キーワードしりとり第六回お題  いなかっぺ大将

                              by 永



一瀬を助けるためには―――
頭の中に浮かんだ、想像上の柔道部黒帯を睨みつける。
晶はがたっと立ち上がった。
「俺が、一瀬を守るんだ!」
例え、尊敬する太刀川先輩のライバルになったとしても、俺が一瀬を―――!
思い詰めたら一直線、自分の世界に入ってしまっている晶にはもう、周りの景色は見えていない。
ましてや、『優しくしてね…』とシーツにくるまって悩ましげな一瀬を妄想していたあたりから、昼休み終了のチャイムが鳴っていたことなど。
散々1人で独白述べてから、そのまま晶が教室を走り出ていった後、ずっと教壇に立っていた教師は結構慣れてきたのか、何事もなかったように言った。
「まあその、なんだ。そういうことなんで、授業を始める」



とにかく今、晶は一瀬を守りたかった。
一瀬は、柔道部の男をはじめ、たくさんの男達からストーカー行為を受けている(と晶は思っている)。
時にはタバコや酒に手を出したり、ケンカもすることがあるけれど、それはただ強がっているだけで本当の一瀬はそうじゃなくて、実際はきっとストーカー男達を怖がっているに違いない。
どうしても一言、一瀬の前で宣言したい。

「何があっても俺が……一瀬を守るからって!」

晶の勘違いの多さと重大さは天性のものだが、その本能は動物並みに正確だった。
教室を飛び出してからすぐ、ふと廊下から見下ろした中庭に、さっそく意中の人物の姿を発見する。
「あっ、一瀬―――えええっ?!」
発見した一瀬。だがその一瀬が。
そんな、まさか、こんな真っ昼間に、堂々と中庭で?!
上から見ても可憐な一瀬。
その彼の制服が………はだけて、いた。
隣には、今にも一瀬に乗りかかろうとしている黒帯の姿がある。
まさしく今、一瀬が、柔道着の男に、襲われている―――!
このままではまた一瀬は、アンなことやソンなことをイロイロとされてしまうんじゃ?!
お巡りさん! とまたその場で叫ぼうとして、はっと晶はぶんぶん首を振った。
前に一瀬の喧嘩に出くわした時はそう叫んで助けた?けれど。
今度はそうじゃない。
今度は―――俺自身の手で、一瀬を守るんだ!
そんな覚悟を決めて、晶は階段を駆け下り、中庭に躍り出て叫んだ。
「いっ、いっ、一瀬をっ、じゃなくて一瀬からっ、そ、その汚い手を離せーっ!!」



「「ああ?」」
校舎同士をつなぐ渡り廊下から躍り出てきた1人の学生を見て、一瀬と東郷 君麻呂は、揉み合いながらに手を止めた。
寝技をかけられそうになっていた一瀬にとっては、なかなかナイスなタイミングだったのだが、勿論東郷は気にくわなかったらしい。
「邪魔させるなよ一瀬! 知り合いか? あのチビ」
「知らねえよっ!」
思わずそう一瀬が答えてしまうと、譲原 晶は、がああんと背景ひび割れそうなくらい、表情に縦線を入れまくった。
が、とにかく今はそんなこと知ったこっちゃない。
東郷は柔道部の主将だ。
ハガネのようなその肉体に日々一層の磨きをかけている。
本気で組まないと負ける―――つまり松野麗一郎と付き合う羽目になる―――
それを想像して一瀬は叫んだ。
「そんなの冗談じゃねえっ!!」
会話の流れ的に、『知り合いであること』が『冗談じゃない』と言われたと勘違いした譲原 晶が、先程を上回る大ショックを受けていることに、勿論、一瀬は気付いていない。
しばらく譲原 晶そっちのけで2人は組み合う。
が、東郷がかけてきたワザの一環で、一瀬のシャツがばさっと大きくめくれ、白く細い腹が外気に触れた、その瞬間。
「は、は、は離せってっ、言ってるだろこのヤロウっ!!」
もつれる足で走り寄ってきた譲原 晶が、突然、真っ赤な顔してポカポカと柔道部主将の背中を叩き始めた。
が、所詮は小柄な譲原 晶の手によるもの。
ダメージらしいダメージが与えられるわけがなく、それどころか東郷にとってはコリのツボを押してもらっている位の感覚しかないらしく、ああもっと右、とか、あと3センチ上、とか、叩く場所を指示したりしている。
「え、もっと上? この辺? …じゃなくて、い、一瀬から手を離せって言ってるんだよっ!」
「うるさいな、部外者はすっこんでろ」
「すっ、すっこまないっ! お、お、俺は一瀬をっ、ま、ま、ま、ま……まもるんだからっ」
……は?
何言ってんだこのチビは、と一瀬は目を丸くした。
確かこの譲原 晶は、太刀川が用意した28人目の刺客になる予定なのだ。
その男が今、自分を守る、とそう言っている。
なんじゃそら、と問い返そうとした時、柔道部主将・東郷が突然笑い出した。

「あっはっは! ほんなこまい体しよってからにアホなことよう言うわぃ! ええけんコドモはこんなとこおらんとはよ離れんかいや、怪我しても知らんぞ!」

四国でも局地的にしか使われていない地味な方言で、いなかっぺ大将よりも田舎臭さを醸し出し始めたこの東郷 君麻呂、いっぱいいっぱいになってくると、ついお国言葉が飛び出してしまうというクセを持っていた。
今の言葉が世間一般的に通じるかどうか、それは、東郷にとっても作者にとっても、謎。
が、案の定、譲原 晶には通用しなかった。
「ホンナコマイカラ? うっ、宇宙語をしゃべるなこの変態ーっ!」
「宇宙語?! そーとう美しい日本語やろが何言ぃよん?! うちんとこの言葉馬鹿にするやっつぁタダじゃおかんけんの!!」
東郷 君麻呂―――地元をこよなく愛する男。
ソリャソリャと祭りのリズムらしいかけ声に合わせて、ポカスカ叩いてくる譲原 晶を片手でずさっと突き飛ばした。
軽い譲原の体は、あっけなく数メートルほど後ろに吹っ飛ばされる。
じゃああ、と中庭の芝生と譲原の制服がこすれる音が、一瀬の耳にも届いた。
吹っ飛ばされた先で、芝生に顔をこすりつけるように倒れて動かなくなってしまう。
「おいっ、譲原! お前28人目の刺客じゃねえのかよ?!」
思わずそう声をかけて近寄ろうとしたが、ワザをかけてこようとする東郷が邪魔だ。

「一瀬、まだ勝負ついとらんぞ! 今日こそお前を倒」
「話の邪魔だってんだこのイナカ野郎!!」

そこでくり出した一瀬のスクリューパンチは明らかに柔道の技ではない。
が、話の邪魔だと言うだけで、人体の急所の1つらしい顎の下を殴られてしまった東郷 君麻呂は、その巨体を中庭の芝生に沈める羽目になった。
17人目の刺客、ここに倒れる。
「おい、譲原」
倒れた東郷を、これまた通行の邪魔だとばかりに踏みつけて、一瀬は譲原 晶に近寄った。

        キーワードしりとり第七回お題  うきわ


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