(陸さん……?)

 何で陸さんがここにいるんだろう。
 ひょっとして夢なのかな。朝、ちゃんと起きたと思ったんだけど。
 なんて間抜けなことを考えていたら、陸さんは僕の肩をつかんで森下から引き離すようにした。
「な、だ、だれだよ」
 森下が言ったけれど、僕は固まったまま動けない。僕を見下ろす陸さんの顔をじっと見返していたら
「……ガクランなんか着やがって」
 本当に男なんだよなと陸さんが呟いた。
(ああ……)
 そうか。
 陸さん、あの時、僕に何も言えなかったから。
「ごめんなさい」
 僕に文句の一つも言いたいんだよね。ううん。殴られてもしょうがない。
「殴ったくらいで、陸さんの気が済むとは思わないけど……」
 僕はうつむいた。
 陸さんの目を見続けるよりも、殴られて痛い思いをする方がマシだった。
「なっ、なんだよ、勝利、こいつ誰だよ」
「お前は、ひっこんでろ」
 陸さんが森下を突き飛ばすようにして、僕の前に立った。
 殴られる。とっさに目を閉じて奥歯をかみしめたら、
「こずえ」
 ふわりと抱き締められた。
(えっ?)


 僕は何が何だかわからなくて目を開けた。
 制服の胸に僕の顔が押し付けられている。
 陸さんの匂いがして、ふいにあの夏の盛りの公園を思い出した。
「何で……?」
 口の中で呟いたら、陸さんが言った。
「男でも、やっぱりこずえがいい」
「…………」

 どういう意味?
 わからない。

 頭に血が上って、心臓が音をたてて、耳鳴りまでする。
「好きだ」
 囁かれた瞬間に身体中の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
「っと」
 陸さんの腕が僕を支える。
「こずえ」
「お、陸さん?」

 ひよちゃんの言葉が頭に浮かんだ。
『ショーリが男だって知っても、気にしないで付き合ってくれるんじゃないかって――』
 
 信じられない。
 そんな都合のいいこと。

「カレシもカノジョもいないなら、俺と付き合ってくれ」
 陸さんが僕を立ち上がらせながら言う。目が照れたように笑っている。
「いいの?」
 僕が男でも?
「いい。こずえがいい」
「陸さん…っ」

 僕は、陸さんの胸に、今度は自分から飛び込んだ。
 陸さんはぎゅって抱き締めてくれて、窒息しそうな幸せに僕は酔っ払ってしまいそうだった。

 だから、ここが僕の中学の正門前だとか忘れていたし、同じクラスの森下がすぐ近くで目を丸くしていたこととも、全然わからなかった。
「こずえって何?」
 って、あとから森下に聞かれたときは、ちょっと返答に困ったよ。






+++エピローグ+++


「こずえ」
「なに? 陸さん」
「やっぱり、こずえじゃなくて本当の名前で呼んだ方がいいかな」
「えっ?」
「人前で呼ぶのも、ホントの名前のがいいよな」
「うーん」
 実は、どっちでもいい。
 カツトシって言う名前はけっこう男らしくって、嫌いじゃないけれど、陸さんがどう思うかなあ。
「呼ぶたんびに、やっぱり男の子だって思っちゃうよね」
「まあな、しょうがねえよ、男なんだし」
 陸さんが僕のお尻を叩いたので、僕はグーでど突いてやった。

 今日は日曜日。
 僕は、あれから毎日電話している陸さんに誘われて、また西高に遊びに来た。最寄の駅に迎えに来てくれた陸さんは、制服を着ている。
「バレー部の練習は無いんでしょう」
「無いけど」
「何があるの?」
 デートは嬉しいけど、なんで高校なんだろう。個人練習に付き合うのかと思ったんだけれど、スポーツバッグは持ってないし。
 西高の正門が見えてきたときに、僕はいつもと違う様子に、理解した。
「今日って……」
「そう、文化祭」
 正門には薄紙で作った紅白の花でアーチができている。
「バレー部で出店してるから」
 行こう、と言う陸さんに連れてってもらったら
「いらっしゃあい」
「し、白石さん?」
 丸いトレイを持って出てきたのは、白石さんだ。
 たぶん、白石さんだ。
 でも、その格好―――。
「似合うかしら?」
 短いスカートに花柄のエプロン。顔にはバッチリ化粧して。
「に、似合って……」
 ますって言えればいいんだろうけど。ちょっと怖いよう。
「あ、ショーリ、来たんだ」
 奥から出てきたのは、ひよちゃんだけど
「うわっ」
 カッコいい。タキシードに蝶ネクタイ。
「どうしたの? これ」
「貸衣装、私だけ特別に借りてもらったのよ」
 サイズが無くってね、と、ひよちゃんは笑った。
「ひよ子っ、みんな写真とりたがってるから早く来て」
 みどりが呼びに来た。こっちはスーツに付け髭だ。
「あ、いらっしゃい、ショーリくん。ひよ子すごいでしょ、もうモテモテなの」小声で「女の子ばっかりにね」と囁いて、ひよちゃんに頭を叩かれた。
「すぐ戻るから、何か飲んでてよ」
「う、うん」
 よく見ると、ううん、よく見なくても、男子部の人が女装していて女子部のみんなが男装している。
 あ、高島さんが着ているピンクハウス風のワンピースは、ひよちゃんのタンスの肥やしじゃない?
「これって……」
「男女逆転喫茶」
 陸さんがケラケラ笑う。
「毎年普通の喫茶店をやってるんだけど、今年は誰が言い出したか、こんなんになってさ」
「こずえちゃんのせいだよ」
 高島さんが水を持って来た。
「俺たちだって女の子のかっこうしたらイケんじゃないかって、誰か言い始めてさあ」
「はあ」
「とりあえずあんまり不細工なヤツは外したのよ。これでも、予選勝ち抜いて出てきたの、アタシ」
 白石さんがしなを作る。
「はあ」
「とりあえず、コーヒー二つな」
 陸さんが言ったら、
「「何言ってんの?!!」」
 二人に同時に突っ込まれている。
「お迎えの大役果たしたんだから、もうこっちの仕事に入ってもらわなきゃ。ねぇ」
「そうよそうよ」
 白石さんと高島さんに両わきから腕を捕らえられて、
「な、何の真似だよ」
 陸さんは怯えた声を出している。
「ダイナマイトバティ広海ちゃんには、特別な服をご用意しているのよーん」
「俺は、違うだろう」
「違わないわよお、予選無しのシード枠」
「ほらほらほら」
「あら、アタシも手伝うわ」
「ち、ちょっと待てっ、俺は」
 長身の陸さんが、三人がかりで引き摺られるように連れ去られていく。
「似合わねえから、やめろって、おい、こらっ」

(ど、どうなっちゃうの?)
 呆然と見ていたら、
「ほら」
 ひよちゃんの声がしたので振り返った。
 今のは僕に呼びかけたんじゃなくって――
「あ」
 ジュンだ。
 ひよちゃんに突き出されるようにして、僕の前に立つ。
「謝るなら、今しかないんだよ」
 ひよちゃんの声に
「ごめんなさい」
 気が抜けるほどあっさり、ジュンが頭を下げた。
「あ…」
 僕はとっさに返事が出来ず、どうしようか迷って右手を差し出した。初めて会ったとき、ジュンがしたように。ジュンはその手を見てニッと笑うと、ぎゅっと握り締めてきた。
「仲直り」
「う、うん…」
 この変わりようが怖い。
 けれど、でもそのあとの言葉に納得してしまった。
「広海がホモだったなんてガッカリだけど、しょうがないわね。私が振られた理由もはっきりしたわ」
「はあ」
 ジュンの中では、そう言うことになってるんだ。
「まあ、馬鹿だけど、根っから悪いやつじゃないのよ」
 許してやってとひよちゃんが言う。
「何よ、その言い方」
 ジュンはひよちゃんをチラリと睨んで、
「でも、私、ホモを差別したりしないわよ」
 急に表情をかえた。そして、ひよちゃんに流し目を送った。
「だって、今私が好きになった相手って、女だもん」
「うっ」
 ひよちゃんは顔を引きつらせて
「じゃ、ショーリ、またあとでね」
 ジュンを振り払って教室の外に出た。
「あ、待ってよ」
「ひよ子、写真だってばぁ」
 みどりの叫ぶ声がする。
 
 なんか賑やかだなあ。
 高校の文化祭って、中学とは全然違う。

(来年……)
 ここに入ったら僕も、この仲間になれるのかな。
 そろそろ受験する高校を決めないといけないんだけれど、僕はここに入学して、バレー部に入りたいって思った。

 もちろん、男子部のほうね。



「さあ、我らがキャプテン、ダンシングクイーン広海ちゃんの登場デース」
 白石さんの声。
「やめろって、こらっ。ちゃんと自分で歩くからっ、敏樹ぃっ」
 やっぱり引き摺られながら、陸さんが現れた。
 その姿に、僕は大きく吹き出した。

「に、似合って……」
 るとは、とてもいえない。

 でも、今日一日は、その格好でデートしよう。

 ね、陸さん。









ここまで読んでいただいてありがとうございます。
結構ノリノリで書いた中学生受け君ですが、いかがでしたでしょうか。
   どうも、受けが幼い方が筆がのるようです。ある意味マズイです。
TVでバボちゃん(世界バレー)見て思いついた話でしたが、
バレーボールは全然知りませんでした。
25点とって勝ちなんて、初めて知りました(←馬鹿)


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