それっきり光樹と俺は口をきかなかった。
 クラスで顔を合わせても、どちらかが先に無視して、決して近づかなかった。それなのに、お互いどこかで気にしていて、目の端で相手を探っている。光樹の視線をしょっちゅう感じた。そのたびに俺は苛々した。自分だって、光樹を盗み見ているくせに。
 でも、どんなに意識しても、絶対に近づかなかった。近づけなかった。
 突然不仲になった俺たちをクラスの奴らは不思議そうに見たけれど、仲の良かった友達同士が些細なことで喧嘩してそれっきりというのはよくあることで、変に干渉してくるのはいなかった。



 俺は、ずっと後悔し続けた。
 何故、あのとき寝てしまったんだろう。あれさえなかったら、俺たちは友達のままいられたのに。
 俺にしては珍しく、眠れない日が続いて、食欲すら落ちた。
「二葉、もう食べないの?」
「ああ。食いたきゃ、食っていいよ」
 俺は唐揚げの皿を一華の前に押しやった。脂っこい物を食べる気になれなかった上に、光樹の好物だと思い出して余計食べられなくなった。
「どうしたのよ。二葉、最近、変だよ。なんか、急に痩せたみたいだし」
 女のくせに、男並みの食欲で一華が俺の皿から肉を取って、かぶりついた。
「別に」
「学校でも、調子、悪いんじゃないの?」
「そんなことないよ」
 実際は、体調は極めて悪かったけれど。
 一華は、ふうんと気の無さそうな返事をして、いきなり言った。
「竹本君とはまだ仲直りしてないの」
 ビクッとして、何も言えずにいると、
「今日、竹本君と帰り一緒になってね。二葉、具合悪いんじゃないかって心配してたよ」
(心配――? 光樹が、俺のことを?)
 一華は、じっと俺を見た。俺と同じ顔が、そこにある。
「……帰りが一緒なんて、珍しいな。あいつ、帰宅部なのに。お前の帰り、わざわざ待ってたのかな」
 とっさに口をついて出た言葉は、そのまま俺の胸をえぐった。
 俺を通じて一華に近づけなくなったから、自分から行ったのか? 俺のことをネタにして。

『一華狙い』

 あのとき耳にした言葉が、いつまでも俺の中に、トゲとなって刺さっている。

 一華は、わざとらしいため息をついた。
 俺は、椅子を鳴らして立ち上がった。
「あら、二葉、もう食べないの?」
 台所から、母親が顔を出す。
「食べない」
 苛々した。何もかも嫌になった。
 でも、あと少しだ。あと少しで、夏休み。
 夏休みになったら、もう光樹の顔をみないですむ。一ヶ月もあるんだ。その間に、立ち直れるはず。

 そう、もともと俺は、立ち直りは早いはずなんだから。




 終業式を翌日に控えた日、俺は、体調が悪くて四時間目の授業をサボって、校舎の裏にいた。授業の終わるチャイムが鳴ったけれど、教室に戻る気はしなかった。
 昼飯食う気も起きない。このままずっとここにいようか、いっそのことうちに帰ろうかと、ダラダラ考えていたら、誰かの足音がした。
「いた! 二葉」
 高木だ。ひどく焦っている。何があったんだ。
「どうしたんだよ」
「光樹が」
「え?」
「ごめん! いや、何で謝るのか、わかんないんだけど」
「俺も、わかんないよ」
 光樹の名前にドキッとしたが、この高木の様子は何なんだ。
 とりあえず、立ち上がって話をきくと
「えっと、中村のヤツがさ」
「うん」
「お前たちが仲悪くなったのって、光樹の一華狙いがバレたからだろうって、言ったんだよ。冗談だよ、モチロン」
「…………」
「そしたら、光樹の顔色が変わって、中村の胸倉つかんで『二葉に何か言ったのか』って、すごい剣幕で」
「…………」
「あんまり恐ろしいんで、俺が言ったんだよ。二葉は前から知ってた、って」
 なっ? と言うように、高木は俺の顔を見る。
 俺は、言葉が出なかった。
「で、あの時のお前との会話、話したら、そしたら、もっと怖い顔になってさ……俺、アイツのああいう顔、初めて見たよ」
 そういう高木も、普段の飄々とした顔とは全く違う顔だ。
「で、二葉はどこにいるって、すごい勢いで捜しているから、もう、とにかくアイツより早く見つけて、知らせなきゃって、俺」
 と、そこまで言って、ギャッと叫んだ。
「来たっ!」
 俺の後ろを見て叫ぶ。
「二葉っ」
 光樹の声。肩越しに振り返ると、こっちに向かって走ってくる光樹が見えた。
 反射的に俺は駆け出した。
「待てよ、二葉っ」
 待てと言われると、ますます足に力が入った。
 そのまま裏門を抜けて、上履きのまま外に出た。体調悪いのに全力で走ったりして、むちゃくちゃ心臓に悪かったけれど、そんなことは言っていられなかった。
 スクールゾーンの標識のある小道を抜けて、夏草の繁る空き地に出る。
(しまった!)
 空き地の向こうは、最近マンション工事が始まっていて通り抜けられなくなっていた。
 このままじゃ、行き止まりだ。
(あのフェンスを越えれば何とかなる)
 左手にあるフェンスの向こうは駐車場だ。そっちに向かって走って、フェンスに飛びついたところで、ベルトをつかまれた。
「うわっ」
 そのまま引っぱられた俺は、フワリと宙に浮いて、そのまま背中から地面に激突した。
 いや、地面じゃなかった。

 光樹の身体が、俺の身体の下敷きになっていた。






 仰向けになった俺は、動けず、口もきけなかった。
 苦しかったのだ。
 貧血のような気分。
 本当に、体調悪かったんだな。こんなに走ったりして、馬鹿。
 光樹を下敷きにしていることは、わかっていたけれど、そのままグッタリ目を閉じた。
 目の裏がチカチカする。
 はあはあと荒い息を吐く間、何故か、光樹も付き合ってくれた。
 光樹も走って息が切れたらしく、俺の頭の下で胸が大きく上下している。


 しばらくそうしていたのだけれど、俺の頭を胸に乗せたままの光樹が
「大丈夫か?」
 と、俺の髪を撫でたとき、俺はむくりと起き上がった。
 どうにかしゃべれるようになっていた。
「何すんだよ」
「え?」
「何で、追いかけて来んだよ」
「お前こそ、何、逃げてんだよ」
「お前が、追いかけて来たからだろっ」
 と、叫んだ俺の言葉が終わらないうち、光樹が俺にしがみ付いてきた。いや、抱きつかれた。
 背中が、ガチャンとフェンスにぶつかる。
「ゴメン、二葉!」
「な、何……」
「高木の言ったこと、嘘だから。俺が、一華ねらいでお前のそばにいたなんて、ありえねえから」
 俺の肩に顔を埋めて言う。
「あいつらの言ったこと、全部、嘘だから」
「……別に、高木に聞いたんじゃないよ。俺が、自分で聞いたんだから」
 光樹が顔を上げて、俺を見る。
「あの日、日直のお前追いかけて、図書室行ったんだよ」
 その時に聞いたのだと言おうとしたら、
「だから、それが嘘だって」
 ギュッと抱きしめられた。
「あん時、中村のヤツが、俺がお前に欲情しているとか言うから……内心すっごい焦って、誤魔化さないといけないと思って……だから、とっさに、高木に言われたまま返事したんだよ」
(……うそ)
 俺は、信じられない思いで、光樹の言葉を聞いた。
「なのに、高木は、二葉は前からそのこと知ってたとか、トボケタこと言いやがるし」
 光樹は腕の力を緩めると、俺の顔をまっすぐ見て言った。
「お前、ずっと、そう思っていたのか」
 俺は、コックリ頷いた。
「俺と……ヤッたときも……そう思ってたのかよ」
 光樹のひどく真面目な顔が、苦しそうに歪んだ。
 俺は、もう一度うなずいて、そのまま下を向いた。恥ずかしくて顔が上げられない。
「ゴメン」
 光樹が、俺の肩に両手を置いたまま頭を下げた。
 何で、光樹が謝るんだ。
「お前が、そんな思いでいたなんて、全然気がつかなかった」
 光樹の声が震えている。肩に置かれた手も震えている。
「あの時、ちゃんと言うべきだったんだよ。俺がちゃんと言わないで、あんなことだけしたから、二葉を傷つけた」
 光樹? 泣いてるのか?
 俺は、そっと光樹の顔を覗き込んだ。
 まさかと思ったけれど、光樹の目が真っ赤になっていた。
「光樹……」
「二葉、好きだ」
 光樹が腕に力をこめて、もう一度俺に抱きついた。光樹の泣き顔は俺の肩の上。
「一華じゃない。二葉が、好きなんだ」





 俺は、フェンスに背中を預けて空を見上げた。
 真っ青な空に、白い雲が浮かんでいる。
 吸い込まれそうな夏の空。

 ゆっくりと、光樹の背中に腕を回した。俺よりもずっと広い背中。シッカリした骨格、たくましい筋肉、どれをとっても大人なのに、今、子供みたいに泣いている。
 俺は、その背中を撫でて言った。
「信じられない」
 光樹の背中が、ピクッとした。
「だって、こんな身近に、ドーセーアイシャがそんなにいるなんてさ」
 光樹が顔を上げて、眉を寄せる。
「他に、誰がいるんだよ」
「俺」
 虚を突かれたような光樹に、俺は自分から口づけた。


 俺も、ちゃんと言わないといけない。

 だけど、このキスの後でも、遅くは無いよな。







END




ここまで読んでいただいてありがとうございます。
連載中の日刊を押しやっての短期突発小説でしたが、いかがでしたでしょうか。
   高校生らしい二人が、結構気に入ってます。一華もね。
ご感想などいただけますと、続編があるかも知れません(笑)
よろしければ、一言お寄せくださいませませvv
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お礼SSはバカップルのエロエロあまあま。現在公開しています。




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