる晶の想像がどんどん膨らむ。
 晶の現実とはかなりギャップのある想像より、ずっと現実的ではある。
 一方、晶は晶で思いつめた顔の一瀬を見て、きっと以前の事を思い出しているんだろう、と痛ましい視線を向ける。
「一瀬、大丈夫だから」
(たとえ、かっこわるくても一瀬を守るっ!)
 心に改めて誓った晶は頼られるような笑みを浮かべて一瀬に頷いた。
 けれど、一瀬にはそれが昔の辛さを堪える為の無理した笑顔にしか見えなかった。

        キーワードしりとり第八回お題  ワイドショー


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