キーワードしりとり第三回お題 続投
by 永 あれはちょうど、一週間前の放課後のこと―――。 「一瀬。そろそろ契約期間を延長したらどうだ?」 そう言って突然、帰宅路をふさいできた男にたいし、一瀬は思いっきりガンをくれてやった。 「どきやがれタチウオ」 「タチカワだ」 肉厚がなく平べったくてひょろ長いところが太刀魚そのまんま――あくまで一瀬視点だが――な太刀川は、一瀬にとっては一学年年上の先輩になるのだが、この男との接点と言えば、一瀬の幼馴染み・松野麗一郎のクラスメートだというくらいで、その他には、特に何か世話になったり恩を感じたような覚えもなく。 よって、一瀬の言葉遣いには全く遠慮が存在しない。 どけ、ともう一言ぴしゃっと言い放ち、太刀川の横をすり抜けようとしたが、彼の隣に一瀬の幼馴染みがにっこり笑って立っているのに気付いて、思わず一瀬は立ち止まってしまった。 「麗一郎。馬鹿と付き合うと馬鹿にしかなんねぇぞ。それ以上馬鹿んなってこれ以上取り返しの付かないことんなったら、お前、いつか間違いなくなくすぜ、存在価値」 バカバカ言われても、太刀川は余裕綽々だった。 「ふっ。弱いケモノほどよく吠える」 そう言って、大して長くもない前髪をかき上げながら、馬鹿は話を続ける。 「将来を心配するほどに大切な、この『蜻蛉の君』・松野のことを、契約期間満了などという世間体を気にしてフッてしまったキミのことが、俺は本当にわからないよ、一瀬」 「ふってねぇしそれ以前に付き合ってねえ!」 そう言って一瀬は怒鳴り上げたのだが、『付き合っていない』というのは少々、正確ではないかもしれない。 話は3ヶ月程前にさかのぼるのだが、一瀬は、この太刀川の口車に乗せられて、ある賭けに負けてしまったことがあるのだ。 『なぞなぞに答えられなかったら、3ヶ月間、松野の恋人になること』 そういう賭け?だったのだが、その『なぞなぞ』と言うのは、いつも麗一郎が趣味で作っている、あのオチのないなぞなぞのことである。 オチがなくつじつまも合わないなぞなぞなのだから、一瀬に答えられるわけがない。 勿論、そんな賭なんか、一瀬にはマトモに受けるつもりは更々無かった。が、太刀川は異様に行動の早い男だった。なぞなぞに答えられなかった翌日には、学校のほぼ全校生徒が知っていた。 ―――1年の一瀬が、『蜻蛉の君』の恋人になったらしい、と。 太刀川を再起不能にするため何度も教室に乗り込もうと思ったが、口車に乗せられてしまったことは事実だったから、一瀬はこの3ヶ月間、ぐっと耐えた。馬鹿とまともにやり合っても自分が馬鹿になるだけだ、そう自分に言い聞かせて。 だから数日前、3ヶ月の期限終了と言うことで、ようやく一瀬は松野との交際終了宣言をしたのだった。 それなのに。 「キミにフられてからというもの、ここ数日の松野は実に哀れで見ちゃいられなかった。授業中でも思い詰めたように涙を目に溜めていて、この前の現国の授業中にはとうとう、教師が山月記を朗読する声に思わずもらい泣きしていたくらいだ。今の松野には辛かったんだな、あの愛の詩は」 「そんな話か山月記って?!」 「延長してやれよ、一瀬」 一瀬のツッコミなど気にも留めず、至極大まじめな表情で、太刀川は言う。 「薄羽蜻蛉の君、なんて謳われるほどに広く慕われているこの松野に、これ以上泣き暮らす生活を送らせるつもりかい?」 いらだちがピークに達しそうになりながら、一瀬は取りあえず幼馴染みに話を振ってみた。 「こんなこと言われてんぜ麗一郎。どうなんだよお前は」 そう尋ねると、涙なんかここ久しく流したこともなさそうな平和な双眸が、一瀬を見てニッコリと笑ってくる。 「そんなことより、智、僕がつくったなぞなぞ、解いてくれる? 朝は足が3本で、昼になったら2本、で、夜は1ぽ」 「ほら、どうだい。悲しみのあまり、思考回路を接続する神経シナプスが正常な機能を果たせなくなってしまっているじゃないか」 「コイツはこれで普通なんだよ!」 勝ち誇ったようにこちらを見下ろしてくる太刀川に、再度一瀬は怒鳴り上げてしまった。 これが太刀川の作戦なんだとわかっていつつも。 太刀川節はまだ続いた。 「松野にこんな思いをさせて、周囲だって黙っていると思うのかい? 校内外問わず、俺の友人達にも松野を慕っている人間は多い。元凶であるキミに制裁を、とキミのスキを虎視眈々と狙っている輩が、今思いつくだけでも27人いる」 「あっはっは」 思いっきり笑い飛ばしてやる。 「俺にケンカでもふっかけようってのか? 上等だぜ、束になってやって来ても返り討ちにしてやる」 その一瀬のセリフを待っていたように、太刀川はニヤリ笑った。 この笑みはやばい、と直感で一瀬は思ったのだが、時既に遅し。 馬鹿は声高らかに宣った。 「そう言うと思って、俺は28人の刺客を用意した」 「さっき27人っつったじゃねえか!」 「ああ、うち1人は最後のラスボスとして特別に用意しようと思って。―――譲原 晶という一年生でね、彼は別に松野の親援隊じゃなくて、一瀬、キミの追っかけだ」 はあ? と一瀬は美しい顔をギリギリにまで歪めた。 元々美少年顔の一瀬には、同性に追い回されることはよくあることで、この頃は特に気にも留めちゃいなかったのだが、それでも『追っかけ』と言われて気分がいいわけがない。 譲原、というのは初めて聞いた名前だった。 そしてこの時の一瀬にとっては、どうでもいい名前だった。 「はん、その譲原ッてのが何なんだ? 柔道部の黒帯か? それとも相撲部かよ? どんなでけえ野郎でも半殺しにしてやるぜ」 ラスボスと言われたので、一瀬は、ガタイのいい喧嘩上等なヤクザ風譲原、を想像していた。 太刀川はそれさえも予測済みだったのか、一層満足げに笑いを深めて言う。 「じゃあ言葉通り、これからキミに喧嘩をふっかける27人の松野フリークと譲原 晶、全部で28人を、返り討ちにしてもらおうか。ああ、松野フリークと言ったけど、中には松野フリークであり一瀬フリークである輩もいる。多少の変態行為は大目に見てやった方が身のためだよ。でももし、キミが28人のうちの誰か1人にでも負けたら―――」 そこで低い声になって、タチウオ太刀川は続けた。 「もし負けたら――――松野の恋人、続投宣言をしてもらう」 で、勝ったら俺はてめぇに何をしてもらえるんだ? と言い返そうとした時には既に、高らかに笑いながら背を向けて去って行ってしまったので、一瀬はただその場に立ちつくすしかなかった。 勿論、その時、去ってゆく太刀川がほくそ笑みながら、「これで譲原は俺のもの」などと呟いていたことなど、一瀬には知るよしもなかったのである―――。 一週間前のそんな出来事を思い出して、一瀬は溜息を付いた。 さっき初めて会った、譲原 晶。 空き缶につまずいていた、譲原 晶。 ずいぶん想像とは違った、譲原 晶だった。 小さくて頼りなさげで、一瀬が殴ったら二度と地面から這い上がってこれなさそうな―――。 太刀川との約束通りなら、27人を返り討ちにした後――今日の3人でもう10人程クリアしたはずだが――、ラスボス・譲原を半殺しにしなくては、また、松野と付き合わされることになってしまう。 でも。 今日の3人のような体格のいい男なら思う存分殴り蹴ることは出来ても、あんな小柄な譲原を―――。 「智、どうするの?」 譲原の背中が完全に見えなくなっても目で後を追おうとする一瀬に、松野がそうまったりと尋ねてきた。 ぷち、と切れそうになりながら一瀬は喚く。 「てかお前も諸悪の根元の1人だろうがよ!」 「ははは。僕は困ってる智が大好きだもの」 笑顔でそう言う松野に、一瀬はガックリ肩を落としたのだった。 |
キーワードしりとり第四回お題 嘘八百
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