『あたっくNO.1』のご感想お礼SS
続編につながるので、ここでアップします。ご感想いただいた皆様、ありがとうございました。

ひよこ視点

「あんたの王子様なんて、所詮、こんな男よ」
 吐き捨てるように言ったとき、本当のところ私は陸に怒っていたんじゃなくて、自分自身に怒っていた。
 こうなることくらい予想できたはずなのに、なんとかなるんじゃないかなんて甘い考えでショーリをけしかけてしまったこと、あの時は、死ぬほど後悔した。
 私は二つ年下の従弟を本当の弟みたいに可愛がっている。そう思っているのは私だけで、私の愛情がこの従弟にはわかってもらえてないんじゃないかとか、そう感じることもしばしばあったけど、まあしょうがない、私の愛はちょっぴりイジメに似ている。

 ショーリに女の子の格好をさせて夏休みの間だけバレー部に入れようと思ったのは、あのジュンが捻挫なんかしてくれて、エースアタッカーがいなくなってしまったと言うのもあったけど、ようは私がショーリと遊びたかったのだ。
 せっかくショーリが三週間もうちに泊まりに来るっていうのに、私は毎日部活だし、からかって遊びたいのに殆ど一緒にいられない。だから、思いつきでやってみたことが、こんな結果になるなんて、お釈迦様でも草津の湯でもわかりゃしないわよね。って、なんか変なたとえね。 お釈迦様でもわからない、でいいんだっけ。
 草津の湯って何?





「ひよちゃん、どうかな」
 ショーリが洗面所からひょこっと顔を出した。今日は日曜日で、王子様とのデートらしい。頬がほんのり染まっている。
「可愛いよ。男の子にも女の子にも見える」
 はいてきたジーンズの上に、私のピンクのニットを合わせると、あっというまにこずえに変身。
「あ、ありがとう…借りるね」
「あげてもいいんだけどね」
「えっ、いいよ、持って帰っても変に思われるし」
「だよね」
 あげない。だって、そうしたらショーリ、もう家に寄ってくれなくなっちゃうもん。
「今日は、どこ行くの?」
「動物園」
「はい?」
 意外な答えに、ちょっと驚いた。
「変かな?」
「いや、デートなら定番だと思うけど……」
 あの男と動物園っていうのがね。
「ケダモノと獣を見に行くのか」
「えっ? 何言ってんの」
 ショーリは小首をかしげてクスッと笑った。
(あ…可愛い)
 最近、よくこういう顔をする。やたら可愛くて色っぽい。
「ねえ、ショーリ、あいつ手ぇ早くない?」
「えっ? えっ?」
「キスくらいしたでしょうけど、それ以上のこと求められたりしてない?」
「や、やだな、何、言って……」
 ショーリの顔が赤く染まっていく。
「男同士でも、やりすぎると妊娠するからね。気をつけるのよ」
「してないよ、そんなことっ」
 耳が真っ赤だ。
 しばらくは、からかうネタが増えた。
 そんなやり取りをしていたら、玄関の呼び鈴が鳴った。
「あ」
「お迎え?」


 予想どおり、ショーリの王子様――というにはゴツすぎて人相も悪すぎ――が、お姫様を迎えにやって来た。
「動物園だって?」
「いーだろ、どこでも」
 陸はムッとした顔で私を睨む。でも、なんとなく目許あたりが赤いのは、やっぱり照れているんだろう。
「いいけど。ショーリ受験生なんだから、たまには図書館とかで勉強教えてやりなさいよ」
「げっ」
 陸は、顔をしかめる。
「いいよ、僕が外に出たいんだもん。勉強ばっかりじゃ、息が詰まるし」
 息が詰まるほど勉強してないじゃん、と突っ込むのは止めておいた。
 陸を庇うように飛び出してきたショーリのラブラブオーラに当てられてしまったから。
「お弁当、持って来たんだ」
「えっ? お前、作ったの?」
「ううん、お母さんが」
 おいおい。
「あっ、そっ…」
「あ、でも、僕がお弁当箱に詰めたんだよ」
「そうか」
 こら、陸。それくらいで、目じり下げるな。
 このワイルドな男のいつもはキリリとつりあがっている切れ長の目が、こんなにも脂下がっているのを見る人は少ないだろう。まあ、見たところで、嬉しいものでもないけれど。
「じゃあ、ひよちゃん、行って来ます」
「んじゃな」
「はい、行ってらっしゃい」
 
 玄関先で二人を見送って、改めて不思議な気になった。
 一ヶ月前、ショーリはあの男にふられたと思って、ワンワン泣いたんだよね。
 あの、私が後悔に胸を押しつぶされた日。
 あいつが怒って、ショーリを突き飛ばして……。
 あの時は、こんな日が来るなんて予想できなかったなあ。

 陸が思ってたより、いいヤツで良かった。……かな。





*  *  *
こずえ視点


「陸さん、あっちにアライグマがいるよ」
「ラスカルだな」
 陸さんの口からラスカルなんて言葉が出ると、それだけでおかしい。
 クスクス笑ったら、
「何だよ」
 唇を尖らせた。
「陸さんて、ときどきかわいいよね」
「は?」
「初めて会ったときは、怖い人かと思ったんだけど」
「初めて、って…あん時か」
 ひよちゃんに連れられて行った西高。陸さんは、体育館のコートのことでひよちゃんを呼び止めた。
「お前、俺の名前聞いて笑ったよな」
「え? そうだった?」
 うん、笑った。『おかひろみ』に。
「相川に紹介されて、かわいい子なんでドキッとしたら、いきなりフルネーム言われてさ。かなりハズかったんだ」
「ドキッと、したんだ?」
「うん」
「そんな風には見えなかったけど」
「顔にはあんま出さないんだよ」
「そっか」
(でも……)
「でも、最近は、顔に出すよね」
「え?」
 陸さんはちょっとギョッとした。ほら、ね。こんな風に表情変わる。
「最近は、考えてること顔に出てるもん」
「そうか」
 陸さんは困ったように、大きな手のひらで顔をさすった。
「ポーカーフェイスが売りだったんだけどな」
「ふふふ……」
「じゃあさ、俺が今なに考えてるか、わかるか?」
 陸さんは、顔を覗き込むように僕を見た。
「えっ?」
 僕は、陸さんの目をじっと見た。
 黒目の中に、自分の顔が映ってる。
「うーん」
 じっと見ても、エスパーじゃないんだからわからないよ。でも、わかるって言っちゃったから
「そろそろお弁当が食べたいって思ってる」
 言ってみたら
「惜しいな」
 陸さんは大げさに頭を振った。
「惜しかった?」
 どう惜しかったか訊ねてみたら、
「そろそろ食いたいのは、弁当じゃなくて」
 人差し指で胸の真ん中をつつかれて、僕は一瞬意味がわからなかったけれど
『それ以上のこと求められたりしてない?』
 ひよちゃんの言葉を思い出して、血が上った。
「な、な、そっ……」
 顔熱い。たぶん真っ赤。
 陸さんは困ったように笑って
「大丈夫、中学生には、手ぇ出せねえから」
 肩をすくめた。
「そ、そっ?」
「だから、あと半年待つよ。俺って、偉いよな」
「う、うん」
 って言うことなのかな、よくわからないけどうなずいた。
「まあ、ワインもねかせたほうが美味いって言うし」
「ワイン?」
「我慢するだけの価値はある。って、自分に言い聞かせてんだけど、でも、お前も男ならわかるよな」
 急に情けない声になる。
「お、男ならって」
 アレ?
「なあ、お前、自分でやるとき、どうしてる? 俺のこと、思い出したりしてくれてる?」
「バカッ」
 みぞおちにグーでパンチ。
 手を出さないとか言いながら、言ってることはセクハラオヤジ。
「イテッ」
「僕、ラスカル見てくるから」
「あ、ちょっと待てって」
 走る僕を追いかけてくる。
 僕はむきになって走ったけれど、陸さんは余裕だ。
 お弁当の入ったカバンも持ってるってのに、長い足ですぐに追いつく。
「捕まえたっ」
 背中から抱き締められて、そして
「きゃははははっ」
 脇腹をくすぐられた。
「ち、ちょっとっ、やめっ」
「あははは……」
 ふざけていたら、通りかかったおばあさんがニコニコと僕たちを見て、
「デェト? いいわねぇ」
 話し掛けてきた。
 その家族らしい人がとんで来て
「おばあちゃんってば」
 おばあさんの手を引いていく。
 一瞬、それを見送ってしまって、そして、陸さんがポツリと言った。
「まさか男同士とは思ってないだろうなぁ」





*  *  *
陸視点


「これが、焼きタラコで、こっちがツナマヨ。どっちがいい?」
「両方」
「どっちもあげるよ。先にどっち食べる?」
「ツナ」
「はい」
 こずえは、弁当箱からおにぎりを取り出して
「海苔は、僕が巻いたの」
 誇らしげに笑った。
 だめだ。ヤバイ。むちゃくちゃ可愛い。
 押し倒したい。
 しかし、ついさっき中学生の間は手を出さないと口に出したばかりだ。
「おいしい?」
「ん、うまい」
「オカズはね、唐揚げとソーセージ。これを詰めたの」
「うん。……なあ、お前のおふくろさん、弁当作るの変に思わなかったかな?」
 指についたご飯粒を舐めて取りながら訊ねたら
「動物園に行くから作ってって言ったら、すぐ作ってくれたよ」
 こずえはウエットティッシュを差し出しながら応えた。
「誰と行くって言ったんだ?」
 ちょっと気になる。俺とのことは、言ってないだろうけれど。
「ひよちゃんの学校の友だちって」
 こずえは、ちょっと言いにくそうに言葉を濁した。
「相川の友だち?」
「うーんと、正確には、ひよちゃんちに行っていた間、西高のバレー部に顔を出して、そこで知り合ったお友達って言ってる」
「年上の友だちって思ってるのか」
 俺はうなずいた。
「まあ、そんならそれでいいか」
 二つ目のおにぎりに手を出すと、
「あとね……」
 こずえは小さな声で続けた。
「そのお友だちって……女の子だって、思ってる」
「はあっ?」
 おにぎりをポロリと落としそうになって、慌ててお手玉。何とか無事。
「ど、どうして?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 こずえが膝でにじり寄ってきて、必死な顔で俺を見上げる。
「動物園に行くって行ったら、お母さんが『デート?』って聞いてきて、僕はそんなつもり無かったんだけど、どうも赤くなっちゃったみたいで」
 今も、顔が赤くなっている。そりゃそんな顔したら、デートですって答えたようなもんだ。
「で、しつこく名前聞かれて」
「言ったのか?」
「うん」
 オカヒロミ。
 なるほど、女だと思っただろうな。
「電話、夏休み終わってから毎日してたから、アヤシイって思ってたみたいで」
「ああ」
 お互い親と話すのは気後れするから、こずえのほうが俺の携帯にかけている。
「ごめんね」
「なんで謝るんだ?」
「いつかちゃんと、男の人だって言うから」
 げっ。
「いや、待て」
「え?」
「それは、まだ、ちょっと……」
 大きな瞳で俺を見つめるその顔に、俺は相川の言葉を思い出した。
『それ相応の覚悟して――』
 わかってる。
「えっと、そのときは、俺も一緒に行くから」
「え?」
「恋人が男ですって、親に言うときは、俺も一緒だから」
「あ…うん…」
 こずえははにかんだように微笑んだ。
(可愛い……)
 カミングアウトは、正直、まだ先延ばしにしたいけど、何があっても この笑顔は失えない。
「ま、しばらくは、俺のこと相川の女友達ってことにしとけよな」
「うん、二つ上だって言ったら、お母さんが『金のわらじ』がなんとかって言った。どういう意味だろうね」
「さあ?」
「金でわらじって作れるのかな」
「作れねえだろ。あ、わらじの型にぬくのか」
「何のために、そんなことするの?」
「足腰きたえる用とか」
「ああそうか」
「練習中はそれをはいていて、本番で脱ぐと驚異のジャンプ力」
「すごーい」
 こずえは感心してうなずいている。そして首をかしげる。
「でも、わらじにすること無いよねぇ」
「そうだな」

『金のわらじ』の意味を俺たちが知ったのは、それからずい分あとだ。





金(かね)のわらじ
『ひとつ年上の女房は金のわらじをはいてでもさがせ』
姉さん女房は鉄で作った(磨り減らない)わらじをはいて探すくらい価値あるってことで、
おそらくお母さんは「金のわらじ二足ねぇ」なんて笑ったんです。
ご質問があったのでvv
しかし、若い人は知らないよね。てへっ。







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