高校生になってよかったことに、みんなある程度オトナになってくれたんだろう『自分は自分、他人は他人』という考えも定着したようで、俺と一華を比較してアレコレ言うヤツは小中学校時代に比べて、ぐっと減った。
 
 代わりに、別のうっとうしさが出てきたけれど。




「春野、これ…」
 差し出された白い封筒に向かって、俺は頭を下げる。
「ゴメンナサイ」
「だーっ、誰が、オマエに告ってるよっ」
 クラスメイトの宮内が叫ぶ。
「どうせそう断られるんだから、今のうちに予行練習しといた方がいんじゃないの?」
 俺はクスッと笑った。
「きっつーう」
「一華と同じ顔で言われたら、立ち直れないな宮内」
 周りで加藤や山下がはやし立てる。
 高校に入ると一華のことを異性として意識する連中はますます増えたようで、中学まで女子からの手紙の方が圧倒的に多かった一華だったが、このところよく男からラブレターらしきものをもらって眉をひそめていた。
『一華の弟』である俺には、知り合いは勿論、どこの誰かもわからないヤツからまでも手紙が寄せられた。

「一華さんに渡してください」

 俺はポスペのモモちゃんじゃねーっつの。


 たいがい断ってるんだけど、どうしても断りきれず受け取って帰って渡すようなことになると、一華は酷く嫌な顔をした。
「何でこんなの貰ってくるのよ。その場で断ってくれればいいのに。後からわざわざ断るの大変なんだからね」
「俺だって好きでやってるわけじゃねーよ」
「そっか、ゴメン」
 あっさり謝るから気が抜ける。
 けれども、また次の時には同じやり取りがあるのだ。
 今回も、宮内の泣き落としと、加藤、山下の友情応援団の勢いに負けて、手紙を預かってしまった。また嫌な顔をされるんだろう。



「二葉、終わったのか?」
「ああ」

 宮内の『大切な用事』が終わるまで、待っていてくれた光樹に俺は手をあげて応えた。
 光樹とは、入学式の日に初めて口をきいて以来、いつのまにかクラスで一番親しくなっていた。
 中学もそうだったけれど、双子をわざわざ同じクラスにすることはないので、俺と一華のクラスは別々。アイツは高校でもバスケ部に入ったから、帰宅部の俺とは登下校も一緒になることはほとんどない。俺は高校での新生活のほとんどを竹本光樹と一緒に過ごして、それはなかなかに居心地がよかった。

「宮内の用事って何だったんだ?」
 入学してすぐペタンコにつぶした学校指定の学生鞄を肩に掛けて、光樹が聞いてくる。
「いつものだよ。わかってんだろ?」
「宮内も一華のこと、好きだったのか」
「ああ」
「モテモテだな、お前の姉貴」
「俺に似て、美人だから」
「ま、それだけじゃねえと思うけど」
「わかってるよ、ウッセエ」
「一年なのにレギュラーになったって、女子が騒いでた」
「ああ」
「二葉も、なんか部活やりゃあいいのに」
「お前が言うかよ、俺と同じ帰宅部のくせして」
「二葉がどっか入るんなら、付き合うよ?」
「……いいよ」
 部活を始めたら、やっぱり比べられるだろう。俺がごく平凡な人間だってわかるまでは変な期待もされてしまう。がっかりさせるのは、嫌だ。
「ゲーセン寄ってく?」
 長身を折り曲げて、光樹が俺の顔を見る。
「ん、その前に、腹減った」
 マックにでも寄りたい。
「したら、サイゼリア行こうぜ」
 駅前のイタ飯系のファミレスだ。
「すげえ、金持ち」
「フフフ、ちょっとね。ドリンクバーおごってやるよ」
「それだけかい」
 馬鹿みたいに笑いながら、俺たちは並んで歩いた。




「あ、ほら、あのコ」
 サイゼリアのドリンクバーでアイスコーヒーのおかわりをしていたら、うちの上級生らしい女が四人、俺を見て囁き合っている。
「春野一華の弟」
「似てるう、さすが双子」
「でも、性格は違うらしいよ」
 なんか久し振りだな。露骨な噂話。
「お姉さま、あいにく違うのは性格じゃなくて、デキなんです」
 席に戻りながら、微笑んで見せると
「キャッ」
 彼女ら、顔を赤くして、席で飛び上がった。
 そう、俺もこれくらいは強くなった。



「何、アヤつけてんだよ」
 ジンジャーエールの入っていたグラスからガガッと口に入れた氷を噛み砕いて、光樹が笑う。
「別にぃ、あっちが先に何か言ってたんだよ」
「いちいち聞いてんじゃねーよ」
「耳に入ってくんだよ。イチカ、イチカ、ってさ」
「イチカバチカなら、面白かったのにな。あと、ペチカとか」
「面白くねーよ? 全然……」
 呆れた俺に構わず、屈託なさそうに笑う光樹。
 その笑顔につられて、俺はついグチってしまった。
「一華と二葉って名前も、よく考えたらひでえよな」
「あ?」
「姉は一番の華で、弟は二番目の、しかも葉っぱだよ?」
「プッ」
 光樹は吹き出した。そして面白そうに言う。
「そういや、朝顔とかの双葉ってさ、本当の葉っぱが出てきたら、枯れちまうんだよな。もー、とっとと枯れる」
「うわ、キッツー」
 アイスコーヒーのグラスを握り締めて、愕然とした顔を作って光樹を見る。
 光樹は、いやいやと首を振って、
「じゃあ、俺もいいこと教えてやるよ」
 前かがみに顔を寄せてきた。
「何だよ」
「俺にも、四つ違いのユーシューな兄貴がいるんだけどさ」
「はあ」
「ヤツの名前は、何でしょう?」
「知るかよ、バカ」
「あはは……カグヤ」
「は?」
「竹本輝久夜。かぐや姫のカグヤ」
「うぇっ」
 マジ? マジで??
「でさあ、俺の光樹って、あれよ、アレ。かぐや姫の入っていた竹って光ってたって言うだろ?それで、光る樹よ」
 光樹は片手で頬杖ついて、氷の入ったグラスをカラカラと鳴らした。
「兄はかぐや姫で、弟は、そのイレモノよ? どうよ?」
 俺は思いっきり吹き出した。テーブルに突っ伏して笑う。
「知らなかったよ、お前の名前にそういう意味があったとは」
「だろ?」
 光樹の瞳が優しく細められ、不思議な色を浮かべた。
 コイツは――光樹は、同じ歳のくせして、たまにこういう顔をする。
 大人びた表情。しっかりした顎の線や男らしく整った顔が、余計に、他の同級生より大人に見せる。初めて会ったときに雪村先生に似てるって思ったのも、その、とても高校一年には見えない雰囲気のせいだ。
 そういえば、もうヒゲ生えてて、毎朝剃ってるって言ってたな。一華とそっくりだけあって女顔の俺の顎には、うぶ毛もほとんど生えていない。羨ましい限りだ。
「何だよ」
 急に笑うのをやめて顎を見つめる俺に、光樹は眉を寄せる。
「いや、光樹って、もう、ヒゲ生えてんだよな」
「何だよ、突然」
「そんなに毎晩伸びんの? 剃らないとボーボー?」
「ボーボーにゃ、なんないけどよ……」
 そして、ハッと手を打って、
「二葉ちゃんたら、そんなことに興味持つオトシゴロなのねぇ」
 オカマ言葉で抱きついてきた。
「うわっ、やめっ」
 スリスリと顎を頬に擦り付けられて、俺は本気で焦った。
「ヤメロって!気色悪いっ!!」
 店中の視線が俺たちに集まっている。うちの学校の奴らも、大勢いるんだから。
「本当に、やめろよっ、こら、バカ」
 わずかにチクチクとした感触が頬を刺し、そして、光樹のシャンプーの匂いと汗の匂いが鼻を刺し、俺はゾクッと背中を震わせた。
 気色悪い。
 そうじゃ、ない。


 雪村先生と一華のキスシーンでショックを受けたあの日から、俺は気がついていた。
 俺が、男のくせに、女よりも男に惹かれる人間だということ。
 同性愛者。
 この、まだまだ将来のある若い身空で受け入れるには、キツイ現実。
 
 でも、俺はわかっていた。

「ホントに、カンベンしてくれってば」
「二葉ったら、照れ屋さんネッ」


 わかっていた―――自分が光樹に惹かれていること。







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