キーワードしりとり第一回お題  ハイエナ

                            by 東瀬



「はぁ」
 譲原 晶は苦くて、それでいてどここ甘いため息を吐いた。
 晶は学生にはありがちな、それでいて重要な悩みを抱えていた。
 即ち、恋の悩みである。
 晶は胸をそっと押さえてその苦しみに酔う。
 心の中で名前を呼ぶだけで、早まる心臓はとても素直で軽い感動を覚える。
 晶が相手に恋に落ちたのは四月の入学式から五日目の事。
 それを思うとそろそろ蝉の鳴き出すこの季節、晶の反応はいささか初々し過ぎる気がする。
 つまり、晶の事情はほんのちょっとだけ特殊だった。
 晶の好きな相手、一瀬 智には恋人がいた。
 それを知った時、晶は自分の気持ちに蓋をしたのだ。
 だが、三日前一瀬は恋人と別れたと言う噂を聞いてしまった。
 一昼夜悩んだものの、結局蓋はあっけなく外れ、晶は一瀬への想いを改めて実感しているのだ。
 お陰で他の事にまるで身が入らない。
「はぁ」
 一瀬の名前を思い浮かべながら吐いたため息は幸せ二割り増しだ。
 そんな幸せにどっぷりと浸かっている晶の教室のドアが突然開いた。
 晶以外のクラスメイトはそれなりに真面目に朝のHRを受けていた。
 だから、当然晶以外の生徒は皆、乱入者に気がつく。
 それでも、突然の乱入者の迫力に教師すら声がかけられない。
 そして、晶同様、一つの事しか考えていなさそうな乱入者は真っ直ぐ晶の席までくると、晶の肩をがっしりと掴んだ。
 息をのむ教室。
 ようやく乱入者に気づく晶。
「あれ?太刀川先輩?」
 不思議そうに晶が小首を傾げると、髪がサラリと流れる。
 それに目を奪われそうになりながら、太刀川先輩はぐっとその肩を強く握った。


「一瀬に惚れているって本当か?」


 目の前が真っ白になって思わず晶は卒倒しそうになった。
「ど、ど、ど、ど、どうしてそれを」
 晶が一瀬を好き。
 それは十五年間四ヶ月という短い人生の中ではあるが、最大級の秘密のはずだ。
 それをどうして太刀川先輩が知っているのか。
 しかも、何でこんな所でそれを言われるのか。
「本当なのかっ!?」
「知りませんっ!?」
 これでも三ヶ月隠してきたのだ、それがある目的を決めた途端ばれるなんて、信じられない。
 晶は泣きそうになるのをぐっと堪えて、太刀川先輩を睨んだ。
 晶より20cm以上背の高い太刀川先輩を睨むのはかなり首が痛いが、ここは強気にならなければいけない。
 けれど、晶の意気込みに反し、太刀川先輩は既に満身創痍とばかりにがっくりと項垂れる。
「譲原が昨日の5時間目の間、ずっとグラウンドを見ていたって聞いても」
「な、何で知っているんですかっ!?」
 確かに、確かに、晶は昨日の五時間目、窓際の席をいい事に三組の体育の様子を眺めていた。
 一瀬は体育には参加せず、木陰でぼんやりしていた。
 その姿の儚げな事!
 夏の陽炎のように消えてしまうのではないかと、晶が心配になった程だ。
 それを友人に見とがめられたのも事実。
 けれど、なぜその話が二年の教室まで流れて行っているのか。
「譲原がノートに一瀬って書いては消しゴムで消してたと聞いてもっ」
「な、な、何でしっているんですかっ!?」
 確かに、確かに、確かに、晶は昨日つい出来心でノートに彼の名前を書いてしまった。
 けれど、けれど、それこそ誰も知らないはずだ。
 それに凄く恥ずかしくなってすぐに消したのだ。
「お前が一瀬に惚れているという噂はガセだと信じていたのにっ!!!」
 ここまで言われてまさか、惚れていません、などと嘘を吐く事はできない。
 だからといってそうです、とも言えない。
 何しろここは晶の教室で、教室中の生徒+教師の四十対の耳が聞いているのだ。
 けれど、その無言を答えと太刀川先輩は受け取ってしまった。
「譲原どうして……」
 呻くような、そしてどこか責める様な言葉に晶はぐっと奥歯を噛み締める。
 太刀川先輩は晶の事を誰よりも可愛がってくれた先輩だ。
 優しい先輩なだけに晶の想いが許せないのかもしれない。
 けれど……。
「わかってますっ!一瀬は、松野先輩と別れた所だって。そんな弱みに付け込む見たいな真似、ハイエナみたいだって思うけれど、でも、でも、俺……」
「譲原、お前……本当に?」
 はっきりとは言わなかったものの、一瀬への気持ちを口にしてしまったのは事実だ。
 どうしようもなく、恥ずかしくて、けれど覚悟を決めて晶は真っ赤になって頷いた。
 太刀川先輩は真っ青な顔で晶から手を離す。
「せ、先輩」
 懸命に呼びかけるが、太刀川先輩は何も聞きたくない、とばかり頭を振った。
「俺は、認めないからなっ!!!」
「先輩!!」
 現れた時と同じように太刀川先輩は凄い勢いで教室を飛び出して行った……。
 いっそ川原でやって欲しいこの青春ドラマに水を差すのはどうかと思ったが、立場上教師は教室に声を張り上げた。
「あ〜、授業を始めます」





 晶は一瀬に一目ぼれしたと言ってもいい。
 何しろ一瀬ときたら、もの凄い美少年なのだ。
 そして、一瀬の恋人だった松野先輩も綺麗な人だった。なんたらの君、とか呼ばれているのだ。
 おまけに優しい。
 あんなに素敵な人なら仕方が無いと思ったけれど、それでもやっぱり好きなのだ。
 なのに、太刀川先輩とやりあったあれから一週間も一瀬を見ていない。
 学校には来ているらしいから、会えないのはきっと晶が一瀬を好きだと言ったからだ。
 一瀬は凄い可愛いからきっと親衛隊とかがいて、晶のような害虫は近づけさせないのだ。
 何度かあからさまな妨害にあった事もあった。
「でも、姿くらい見せてくれてもいいいのに……」
 悲しくなって晶は道端の空き缶を蹴った。
 カン
 鈍い音がして、空き缶はコロコロと力なく転がる。
 まるで空き缶にまで馬鹿にされているようで、晶は益々落ち込んだ。
 それでも、その空き缶をそのまま放って置く事が出来ず、ノロノロと空き缶を拾いに行く。
「よいしょっと」
 空き缶を拾う為に腰を屈めた体制で、晶は信じられないものを見た。
 すんなりと伸びた手足。
 小さな顔。
 薄茶色の髪。
 キラキラと光る眼。
「一瀬……」
 願い通り愛しい人の姿を見つけ、晶は頬を赤らめる。
 けれど、その喜びも一瀬の花の様な赤い唇から出た言葉で途切れる。

「ベタベタ鬱陶しいんだよっ!!変態かっつうのっ!」

 次いで繰り出される、右ストレート。
 一瀬のその小さな身体のどこからそんな力が出たのか、殴られた男は後方に吹っ飛んだ。
「……えっ」
 突然の事に混乱して呆然とする晶の前で乱闘が始まる。
 相手は三人。一瀬は一人だ。
 一瀬は軽やかなステップで相手の攻撃をかわし、男達に攻撃を繰り出す。
 それでも、三方から来る攻撃すべてを防ぐ事はできないのか、何発か一瀬に当たった。
 一瀬が危ない。
 そこまで考えが及ぶと、晶の行動は早かった。
「だ、誰かー!お巡りさん!!!喧嘩です!!」
 出来る限りの大声で晶は叫び続けた。
 心の中にあるのは大好きな一瀬を助けなければいけないという事だけだ。



        キーワードしりとり第二回お題  なぞなぞ




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